収支はプラスに違いない






 
 
 
 
麻雀における全国屈指の名門校、千里山女子。
その麻雀部の部室では今日も部員同士の練習が休むことなく行われていた。
 
 
 
 
「ツモ!4000オールッ!」
「えぇっ!?」
「部長またですか!?」
「またやないやろ、あんたらが私一人止められんだけや」
 
 
 
 
えーっ……、と部員達の間から不満げな声が漏れる。
とはいえそれで竜華の快進撃が止まるわけでもなく、牌が並んだ直後の次局早々、竜華はリーチ棒を手にとった。
 
 
 
 
「リーチ!」
「ちょっ、ダブリーとかっ!?」
「勘弁してください部長ぉーっ!?」
「何言うてん、止めてみぃっ!」
 
 
 
 
悲鳴を上げる部員達を次々撃破するその姿は誰が見ても好調そのもの。
千里山の部長ここにあり、と言わんばかりのその打ち方に観戦の部員達が見惚れる中、
只一人、竜華のことをもっともよく知るエース、園城寺怜だけは訝しげにその様子を眺めていた。
いつもの竜華とは何かが違う、と。
 
 
 
 
「……あぁ、そか」
 
 
 
 
やがてその理由に思い至った怜は近くにいたセーラの隣へ移動した。
ツンツンと肘で数回小突く。
 
 
 
 
「んー、どうした怜?」
「竜華のことなんやけど……」
「あぁ、なんや今日は絶好調やな。仕掛けも早いし随分飛ばしとるわ」
「まぁそれもそうなんやけど……なんや動きおかしない?」
「動き? …………あー……」
 
 
 
 
言われてしばらく眺めると、セーラも気がついたのだろう、眉間にぐっと皺がよる。
しょうがないやつやと言いいたげに。
 
 
 
 
「竜華らしいと言えば竜華らしいけどな」
「そやな」
「そんで、どうする?」
「……セーラ」
「おぅ」
「なんや私倒れそうや」
「……は?」
「目眩するし横になりたいわ」
「いや、どこが」
「私、病弱やし」
「……まぁ、そやな……」
 
 
 
 
これほど嘘くさい病弱もそうないだろう。
ほなよろしゅう、とフラフラどころかしっかりした足取りで怜は休憩室へと入って行った。
確かに効果的だが大根とか狸とかそういう分類ちゃうかとセーラは思う。
でもまぁ相手は基本的に竜華だし。
 
 
 
 
「ロン!8000! ふふん、これで今回も私がトップでしまいやな♪」
「おーい、竜華〜」
「んー、何〜?」
「怜が倒れたで〜」
「……はぁっ!?」
「……ていうのは冗談で調子悪いから横になりたいて休憩室行ったわ……せやから首しめんでくれん?」
「はゎ、ご、ごめんセーラ……って、怜っ!?」
 
 
 
 
じゃあとりあえず自分も乗ってみるか〜、と思ったセーラだったが次の瞬間後悔した。
呼ばれた竜華は椅子ごと振り返ると、セーラの言葉を聞いた時には学ランの襟を握っていたのだ。
きゅっと締まって普通に苦しい。
あぁうん冗談言う相手はやっぱ選ばなあかんな。
思わぬ早業に部員達が目を白黒させる中、セーラはぎぶぎぶと竜華の腕をたたいてなんとか解放してもらう。
その直後にはもう、あとよろしくな!と怜と同じ事を言って竜華は休憩室へと駆けていたのだが。
相変わらず竜華は怜のことになると人が変わる。
何より素直すぎるのも考えものだ。
 
 
 
 
「……だから化かされるんやで、竜華……」
 
 
 
 ◇
 
 
 
「怜っ!」
「竜華」
「具合悪いて……あれ?」
 
 
 
 
早く行っていつも通り膝枕の一つもしてやらねば。
そんな気持ちで休憩室に飛び込んだ竜華は三歩進んだところで立ち止まった。
ごしごしと目をこする。
もう一度見ると怜は腰かけてやぁと手をあげていた。
その手が今度はちょいちょいと動いて竜華に来いと促してくる。
……具合が悪そうには全然見えない。
 
 
 
 
「えーと……怜?」
「……」
 
 
 
 
調子、大丈夫なん?と竜華が首をかしげるが怜はそれには答えない。
代わりに寄ってこない竜華にちょっとムッとしたらしく、
もう一度こっちに来いと言う様に自分の隣をぽんぽんと怜は叩いた。
いやいや、ぽんぽんやのうて。
その様子に竜華は少し迷ったけれど、結局怜の隣に腰を下ろした。
膝枕するならどのみち隣に座らないといけないし。
 
 
 
 
「怜、その、具合は……」
「よくないな。もうめっちゃ悪いわ」
 
 
 
 
真顔で言うな。
 
 
 
 
「……普通に元気に見えるんやけど」
「そんなことないで。元気そうに見えてそうでもない、なんてよくあることや」
「いやまぁそうやけど……」
「竜華やってそやろ?ほら、早く手出しぃ?」
「えっ……な、なんで……」
「……そろそろ怒るで?」
「うっ……」
 
 
 
 
誤魔化そうと考えた竜華の試みはあっさりと粉砕された。
宅を囲んでいるわけでもないのにキラリと光った様に見える怜の瞳。
逃げられるわけがない。
もうめっちゃ怒ってるやん……
せめてもの抵抗にとそうぶちぶち呟きながら、竜華はしぶしぶ右手を出した。
怜はその手を取って眺めるが表面上は特に変わったところは見当たらない。
けれど怜は横の救急箱から薬剤を取ると、それを迷うことなく竜華の人差し指に吹き付けた。
 
 
 
 
「ひゃっ、つめたっ!」
「エアーサ○ンパスやからな」
「うぅ、温湿布でええやん……」
「湿布臭い手に撫でられるん私はいやや」
「……いやスプレーも無香料ちゃうやん……」
「程度と気持ちの問題や」
 
 
 
 
そこらへんはこだわりがあるらしい。
どちらにせよ怜の都合だが。
処置を終え手際よく竜華の指にテーピングをほどこすと救急箱を片付ける。
それからちらっと壁の時計に目をやってまだ時間があることを確認すると、怜は竜華の膝の上に転がった。
あぁ結局膝枕はするんやな。
でも半分横を向いているあたりまだちょっと不機嫌らしい。
 
 
 
 
「ありがとうな、怜」
「……そう思うんやったらそれくら最初から自分でやり」
「んー、まぁ動かせんわけやないし、別にええかなーって……」
「時々痛かったやろ」
「……うん」
「あほ……」
「ごめん……」
 
 
 
 
最初に怜が気付いた違和感。
それは牌を持つ時の動作だった。
通常牌をツモる時、竜華は人差し指も使っている。
それが今日に限って動かしたくないとでも言うように人差し指を外したり、
牌を捨てる時も極力触れない様にと気をつけていた。
気分的なものかとも思ったがどうも違う。
そして怜のその違和感は、確信へと変わる。
竜華が人差し指を使った一瞬だけ顔を顰めたのだ。
怜がそれを見逃すはずがない。
どうも指を痛めているらしい、と。
 
 
 
 
「大体なんで指なんて痛めたん?つき指?」
「いや、そうやないんやけど、な……」
「……」
「……えーっと……ほら、うち昨日の夜怜とメールしてたやん?」
「あぁあれな。途中でメール返ってこんかったやつ」
「うっ、ま、まぁそれなんやけど……気づいたら携帯握ったまま寝とって、な?」
「……まさか」
「……うん、なんや朝起きたら、ちょぉ指痛いなぁ〜……って」
 
 
 
 
俗に言う寝落ちである。
指痛の原因が、寝落ち。
 
 
 
 
「竜華」
「うん」
「自分あほやろ」
「全否定とかっ!?」
 
 
 
 
それやったらしゃあないな、とか、気をつけなあかんで、とか、
もうちょっとマシな言葉を竜華は期待していたのだが思ったより怜の言葉は冷ややかだった。
ばっさりとかそんなレベルで。
原因の半分は怜なのに。
 
 
 
 
「そ、そんなん言うたかて、たくさん怜と話してたかったんやからしゃーないやん!」
「なっ、わ、私のせいにするん?」
「事実やもん!」
「〜〜!」
 
 
 
 
どうだ!とばかりに言い切る竜華。
対する怜は何事か言い返そうと試みるが、結局何も出てこない。
最後には知らんわそんなんと呟くと竜華に完全に背を向けてしまった。
これは本格的に機嫌を損ねてしまったか?
 
 
 
 
「……怜ぃー」
「……」
「なぁなぁ怜ぃ〜♪」
「っ……」
 
 
 
 
だけど竜華は気づいていた。
伏せられる前の頬に朱が差していたことも、ちらりと見える耳が赤くなっていることも。
 
 
 
 
「ふふん、でも怜は気づいてくれるとかやっぱ愛の力やなぁ〜♪」
「っ、勝手に言うとき、あほ……」
「うちは好きやで〜、大好きや♪」
 
 
 
 
竜華は思う。
この程度の怪我でこんな可愛い怜が見られるなら結局プラスだったんじゃなかろうか、と。
 
 
 
 
「怜になら構ってもらうんもええもんやし、な♪」
 
 
 
 
指は痛いけどこの状況は悪くない。
 
 
 
 
「……心配になるんは堪忍やわ」
 
 
 
 
そうぼそっと呟いた怜を、竜華は上からぎゅーっと抱き締めるのだった。


...Fin


あとがき(言い訳)

携帯寝落ちで指が痛いとこだけ実話ですごきげんよう。
握ったまま寝てましたが何か?今文字打ってて指が痛いですが何かっ!?(ブワッww
そういや麻雀も指痛めたらつらいよねということで竜華さんに身体はっていただきました。
ただの怜竜に落ち着きました当然ですねww
ちなみに書き方模索中。竜華さん対外的に私で怜と差しだとたまにうち使ってない?そのへんどうなの。
ていうか今回は語り視点で書いてみたけどうーん……;;精進します;;
書き慣れるまではもちょいかかりそうかなぁ……

2012/6/29著


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