王子達のバレンタイン 後編






 
 
 
 
「・・・・で、この雑誌の束はなんだ」
 
 
 
 
桃実によってかつてない試練を課された後日、要は天音と共に学校の調理室にいた。
 
 
 
 
「ああ、夜々に相談したらくれたんだ」
 
 
 
 
その二人の前には、多量の女性向け雑誌が鎮座している。
光莉本人に相談する訳にもいかず、天音は夜々に相談を持ち掛けたのだ。
夜々はそういうことなら、と過去の物も含め、バレンタインの記事が載っている本を貸してくれたのだった。
それらは天音や要にとって、今までろくに手にしたことのないような代物であった。
 
 
 
 
「・・・・嫌がらせに近い量なのは気のせいか?」
「そんなことないさ、人の好意は素直に受け取るべきだ」
「そういうレベルか・・・・?」
 
 
 
 
天音にしてみれば、こういったことの知識がない自分のために、夜々が色々用意してくれたと思っているのだが、要の方は違うらしい。
 
 
 
 
「多過ぎたろうこれは」
「確かに多いけど・・・・」
 
 
 
 
むしろ嫌がらせ的なレベルで。天音は知らないが要の言う通り、必ずしも善意ばかりではなかった。

―――何故よりにもよって私のところに相談にくるのだろう。

天音の『バレンタインに光莉にチョコを贈るにはどうしたらいいか』という質問に対して、夜々が最初に思ったのはそれだった。
光莉に一番近い友人は夜々なのだから、その判断は別に間違いではない。
ただこんな惚気みたいな相談を、光莉だけでなく天音からまでされたことに頭を抱えたくなっただけである。
結果、天音に助力しつつも、夜々はちょっとしたお返しをすることにしたのだ。
もちろん光莉を第一に思う夜々が、その顔を曇らせるようなことはないのだが、
その雑誌の束には『たまにはたっぷり悩め』という夜々の意図がありありと覗いているのであった。
 
 
 
 
「いいじゃないか、とりあえず資料に悩むことはないんだから」
「まぁ否定はしないが・・・・むぅ、見るからに甘ったるそうだな」
「要は甘いのは苦手なのか?」
「得意ではないな・・・・」
 
 
 
 
そう言って眉をしかめる要。
甘いのが嫌いというわけではないのだが、さすがに要もこのバレンタイン用の雑誌の山に気圧されているらしい。
 
 
 
 
「光莉とかはこういうの読んでそうだな」
「あぁ、真剣な顔して読んでるのが目に浮かぶよ」
「・・・・桃実だって一生懸命色々してくれるぞ」
「ん?そうか」
 
 
 
 
こういった時期に、真剣な表情で雑誌を見つめるであろう光莉を思い浮かべると、天音は我知らず頬を緩めた。
その表情を見ていた要はなんとなくムカッとした。
確かに光莉は可愛いけど、桃実だって可愛い。
いや、桃実の方が可愛い。
 
 
 
 
「そうだとも、毎日美味しいお茶を入れてくれるし、疲れてる時はマッサージもしてくれる」
「あぁ・・・・よかったな」
 
 
 
 
別に張り合う必要などないのだが、一度言い始めてしまうとあれもこれもと自慢したくなってくる。
 
 
 
 
「私の誕生日には高級料理店にだって負けないくらい豪華なディナーを作ってくれた」
「・・・・光莉だって手作りのケーキでお祝いしてくれた」
 
 
 
 
そして最初は聞いてばかりだった天音も、段々と受け流すばかりではなくなって・・・・
 
 
 
 
「桃実はクリスマスにお揃いの手袋を編んでくれた!」
「光莉だってお揃いのマフラーを編んでくれた!」
 
 
 
 
二人の言い争いは段々とヒートアップしていく。
端からみればどちらもただの惚気でしかないのだが。
 
 
 
 
「「だったらどっちが喜んでもらえるケーキを作るか勝負だ!」」
 
 
 
 
二人はバン!!とテーブルを叩いて立ち上がると、それぞれ別のテーブルで作業を始める。
レシピの載った雑誌を片手に燃える二人は愛する人のために全力を尽くしていた。
真剣な横顔はこの上もなく格好良い。
 
 
 
 
「(待ってて光莉!)」
「(待っててくれ桃実!)」
 
 
 
 
・・・・頭の中がそれぞれの彼女のことで一杯でなければの話だが。
勝負と愛に燃える二人は気付かない。
勝ち負けなどなく、もし勝者がいるとすればそれは自分達ではないということに。
 
 
 
 
「「((絶対負けない!!))」」
 
 
 
 
そんなどっかズレた格好良さを放つ二人が、バレンタインデー当日までに多々目撃されたとかされなかったとか。
恋は盲目、を体言しているスピカの王子達なのであった。

 
 
 


...Next Epilogue

2008/3/11著


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