とある親友の記録














一般的に大学受験に際し、大学そのものを確認せずに志望校にするケースは少ない。
いわゆる滑り止めと呼ばれるような第三、第四志望以降の学校であればともかく、
第一志望の学校には受験の前に足を運ぶものである。
もちろん、各々の状況もあり必ずしもではないし、運ぶ必要もなく志望校として名前があがる有名大学も存在する。
 
 
 
 
「でも百聞は一見に如かずって言うものね!」
「……」
「バスも混んでなくてよかったですね」
 
 
 
 
ましてや現役高校生なら尚更だろう。
概ね志望校として固まっていたとしても、オープンキャンパスや学園祭に参加するのは自然の流れに違いない。
例えそれが、ちょっと『一般の高校生』とはどこか違う気がするこの三人であったとしても。
 
 
 
 
「写真で見るよりも大きいわね〜」
「……」
「このキャンパスだけでも複数の学部がありますから」
「そこが悩ましいところよね、選ぶ学部によってはバラバラなんだもの」
「……」
「そうですね……でも全員同じキャンパスの可能性もありますから」
 
 
 
 
三人……、その学生達は三人組だった。
他にバスを降りたいくつかのグループと同じく、オープンキャンパスに合わせて大学の見学に来たことに間違いはない。
けれど他のグループの学生達と違って、どこか浮いたように感じるのはけして気のせいではなかった。
大抵の学生達が同じ高校の制服のグループで構成されていたし、それ以外は私服の見学希望者が普通なのだから、
違う学校の制服、尚且つ三人ともが全然違う制服に袖を通していればいやでも目立つ。
しかも三人とも個性は全く違うものの、それぞれ整ったと評するに値する容貌をしていた。
注目するな、という方が余程難しいに違いない。
例え、どれだけその中の一人がそれを不本意に思っていたとしても。
 
 
 
 
「さて、まずは受付に行かないとよね」
「……」
「そうですね、資料もそこで貰えるはずですから」
「てことは……って、ちょっとゆみ、聞いてる?」
「……」
 
 
 
 
そんな三人組の中央。
いつもは冷静で知性的な光を宿した瞳の生徒……加治木ゆみは眉間に深い皺を刻んだまま、
バスを降りてからも不機嫌を隠そうとせず、ずー……っと、黙りこんだままだった。
彼女は不機嫌であると同時に自問していた。
おかしい、なぜこんなことになったのか、と。
 
 
 
 
「おかしいわね、耳が遠くなるにはまだ少し早いと思うんだけど」
「………………」
 
 
 
 
そう言いつつも、明らかにゆみの様子を面白がっていることを隠そうとしない右側の生徒、
竹井久の言葉にゆみのこめかみのあたりがビキッと音を立てた(ような気がする)。
血管がはち切れるなんてことがあるなら今じゃないかとゆみは思う。
 
 
 
 
「……むしろお前の声が幻聴であってくれたならどれだけいいだろうかと思うよ、私は」
「……」
「……」
「……認知症?」
「違うっ!!」
 
 
 
 
けれど久は、そんなずしっと重くなったゆみの不機嫌オーラに怯むような、可愛げのある性格をしていなかった。
ゆみから言葉を引き出せたのを良い事に、そこにまたかぶせていじりにかかる。
返事をしたら負けだと分かっていたからここまでずっとゆみは黙っていたのだが、その努力もむなしく散った。
かくなる上は性悪の友人……友人と評していいのかもの凄く疑問で不本意だと思いつつ、
久のオモチャになることだけは避けなければと決意する。
 
 
 
 
「知ってるゆみ? 65歳未満の認知症は若年性アルツハイマーと言って……」
「だから違うと言ってるだろうが!!」
 
 
 
 
ただその決意もむなしく、既に悪友にがっちりとペースを握られているのは誰が見ても明らかだった。
いっそこの悪友の存在を忘れてやリたいと思わなくもない。
残念、いや幸いなことに、至って健康体のゆみはいちいち久の言葉に反応してしまうわけなのだが。
 
 
 
 
「そもそもどうしてお前達がここにいるんだ!」
「そんなの見学に来たからに決まってるじゃない」
「だからそうじゃなくて……福路」
「あ、はい、今週ならちょうど私も上埜さんも時間がとれそうだったので……」
「……いや、だから、そうじゃなくてだな、なんでお前達がここにいるのかと……」
「え、えと……電車に乗ってきました、けど……?」
「……」
「……」
「……久」
「ぷっ……さ、さすが福路さんだわ……くくっ……」
 
 
 
 
そのままぷるぷると肩を震わせる久に、脱力するゆみ。
そして三人のうち左側にいた生徒……言わずと知れた名門、風越女子の福路美穂子は、そんな二人の様子に一人きょとんと首を傾げた。
生真面目で朗らか……そしてどこか少しずれたところのある美穂子だが、当然久と違って彼女はとても素直だ。
その素直さは、時に本音を上手く隠してしまう久でさえ戸惑わせる程で。
その美穂子が言うのだから、本当に学校見学なのだろう。
でも今週あたりを目処に来る予定だったのが嘘ではないのなら、一体どこから自分の方の予定が漏れたのか。
 
 
 
 
「……はぁ、それで、なんだって今日、この時間のオープンキャンパスなんだ?」
「あー笑ったわ……ふふ、それは私に聞かなくてももう分かってるでしょ?」
「蒲原か……」
「ええ、そうよ『私は行けないからなぁ、ゆみちんをよろしくな〜』って言ってたわ」
 
 
 
 
わははー、とお決まりの台詞が口調と一緒にゆみの脳内で再生される。
同級生の蒲原智美は、久とは違った意味でゆみに頭痛を起こさせることのできる人物の一人だ。
確かに今日、智美は用事がありこちらに来ることは出来ない状況だった。
 
 
 
 
「補習でな……」
「そ、そう……」
 
 
 
 
もうすぐ三年生の成績が決まる時期だと言うのに、智美の成績は芳しくない。
というかむしろかなり恐ろしい状況だ。
先生方が補習してくれるというのならありがたく受けるべき……
そう考えたゆみは遠慮なく智美を置いて、予定通り今日見学に来ることにしたのだ。
どの道今日見学に来た大学はゆみ、そして久と美穂子の第一志望であり、智美が受ける予定の大学ではない。
……それはいいのだ、だって仕方がない。
 
 
 
 
「なぜ蒲原からお前に連絡がいくんだ……」
「だって元部長同士だもの、連絡先くらいちゃんと交換してるわよ」
 
 
 
 
そう言う問題じゃない、とゆみは顔を覆った。
なんだって今日の事が自分に知らされていないのか。
最寄りのJRの駅に降り立ちバス停に向かおうとして見知った顔に遭遇したあの瞬間。
 
 
 
 
『あ、きたきた、遅いわよゆみ〜』
『おはようございます、加治木さん』
『……は?』
 
 
 
 
それは偶然遭遇した訳ではないと言外に言われているも同然で、
珍しくゆみは現実に思考が追いつかない、という貴重な体験をすることになったのだった。
……要するに売られたのだ、間違いなく。
 
 
 
 
(か、ん、ば、らぁぁ〜〜っ!!)
 
 
 
 
智美といい久といい、なぜこうもクセのある人間が傍によってくるのだろうか。
近いうちに悟りが開けるのではないかと時々思う。
 
 
 
 
「それで、わざわざ私と時間を合わせたのか?」
「まぁね。といっても元々今日か明日かで考えてたから大した変更でもないんだけど」
 
 
 
 
それにどうせなら、三人で回った方が楽しそうじゃない?
……そう言って笑う久はそれが本音なのだろう、面白そう、という理由で今日の遭遇を企画したのだ。
その時点で知らせてくれればよかったじゃないか、とゆみは思うが相手が智美、そして久ではそれを言葉にする気も最早起きなかった。
馬耳東風、久の耳に念仏だ、とゆみは早々に諦めた。
……そもそも、なんのかんの言ったところで、ゆみ自身がこの面倒な友人達を嫌っていないのだから、全ては予定調和の一環に違いない。
それがゆみの本意であるかは激しく微妙なラインかもしれないけれど。
 
 
 
 
「あの……すみません加治木さん、ご迷惑でしたか……?」
「……いや、驚きはしたが迷惑ではないよ。少なくとも一人で退屈することはなさそうだ」
「そうよね、今日は東横さんもいないことだし」
 
 
 
 
そんなからかい混じりの久の口調に、またしてもゆみのこめかみがぴきっと引きつる。
別にゆみも年がら年中桃子と一緒にいるわけではない。
今日のオープンキャンパスにしても連れてこれなくはなかったが、
一年生の桃子をつき合わせるのも悪いと思って連れてこなかっただけである。
いやそれより暇つぶしに本一つも読めないような無趣味な人間ではない、とゆみの眉間にまたしても皺がよる。
その反応が久を楽しませているのだが、それが分かっていても反応してしまうくらいにはゆみは素直な人間だった。
まさに久好みのおもちゃである。
 
 
 
 
「久……お前とは一度ゆっくり話し合った方がよさそうだな?」
「あら、愛の告白? 照れるわね、いつでもいいわよ?」
「何を馬鹿な……」
「だ……ダメです!!」
 
 
 
 
突然、二人の会話を遮るように美穂子が声を上げた。
 
 
 
 
「えっ……」
「は……?」
「あ、あの、えっと、だって……告白とか、そんな……」
「……いや、ありえんから落ち着け、福路」
 
 
 
 
久の言葉を勘違いした、というかこれまたゆみ以上に素直に反応した美穂子に対して、久もゆみもしばしぽかんと見つめてしまう。
しどろもどろになりながら告げる美穂子に、こっちはこっちで扱いが難しいとゆみは思った。
ある意味でお似合い、というかこれくらいでないと久にはついていけないのかもしれない。
 
 
 
 
「おい、お前も何か……久?」
「……え、あ、あぁそうね、うん、冗談だから気にしなくて大丈夫よ」
「……す、すみません……」
「いや、えと、こちらこそ……?」
「……」
 
 
 
 
向かって右側には珍しく歯切れの悪い久、左側には真っ赤な顔であわわしている美穂子。
位置取りが悪かった。
思わぬ地雷で発生した桃色の甘酸っぱい空気にゆみは思わず天を仰いだ。
 
 
 
 
(はやまったかもしれんな……)
 
 
 
 
地雷を踏んだのは自分なのか久なのか、はたまた美穂子なのかかなり微妙な気がするが、
三人で回るということは、この後もこの甘酸っぱい空間が発生すれば否応なくそこに身を置くことになる、ということで。
 
 
 
 
(モモを連れてくるべきだった……)
 
 
 
 
どうして今ここにモモがいないんだ……などと逃避気味に考えて大きく嘆息したゆみだった。

 
 
 
 

...To be Continued 

 
 


あとがき(言い訳)

部長達は高校三年生!……ってことは大学見学くらい行ったりしてるよねー、ということで書いてみました。
かじゅはきっとこれから先がなおの事苦労人、そしてそして部長と絡ませるのが大好きです。
部キャプとかじゅモモ前提でお互いなんやかんや言うてる二人とか超楽しいですw
いつかタグに部かじゅって付けられるような物も書けたらなーとちょびっと目論見つつ、美穂子さんと桃子さんに刺されそうですw

ちなみに3/17の新刊に収録したお話の一つで微妙にこの後2ページ弱くらい後半のお話がありますが、
まぁサンプルだしきりがいいのでここまで公開しました〜。
通販ページはまだ出来てないのでそのうちリンク張ります〜。

2013/3/10


咲-saki-SS館に戻る

inserted by FC2 system