温故知新






 
 
 
 
大人になる、ということは我慢しなければならないことがたくさんあって、
しまっておかなければいけない言葉や、伸ばせなくなる手が増えるということでもある。
 
 
 
 
「ただいまー……って、竜華はもう寝とるよな……」
 
 
 
 
最初はそれが真実であったとしてもそう易々と受け入れることはできなくて。
抗ってきた、はずなのに、いつの間にか随分流されてしまったのだと暗い玄関を開けるたびに気付かされる。
 
 
 
 
「……大人ってつらいなぁ……」
 
 
 
 
そもそも職業が違う時点で生活がすれ違うのは覚悟していたことだった。
何かにつけて一緒にいられた学生生活の方が奇跡だったのだと、今になって思ったりする。
それでも当時は、違う講義や実習等で会えない時間を、内心寂しく思ったものなのだけど。
 
 
 
 
「ええ時代やったな」
 
 
 
 
あの頃の自分達を随分と羨ましく思う。
意識せずに傍にいられて寄り添うことに今ほどの苦労がなかった生活。
目がさめればそこにいて、行動を共にして日が落ちれば身を寄せて眠りにつく。
当たり前が当たり前ではなかったと気付くのはいつも通りすぎた後で、
戻ることができなくなってからなのは私に限ったことではないのだろう。
 
 
 
 
「……怜?」
「っ……起きてたん?」
「ん……いや、そろそろ帰ってくるんちゃうかなぁ……て」
「ソファは寝るとこちゃうで?」
「ベッドとかやったら気付かんと朝まで起きられへんもん」
 
 
 
 
……だけど、変わってしまうことが必ずしも悪いことばかりではないということもまた、私達は知っている。
 
 
 
 
「……遅くなるて言うたやん」
「そやな」
「明日早いて言うてたやん」
「そやな」
「遅刻したら不戦敗やで」
「そやな……でもおかえりて言いたかったんやもん、しょうがないやん」
「……そんな眠そうな顔で言われても困るわ、あほ」
 
 
 
 
でも会いたかったんやもん。
そう言って笑う竜華の指先がのろのろと私の頬に触れて存在を確かめるように往復する。
ふにゃっと緩んだ顔はいかにも眠そうで、ソファに沈んだ身体は間違いなく朝までそのままだろう。
明日試合があるくせに、寝不足とかあほやろほんま。
……そう思うのに、嬉しいと思ってしまう自分もまた大概だ。
なぁ竜華、なんでそんな私を喜ばせるんが上手いんよ?
 
 
 
 
「起きれへんでも知らんよ?」
「んー、へいきやたぶん〜……」
「どこが平気なんよ……」
 
 
 
 
私を確認して安心したのか、急速に竜華は睡魔に引きずられていく。
明日の朝はきっと修羅場やな。
携帯のアラームは少し早めにしておこうと携帯をいじれば、くいくいと袖が引かれる。
逆らわずに身を任せれば私の身体はぽすっと竜華の腕の中に落ち着いた。
満足げに緩む竜華の顔。
 
 
 
 
「とき〜」
「ん……なに?」
「おかえりぃ〜……」
「……ただいま」
 
 
 
 
ふにゃふにゃと宣言通りのおかえりを口にする。
そうして寄せられた頬にただいまとおやすみのキスを落とせば、
随分と緩んだ顔のまま、竜華はすやーと夢の中に旅立った。
昨日より今日、今日より明日、触れた温もりが日ごと重さを増していく。
振り返っても戻りたいと思わないのは、明日の先にも竜華が隣にいるからだろう。
 
 
 
 
「おやすみ竜華……」
 
 
 
 
この腕の中だけが、昔も今も、変わることのない私の居場所。


...Fin


あとがき(言い訳)

夏コミお疲れさまでしたー☆
そして仕事も短期とはいえスタートしたので、
この二週間お家にいる時はまさに死にそうな勢いで寝てました。
アニメで怜のターンがほぼ終了したこともありかつ13話こねーし夏コミだしで、
書き手さん達の体力とやる気ゲージがみるみる減っているかのような投稿数ですねおぅおぅ。
そういううちも妄想は普通に捗ってる(をぃ)ので何とか形にしたいのだけど遅筆でマジすみません;
ていうかこのお仕事状況で9/23が咲イベで10/7がなのはとかリアルに地獄の一丁目です。
生き残りたい本当にorz
あ、ちなみに短いですがSSは社会人二年目くらいの怜竜ですよろろー(笑)
早いとこips細胞さんが頑張って子供の一人も出来ればいいのにと思う今日この頃w

2012/8/25著


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