王子達のバレンタイン 前編


 
 
 
 
 
 
 
 
なんでこんな行事があるんだろう・・・・
胸中でひっそりと思い、天音は人知れず溜め息をついた。
見上げた空はどこまでも高く青かったが、それに反比例するように天音の心はどんよりと曇っていた。
引退間近の現エトワール鳳天音、彼女の憂鬱の原因は音を立ててすぐ側まで迫っていた。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「・・・・はぁ?チョコレートの持ち込みを不可にしてほしいだぁ?何を言ってるんだ君は」
「いや、その、不可まではいかなくても、ちょっと規制するとかさ・・・・」
「もちろん混乱を防ぐため、ある程度は規制いたしますけど・・・・」
「ミアトルならともかく、スピカでそんなことをしてみろ、暴動が起きかねんぞ」
「う・・・・やっぱり無理か・・・・・」
 
 
 
 
要と桃実、主に要にバッサリと切り捨てられ、天音は深い溜め息をついた。
2月14日のバレンタインデー。
乙女の一大決戦の日であると同時に、一部の人気者にとってはある意味恐ろしいことになったりもする日である。
 
 
 
 
「大体年中行事なんだし、いい加減慣れっこだろう?」
「何回やったって慣れやしないよ・・・・」
 
 
 
 
天音とてチョコレートは嫌いではないし、皆の好意は素直に嬉しい。
けれど物事には限度というものがある。
 
 
 
 
「まぁ今年はエトワール、加えてもうすぐ卒業式ということを考えると、全校生徒の7割くらいからは頂けるんじゃないかしら」
「7割・・・・」
「ざっとトラック二台分、といったところか・・・・まぁ頑張れ」
 
 
 
 
どう頑張れって言うんだよ、と呟いて机に突っ伏す天音。
普段は見せないそのダレっぷりに、要と桃実も苦笑するしかない。
言い換えれば、それだけバレンタインが天音にとって迷惑な代物であるということなのだが。
 
 
 
 
「そういえば、要も毎年結構貰うだろ、あれはどうしてるんだ?」
「ふ、愚問だな」
「凄いな、毎年全部食べてるのか」
「まさか、貰うには貰うが、何が入ってるか分からない代物だぞ、怖くて喰えるか」
「あぁ、それは、まぁ・・・・」
「おい、まさか全部食べてるなんて言わないだろうな天音」
「最初は一口ずつくらいは食べたんだが・・・・」
「無謀だな・・・・」
 
 
 
 
そう、無謀だった。
量もさることながら、ちょっとばかし危うい物も入っていたりする乙女のチョコレート。
天音もそれに当たるまでは真面目に頑張っていたのだ。
 
 
 
 
「あ、それで結局要が貰った分はどうしてるんだ?」
「あぁ、それなら毎年桃実が・・・・」
「え?」
「世の中には義理一つで喜んでくださる殿方が沢山いらっしゃるんですのよ?」
「「・・・・」」
 
 
 
 
天音の疑問に応えるように要が桃実を振り仰ぐと、そんなセリフをにっこりと告げる桃実にさすがの二人も黙り込む。
資源の有効利用、捨てる神あれば拾う神あり。
別名は多分、横流しか厄介払い。
色々危険な物を入れちゃう乙女もアレだが、それを平然と他人へ流す桃実も桃実である。
女は怖い、それがこの時点でのスピカ二大王子共通の感想だったと思われる。
 
 
 
 
「・・・・何か文句あるの、要」
「い、いや、何もないぞ、うん・・・・・そ、そうだ天音、今年は天音から光莉にもあげたらどうだ?少しは楽しくなるんじゃないか?」
「えっ?私から、光莉にも・・・・?」
「いいわね、きっと光莉さんも喜ぶわ」
「ああ、今年で卒業だし、いい思いでになるだろう」
「そうか・・・・それもいいかもしれないな」
 
 
 
 
桃実からの冷たい視線を逃れようと、背中に若干の冷や汗をかきながら要は天音に話題を振る。
天音も最初はその提案に驚いたものの、こういった時貰うばかりではなく、たまには贈る側というのもいいかもしれないと、頬を綻ばせた。
 
 
 
 
「決まりだな」
「ええ、じゃあ要、期待してるわ」
「なっ!?何故私が・・・・・」
「あら?天音は光莉さんに贈るって言うのに、まさか要が私にくれない、なんてことは無いわよね?」
「ぐっ・・・・む、無論だ」
「ふふ、それじゃあ頑張ってちょうだいね、二人とも♪」
 
 
 
 
上手く話題を逸らせた、そう思い安堵していた要に向かって、桃実から予想外の言葉がかけられる。
何故自分がチョコレート作りなどと言う、面倒なことをしなくてはならないのか?
そんな言葉が口から飛び出しかけるが、桃実にそう言われてしまえば要に反論の余地は残されていない。
何より反論することで予測される未来なんて、怖くて想像もしたくない。
全てを見越した極上の笑みでもって要を黙らせた桃美は、二人に微妙なエールを送ると部屋から悠然と出て行った。
残された二人の王子は、一方は同情、一方は何も言うな、という複雑な面持ちで顔を見合わせたのであった。

 
 
 


...To be Continued

2008/3/5著


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