宣戦布告





マリア様・・・・私はどうすればいいのでしょう・・・・?
白だの黄だのの毒牙から、
我が身をていして、あの子を必死に守ってきたというのに・・・・
それがよりにもよって・・・・


「あら、ずいぶん熱心にお祈りしているわね、ごきげんよう、祥子」
「・・・・ごきげんよう、お姉さま」


そう、よりにもよって、この人にさらわれるだなんてっ・・・!!


「ごきげん・・・よろしくないみたいね祥子?」
「・・・そんなことありませんわ」


表情を読まれないように、俯きながら答える。
もっとも、声の調子や態度で、お姉さまには丸分かり。
無駄な抵抗だとは分かっているだけれど。
それでも、今の自分の状況を考えるとそうせずにはいられない。
最愛の姉と妹が・・・・間に挟まれた私にどうしろというのだろう?
マリア様、これは私に対する試練なのでしょうか・・・・?


「あら、祐巳ちゃんだわ」
「えっ?」


その声に顔をあげるとトレードマークのツインテールが目にはいった。


「お姉さま!紅薔薇さま!」


顔をあげた祐巳は私とお姉さまに気がついたらしく、満面の笑みを浮かべながら小走りにやってくる。


「ごきげんよう、お姉さま、紅薔薇さま」
「ごきげんよう祐巳ちゃん」
「ごきげんよう。祐巳、走るからタイが曲がったわよ」


すでに恒例行事となったタイ直し。
そして私と祐巳の出会いにも関わる、大切な事。


「さぁこれでいいわ、身だしなみはいつもきちんとね」
「はい!ありがとうございますお姉さま」


その声に答えるようにそっとカラーを撫でる。
嬉しそうな祐巳の顔と、その光景を慈愛に満ちた眼差しで見つめるお姉さまの姿が見えた。
これでいい、このままがいい。
これから先もこうしてお互いの事を思い合いながら過ごしたい・・・・

でも、もうすぐお姉さまは卒業する。
そしてもう祐巳の心は・・・・
思考は空回りを続け、その日一日の授業内容もよく憶えていない。
気がつくと放課後、そんな調子だった。


「あら、祥子じゃない」
「お姉さま・・・・」


そしてその放課後、半ばはっきりしない意識のまま、
のろのろと薔薇の館に向かっていたところを、お姉さまに見つかってしまった。
こんな状態の私を見ればお姉さまは・・・・


「・・・祥子、ちょっといらっしゃい」


ほら、やっぱり。
こうして何か問題を抱えている時の私をお姉さまは見逃さない。
誰よりも私を理解し私を包み込んでくれる最高のお姉さま。
でも今私が抱えている問題は・・・・


「何かあったの祥子?」


やってきたのは古びた温室、ここは何かと縁がある。


「別になにも・・・・」
「嘘おっしゃい、何もないなら何故そんな顔をしているの?」


大好きなお姉さま、大切なお姉さま。


「もしかして祐巳ちゃんとなにかあったの?」


でもそのお姉さまにだけは踏み込まれたくない領域に触れられそうになった私は・・・・


「・・・・っ!ご自分の胸にお聞きになったらいかがですか・・・!」
「・・・・!」


言葉にした刹那、お姉さまの顔色が変わった。
聡いお姉さまはその一言ですべてを理解したのだ。
私の悩み、私の思い、私の苦しみ・・・・
今朝これでいいと納得させた自分の心。

納得・・・・?

いや、納得などしていなかったのだ。
燻り続けていたのは嫉妬という名のやり場のない思い。
お姉さまの言葉で再び浮かび上がったその思いは、出口を求めてお姉さまに向かった。
鋭い刃へとその形を変えて・・・・
私はお姉さまの顔を直視できなかった、
私の言葉で傷ついたお姉さまを見ないことで、
自分の醜い感情から目をそらしたのだ。


やがて・・・・


「・・・・祥子」


空気が動いた。


「・・・・その程度?」
「えっ?」


その言葉に弾かれたように顔をあげると、
そこに傷ついたはずのお姉さまの顔はなかった。
かわりにあったのは、鋭い眼差しでこちらを見つめるお姉さまの姿だった。
一気に室温が下がったかのように周りの空気が凍りついた。


「貴女の祐巳ちゃんに対する思いはそんな程度なの?」
「なっ!!」


明らかな挑発の言葉。
その言葉には怒りさえにじんでいる。


「何も言わない、手を伸ばそうともしない、なのに貴女はあの子が遠ざかるのを許せない」「・・・・祐巳は私から離れてなどいません!」

「今だってそう、何故私にその思いをぶつけないの!
祐巳ちゃんが好きなら言葉にすればいい!傍にいて欲しいと手を伸ばせばいい!
そうよ、貴女の言うとおり祐巳ちゃんは離れてなんかいない、祐巳ちゃんを遠ざけているのは貴女自身よ祥子!!」

「っ!!」
「・・・・祥子、私は祐巳ちゃんが好きよ。
貴女のことや聖や江利子、山百合会の皆は大切な仲間だし、もちろん好きよ。でもね・・・・」


ふっ、とお姉さまの瞳が優しいものに変わる。


「あの子に対する好きは、他のどんな好きとも違うのよ」


それは・・・・分かる。
祐巳を思う自分の気持ちもそうだから。


「貴女や聖の方が、心配で目が離せないはずなのにね」


そう言って苦笑するお姉さま、
聖さまと同列に扱われるほど、そんなに私は手がかかったのだろうか?


「・・・・だから祐巳は渡せない、そういうことですか?」
「YESでありNOね。祐巳ちゃんは渡したくない、
でも祐巳ちゃんが私以外の人間を選ぶのなら、それに異議を唱えるつもりはないわ」
「なぜです?祐巳を奪われても構わないと言うのですか?!」
「・・・・祥子にとって愛は奪うものなの?」
「え・・・?」
「私にとっては・・・・そうね、育むものかしら」
「育むもの・・・?」
「えぇ、奪ったり奪われたりするのではなくて、育むものだと私は思うの。
だって、私と祐巳ちゃんが育んできたものと、貴女と祐巳ちゃんが育んできたものは、まったく別のものでしょう?」


私と祐巳の思い、そしてお姉さまと祐巳の思い・・・・・


「私と祐巳ちゃんの間にあるものを誰かが奪うことはできない、
同様に、貴女と祐巳ちゃんの間にあるものを奪うことだって、誰にもできないのだから・・・・」


『奪う』ものではなく『育む』もの・・・・お姉様はそう言って、温室をでていった。

お姉様は祐巳を私から奪った。
だから私は奪いかえしたかった。
・・・・そう思っていた。

いや、きっと本当は分かっていた。
祐巳と私の絆は奪われてなどいない。
そう、『変わらなかった』だけ。いや、着実に進んでいた。
時々戻ったりもしながら、一歩一歩、少しずつ、姉妹として。
そしてお姉様は、姉妹とは違う思いを、祐巳との間で育ててきた。

だから怖かった。
私と祐巳の絆より、祐巳とお姉様の思いが強くなっていくのが。
私を置いて二人が遠くへ行ってしまうのが。

なにより気がついてしまったのだ。
私が欲している姉妹としての思いだけでは無いことを・・・・


そしてお姉さまは最後にこうも言っていた。


「逃げていたいのなら、いつまでもそうしていなさい。
けれど、譲れない思いだと言うのなら、あの子とちゃんと向き合いなさい」


私、私は・・・・

譲りたくない、
いえ、譲れませんお姉様。

だから・・・・時間はかかっても、
私は私のやり方で、この思いを育ててみせます。
今はあなたの思いの方が大きいけれど、いつの日か、きっと・・・・


それになにより、
私が負けず嫌いだって知ってるでしょう?お姉様。





「ごきげんよう」


薔薇の館の扉をあけると、そこにはお姉様と白薔薇さま、そして祐巳がいた。


「ごきげんようお姉様!」


入って来たのが私だと分かると、祐巳の表情がぱっ、と明るくなった。
もちろん、この子はいつも顔だけでなく、全身で喜びを表現してくれるのだけれど。


「ごきげんよう、祐巳」


そして私もいつものように、祐巳のリボンを少しだけ手直しする。


「いいな〜祐巳ちゃんいじれて。祥子ぉ、私にも祐巳ちゃん貸して♪」
「お断りいたします、白薔薇さま」
「えー、祥子のケチー」


まったくこのお方は・・・・
笑ってないで、なんとか言ってください、お姉様。


「あぁそうだ、祥子、今日の会議は中止になったよ」
「中止・・・ですか?」
「えぇ、由乃ちゃんは定期検診、志摩子は委員会、令も部活の方に呼ばれてしまって・・・・」
「んでもって黄色のおでこは上の空っと」


おでこって・・・・
黄薔薇さまの耳に入るとまた厄介ですよ白薔薇さま。


「まぁそういう訳だから」


白薔薇さまの隣でお姉様が苦笑しながそう言った。


「分かりました、それでは今日は失礼させていただきます・・・・祐巳」
「はい」
「・・・・一緒に帰りましょう」
「・・・へ?・・・・は、はい!お姉様!」


「・・・お姉さま」
「何、祥子?」
「・・・私、負けませんから」
「・・・・そう、楽しみにしてるわ」


「お待たせしましたお姉さま!」
「帰る支度は終わったの?」
「はい!」
「そう、それじゃあ帰りましょうか。ごきげんようお姉様、白薔薇さま」
「ごきげんよう紅薔薇さま、白薔薇さま」





「ふむ・・・・一歩前進、ってとこかね?」
「・・・えぇ、そうね」


祥子の宣戦布告を聖は前進と見たようだ。


「紅薔薇さまの目論見通り?」
「さぁ・・・・どうかしらね」
「・・・・まぁいいや、それじゃ私も帰るわ」
「えぇ」
「ごきげんよう、紅薔薇さま」
「志摩子と一緒に帰宅ってわけね。ごきげんよう、白薔薇さま」


そういうと聖は少しだけ照れ笑いをしてでていった。
いつの間にか、志摩子の委員会が終わる時間になっていたから、志摩子を誘って帰るのだろう。
私は皆が帰った薔薇の館で紅茶を飲みながら、今日の自分の行動を振り返る。
温室で発破をかけたこと、一言で言えば祥子をつついただけではあるが。
祥子の様子を見た時、あのままにはしておけなかった。
それほど今日の祥子は危うかった。

・・・・もっとも、その原因をつくっているのは私なのだけれど。

それでも放っておけなかった。
祥子は大切な妹だ。
祐巳ちゃんに思いをよせてからも、それは変わっていない。
それが真剣な思いであるからこそ、私は祐巳ちゃんにも祥子にも、
そして向かってくる全ての事に対して、私は正面から立ち向かわなければならないのだ。
それに何より黙って見てるなんて・・・・



「趣味じゃないのよね」



そう呟いて、窓から見上げた空は限りなく澄んでいた。
まさに、マリアさまの心。
それはまるで、私たちの新しい出発を祝福するかのような青さだった・・・・


・・・fin


                                     
あとがき(言い訳)

皆様ごきげんよう。最近・・・に限らず、とにもかくにも忙しいです。
倒れるとしたら過労か心労だと思っているキッドです。
にしても、や、やっと終わった・・・・ぐはぁ。
長かったです、構想から書き上げまで約半年強かかりました。
そして修正から更に発表までに1年以上・・・・なんかこんなんばっかです(苦笑)
だもんで途中で頭ん中がこんがらがったりするし(笑)
この思いをどう文章にすればいいんだろう?
とかも毎度思いますけど、今回はそれがいつにも増して多かった気がします。
シリアスだと特にそうですね、難しいです・・・・すんごい難産でした(苦笑)
お話的には、キッドの考え方を代弁してもらった感もけっこうあります。
偉そうに語れるほど人生経験積んじゃいませんが(汗)
今回のお話は蓉祐シリーズの一部なんで蓉祐を前提に書いてます。
その上での蓉子さまと祥子さま、っていうのを一度書いてみたかったんですよね♪
いつもはギャグ仕様で、祥子さまバイタリティーに溢れてますが(笑)
その前にこんなやり取りがあったんだな〜、って思いながら読んで頂けると
他の作品や今後の新作もまた違った風に見えてくるかもしれませんね。

さてさて、最近怒涛の勢いで(私にしては)SSを書いていますが、
この勢いはまだまだ続きます!!・・・・冬休み中だけですが(汗)
もう何本かあちこちで(笑)更新していこうと思うんで、
見かけたら読んでやってくださいまし(笑)(主にマリみてSSリンク中心に出没します)

それではまた〜、ごきげんよ〜(キ^^)ノ


→マリみてSSTOPへ

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