「……」
部室の屋上、屋根の上に設置されたこの寝床は春と秋は最高だ。
穏やかな天気の下、ここでぐだぐだしながら昼寝を楽しむ。
……別に授業サボってまではいないわよ?
「……ちょう、……部長、……部長っ!!」
「んぁー……」
「起きてください部長」
「なによ、もぉー……部長は私じゃなくてあっちよ和ー」
「あ、そうでした……って、そうじゃなくてですね」
「私はー、ここでお昼寝するのよぉ〜」
「寝てないでください」
「えー?」
「引退した部活の部室で寝てるって、それこそどういう神経ですか」
「それはだってー、和が私に、行かないでください! ってしがみついて懇願するから〜」
「し、してませんそんなことっ!」
そんなささやかなまどろみを邪魔する、可愛い後輩をからかって遊ぶ。
だっていつまでも私が部長って呼ばれてたら、まこの立つ瀬が無いでしょう?
まぁ、こうして引退したのにほぼ毎日ここにいる私のせい、っていうのもあるとは思うんだけどね。
居心地良すぎなのよね、ここ。
「……で、どうかしたの?」
「あ、はい……ぶちょ……竹井先輩に、お客様です」
「……はぃ?」
お客様って……それこそ引退した私を訪ねてくるような人なんていたかしら?
携帯を見ても特に誰かから連絡が入っているわけじゃないし……はて?
「よいしょっと……お客様って、いったい誰が来てるの?」
「風越のキャプテン……いえ、こちらも元キャプテンですね、福路さんがいらしてます」
「……あー……そりゃ携帯見ても意味無いはずだわ」
「また何かしたんですか、竹井先輩」
「あら、私はいつだって品行方正よ?」
「……それで何したんですか?」
「別にー、ただこの間一緒に麻雀打って、膝枕してもらって、送ってってあげただけよ」
「それ、別にな内容とは思えないんですが……」
ジト目で問い詰めてくる和に、笑顔で品行方正と答えたらスルーされた。
学生議会長様に対して失礼な反応ね。
まぁ世渡りと品格が別物なのは確かだけどね。
それにしても福路さんとはねー……この間まこの喫茶店で打って以来だけど、突然どうしたのかしら。
相手が彼女でなければ何か急な用事かしら、とも思うのだけど、
電話ぐらいはとってくれるけど、機械オンチの彼女が連絡なしにやってくることは、そう珍しいことじゃないものね。
「まぁ、これ以上お客様を待たせるのも悪いわね」
「いえ、それは多分大丈夫じゃないかと……」
「え、でも訪ねてきたのは私……あー、なるほど」
「見たとおりです」
「早速捕まったのね」
立ち上がって屋上に戻れば、開けた視界の先に雀卓を囲まされている福路さんの姿があった。
部員の少ない麻雀部、部の人間以外と打てる機会は作らない限りそうそうやってはこない。
飛んで火にいるなんとやら、だったというわけね。
「和はよかったの?」
「ええまぁ……私より先に優希がやる気になってしまっていたので……」
「なるほどね、それに咲とまこも引っ張られたのね」
部室に入ると、視線だけ皆が出迎える。
あらあら、随分と本気モードだこと。
ルールを聞けば、優希の得意な東風戦らしい。
実際に点数も、優希がトップで早くも東四局を迎えていた。
ふむ、咲が17000、福路さんが23000、まこが16900で、優希が44100か……
「順調ね」
「ふふん、当然だじょ。東場は私の独壇場だじぇ!」
「あら、果たしてそうかしら?」
「む、部長だって私が東場無敵なのは知ってるはずだじょ」
「知ってるわよ。でも県予選と違って咲もまこもいるし、何より今日はもう一人特別ゲストがいるじゃない?」
「むぐ……確かに……」
「悪いわね、うちの子達の相手してもらってて」
「いえ……私も麻雀が打てて楽しいですから」
気を悪くした様子も無く答える福路さん。
言葉通り、確かに彼女もこの対局を楽しんでくれているらしい。
「でも今日は負けないじょ」
「合宿でも福路さんは強かったしのー」
「だから今日は団体戦と合宿の借り、きっちり返すじぇ!」
「あ、ごめん優希ちゃん、それロン」
「じぇぇーっ!?」
ずびし! と福路さんを指して勝利宣言をする優希だったけど、やっぱり油断は禁物ね。
咲だってツモアガリばかりじゃないんだし、福路さんを意識するあまり他が手薄になりすぎね。
咲は今の親満で二位に浮上。
まだ優希には届かないけど、一気に差が詰まってきたわね。
「ダメよ優希ぃ〜、油断は大敵よ〜?」
「うぅぅ……部長意地悪だじぇ〜……」
「だからもう部長じゃないってば」
思わぬ振込みにしょぼんとする優希。
でも優希、まだ対局は終わってないのよ?
虎視眈々と、それでもようやくその右目を開いた彼女が目の前に座っているのだから。
勝つ気ね、あれは。
私の視線に気がついて、にこりと笑う福路さんだけど、優希達と違って油断はない。
「三年間は伊達じゃないわよね」
「え?」
「見てないさい和、逆転するから」
隣で卓の成り行きを見守る和にだけ聞こえるように呟いた。
こっそり咲の逆転を応援している和には悪いけど、この勝負本気になった彼女のほうに分があるわ。
ほら、場が動いた。
「ポン」
「う、咲ちゃんは暗槓も怖いけど、明槓もあるから怖いじぇ……」
「あはは……優希ちゃんごめんね?」
「じょ?」
来るわね。
「カン」
「い、言ったとおりにしなくていいじょ!?」
「うん、でも勝負だか……」
「ロン」
「えっ?」
油断はダメよね。
優希も、それから咲も。
「純全帯幺九、三色、ドラ1、槍槓……12300です」
「はぅ……」
「ここで跳満とはさすがじゃのぉ……」
「ど、どの道私のトップ落ちだじょ……」
がっくりと肩を落とす優希と咲。
相手が悪かった、なんて言い訳は試合になったら通用しないし、もっとレベルアップしてもらわないとね。
「それにしても、相変わらず綺麗な手を作るわね」
「ありがとうございます」
「まぁこの間私もでかいの振り込んだわけだけど」
「う、上埜さんのあれは、寝不足のせいじゃないですか」
「そうね、いい太ももだったわ……あイタっ」
「ええ加減にせぇエロ親父」
いや、実際綺麗な手作りよ?
純全帯幺九や三色なんて、お手本みたいなものじゃない。
それで締めは咲の明槓狙い撃つんだから、大したものよ。
まぁ点差を見る限り、別に彼女にしてみればツモアガリでもよかったわけだけどね。
問題は叩かれた後頭部がちょっと痛いくらいよね〜……
「イタタ……ねぇまこ、最近少し愛の鞭が厳しくない?」
「無いわそんなもん」
「つれないわね〜……あ、そういえば福路さん、今日は私に用だったみたいだけど……どうしたの?」
「あ、はい、この間のお礼と言ってはなんなんですけど……」
「お礼?」
「飲食代と、それから送っていただきましたから……」
「あぁ……なに、本当に何か作ってくれたの?」
「はい、クッキーなんですけど……よろしければ皆さんで召し上がってください」
そう言って差し出された包みを開いてみれば、色んな形のクッキーが顔を出す。
色自体も複数あって、プレーンとチョコ、それからこれは紅茶とアーモンドかしらね?
どれもこれも、お店で出されているような綺麗なものだった。
「凄いわね……料理だけじゃなくてお菓子作りも上手いのね」
「美味しそうだじぇ!」
「ほいじゃ、お茶請けにいただこうかのう」
「お茶入れますね」
「あ、手伝うよ原村さん」
中々豪華になったお茶の時間に皆大盛り上がり。
横でくすくすと福路さんが楽しそうに笑っているけど、多分私も似たような顔をしてるんでしょうね。
でもそこで終わらないのがこの私。
「ねぇ」
「はい?」
「私、料理ってあまり得意じゃないの」
「はぁ……?」
「卒業したらお嫁に来ない」
「は……えっ!?」
「あ、私が婿入りするんでもいいわよ別に?」
「う、うう、上埜さんっ!?」
私の一言に顔を真っ赤にして慌てる福路さん。
やれやれ、どうしてそんな私が喜ぶような反応ばかりしてくれるんだか。
だからつい、貴女には意地悪したくなっちゃうのよ。
「冗談よ。でも考えといてね?」
「え、は……ど、どっちがですか!?」
「さぁ? あ、まこ私のコーヒーまだー?」
「手伝いもせんと、何言うとるんじゃ……ほれ、あんたのコーヒーじゃ」
「ありがとう。はい、福路さんも」
「は、はい……」
未だに動揺が抜けきらない彼女、きっと頭の中は凄い勢いでぐるぐる回ってるわね。
そんな福路さんの様子に悪戯が成功した私は一人ほくそ笑むと、彼女が作ってくれたクッキーを一齧りする。
「……そ、卒業してからでないと、ダメなんでしょうか……?」
「……はい?」
思わぬ切り替えしに唖然とする中、口の中にはほのかな甘みがゆっくりと広がる。
福路さんのクッキーは彼女みたいに、私の好きな熱いコーヒーにぴったりの優しい味だった。
...Fin
あとがき(言い訳)ごきげんよう、久しぶりの部キャプ高校生編です。
キッドが主ジャンルにしているリリなのとはまた別の可愛さがあります。
男前な部長でさえ時にてこずる福路さん、妄想は尽きません(笑)
あ、三月聖地まで行ってきた皆様はお疲れ様でした〜。
キッドは残念ながら三月末まではお仕事があったので、長野にはいけませんでした。
どこぞの篤見様の新刊がヤフオクでやばいことになったとか。引継ぎさえなければ行ったのにー(泣)
なんか一月のイベントといい、咲イベントの日取りとは相性悪いです、私。
更に5月3日のなのトラの日とブッキング……途中抜け出すべきか否か、激しく悩む今日この頃です……
まぁなのトラ受かってたら、ちゃんと店番しますけどね、うん(^^;)
2010/4/11著
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