舞い落ちる欠片


 
 
 
 
 
 
 
 
手が進まない時というのはあるもので。
 
 
 
 
「ロォーン! 断幺九対々、5200−!」
 
 
 
 
ついでに頭の働かない時もあるもので。
 
 
 
 
「ロン! 面混東ドラ1、8000じゃっ!」
 
 
 
 
ついでに運の無い時もあったりする。
 
 
 
 
「……ロンです。立直一発平和、三色同順ドラ1……12000です」
 
 
 
 
……あれだ、詰まるところ使い物にならない状態、ってやつよね。
困ったことに。
 
 
 
 
「……上埜さん」
「何かしら?」
「真面目にやってください」
「あら、私は至って真面目に打ってるわよ?」
「……真面目に打っとってこれか」
「勝負にならないし」
「上埜さん」
「いや、うん、まぁ……ねぇ?」
 
 
 
 
日曜日、まこの家でのほほんとコーヒーを飲んでいるところに、福路さんと池田さんがやってきた。
なんでも買出しついでにお茶でも飲もうかとここへやってきたらしい。
見事にこうして四人で鉢合わせしたのも何かの縁、せっかくだからと卓を囲んだまではよかったのだけど……
三方から私に注がれる非難の視線。
特に対面に座っている福路さんからの視線が一際痛い。
普段、基本的に人がいないところでしか開かないはずの右目。
なのに今回に限って両目で見据えなくてもいいじゃない、ねぇ?
 
 
 
 
「ボケッとしすぎじゃあ。具合でも悪いんか?」
「んー……そういう訳じゃないと思うんだけど……」
 
 
 
 
思考は正常に作動している……と言いたいところだけど、実際は全く機能していないらしい。
福路さんへの振り込みに至っては、あーこれは二五筒待ちよね〜……
なんて思いながら、ツモった二筒をそのまま切るというボケまでかまして見せた。
自分でももう何が何やらだ。
 
 
 
 
「なんでかしらね〜……」
「……上埜さん?」
「んー?」
「……ひょっとして寝不足とかじゃありませんか? 目の端に少し隈が……」
「……あー……」
 
 
 
 
ボーっと受け答えしていた私を見て、福路さんが核心をついた。
その瞬間カチリと私の頭でパズルのピースがはまる。
あーうん、言われてみれば……
 
 
 
 
「……そういや、私今日寝てないわ」
「……え?」
「はぁっ!?」
「なんじゃそらっ!?」
「あははー……」
 
 
 
 
よくよく思い出してみたらそうだ。
昨晩から今朝にかけて、私は一睡もしてない。
数学やら英語やら、勉強をしていたところまではよかったのだが、なんとなくそのまま寝付けず、
過去の牌譜を眺めたり牌を触ったりしているうちに気がついたら、外はとっくに明るくなっていた。
あー、朝だわー……そう思いながら何を思ったのか私は着替えて家を出るとここに来た。
ご飯よりなにより熱いコーヒーが飲みたいなー、と思った時点で既に壊れかけだったというわけだ……なるほど。
 
 
 
 
「そっかー、眠いのか〜……」
「ちょ、牌の上に転がるなよ」
「つかそのまんまじゃと卓の上で寝ることに……って、もうあかんみたいじゃの」
「こんなところで寝たら身体に悪いわ……上埜さん?」
「んー、んー……聞こえてるわょ〜……」
「聞こえとらんじゃろ」
 
 
 
 
ごとん、と卓の上に頭をおいたらすっと気分が楽になる。
これは相当キテたわね。
かけられるいくつかの声に返事をしたつもりだけど、上手く出来ていなそうね。
起きた時に顔に牌の跡がたくさんついてたら嫌だなー、と思考の片隅で考えなら襲ってきた睡魔に身を委ねた。
 
 
 
 
 ◇
 
 
 
 
それからどれくらい時間が過ぎたのか。
夢も見ないくらいぐっすりと眠った私は、唐突に目を覚ました。
覚醒しただけなので、まだ目を開いていないから自分の姿を確認することは出来ない。
牌や卓の跡がついてませんように。
むにゅ。
 
 
 
 
「きゃっ!?」
 
 
 
 
……ん?
今何か悲鳴が……いやそれ以前にこう、むにゅっとした感触が……
……雀卓って柔らかかったかしら?
 
 
 
 
「んー?」
「ちょ、あ、上埜さん!?」
「……福路さん?」
「お、おはようございま……う、上埜さん、くすぐったい、です……」
「何を撫で回しとるんじゃアホタレ」
「いたっ。……あー、まこ? 福路さん? ……あれ?」
 
 
 
 
何の気なしにその柔らかい物を堪能していたら頭に鈍い痛みが走る。
痛みで視覚的にも覚醒した私が見たのは、見下ろしてくるまこと福路さんの姿だった。
……何かしらこの状況。
 
 
 
 
「まったく、せっかく福路さんが膝枕してくれとるっちゅーに、どこのセクハラ親父じゃ」
「あ、いえ、別に私は平気ですから……」
「ダメじゃダメじゃ、甘いこと言うとったら付け上がるだけじゃ」
 
 
 
 
話と状況から察するに、雀卓で寝こけてしまった私を店の端のソファーに移したらしい。
そしてなぜか枕には福路さんの太ももが使用されたらしい……なるほど、そりゃ柔らかいはずだわ。
 
 
 
 
「あーえっとぉ……ごめんなさいね?」
「いえ、あの、大丈夫、です……」
「足、きつくない?」
「平気です、こういうの結構慣れてますから……」
 
 
 
 
本当につらくないのか、その笑顔に疲れとか苛立ちとか、そういった類の物はまったく含まれていなかった。
確かに彼女の性格なら、誰かにしてもらうより誰かにすることの方が圧倒的に多そうだ。
私自身、なんとなくこのまま起き上がるのはもったいない気がして、軽く寝返りを打った。
 
 
 
 
「もう少し横になりますか?」
「……いいの?」
「はい」
 
 
 
 
彼女の優しさに甘え、再び目を閉じる。
暗闇の中、私の髪を梳くその指先が心地いい。
安心感と一緒に少しずつ私の中で溜まっていく何か。
暖かくて居心地が良くて、それに少し泣きそうで。
想いが真綿のように降り積もる。
彼女が私に何をもたらすのか、安らぎ以外の答えに私が気付くのはまだずっと先のこと。
けれど、ゆっくりと確実に、彼女がいる私の世界は少しずつ何かが変わり始めているのだった。
 
 
 
 
 ◇
 
 
 
 
「……何、これ?」
「何って、飲み食いした分の領収書じゃあ」
「……桁が違わない?」
「いんや、間違っとらん」
「いや、だって、ねぇ……?」
 
 
 
 
すやすやと福路さんの膝枕で熟睡し、さーそろそろ帰ろうかーと目を覚ました私を待っていたもの。
それはなぜか桁が一つほど跳ね上がっているレシートだった。
……おかしい、私はコーヒーを一杯飲んだ記憶しか無いのだけれど。
 
 
 
 
「何、この食べ物の数々」
「あぁ、それはどっかの誰かさんに福路さんを独り占めされた池田さんのやけ食いのあとじゃあ」
「……やけ食い?」
「ま、迷惑料とでも思ったらええ。ほれ払い、4,530円」
 
 
 
 
自業自得じゃ、と突き出されるまこの手に半ばやけくそ気味に代金を置いた。
よくも一人でこれだけ食べてくれたものだと思うが、福路さんとの一日を台無しにしてしまったのは確かに悪いことをした。
……でも、まいどありー、と商売人の顔で笑うまこには文句の一つくらい言ってもバチはあたらないわよね。
 
 
 
 
「あ、あの、私も払います」
「いいわよ、池田さんもだけど貴女の休日も潰しちゃったわけだし、これくらいはさせて」
「でも……」
「それに、貴女に払ってもらうと、池田さんからも回収しなきゃいけなくなるわよ?」
「……分かりました、お言葉に甘えさせていただきます」
 
 
 
 
せめて自分の分くらいは、と引きそうにない彼女にさっさと切り札を切る。
こう言えば彼女だって引き下がるしかない。
それでもまだ納得していなそうな福路さんに私が膝枕のお礼よ、と言い添えると僅かに朱の上った笑顔でやっと頷いてくれた。
どうしてだか一緒に記載されていたまこの分のコーヒー代については、大いに異議申し立てをしたいのだけど。
 
 
 
 
「まぁほれ、今度なんか作ったるから」
「期待しないでおくわ」
「あ、じゃあ私も何か……」
「……そっちは期待してみようかしら?」
「ほほぅ」
「……何よ」
「いやいや、なーんも?」
 
 
 
 
明らかに当てにならないまこより、律儀に本当に何かしてくれそうな福路さんに期待したくなるのは当然のことだと思う。
頑張ります、とか真顔で言われると逆に少し申し訳ない気持ちにるんだけどね。
 
 
 
 
「さ、じゃあ帰りましょうか。送るわ」
「え、そんな、わざわざそこまでしていただかなくても……」
「何? 私と帰るの嫌?」
「そ、そんなはずありません!」
「うん、じゃあ問題ないわね」
「あ……ずるいです、上埜さん」
「不服かしら?」
「……いいえ」
 
 
 
 
得意の口先で彼女をやり込める。
素直な福路さんは言動が読みやすいから、すぐに私の張った糸に引っかかってくれる。
……素直すぎて少し面食らってしまうこともあるけれど。
この時も、嬉しそうな彼女の笑顔に僅かばかり心臓が跳ねた。
早く帰らないと日が落ちちゃって寒くなるわ。
あまり直視したくなくて、私がそうして背を向けて早足で歩き出すほどに、彼女の笑顔は綺麗なものだった。 
 


...Fin


あとがき(言い訳)

やふふーい。眠すぎてテンション微妙なキッドですごきげんよう。
えぇはい、寝不足のキッドのせいで部長が寝不足ですが、何か?
基本身の起こったネタをいじくりまわして書きますが何か?www
日常って大事よ、うん。
まぁとりあえずそんなわけで部キャプSS第二段。
今度は部長サイド。恋じゃないです、愛でもないです。ただ少しずつ何かが近づいているだけで。
きゃっきゃうふふしてるのも好きですが、もどかしい方が胸キュンな今日この頃です。
というわけで、当分はこの調子で亀のようにじりじりとエピソードを消化予定。
ふ、中の時間で半年はかかるわね(苦笑)……ま、気長に付き合ってくださいな〜♪

2009/10/18著


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