続・ただの過保護です






 
 
 
 
「あ……雨や……」
 
 
 
 
診察を待つ病院の待合室で、ふと顔を上げるとぽつぽつと降り始めた雨に気がついた。
そういえば今日は午後から夕方にかけて雨が降り始めると言ってた気がする。
 
 
 
 
「降る前に部活に行けたらよかったんやけどなぁ……」
 
 
 
 
はぁ、と溜息をついても降り始めた雨は止んでくれない。
検査と診察が終わる頃に都合よく止んでくれたらと思うけど、通り雨ではなさそうだ。
本当なら今頃ちょうど部室に濡れる前に辿りつけたはずだったのに、長引いた検査が悔やまれてならない。
 
 
 
 
「園城寺さーん、いらっしゃいますかー?」
「あ、はい……」
 
 
 
 
とはいえ嘆いたところで現実は変わらない。
ならせめて少しでも早く終わらせて部に行こう。
私は立ち上がると足早に診察室へと入って行った。
 
 
 
 ◇
 
 
 
雨が降る、雨が降る、強くなり弱くなり、また強くなりを繰り返す。
今日はこのまま、一日中降るかもしれない。
 
 
 
 
「……」
 
 
 
 
そんな中、麻雀部の部室ではアンニュイな空気がたちこめていた。
主にある卓、正確にはある人物を中心として。
 
 
 
 
「……はぁ」
「それ通らへんでー、ロン!8000や!」
「……ん」
「……いや、ん、やのうて……」
 
 
 
 
それは言わずと知れた麻雀部部長、清水谷竜華からもたらされたものだった。
梅雨入りしたとはいえ、湿気よりよほどじめじめしているその様子に、一緒に卓を囲んでいたセーラも心配げな顔をする。
 
 
 
 
「どないしたん竜華、さっきからミスばっかやで?」
「ん……ごめん……」
「なんか心配事でもあるんか?」
「……まぁ、心配事っていうか……」
「とりあえず言うてみぃ、話くらい聞くで?」
「うん……」
 
 
 
 
心ここにあらず、といった風情の竜華に見かねたセーラが助け船を出す。
何より今は試合に向けての部活中、部長がこれでは他に示しもつかない。
ずいっと卓に乗り出して促すセーラに、竜華も重い口を開いた。
 
 
 
 
「あんな……外、雨やん……」
「おぅ」
「今日はもう止みそうにないやん」
「そやな」
「……怜、傘持ってるんやろか……」
「…………は?」
 
 
 
 
まさか自分が傘を持ってないせいでこんなにしょげているのだろうか、と思ったがそれはまったく見当はずれもいいとこだった。
いや雨と傘は間違ってはいなかったのだから、かするぐらいはしているか。
だとしてもその次に続く言葉が『怜』、何度脳内でリピートしてもやっぱり『怜』。
セーラは真面目に話を聞くことを放棄した。
 
 
 
 
「……あぁうん、そやなぁ、傘持っとるか心配やなぁ、あぁ心配」
「ちょぉ、何その言い方?だって私らならともかく怜やで?濡れて体調崩したりしたらえらいことやん!」
「そらそうやけど傘持ってるかもしれんし、病院の売店とかにあるんちゃう?」
「そうかもしれんけど無いかもしれへんやん!」
「無かったとしても怜やってずぶ濡れになるようなことせんて。せいぜいタクシーとか……」
「タクシーのおっちゃんが変態やったらどうするん!?」
「知るかそんなんっ!?」
 
 
 
 
ない、とは言い切れないかもしれないが、タクシーの運ちゃんのことまで考慮しろというのは酷である。
何より竜華はこれっぽっちも引く気が無い。
だからセーラもつい投げやりに言ってしまった。
 
 
 
 
「無責任なこと言わんといて!」
「あぁもぉそれやったら竜華が迎えに行ったらええやんか!…………あ」
「えっ……」
「……いや、あんな竜華、今のはちょっとした言葉のあやで」
「……それや!」
「せやからな……ってちょぉどこ行くんっ!?」
「病院!」
「お前部長やろっ!?って、あぁぁぁーーっ!?」
 
 
 
 
口は災いの元、を体現しているかの様な失言だった。
慌てて言い繕おうとするが、それで待ったがかかるわけもない。
すぐ戻るから!と言い残して矢の様に竜華は部室を飛び出して行った。
 
 
 
 
「……」
「ほな部長代行、指導お願いしますわ」
「だ、誰が代行……って、見てへんとお前も竜華を止めるべきやろ浩子ぉー!」
「何言うてますん、こんなおもろいこと何で止めなあきませんの?」
「くっ……あぁくそ!竜華のアホたれーっ!!」
 
 
 
 ◇
 
 
 
「……ん?……なんや今セーラの声が聞こえたような……?」
 
 
 
 
診察も終わってさぁ部室に顔出さんと、と鞄を持ちあげるとセーラの声が聞こえた気がした。
とりあえずきょろきょろと院内を見回してみる。
 
 
 
 
「……って、部活中なのにおるわけないな」
 
 
 
 
ふっと時計を見ればまだ部活中。
十分顔が出せる時間なのだからここにセーラがいるはずがない。
 
 
 
 
「さて、ほな私も……」
「あ、怜♪診察終わったん?」
「終わったよ、せやから部室に……ん?」
「よかったー、ならちょうどや♪行き違いになったらどうしようかと思ったわ」
 
 
 
 
そう言って竜華はニコッと本当に嬉しそうに笑った。
……いやいや、笑ってる場合ちゃうねん、なんでおるん?
 
 
 
 
「雨降ってるやろ?」
「うん」
「やから迎えにきてん♪」
 
 
 
 
……日本語になってへんで竜華。
間がまるっと飛びすぎや。
言わんとすることは分かったけど。
 
 
 
 
「えと……怜、ひょっとして傘、持っとった……?」
「……」
 
 
 
 
芳しくない反応の私に竜華はやらかしてしまったのかと焦り始める。
いや私は部活中になにしにきてんって言いたいんやけどな。
……まぁ竜華の気持ちが嬉しないわけやないけど。
 
 
 
 
「あ、あー、もし持っとるんやったら……」
「……持ってへんよ」
「……え、あ、そうなん?」
「うん……やから助かったわ、ありがとうな竜華」
 
 
 
 
部活抜けてきたんはいただけへんけど、と釘を差すと竜華がそれは言わんといてーと頭を抱えた。
ここに至ってようやくまずかったと気づいたらしい。
……ごめんなセーラ、なんや言うても私も嬉しいからこれ以上は咎められへんわ。
 
 
 
 
「ほな早くいかんとセーラがかんかんやな」
「うぐっ……遠回り……してくわけにもいかんしなぁ……はぁ」
「なおさら怒られるで?これは一人で正座かもしれへんな?」
「ちょぉ、一緒に怒られてくれへんの?」
「なんで私が。部活さぼったんは竜華だけやで」
「うぅぅぅ……」
 
 
 
 
でも、とか、だけど、と言い募ろうとする竜華の背を押して外に出る。
空を見れば雨は少し小降りになったけどまだ傘は必要だ。
 
 
 
 
「そんでな、気になってたんやけど……」
「んー?」
「……傘って、ひょっとしてそれ一本なん?」
「なんで?別に大きいから二人で入れるやん」
「いやそういう問題と違て……」
 
 
 
 
なんかまずいん?と竜華は首を傾げる。
自分と私の傘二本、って選択肢がないあたりさすが竜華や。
 
 
 
 
「……まぁ濡れんしな」
「そやろ、ちゃんと一番大きい傘持ってきたんや」
「ふぅん……なぁ竜華」
「ん、何?」
「相合傘やな」
「…………あ。」
 
 
 
 
……うん、気づいてへんて分かってたわ。
 
 
 
 
「いや、ちゃうねん、これはその……」
「なんや、嫌やったん?」
「なっ、ありえへん!私が怜と一緒で嫌なことなんて一つもない!」
「っ……そやな、ならもっとくっついてても大丈夫やな」
「ちょ、なっ……へ、へへへ平気やで、全然もう、へっちゃら……ぅ」
「顔赤いけどな」
「言わんでええやん!」
 
 
 
 
意識した途端赤くなる竜華の方が私よりよほど可愛い。
乙女やな。
もうちょっとくっついてもええかな?

……なんて、余裕でにやにやしてたら、いつの間にか回されていた竜華の左手に抱き寄せられた。
 
 
 
 
「っ、りゅう」
「なんや、怜も顔赤いやん」
 
 
 
 
ふふん、と得意げに言う竜華の言葉に顔を背ける。
誰のせいやこの天然。
 
 
 
 
「そんなやからタラシって言われるんやで竜華、へたれのくせに」
「ちょぉ、誰がタラシ……ってへたれもおかしいやろ!?」
 
 
 
 
竜華がタラシでへたれなせいで私の心臓がいつも辛いんや。
だけど今は少しでも長くこの時間が続けばいい。
竜華にもたれかかりながら、私はそっと折り畳み傘を鞄の底へと追いやった。
だって、今日の私は傘なんて持っていないのだから。



...Fin


あとがき(言い訳)

一応前回の過保護竜華さん再来的な。
……過保護じゃない竜華っているのだろうかww
ナチュラルに膝枕からそのノリで色々こなすのに、言われると意識して照れる竜華さんてよくないですか?(ぉ)
振りまわしてるように見て振りまわされてるのは基本的に怜だと思うのw
早く付き合っちゃえばいいのに(ぇ

2012/7/4著


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