温もりの温度差


 
 
 
 
 
 
 
 
夏が過ぎ去った9月。
夏休みも終わり学校が始まったが、まだ気温も高く夏の名残を強く感じる。
でも……全国大会が終わった時点で、私の最後の夏は終わった。
団体で出場した一年生、そして三年生で出場した個人戦。
私個人として見れば文句のつけようがないくらい、部活に打ち込んで結果を出せた。
団体でもう一度出れなかったのは悔しいけれど、出来るだけのことをした結果なのだから納得はしている。
無事にキャプテンの引き継ぎも終わったし、今では華菜達の練習に時々付き合って時々打つ程度。
それを寂しいと思うことはあるけれど、高校三年生の二学期、受験シーズンが間近に迫ってきた中ではどうしたって仕方ない。
それよりも今、部活引退後の寂しさよりももっと問題なのは……
 
 
 
 
「なーに難しい顔してるのよ」
「上埜さん……」
「眉間にシワ、よってるわよ?」
「え、ほ、本当ですか?」
「嘘」
「……上埜さん」
 
 
 
 
慌てて顔に手を当てた私に、ニッと笑って上埜さんは平然と嘘という。
上目使いに軽く睨むと、彼女はいやいやと手を振って弁解する。
 
 
 
 
「難しい顔してたのはほんとよ? 一体何を考えていたのかしら?」
「……さぁ、どこかの意地悪な人のことじゃないですか?」
「あら、私のことなんだ? 嬉しいわ」
 
 
 
 
抵抗空しく、あっさりと切り返される。
上埜さんは私のささやかなお返しになんて怯みもしない。
 
 
 
 
「意地悪な自覚はあるんですね……」
「やーねぇー、私は極めて常識的な人間よ?」
 
 
 
 
しれっと上埜さんにそう言われ、反射的に頷きかけてしまう。
麻雀といい会話といい、相変わらず間の取り方が絶妙に上手い。
……話している内容はかなり疑問に思うことなのだけれど。
 
 
 
 
「……麻雀はあれだけど」
「……」
「……日々もちょっとあれだけど」
「……常識的ですか?」
「……やることはちゃんとやってるわよ?」
 
 
 
 
じっと見つめ続けると、最後はちょっぴりばつが悪そうにそっぽを向いた。
時々、変なところで仕草が子供っぽい。
最近の付き合いで見えてきたそんな彼女の端々。
目下、私の悩みはそんな彼女への接し方についてだったりする。
 
 
 
 
「大体、いきなり勉強会するから帰り待ち合わせね、とか急ですよね」
「ちゃんと連絡したじゃない」
「もらいましたけど……放課後に」
「いや、思い付きだったから……」
 
 
 
 
授業が終わり、ちょうど片付けをしていた時だった。
着信を告げる携帯電話(とりあえず電話の使い方だけ覚えた)を取ると開口一番、
『どうもー清澄の竹井ですけど、今日これから暇かしら?』
……そんな台詞に、思わず携帯を取り落としかけたのはついさっきだ。
 
 
 
 
「だって、一人でやってもつまらないじゃない」
「ええまぁ、分かりますけど……」
 
 
 
 
合宿、夏の大会をへて、ぐっと近くなった上埜さんとの距離。
三年間探し続けた人が隣にいて、笑っていてくれる。
特別親しいとはまだ言い難いのかもしれないけど、こうして気軽に話せるようになった。
それが嬉しくて、それから……
 
 
 
 
「で、どこ行きましょうか?」
「誘ったの、上埜さんですよ?」
 
 
 
 
過ごす時間が増える中で分かったのは、とても突拍子のない人だということ。
麻雀同様、本当のところを簡単には読ませない。
……本当にただの思い付きなことも多いようなのだけど。
だけど不思議と嫌な気はしなくて。
 
 
 
 
「んー、じゃあどうしようかしら……」
 
 
 
 
そんな上埜さんと過ごすのは居心地が良すぎて……逆に困る。
 
 
 
 
「図書館あたりとか……」
 
 
 
 
……近づいたとは言っても親友ではない、友達とも言い難い。
知り合い、という言葉が一番近い気がするのに、何故か距離が近すぎて。
私自身、彼女とどんな風に接したらいいのか分からない。
 
 
 
 
「あとは……あ、うちに来る?」
「え……きゃあっ!?」
「おわっ……と、大丈夫?」
「は、はい……」
 
 
 
 
突然、思ってもいなかった言葉をかけられて酷く慌ててしまった。
その拍子に、勉強会の場所を求めて歩いていた道の端を踏み外し、危うく用水路に落下しかけた私を上埜さんが抱き止めてくれた。
足を滑らせる原因になった言葉もだけど、こうして抱き止められるのもまた、心臓に悪い。
 
 
 
 
「福路さんって……意外とドジで可愛いわよね」
「ど、かわ……えぇっ!?」
「風越の部員達といる時はしっかり者、って感じがしてたから最近ちょっと新鮮なのよね」
 
 
 
 
ギャップがまた楽しい、と笑われる。
……ドジで可愛いと言われても、それでは誉めてるのか貶しているのか分からない。
 
 
 
 
「も、もぉ! 上埜さん!」
「あはは、そんなに慌てなくてもいいのに」
「だ、だって……」
 
 
 
 
間近でそう笑われて、跳ね上がった自分の鼓動が聞こえる。
気付かれたらどうしよう、どう言おう、と余計な考えばかり湧いてくる。
……今更ながらに触れている部分が熱を帯びて、熱い。
 
 
 
 
「う、上埜さんがいきなり変なこと言うからですよ」
「あら、私は本当のことしか言ってないわよ。そうねぇ……ついでに言えば危なっかしくて放っておけない感じ?」
 
 
 
 
なんだかすごい言われようだと思うのに、やっぱり嫌な気はしなくて。
……触れられて熱く感じる理由。
同じ高さからからかい気味に落ちてくる言葉。
それらに自分の心が動かされていることを、勘づいてはいるけれど、今はまだ、もう少しだけと目をそらす。
 
 
 
 
「……そんなに危なっかしく見えるなら、掴まえておけばいいんじゃないですか?」
「んー? ……そうね、そうしちゃおうかしら?」
 
 
 
 
はい、と差し出される手の平。
少し細められた瞳は、明らかに私の反応を楽しんでいる。
悔しいけれど、余裕たっぷりなその表情をすごく彼女らしいと思う。
 
 
 
 
「……なーんて、じょうだ……」
「……じゃあ、お願いしようかしら」
「……え? えーと……じゃあ、うん、どうぞ」
「ええ、ありがとう」
 
 
 
 
やっぱり彼女は私をからかっているだけだった。
でも……それでもいいの。
私は数瞬後に引き戻されようとした手の平を押し止めると、再び差し出された上埜さんの手に自分のそれを重ねた。
私だって、少しくらい貴女を動揺させてもいいですよね?
……触れた上埜さんの手のひらは私より少し体温が低くい。
それなのに、不思議と胸の奥が暖かくなる。
ずっと、この温もりに触れていたい。
……その手を本当の意味で掴むことが出来ないと、胸の奥で警鐘が鳴っていたとしても。
気付いたらきっと変わってしまう……だからあとちょっと、もう少しだけ。
 
 
 
 
「……じゃ、行きましょうか」
「ええ」
 
 
 
 
目を逸らして、耳をふさいで、温もりだけを頼りに進み始める。
……いつか、この関係に終わりが来る、その時までは。
 
 


...Fin


あとがき(言い訳)

スタートしました部キャプSS。
ていうかなのはの時といい、若干ネガティブな出だしが好きなキッドです、ごきげんよう。
なのはの時はさっさとくっつけちゃったけど、こっちはしばらくかかりそう?
まぁ他のSSとはまた違った雰囲気になるとは思います。
たくさん書いて書き方を確立せねば。
とりあえず原稿と平行して、しばらくのほほんと書いていきますのでよろしくお願いします〜♪

2009/10/13著


咲-saki-SS館に戻る

inserted by FC2 system