μ's学院一時間目−数学−






 
 
 

思えばその一言がいけなかったのでしょうか。




『……私も穂乃果達と一緒の学校に行きたいです……』




もちろんそんな言葉を穂乃果達が覚えていたのかは分かりませんし、
私が思う始まりはどこかというだけなので、実際は違うのかもしれません。
ましてやあまり子供らしくなかった自分にしては珍しく素直に相手に思いを伝えられたのです、これが他人なら褒めてあげたいところでしょう。
……でも私は、どうしてもその時の私に一言、言ってやりたいと思うのです。


――なんてことを言ってくれたんですか、と。



******



「海未?うーみー?……ちょっと聞いてるの海未?返事しないとちゅー「聞いてます」……最後まで言わせてよ……」




ぷぅ、と頬を膨らませてご機嫌斜めですと主張する相手に私はこの日、
正確にはこの部屋に来てから何度目かのため息をついた。
外見に反した幼い仕草にそれこそ何度ほだされてきたことか。
ここで流されてはいけないと強く自分に言い聞かせる。




「せっかくこの私がマンツーマンで補習してあげてるんだから、そこは少しくらい見返りが欲しいじゃない?」
「しませんあげません、むしろ代わりたい方がいるなら他のどなたかに差し上げます」
「単位あげないわよ?」
「職権乱用という言葉をご存知ですか?」
「もちろん、私が海未のことを好きにして構わないって意味だったわよね」
「違いますそしてお断り致します」




えー、と文句を言う姿に貴女本当に教師ですかと飽きもせず思ってしまう。
黙っていれば、否、喋っていても真面目にしていれば誰もが見惚れる容姿をしているのに、
こと私が絡む時だけどうしてこうも残念になるのか、神様なる存在がいるなら是非とも教えていただきたい。




「というかいつものことですが何故私が補習を受けなければいけないのでしょうか」
「それはもちろん貴女の成績を心配してよいつものことでしょ?」
「心配されるような点を取った覚えがありません」
「当然ね、何せ私が付きっ切りで教えてきたんだから」




誇らしげに胸を張る姿に二重の意味でイラッとする。
金の髪に空色の眼をしたその美貌だけでなく、
女性として理想的なプロポーションの彼女は本当に美しいのに、私は頭痛が止まらない。
いっそ病気だと言われた方がまだありがたい。




「恋の病ね」
「変の病ですね分かります」
「海未ったらどうしてそんな意地悪言う子になっちゃったの?」
「ご自分と対話することをお勧めします」
「海未が可愛いとしか聞こえてこないのだけど」
「もう帰っていいですか?」
「ダメ♪」
「……」




ほら早くプリントやって、と急かされて渋々手元のプリントへと向き直る。
そもそもプリントを進めてさっさと帰ろうと思っていた私を邪魔したのは貴女でしょうと一人ごちる。
言ってもきかないのでもちろん心の中だけで。
正直、こうして個別に課題を用意してもらえる事はありがたい。
数学を担当している彼女の授業は分かりやすいと評判だけど、
勉強というのは予習復習をしなくていいというものではない。
本来なら家に帰ってからやるべきところを、こうしてプリントにしてもらっているのだから、
そういったところは感謝してもしたりない。
むしろこれはこれで職権乱用に近いし、教師ではなく個人的にだと言われても普通は贔屓だ。




「……絢瀬先生」
「絵里よ」
「私には絢瀬先生のお考えが分かりません」
「絵里だってば」
「あ・や・せ、先生」
「……強情ね、海未」




そういうところも嫌いじゃないけど、とウインクを飛ばす彼女に頭痛に加え目眩がする。
昔はあんなにカッコよかったのにどこで彼女はこうなってしまったのでしょうか?
去年の高校受験の勉強を見てもらっていた段階には、もう片鱗が見えはじめていたからその前ということか。
……そしてそれは私のせいなのか。
彼女――絢瀬絵里先生は私の幼なじみの一人だった。




「今は二人っきりなんだから、名前で呼んでくれてもいいでしょう?」
「まだ学校です、絢瀬先生」
「昔も私だけ名前で呼んでもらえるのえらく遅かったし」
「呼んでたじゃないですか……」
「私だけさん付けで、ね」




他の皆の事はすぐ呼び捨てで呼んでくれてたのに私だけ……そうぶつぶつ言いながら今度は拗ね始めてしまった。
確かに、一番最後まで中々さん付けが取れなかったのが絢瀬先生だった。


……今からもう十年近くも前になるだろうか。


同じく幼なじみの穂乃果とことりに連れられてきた絢瀬先生――絵里達を穂乃果達の中学校の先輩だと紹介してもらったのが始まりだった。
頻繁に顔をだしては何くれと構ってくれる三人に、人見知りな面もあった私だが比較的早く懐いたと思う。
小柄だけど勝ち気な目をしたあの人や、
穏やかだけど時々突拍子もないことを言い出すあの人、
そしていつも優しくて微笑んで私の頭を撫でていてくれた絵里……
気付けばそんな絵里達も私の大事な幼なじみになっていた。


当時、最初はもちろん呼び捨てではなくさん付けで呼んでいた私に、さん付け禁止令が出されたのは知り合ってから僅か一週間後のことで。
目を白黒させる私に「出来ないなら返事しないわよ」「わしわしMAXやで〜」と言ってのけた二人はその場で呼び方を変えることになった。
そしてもう一人、期待に瞳を輝かせている絵里に向かって……呼び捨てにすることはその日ついに出来ず、がっくりと肩を落として落ち込む姿を今も覚えている。


一度躓いてしまうと中々先へは進めず、結局、翌年同じ様に中学校の後輩だよ〜と連れて来られた三人をすんなり呼び捨てにしてから、さん付けが取れるまで更に半年の時間を要したのだった。
その落ち込み様を覚えているだけに申し訳なかったとは思うのだけど、同時に仕方なかったとも思うのだ。
だってその当時、私にとって絵里は本当に憧れのお姉さんだったのですから……。




「それが今はこれですか……はぁ……」
「人の顔見て溜め息をつくのは止めなさい海未……何か失礼なこと考えてない?」
「気のせいじゃないですか?」
「そうかしら?」
「私はただあの頃の絵里が今すぐ帰ってきてくれないかと心の底から願っているだけですから」
「十分今の私に失礼だと思うわよそれ?」




だって本当にそう思うんです。
カッコよくて、綺麗で、優しくて……いつまでたっても緊張してばかりいたのに、絵里本人はお構いなしに私にじゃついてきたりして。
可愛い可愛いと抱きしめられて頭を撫でられるたびに私の心臓は止まってしまうんじゃないかと思っていた。
……だけど私は小学校にすら上がる前で。
どうやったって年齢的に絵里達の誰とも一緒の学校に通えないのは私にも分かっていたのに、あの一言を言ってしまったのです。
一緒の学校に通いたい、と。




「酷いわ海未ったら、私はこんなに海未のことが好きなのに」
「っ、か、からかわないでください……」
「あら私は本気よ?」
「ですから……」
「やっと貴女と同じ学校に通えたんだもの」
「っ……私、は……」
「……海未?」




思う。
私の一言が、絵里達の未来を変えてしまったのではないか、と。
傲慢にもそう自惚れてしまうくらいには、私はとても大切にされていた。
本来あるはずだった絵里達の未来、それを潰してしまったのは――




「私の、せいで……」
「……そうよ?おかげで私達は夢が見れて、しかもその夢が叶ったわ」
「っ……」
「バリバリ仕事に打ち込む、なんていう選択肢もあったのかもしれないけれど、どうせなら人の役に立つ仕事がいいなって思ってた。漠然としたその想いを形にしてくれたのは、海未、貴女よ」




思いがけず他の生徒達からも慕われてるしね♪
そういって微笑む絵里は……あの頃と同じ、綺麗でカッコイイ憧れのお姉さんで。




「……ずるいですよ」
「ふふ、海未にだけよ?」
「贔屓っていうんですよ、それ」
「ついでに職権乱用もしようかしら?」




もう十分してるじゃないですか。
そう言ったところで小揺るぎもしない空色に楽しげな光が瞬いて、引き寄せられれば絵里はぽんぽんと自分の膝を叩いた。
……なんですかそれは。




「海未を抱っこしたくて」
「もう贔屓でも職権でもなしですか!?」
「嫌なの?」
「恥ずかしいです」
「なら問題ないわね」




どういう理屈ですか、と文句を言いつつも手を引かれるままに腰を下ろしてしまう自分が恨めしい。
抱えるように背中からお腹に手を回されるといっそう強く絵里を感じて、どうしたらいいか分からなくなるのも昔のままで。
……だからか、無性に、甘えたくなってしまう。




「……少しだけですからね」
「少しだけ?」
「はい……下りたくなくなってしまいますので」
「……ハラショー♪」




もういっそ連れ帰って永久就職でいいかしら。
ダメですよ。
じゃあお泊りね。
それならまぁ……。
ある意味いつも通り過ぎるやり取りに苦笑する。




「甘いですね、私も……」
「あら、私は好きよ?」
「……私もですよ、絵里」




キラキラした絵里の瞳がぐっと優しげなものになる。
あぁ、本当に私は貴女に弱い。
……もう勉強どころじゃないですね。
そう笑って、はしゃぐ絵里の腕に私からギュッと抱き着いた。
――後少し、もう少しだけ、このままで……


...Fin


あとがき(言い訳)

海未キチの海未キチによる海未キチのためのシリーズですごきげんよう!
全力で私得!……共感してくれる人がいなかったらどうしよう(苦笑)
原稿の合間にとぎれとぎれに書いてたせいで微妙にぐだった気がしなくもない(苦笑)
というか全力でパロです、海未ちゃん高校一年生、他μ's全員教師(マテw
うちの絵里さんが相変わらずダメチカでいい女チカなので書いてるのは楽しいんですがw
一時間目というタイトルで分かる通り続きます私が力尽きなければですが(笑)
とにかく海未ちゃんが可愛くて可愛くて仕方がないという海未キチ達が、
そのまま大人になってしまったという頭沸いてるの的なお話ですゆえ、過度な期待はしないでくださいw
……一年の時は翻弄されっぱなしな海未ちゃんが二〜三年になると覚醒するとかいいと思うんだ(ぇ
↓は一応設定の一部を書き書きしてますw書きあがるのかしらこれw

私得でしかない海未キチシリーズ設定いろいろについて。

→μ's学院
タイトルでμ's学院とかつけてるけどちゃんと音ノ木坂学院です。
でも国立じゃなくて私立。
でなきゃ立て続けに八人も任意の教師を雇用できるわけがない、ということで。
ことりさんママんの理事長さんの権力だとか南さん一家の策謀ですねわかります。
りじうみことってありですか?(ぇw

→園田海未(15)高校一年生
言わずと知れた哀れな子ヒツジ。
でも本人はなんのかんの言っても八人それぞれに尊敬や憧れをちゃんと持っているので、
騒がしいけど楽しく学院には通っている模様。
スペック類や部活等はアニメ準拠で基本そのまま。
歳の離れた幼馴染である穂乃果とことりとは物心ついた頃から一緒。
「海未ちゃん大好き!」が合言葉の二人に可愛がられてるうちに幼馴染が増殖していた。
幼少期の一言で穂乃果達の進路に少なからず影響を及ぼしてしまったことを気にしているが、
わがままを言わなかった海未の初めてのわがままが自分達のことだったと、
全員のテンションを押し上げてしまったことは分かっていない。
今のところ皆に対する好きに順位はない、はず。
作者の趣味で一部のキャラが優遇されるくらいだと思われる。

→絢瀬絵里(24)社会人三年目、数学教師
割となんでもそつなくこなすので数学でなくてもよかったのだけど、
他の皆と担当教科がかぶらないように(何せ得意なことが一つしかないメンツもいるので)
と考えた結果、数学教師に落ち着いた。
中学で知り合った穂乃果とことりに連れられて園田家を訪れた際、
「そ、そのだ、うみです。ごさいです」とお辞儀した海未に一発で落ちた人。
なので早々と海未に呼び捨てで呼んでもらえていた希やにこにはかなり激しく当たり散らした。
その反動かは分からないがとにかく海未を可愛がり、現在の性格へと形成された。
現在は朝や昼休み、放課後は積極的に海未争奪戦に参加している一番手。
他のメンバーより微妙に一歩リード、といったところ。
日夜海未を愛でまくってその地位を盤石にすべく奮闘中のもの凄くダメな人。
でもお仕事中は真面目でカッコいいので八人の中で一番生徒に人気がある。

……とかいうそんな感じで。
他のメンバーはメンバーのお話ごとに紹介できたらな〜と。
ただし八話まで私の体力が持つかは不明w

2014/3/24


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