for you〜大切な人〜






 
 
 
 
――竜華は知らない。
私が竜華を好きだということを。
 
 
 
 
「寒いっ!」
「冬やからな」
「もう二月やん! 暦の上では春やで、春!」
「お空の空気に暦なんて言うても分からへんて」
「それでも寒いもんは寒いねん!」
 
 
 
 
そやから怜あっためて〜♪……なんて飛びついてくる竜華をはいはいといなして校門をくぐる。
暦の上では確かに春、のはずなのだけれど、寒さはまだまだ和らぐことはなく風の冷たい日が続いていた。
それでも今日はお日様が出ている分比較的暖かくてありがたいと思う。
私の場合気候は直接体調に影響するしな。
 
 
 
 
「怜が冷たい……」
「ええやん、もう学校なんやし」
 
 
 
 
手ぇくらいつないでくれても、とか、ちょっとくらいくっつかせてくれても、とか、
ぶちぶち言いながらも歩く竜華の隣でこっそりと小さな溜息をつく。
……別に、手くらい繋いだって構わない。
ちょっと照れくさかったりくすぐったかったりするけど、くっつくのだって全然いい。
竜華と触れ合うことに抵抗なんてあるはずがない。
……ただ少し、届かない想いに寂しさを感じるだけで。
 
 
 
 
「……何言うてんの? そんなことしたらあの子らが竜華に寄ってこれんやん」
「うっ……」
 
 
 
 
そう言って目線だけで何カ所かを指し示すと、竜華の頬がひくっと目に見えて引きつった。
そこここからチラチラとこちらを窺い見る視線の数々。
その大半は私達……いや、主に竜華に注がれている。
二月十四日、バレンタインデー。
麻雀部の元部長にして見た目も中身もハイスペックな竜華は、正直言って女の子にもかなりモテる。
あこがれの先輩、もしくは同級生にチョコレートを渡そうと思っている生徒が一人や二人であるはずがない。
 
 
 
 
「怜……やっぱり手つながへん……?」
「もう下駄箱まですぐやん……それに……」
「それはだから……あぁもう、つなぐったらつなぐんや!」
「ちょっ……」
 
 
 
 
私の制止を振り切って竜華の手が私の手を捕まえる。
ぎゅっとその手を握られて、指先よりもよほど頬の方が熱を持つ。
 
 
 
 
「えへへー、怜の手あったかいな〜♪」
「……あほ竜華」
「あー……いや、まぁ、私かて悪いとは思うんやけど……朝くらいはゆっくり登校したいやん?」
 
 
 
 
まぁそうやけど、と頷けば、そやろ〜、とまた竜華は上機嫌で繋いだ手をぶんぶんと大きく振った。
同時に増える落胆の気配に申し訳なさと……少しばかりの安堵をおぼえて、そんな自分が嫌になる。
――ほの暗い優越感と独占欲。
竜華は知らない、こうして竜華の特別を意識するたびに私がどれだけ嬉しいと思っているのかを。
竜華は知らない、素直に好意を表すことが出来る名前も知らない彼女達を、羨ましいと私が思っていることを。
知らなくいい。
知ってほしい。
どっちなのか、それとも両方なのか。
私にはもう分からない。
 
 
 
 
「……怜? どうしたん、具合悪い?」
「……ん、平気やで?」
 
 
 
 
ぐるぐると同じところを回る思考に俯いた私に対して、気遣うように竜華が顔を寄せた。
注がれる羨望の視線。
あぁやっぱり、なんて声も聞こえて、彼女たちの想像と現実の私達のギャップがまた私を苛んでいく。
 
 
 
 
「心配性やな、竜華は」
「誰かさんがしょっちゅう倒れそうになるからや」
「私、病弱やし」
「病弱アピールやめっ」
 
 
 
 
いつものやり取りでちょっとだけ平常心を取り戻し、大丈夫なんてことないと首を振る。
体調は悪くない。
崩れているのは心のバランスの方だけだから。
 
 
 
 
「まぁたぶんやけど、今日は保健室のお世話にはならんと思うわ」
「そか? やったらええけ、ど……!?」
「……」
「あー……」
 
 
 
 
ごとごとごとっ、と音を立てて落ちてきた物体に竜華はここまでかと天を仰いだ。
下駄箱まですぐ、という言葉の通り、校門から下駄箱までの距離が長い訳もなく、私と竜華は手を繋いだままあっさりと下駄箱まで辿りついた。
そして竜華が自分の下駄箱を開けた途端、積まれていたチョコのいくつかが受け止めるまもなく、床に向かって落下したのだ。
中身は大丈夫だろうか、とか、最後の人はよくこの状態の下駄箱に入れたな、とか思うことは色々あるけど、
このチョコが増えることはあっても、これ以上減ることはないのだと思うと竜華の今の気持ちは推して知るべし。
念のためにと紙袋は二つ持ってきていたはずだが、さすがは最高学年、
これを逃せばもう来年以降チョコを渡せる目処が立たない子達からすればラストチャンスで、
前年比で三割増しくらいな気がするのは気のせいじゃないと思う。
これ全部食べるとかお返しだとか、想像するだけで恐ろしい。
 
 
 
 
「……まぁ、後で手伝うたるから……」
「うん……」
 
 
 
 
はぁ、と軽く息をついて、一瞬名残惜しそうに繋いだ手を見つめてからその手をほどいて、
竜華は用意してきた紙袋にチョコレートを拾って入れていく。
その様子をぼんやり眺めて、また私は、ええなぁ、って羨ましがった。
どんな形であれ、彼女達は本命チョコを竜華に渡すことが出来るのだから。
……なんて、そんな感傷を首を振って誤魔化して、私は下駄箱の扉を開けた。
 
 
 
 
「……?」
「……何? ……なんや、怜も入ってるやない」
「……なんで?」
「いや、なんでてあんた……」
 
 
 
 
状況がいまいち理解できなくて、ぱちぱち、と瞬きを繰り返す。
さっさと行ってしまおうと開けた自分の下駄箱の中に鎮座する、それら。
竜華の量には遙かに及ばないものの、ぽつぽつと入れられているそれは、
今日という日に照らし合わせれば間違いなくチョコレート製品なのだろう。
……とりあえず一度閉めてみる。
 
 
 
 
「……」
 
 
 
 
園城寺怜、と書かれたネームプレートを確認、あぁうん、間違いなく私の下駄箱や。
 
 
 
 
「……レギュラー効果って凄いんやな……」
「……あんたなぁ……」
 
 
 
 
身も蓋も無い、と竜華に呆れた顔をされるけれど、今までは直接いくつか貰う程度で、
下駄箱に入っていたのは初めてなのだから、どう考えてもそうだと思う。
麻雀部のレギュラー恐るべし。
 
 
 
 
「ちょくちょく居るんやで、怜の隠れファン」
「……は?」
 
 
 
 
これは泉とか一年から大変そうやな〜……なんて暢気に考えていたら耳慣れない単語が竜華から飛び出した。
いや、ちょ……なんなん隠れファンて?
 
 
 
 
「あれやろー? 本当は話しかけたいんやけど何て声かけたらええか分からんくて見つめてるだけっちゅー」
「っ!? い、いきなり後ろから来られるとさすがに私もびびるでセーラ……」
「すまんすまん、怜が下駄箱開けて硬直しとるからおもろそうやなーって思ってな?」
 
 
 
 
カラカラと笑うセーラに悪びれる気配はまったくない。
いや、そこは最初から期待してへんからええんやけど、なんでセーラまでそんなこと知ってるん?
え、もしかして知らんかったん私だけ?
 
 
 
 
「はは、まぁええやん、好かれとるんはええことやで? あ、それより怜、チョコくれー♪」
「はっ、そや、うちも怜のチョコ欲しい!」
「え、えぇぇー……」
 
 
 
 
ここで? と問うと今すぐ、と返される。
いや、教室でええよな普通に……?
 
 
 
 
「朝一で貰うチョコは怜のチョコって決めてたんや!」
「そやで、くれへんと祟るでー?」
 
 
 
 
もう他から貰ってるやないか、って言うたら開けてへんからノーカンや! ……とかいうよく分からないことを言う竜華とセーラ。
いやいや、意味分からへんからな。
……それでも早く早くと請われれば、それ自体はやはり悪い気はしないもので。
しゃーないなー……、なんて言いながら二人の為に用意したチョコレートを鞄から引っ張り出す。
青い包装のチョコを二つ。
ちらりと隙間から覗いた赤は見なかったことにして、その二つだけをそれぞれ二人に差し出した。
 
 
 
 
「おぉ、すげぇ手作りか?」
「まぁ……高校最後のやからな」
 
 
 
 
特別製やで、と笑えば竜華とセーラもありがとうと笑ってくれた。
……その笑顔が、チクリと刺さる。
特別なのは嘘じゃない……嘘じゃないけど、カサリと鞄の中で音を立てたそれが行き場の無いままそこにいる。
本当の特別。
竜華だけの……渡すことの出来ない、特別。
 
 
 
 
「ほら、はよ教室いかんと」
 
 
 
 
そう言ってセーラと竜華を急かして歩き出す。
鞄の奥に隠すように赤い包みを追いやって。
今年もきっと渡せないんやろなと諦める。
去年も一昨年も、そうやって諦めてきたんだと俯いて。
 
 
――だから、そんな私を竜華が見つめていただなんて、私は全然気付かなかった。
 
 
 
 ◇
 
 
 
――怜は知らない。
私が怜の気持ちに気がついていることを。
 
 
 
 
「……めっちゃもらったなぁ、竜華……」
「そういう怜やって、結構あるやん……」
 
 
 
 
『それ』の存在に気がついたのは二年前のバレンタインのことだった。
部室で一人席を外した怜を待っていて、誤って袖にひっかけて落としてしまった怜の鞄の中から見つけてしまった。
『to 竜華』と書かれたカードと綺麗にラッピングされたチョコレート。
その時はすでにセーラ達と一緒に私もチョコレートを貰っていた。
それなのに怜の鞄の中から出てきたそれは、怜が私の分だけは特別に用意してくれたのだ、と教えてくれて、
怜がそれを渡してくれるのを期待しながらうきうきと鞄の中にチョコレートを戻しておいた。
 
……だけど、どれだけ待っても怜がそれを私にくれることは結局無かった。

その年も、そしてその翌年も。
鞄の中には確かにあると知っているのに、私に渡されることの無いチョコレート。
……やがてそれは、怜にとって『ただの特別ではない』のではないかと気がついた。
 
 
 
 
「もう皆帰ってもうたな……」
「誰かさんが列作っとったからな……」
 
 
 
 
特別な想いの込められた、私だけのチョコレート。
なのに私の手には届かない怜の想い。
――それはつまり、怜は私のことを諦めるつもりかもしれないということで。
 
 
 
 
(……って、あかんからそれーっ!?)
 
 
 
 
その結末に思い至った私は大いに慌てた。
それは困る、凄い困る、もうほんまにめっちゃ困る。
せっかく両想い(かもしれない)だと気がついたのに、その途端に失恋とか冗談じゃない。
 
 
 
 
「うぐぐ……半分はセーラやで?」
「半分はな。……そろそろ私らも帰ろか?」
 
 
 
 
だけど、怜は『諦めようとする』のが上手いから。
寂しがりやで欲張りな怜はその分たくさん我慢する。
健康な身体を、私達といることを、……私の、隣にいることを。
 
 
 
 
「……いや、少し時間くれへんかな?」
「……竜華?」
 
 
 
 
二年生の夏、私はその手を掴んで私達のそばに怜を引きとめた。
一人だと怜はきっとどこかへ行ってしまうから。
今も、きっと。

……だけどそんなん、私が掴んで離さんかったらええだけや!
 
 
 
 
「欲しい物と、渡したい物があるんよ」
「……?」
 
 
 
 
欲しい物は一つ。
渡したい物は二つ。
 
 
 
 
「……怜」
「っ!? りゅう……っ!?」
「……好きやで、怜。ずっと前から、好きやった」
 
 
 
 
捕まえて閉じ込めて、絶対に離さない。
欲しいのは腕の中の怜の気持ち。
渡したいのは私の気持ちと、ポケットの中で揺れる絶対に離さへんていう私の決意。
 
 
 
 
「っ……」
「……怜、返事は?」
「あ、ほ……あほ竜華っ……」
「……怜の本命チョコ、くれへんの?」
「知ってっ……!?」
「うん……代わりに、私からはこれな?」
 
 
 
 
キラリと光る銀色のそれをポケットから出して怜の手にぎゅっと握らせる。
 
 
 
 
「なっ……」
「……離さへんから。うちの傍におって?」
 
 
 
 
春からのアパート暮らし、隣にいてほしいのは怜だけで。
 
 
 
 
「合い鍵、必要やん?」
 
 
 
 
怜を捕まえる締めの言葉はきっとこれ。
 
 
 
 
――なぁ怜、卒業したらうちと一緒に暮らさへん?
 
 
 
 
なんて、な……?


...Fin


あとがき(言い訳)

SHTで配った竜怜無料コピー本です☆
ありがたいことに当日すべて配布できましたー。わーパチパチw
そして無料なんだから公開あるよねー?
というお声を配布終わってからきた方から頂戴したのでさっくり公開ですw
微妙に時期を逸したバレンタイン物だが気にしないw
怜はどっちかっつーと隠れファンが多そうだなーって思います(笑)

2013/3/25著


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