「うなじっていいわよね」
「……はい?」
背後から聞こえた久の呟きに、美穂子は料理をする手を止めた。
うなじってあのうなじだろうか、と。
「こう、上げた髪から覗くうなじとか首筋とか……」
「はぁ……?」
振り返った久は真面目な顔で美穂子の姿をじっと見ながらぶつぶつと呟いていた。
うなじ? 首筋? と、美穂子は久の言葉を胸中で反芻するが、いまいち何が言いたいのかまでは分からない。
別にいつもと格好も髪型も変わらないのに、なぜ久はそんなに真剣に美穂子を見つめているのか。
「しいていえば」
「しいていえば?」
「今も浴衣の時みたいに髪を上げてくれれば、もっと美味しそうで」
「おいし……って、上埜さんっ!!」
久の表情に何か真面目な話なのだろうか、とこちらも表情を引き締めていた美穂子は、続けて放たれた言葉が一瞬理解できずにいた。
そんな風に硬直したのもつかの間、いきなり何を言い出すのか、と久を咎めるように睨むが、久は軽く肩をすくめるといつものようにニヤリと笑った。
「いいじゃない、ちょっと思っただけなんだから」
「お、思ったからって、わざわざ口にしなくてもいいじゃないですか!?」
「だって美穂子のその反応が見たかったんだもの。あ、それとも美穂子は私に髪いじってほしいとか……」
「思ってません」
「いやいや、遠慮しなくてもいいわよ?」
「し、してません……って、どうして近づいてくるんですか上埜さんっ!?」
「うなじの良さを確かめようかと思って」
「なんですかそれっ!?」
さっと傍にあった髪留めを手に取りじりじりと近寄ってくる久から、美穂子は後退して距離をとる。
しかし料理中だったため、元々立っていたのは流しの前。
すぐに背中がシンクにぶつかり行き場を失う。
美穂子が視線を正面に戻すと、逃げられない様に美穂子の両脇、流し台に手を置いた久と視線がかち合った。
「ね、つけていい美穂子?」
「……ダメって言ったら、止めてくれますか?」
「美穂子が嫌だったら、しない」
どうする? と笑う久に美穂子は少しだけ考える。
軽い笑みを浮かべて、冗談交じりで近づいてくるのに、最終的に久はいつだって美穂子を害するような真似はしない。
一歩前で立ち止まって、相手との距離を計るから。
だから最後の一歩は、美穂子の方から詰めればいい。
「じゃあ、つけてください」
「……ええ」
美穂子がそう言うと、久の瞳が少しだけ嬉しそうに細まった。
髪留めと一緒に持ち上げられた美穂子の髪が、後の少し高い位置で止められる。
露わになった美穂子の首筋に、久は一度指を這わせたが、その目は首筋を見てはいなかった。
「……うなじが見たかったんじゃないんですか?」
「そうね……でも私、やっぱりこっちの方が好きみたい」
貴女の目の方が、と薄く笑う久に、そのうち飽きちゃうかもしれませんよ、と美穂子は微笑む。
「意外と美穂子の方が私に飽きるかも」
「それは……ないです、きっと……」
「じゃあ、私もないわ」
「……お揃いですね」
「ええ、お揃いね」
互いに囁き合って、近づいたまま残っていた僅かな距離をゆっくり詰める。
今度は久の方から。
「ん……」
「……ふふ、ほらやっぱり美味しかったでしょ?」
「……もぉ……唇はうなじじゃありませんよ?」
「平気よ、うなじはこの後お風呂場でゆっくり堪能させてもらうから」
「えっ、う、上埜さんっ!?」
「じゃ、お風呂作ってくるわね〜」
さっと美穂子から身を翻すと久は風呂場へと入って行った。
あぁ……今日は長風呂になるかもしれない。
そう思いながら美穂子はお湯の設定温度を二度下げてから、思いのほか長引いたやり取りで、ダシが出すぎてしまった鰹を見てちょっとだけ苦笑を漏らしたのだった。
...Fin
あとがき(言い訳) うなじ好きです。美穂子たんのうなじは絶対美味しいと思います(ちょ
きっとこの後どこぞの上埜さんがうなじと言わずあちこち丸ごといただくんだと思います(身も蓋もない
こんにちは、ごきげんよう、そんなわけで久しぶりの部キャプSSです。
恋人設定ですが時期は未定。一緒に暮らしてるか泊まりに来てるかのどちらかだと思います。
前後のストーリーは脳内でお願いします(笑)
部長は福路さんでも美穂子でもいいと思いますが、美穂子さんはやっぱり上埜さんが一番しっくりくるというw
そんで部長も美穂子さんにだけ言わせてればいいと思いますきゃーww
部長がフェチっぽいのはいつものことです、気にしちゃ駄目です(笑)
2010/7/5著
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