弱い時ほど














「でねー、ちょーっとはしゃぎすぎちゃってね?」
『はぁ……?』
「いやほら、こっちだと珍しいじゃない?」
『まぁ、そうですね……』
「だからほら、たまにはこういうこともあると思うのよ」
『ないと思います』
「えー?」
 
 
 
 
ズバン、と後輩にぶった切られ電話口で久は呻いた。
久しぶりに電話してみれば、向こうの後輩はどうやら相変わらずな性格らしい。
変わっていないことは嬉しいような心配のような、もう少し柔軟性というものを持ってもいいのではないか、とも思えるので少々気になるところである。
 
 
 
 
「和〜、もう少し雰囲気柔らかくならないの? もう一年生じゃないんだし、新部長がそれじゃあ新入生たちが萎縮しちゃうわよ?」
『そ、そんなことありません! 大体それを言うなら竹井先輩の方こそいい加減行動に分別を……って聞いてますか!?』
 
 
 
 
電話口から聞こえる笑い声に、和は彼女らしくもなく声を荒げる。
こんな風に語気を強める和は久相手でなければそうそう拝めるものではない。
実は電話の場所が麻雀部の部室で、これまたたまたま後ろで会話を聞いていた咲はさすが竹井先輩だなぁ、なんて変な方向で感心しているとは電話に夢中の和は気づいていない。
優希あたりでも語気を強めさせる程度なら出来るかもしれないが、どこか甘えを出せる相手は久くらいかもしれない。
ちょっと羨ましいかも、と思う咲だが、現在進行形で和の心を一番かき乱すことができるのが自分だと、本人は今もって気づいていない。
 
 
 
 
「まぁ頑張ってね和」
『なんの話ですかっ!?』
 
 
 
 
道のりは長そうだ。
たぶんある意味全国よりも。
 
 
 
 
『……で、いつまで続けるんですかこの茶番を』
「え、和の気がすむまで?」
『電話をかけてきたのは竹井先輩です!』
 
 
 
 
平気で人に責任をなすりつける久の性格もあれからまったく変わってない、と和は軽い目眩をおぼえた。
一緒の大学に進んだ……進んでしまったあの人の気苦労はいかほどだろうか。
 
 
 
 
『大体、いくら風邪で動けなくて寂しいからって、手当たり次第人に電話するのをやめてください。というか寝てください。治してください』
「……手当たり次第になんてかけてないわよ?」
『先ほど加治木さんから麻雀部のPCにメールがきてました。竹井先輩が風邪ひいてるくせに大人しくしないから、こっちにも連絡がくるかもしれない、と』
「……むぅ、裏切ったわねゆみ……」
『そもそも雪ではしゃいで、雪ダルマと雪うさぎ作ってその上雪合戦で走り回った挙句に翌日風邪ひいて寝込むとかどこの小学生ですか。別に雪なんて珍しくもなんともないでしょう』
「あら、こっちでは珍しいわよ? ほとんど降らない年だって珍しくないんだから、積もるなんて凄いじゃない」
『……その度に風邪ひく気ですか……』
 
 
 
 
冬の大雪。
そんなものは地元では珍しくもなんともない。
自分達のいた地域はさほど降るところではなかったが、県自体は東京よりよほど降る。
東京は降らない、と思っていた久からしたら先日の降雪はなぜかわくわくするものだった。
サークル自体は当日お休みとなり、一日だけの雪遊び部がいくつも出来た。
この歳になって、とか寒いからいい、という人も多かったが、一部心を同じくする面子と駆けまわってしまったのも仕方がない。
図ったように風邪をひいて寝込むなんておまけさえつかなかったら、とても楽しい雪だったに違いない。
 
 
 
 
「平気よ、ちゃんと薬も飲んだし」
『じゃあ寝てください』
「眠くなるまで付き合って」
『喋ってて寝れるわけないでしょう!?』
 
 
 
 
無茶振りの中にらしくない我がままが仕込まれているのは風邪のせいか。
一番近くにいる人にこんな事が言いにくい分、和やゆみに対して随分と遠慮がないな、と久自身気づいていた。
 
 
 
 
『私達に絡むのはやめてください』
「じゃあ和は咲に絡むのね」
『か、絡みません!』
「なら私と同じじゃない」
『と、とにかく、ちゃんと寝て早く治してください。それじゃあ切りますよ』
「はいはーい、そっちも頑張ってね。咲とか咲とか」
 
 
 
 
ほっといてください! という叫びと共にブツっと電話が切れた。
分かりやすい後輩だ。
電話の向こう側であたふたと咲に言い訳をしている様子が浮かんで、くつくつと久は笑った。
その拍子に咳の衝動が喉の奥から上がってきて軽くむせる。
少し長く話すぎた。
風邪をひくと、というか人間弱い時は心細くなる、というのは本当らしい。
心配をかけすぎないように、という配慮はあったがそれにしては甘えすぎた。
受験生のまこには頼らなかったが、ゆみと和にはちょっとやりたい放題だった気もする。
あとでちゃんと謝っておこう、そう溜息をついた。
 
 
 
 
「さて、どうしようかな……」
 
 
 
 
ベッドで丸くなり一人ごちる。
薬は和に話したようにちゃんと飲んである。
飲まないでゆみに電話したらこれでもかと既に叱られたからだ。
だるくて面倒で愚痴ってから飲もうと思ったのが間違いだった。
次に合った時にきっとまた文句を言われるのだろう。
 
 
 
 
「まぁ確かに飲んだから楽にはなったけど」
 
 
 
 
ゆみの言う通りにして薬を飲んだら、ベッドの中は変わらなくても随分楽になった。
そのせいでついつい可愛い後輩を長めにからかってしまったとも言えるあたり、和にとっては不幸だったかもしれないが。
 
 
 
 
「まぁ程良く眠くなってきたし、少しゆっくり寝ようかしらね……ん?」
 
 
 
 
ストレスの発散と寂しさを紛らわせたおかげで、久にもようやく訪れ始めた睡魔。
その誘惑にそろそろ乗ろうかと毛布をかぶりなおしたところでそれに気づいた。
カチャカチャと鳴るドアノブ。
回されるロック。
一瞬躊躇するような空白を挟んでそっと扉が開かれた。
 
 
 
 
「……なんとまぁ」
「あ……すみません、起こしましたか?」
 
 
 
 
中に入ると呆然とドアを見つめていた久と目が合った美穂子が申し訳なさそうに呟いた。
 
 
 
 
「……合い鍵、渡した覚えがないんだけど?」
「はい……私も何度もポストに放置するのは止めた方がいいって言った気がします……」
「……あー……」
 
 
 
 
美穂子の返事に久は横になったまま天井を仰いだ。
そういやそんなこともしたなぁ、と。
けしてこんな状況を期待したからではなく、単に鍵を忘れた時のことを考えると隠すのも面倒でポストに放っただけのことなのだが、こうしてみるといつもの悪運の強さに見えなくもない。
たとえ不用心だからと何度も美穂子に怒られていたとしても。
 
 
 
 
「えと、薬は飲みましたか?」
「えぇまぁ……」
「じゃあ休んでてください、お粥か何か作っておきますから……」
「……講義は?」
「……」
 
 
 
 
台所に立つ美穂子の背に、久がありがとうを飲み込んで先に質問をしてみると返ってきたのは沈黙で。
真面目な彼女にしては選択ではなく決断であっただろうことに久は溜息を忍ばせた。
――だから内緒にしてたのに。
 
 
 
 
「……風邪が酷いなら、言ってくれたっていいじゃないですか」
「……別にそこまでたいしたことじゃないのよ? 起きあがれないってわけでもないし……」
「そういうことじゃありませんっ……!!」
 
 
 
 
ぎゅっ、と手に持ったスーパーの袋を握る様子に、久は今度こそはっきりと溜息をついた。
本当に大失敗だ。
きっと心配をするだろう美穂子に少し調子が悪いから念のため休む、とだけしか伝えていなかったのが裏目に出た。
おそらくゆみあたりから連絡がいったのだろう。
口止めを忘れたのも失敗なら美穂子にそんな顔をさせたのも失態だった。
 
 
 
 
「……ごめんなさい……」
「……どうして美穂子が謝るの?」
「……それは……」
 
 
 
 
それきり俯いてしまった美穂子に久もまた黙り込む。
……頼りないと思っているわけではないのだ。
むしろ頼りすぎてしまうことの方がよほど多いと久は思っている。
頼って甘えて、そんな自分になってしまう気がして怖い。
 
 
 
――なんて、それもただのいい訳か。
 
 
 
本当はただ、彼女の前では恰好をつけていたいだけなのかもしれない。
 
 
 
 
「ねぇ美穂子、貴女は自分が頼りないと思っているのかもしれないけど違うわよ。本当に。……あんまり甘えた私を見られたくないだけなんだわ、きっと」
 
 
 
 
貴女だってそうでしょう?そう久が少し困った様に笑うと俯いていた美穂子が顔を上げて言った。
 
 
 
 
「……じゃ、じゃあ私ももう少し甘えます!」
「……は?」
「だ、だから……」
 
 
 
 
もう少しだけ、甘えてください……
やっとの思いでという風にそんな言葉を聞かされて、それでNOだなんてどうしたら言えるのか。
あぁ本当に参った、だから美穂子には敵わないと嘆息する。
……何より本心では久自身それを望んでいたのだから。
 
 
 
 
「分かった……じゃあ手始めにそれあげる」
「え?」
「鍵。そのまま持って帰って構わないから」
 
 
 
 
本音を隠すことは上手い久、そして美穂子。
そんなところはよく似た二人だから、少し歩みよるくらいがちょうどいいのかもしれない。
 
 
 
 
「まぁ、いっそのこと同棲でも私はいいけど?」
「!!!!?」
「っていうのはまぁ冗談……美穂子? 美穂子ーっ!?」
 
 
 
 
だからと言って一気に踏み込まないように気をつけよう。
へたり込んでしまった美穂子を抱えて苦笑した風邪っぴきの久だった。

 
 
 
 

...Fin

 
 


あとがき(言い訳)

こちらも昨日のと同じく23日の「りんしゃんかいほー5」にて発行予定の『Harmony』より抜粋です。
眠くて昨日はUPまで辿りつけませんでしたww
まぁおかげでHPの更新は寝てましたと言わんばかりに色々ミスがあってひどかったですはい(苦笑)
最初に書いた時期が冬だったのでこのお話自体は冬ですが、他の短編は一応夏仕様ですw
とらのあなさんへの委託も決まってるので後日こちらを含む新刊の通販も始まるのでよろしくです〜☆

2012/9/22


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