近くて遠くて寄り添って






 
 
 
 
「……なぁ」
「いやや」
「けどな」
「いやや」
「……竜華」
「いややいやや、ぜーっったい、嫌やーーーーっ!!」
「……はぁ」
 
 
 
 
団体戦の準決勝、先鋒戦終了と同時に救急車で運ばれた私は、当然のごとく病室へと押し込められた。
大袈裟すぎると思わなくはないけど、極度の衰弱と過労は誤魔化しようもなく、少なくとも今日一日は入院になってしまった。
それでも、幸い目に異常があったりということは無かったし、竜華達の試合中にこっそり牌を弄って確かめたところ能力も消えてはいなかった。
今の状態でははっきりと見えなかったが、きちんと休めば能力の方も戻るだろう。
私としても安心してゆっくり寝れるのはありがたい。
二巡先どころか三巡先まで見て倒れるだけですんだのは僥倖だけど、さすがにもう限界だ。
なので病院で一泊、ということについて異論はない。
――少なくとも私はやけど。
 
 
 
 
「けどな、竜華……」
「嫌や」
 
 
 
 
取りつく島も無い。
問題はそう、私ではなく竜華だった。
別に竜華も私の休息に反対しているわけではない。
というか、むしろこれ以上無理しようものなら、どれだけ怒られて泣かれるか分からない。
では入院が反対なのか?
……実は病院に一泊することについて反対なわけでもない。
竜華やセーラのように個人戦も後日控えているメンバーがいるので、この後もホテルを押さえてあるが、当然私の体調を考えれば病院の方がいいと竜華ももちろん分かっている。
……分かってはいるのだ。
ただ私の入院ではなく自身の行動に譲れない部分があるだけで。
 
 
 
 
「でもな……そろそろほんと面会時間が終わりなんよ……」
「帰らへん」
「おい竜華、しゃーないやんか、病院の方が怜にもええんやから」
「そんなん分かってるわ!せやから私もここに残るって言うてるやん!」
「いや部長、せやから面会時間が……」
 
 
 
 
それでも帰らへん!と竜華は頑なにその場を動かない。
そうなのだ、入院もしょうがない、ホテルに帰れないのもしょうがない、でもだったら自分が残ればいい、と竜華は私のベッドサイドから動かなくなってしまった。
けれど病院には面会時間というものが存在する。
外を見れば、そろそろ日も落ちようかという時間になっていて、面会時間が残り少ないことを教えてくれる。
 
 
 
 
「竜華……私は大丈夫やから……」
「あかん、うちはもう怜の大丈夫は信じへんことに決めたんや!」
「うっ……」
 
 
 
 
そう切り返されると私としては立場が弱い。
約束は破るわ倒れるわしたのだから、こればかりは何も言えない。
同時に、こんな風に竜華がはっきり言い切るのだから、それだけの心配をかけてしまったのだと思うと申し訳なかった。
……いやだからって帰らへんでええとは言えんのやけど。
 
 
 
 
「あぁもー、ちょぉ耳貸せや竜華!」
「ちょ、ちょぉセーラ、何すんの!?」
「文字通り首根っこやな」
「普通首締まりません?」
「そこはタイミング合わせてるから大丈夫やろ」
 
 
 
 
業を煮やしたセーラに、むんずと制服の襟首を掴まれた竜華が引っ張られる。
ただ船Qと泉の話を聞く限り別に苦しくはないらしい。
 
 
 
 
「……でな……」
「うん……」
「だから……」
「……まぁ、うん……」
 
 
 
 
私に背中を向けたままひそひそと何かを話す二人。
漏れ聞こえてくる部分では何を話しているのか分からない。
分からないけど……あんたらそれ絶対ええことやないやろ、なぁ?
 
 
 
 
「……よし、ほなそういうわけで俺らはホテルに戻るわ」
「……え?」
「また明日きますよって」
「ゆっくり休んどってください」
「え、あ、うん……」
「う、うぅ……怜ぃ……」
「ほら行くで竜華」
「あぁぁ、や、やっぱりもう少し……」
「諦めましょうや」
 
 
 
 
いったいどうやって竜華を説得したのか。
ほな、と手を上げてセーラが竜華を引きずっていく。
竜華はやっぱりまだ残りたそうやったけど……もう時間もないしな。
 
 
 
 
「……まぁ、竜華もセーラ達がいれば大丈夫やろ……」
 
 
 
 
そう、竜華にはセーラ達がいるから大丈夫。
面会時間も限られているのだから仕方がない。
だから……本当は少し寂しいだなんて、私が言う訳にはいかない。
 
 
 
 
「……竜華のあほ。昨日竜華がくっついて寝たせいや……」
 
 
 
 
一人で寝る病院のベッドが冷たいなんてことくらい、我慢しなければいけないのだ。
 
 
 
***
 
 
 
温かい手が私の髪を撫でていく。
ゆっくり、優しく、髪の感触楽しむようでいて、私を起こさない様にと細心の注意を払って。
私はこの触り方を知っている。
優しい竜華。
大好きな竜華。
いつだって竜華は私に優しくて甘々で、だからこそ私は、この手をとったらあかんて思うんや。
 
 
 
 
「ん……」
「あ……ごめん怜、起こしてしもた……?」
「……りゅー、か……?」
 
 
 
 
まどろみから浮かび上がる様に瞼をあければ、見知った竜華の顔が傍にある。
確かに竜華に頭を撫でてもらう夢を見ていた気がするが、どうして起きてまで竜華が傍にいるのだろう。
見まわした室内は確かに病室に違いないのに。
 
 
 
 
「……なんで?」
「その……怜の傍に、いたくて……」
「けど……どうやって……」
「さっき帰ったふりして……その、セーラ達と隠れてたんや……」
 
 
 
 
ごめん!……と私の前で手を合わせる竜華。
そこから少し視線をずらせばベッドにもたれかかって眠っているセーラと泉、椅子に座ったまま眠っている船Qも見つけることができた。
隠れてた、って……あんたら子供か。
しかもセーラ達まで何してんのほんま。
 
 
 
 
「……さっきのひそひそ話はこれか……」
「うぅ……ご、ごめんな……」
「ええけど……朝になったら先生と看護師さん達にめっちゃ怒られるんは覚悟しといた方がええで?」
「や、やっぱりそうなるんか……」
 
 
 
 
当たり前やん、と苦笑すると竜華は私のベッドに突っ伏した。
 
 
 
 
「……別に、私は大丈夫やで? こんな無茶せんでも……」
「言うたやろ、あんたの大丈夫はもう信用せえへんて」
「竜華……でも」
「……寂しそうな顔、しとったやん」
「……っ!?」
 
 
 
 
続けようとした言葉が遮られる。
竜華の言葉に、はっと顔に手をやるが数時間前どんな顔をしていたかなんて、私には分からない。
竜華達が帰るのは、寂しかった。
でもそれは私が無茶をした結果であって、他の誰のせいでもない。
寂しいからといって、それを顔には出さない様にと思っていたはずなのに。
 
 
 
 
「そんなん分かるわ。怜が膝枕ソムリエやったら私は怜ソムリエや」
「……ぷ、なんなんそれ……」
「そんで怜が寂しい時は傍におって、いっぱい甘やかしたるわ」
「……もぉ十分甘やかされてるわ」
 
 
 
 
いつもいつも、私の方が甘えてばっかやん。
少しくらい、私は竜華に何か返せてるんやろか?
 
 
 
 
「せやから、まぁ……怒られるんはええんよ。あんたの傍にいられん方が嫌や」
「竜華……」
 
 
 
 
何でも言うてやー、と笑う竜華に私が言うてもええことはなんやろか。
どこまでがよくてどこからがダメなのか、それが未だに分からない。
竜華の好きと、私の好きは、似てるようできっとまったく違うから。
 
 
 
 
「……ちょぉ寒い、かも」
「え、ほんま?空調はさっき切ったんやけど……怜?」
「……」
 
 
 
 
少し温風でもつけようか、と立ち上がりかけた竜華の袖を引く。
眠りにつく時、このベッドは寒いと、寂しいと感じたのは確かで。
少しくらい寝るのに苦労しても、昨日みたいに竜華の温もりがあったらいいのにと思ったから。
……だから、これくらいなら自分から求めても許されるだろうか?
 
 
 
 
「えーと……ほな失礼して……」
「ん……」
「寒ない?」
「うん……あったかい……」
 
 
 
 
私を抱き寄せるようにして入ってきた竜華の肩口に顔を埋める。
あぁそういえば竜華は制服だった、皺になったら申し訳ないな、という考えが少しだけよぎるがこの温もりの誘惑には勝てそうにない。
膝枕とも、手を繋ぐのとも違う不思議な感覚。
昨日は竜華がじゃれて背中からくっついてきたけれど、今日は向き合っている分もっと竜華のことを感じられる。
ええなぁ、って思う。
あったかくて幸せで、少し切ない。
私はあとどれだけ、竜華とこうしていられるんやろか。
 
 
 
 
「……なぁ怜」
「何?」
「……あんた今、何考えとる?」
「……」
 
 
 
 
せめて卒業するくらいまでは、なんでもない顔をしていなければ。
……そう思うのに、今日の竜華は私にそれを許してくれない。
 
 
 
 
「別に、なんも……」
「私には言えへん?」
「……なんで、竜華は……」
「……そやね、なんでやろ。今日はいつもより、怜のことが分かる気がするんよ」
 
 
 
 
たぶん今日は弱っててダダ漏れなんちゃうか?
そう言って竜華は笑う。
 
 
 
 
「それは、あかんな……」
「……どして?私は怜のことやったらどんなことでも嬉しいて思うのに」
「そんなん、私かて……」
 
 
 
 
嬉しいに決まってる。
だけど、私と竜華の好きは違うから。
 
 
 
 
「……時々な、怜がふっと遠くを見てる感じの時は、怜がそのままいなくなるんやないかって怖かった。……でも今日は怖ないねん、すごい近いところに怜の心がおる気がする」
「……近いけど、私は遠い気がするわ」
 
 
 
 
竜華は私が分かる言うけど、今日は私の方で竜華の事が分からない。
いつも竜華は分かりやすくて、天然でミーハーで、麻雀が強くて優しくて。
好きで好きで、大好きで。
そして、本当の意味でその言葉を伝えてはいけない人で。
これからもそうなんやと思ってきたのに。
 
 
 
 
「ずっとな、怜の好きと私の好きは違うもんやと思ってたんよ」
「……」
「言うたらきっと、怜は困るんやろな、って」
 
 
 
 
竜華が紡ぐ言葉を、その続きを聞くのが怖いのに私は耳を塞ぐことも出来ない。
築いてきた心の砦が崩れていく音がする。
なぁ、言うてもええの?
きっと何一つ元には戻らへんて分かってるよな?
 
 
 
 
「怜が嫌やないんやったら、卒業しても大人になっても歳とってからも、ずっとずっと私は怜と一緒がええ」
「りゅう、か」
「だって私は、誰よりも怜のことが好きやから」
「ぁ……」
「……やから怜の気持ち、私に聞かせて?」
 
 
 
 
……そんなふうに、私の最後の扉さえも開いてしまう。
 
 
 
 
「っ……竜華は、ずるい」
「うん」
「ずっと……ずっと言うたらあかんて、思ってきたのに」
「……そやな」
「そんなん、私やって竜華のこと好きに決まっとるやんか……!」
「うん……待たせてごめんな。ありがとう怜……」
 
 
 
 
堰を切った様に気持ちが溢れだしていく。
どうして今まで我慢できていたんだろう。
こんなにも私は竜華が好きで、愛おしく思うのに。
心が震える程竜華の言葉が嬉しくて、どこかへ飛んでしまいそうなのが怖くて竜華にしがみつくと、強く竜華に抱き締められた。
囁かれたごめんと、ありがとうに涙が零れる。
 
 
 
 
「……あかんなぁ、泣かせたないていつも思ってるのに、今日のは嬉しい……」
「誰のせいや……」
「うん……好きやで、怜が好きや。聞き飽きるくらい何度でも言うたるわ」
「……聞き飽きることなんかないわ、あほ……」
 
 
 
 
抱き締められた腕の中が心地いい。
こんなに幸せでいいんだろうか。
夢だったらどうしよう。
……あかん、そしたら私絶対しばらく立ち直れへん。
 
 
 
 
「なんや、そんなこと……確認したらええやん」
「え……ちょぉ、竜華?」
「……怜」
「ぁ……」
 
 
 
 
確かに前に倒れた時竜華の胸で確認をしたけれど、今それはそぐわない。
そんなことを考えた私に、優しい声で竜華が私の名前を呼んだ。
降ってくる口付け。
最初はおでこに落とされて、涙が残った目じりに触れて、頬を軽く啄ばまれる。
最後にこつんとおでこを合わせると私と竜華の視線が絡む。
 
 
 
 
「怜……好きやで」
「私も……」
 
 
 
 
残った僅かな距離を竜華が詰める。
吐息が唇を掠める。
重なる前に私はそっと視界を閉じた。
そして――
 
 
 
 
「あ、ちょぉ待って」
「むぐっ!?ちょ、な、何するん怜!?」
 
 
 
 
手を衝立代わりにして遮った。
 
 
 
 
「なんでぇ?したらあかんの〜?」
「いや私もしたいんやけどな?」
「それやったら……」
「後ろ」
「……へ?」
 
 
 
「「「あっ……」」」
 
 
 
「……え?あれ?」
 
 
 
 
視界を閉じる寸前何かが意識の端に引っ掛かった。
こうツンと立った見知った誰かの髪の端っこが。
無視してしてしまおうかとも思ったけれど、そうは言っても当然私も初めてなわけでして。
遮ってみれば案の定全員が起きていた。
 
 
 
 
「な、なななな……」
「あー、やー……すまん竜華」
「あぁもう江口先輩が動くからあかんかったんですよー?」
「いやなー、そうは言うても俺んとこの角度からやと見えんくてなー?」
「あ、あんたら……」
「後で録画見たらええやないですか」
「録画!?」
「けど生はこの瞬間しかないやないか」
「まぁそうですけど……あ、どうぞ部長らは続けてください。ちゃんと回してますよって」

「〜〜〜〜っ!!」
 
 
 
 
何かが切れる音を聞いた、ような気がする。
だから今度はさっと両手で耳を塞いだ。
 
 
 
 
「あ、あ、あほぉぉぉーーっ!! わ、私のファーストキス返してやぁぁぁぁーーーーっ!?」
 
 
 
 
 
竜華の声が夜明けの病室に響き渡る。
まぁ正確にはまだしてないんやから、返すも何もないんやけどな。
 
 
 
***
 
 
 
「う、ぐす……うぅ……」
「おかえり……って、まだしょげとるん……?」
「せやかて……ぅ、怒られるのはええねん、別に分かっとったし。けど、けど……き、記念すべき私らの初ちゅーが……うぅぅぅ……」
 
 
 
 
あの後、あれだけのボリュームで叫んだ竜華の声が隠し通せるはずはなく、竜華は飛んできた看護師さんにセーラ達共々揃って連行されて、お医者さんと看護師さん達にこってりとしぼられたらしい。
まぁ当然と言えば当然なんやけど、直前の出来事が尾を引きすぎていて、ようやく病室に戻ってきた竜華はすっかりいつもの竜華に戻っていた。
ちょぉ私もさっきまでの竜華を返してほしいんやけどほんまに……
 
 
 
 
「しゃーないやんもぉ……あ、それよりそれもろてええか?」
「あぁうん……って、よくないやん!?初ちゅーは大事やろ!?」
 
 
 
 
まぁそやな。
 
 
 
 
「それもこれもセーラ達が……あれ、怜そういうん好きやったっけ?」
「なんで?こういう時はレモンて言わへん?」
 
 
 
 
ぐびっ、と竜華に買ってきてもらったレモネードを一口飲む。
あれ、最近はイチゴとかなんやったっけ?
……まぁどっちもでもええか。
 
 
 
 
「レモンて何が……っっ!?」
「んっ……」
「〜〜〜〜、ぷはっ!とと、怜!?」
「顔真っ赤やな、竜華」
「あんたのせいやん!」
 
 
 
たっぷり五秒は重ねた唇を解放すると竜華の顔はリンゴより赤かった。
あ、別にリンゴでもよかったな。
まぁきっと私もそんな変わらん顔してそうやけど。
 
 
 
 
「あぁもうなんでそんなに可愛いんや、怜のあほぉーっ!!」
「理不尽やなぁ〜」
 
 
 
 
知らんわもぉー!と飛びついてきた竜華と一緒にばふっとベッドに転がった。
二人でじゃれ合うベッドはもう冷たくない。
 
 
 
 
「……とき」
「りゅーか……んっ」
 
 
 
 
イチゴでもレモンでも他の物でも、相手が竜華なら何だって構わない。
竜華の隣は私だけのものなんやから。

……あぁでも。
 
 
 
 
「パイナップルとかマンゴーとかどんなやろ?」
「……へ?」
 
 
 
 
今度試してみよな、そう笑って三度目のキスを竜華と交わした。


...Fin


あとがき(言い訳)

そろそろ怜竜がくっつくお話の一つでも!ということで書いてみました☆
書いてる最中はいいですけど、素面に戻ってみるとなんか色々こっ恥ずかしいことに気がつきました。
……うん、気にしちゃいけないww
さて、とりあえずこの後は7月16日の咲祭三で怜竜本出したいので、終わるまで咲-saki-は更新止まるかも。
まぁあと一週間も無いですが、これとはまた違った怜竜をお届け出来ればなぁと思います☆

2012/7/11著


咲-saki-SS館に戻る

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