非合理的+非科学的=?






 
 
 
 
人間には右脳派と左脳派がいるらしい。
右脳が主に感覚や感性を司り、左脳が思考や論理を司っていて、どちらの脳タイプかによってものの受け取り方や選び方に違いが出る。
だとするならば自分は間違いなく右脳ではなく左脳派なのだろう、と船Qこと船久保浩子は思っている。
 
 
 
 
「おや、もう動いて平気なん?」
「あー、まぁたぶんなぁ〜……」
「無理せん方がええんちゃう? へたにウロウロしとったら、また清水谷部長に休憩室に放り込まれるかもしれへんし」
 
 
 
 
得意な分野は論理・分析・研究、と確かめるまでもなく左脳派と言える思考回路。
苦手は直感とか予感とか非科学的な諸々……
運の要素が強い麻雀において理論のみで立ち向かったところで、結果が伴わないこと、というのはままあることだ。
それでも概ねデジタル的に捨て牌や鳴き方、リーチのタイミングなど気をつけていれば大崩れする、ということはそうそうない。
故に船久保浩子は、自分の麻雀は性格とも相まって完全にデジタル派だと自覚している。
 
 
 
 
「過保護やからなぁ、竜華は……」
「まぁでも、今日は仕方ないんちゃいますか? 江口先輩の背中に誰かさんは乗っかってきたくらいなんやから」
「……言うやないか、船Q……」
「事実ですよって」
 
 
 
 
そしてそれは麻雀だけに留まらず、私生活においてもそうだった。
全ての事象は観察、分析の対象であり、同じ部内の人間であっても例外は無い。
現実と正論は相手が誰であっても基本的に適用されるようにできている。
明らかに右脳派な先輩や、楽天的で天然な部長を補佐する立場にあっては当然かもしれないが。
 
 
 
 
「でも言う程調子が悪いわけでもないで?」
「そう言って倒れられたらたまらんのやけど」
「う、まぁそういうこともあったかもしれへんけど……」
「あったかも、やなかくてあった、の間違いちゃう? 私の記憶違いやなかったら、園城寺先輩は夏場に入ってもう二回程、部長に搬送されたと記憶しとりますけどどうやったやろか?」
 
 
 
 
加えて、どうにも自分のことを適当にしてしまう傾向のある自称病弱な部のエースもいる。
理論派の浩子が活躍しなければならないケースは、本当に麻雀に限ったことだけではなかった。
 
 
 
 
「なんや、今日の船Qはちょぉ意地悪やな……」
「そう思うんやったら大人しくしとき。……まだ本調子ちゃいますやろ?」
 
 
 
 
「……色々お見通しなんやもんなぁ……」
 
 
 
 
敵わんわぁ〜、と後ろからもたれかかってくる怜に浩子はやれやれと首を振った。
皆が、特に竜華やセーラが気にせず打てるようにとの配慮なのだろうが、この小柄な先輩の強情さにも困ったものだと苦笑する。
 
 
 
 
「今日に限っては、ゆっくり休んでてくれた方が皆落ち着くと思うで」
「休んでるやん」
「私の背中はベッドとちゃいます」
 
 
 
 
熱中症、という程ではなかったのかもしれないが、のっけからセーラの背中で運ばれてきた怜を心配するな、とい方が普通に考えて無理である。
けして頭も悪くない、むしろ良い部類に入るはずなのに、怜はこうして時々強情が混じったよく分からない行動をとったりする。
身体を気遣うなら保健室のベッドか、もしくは休憩室のソファやろ、と当然浩子は思う。
始まって間もない部活は三十分かそこら抜けたところえ終わりはしないのだから、寝てくればいいのに、と。
こうして抱きつかれたような格好になっていることについて自体の異論は、何故か無かったりするのだが。
 
  
 
 
「新しいプログラム?」
「て程の物やありません。部のメンバーの牌譜を見やすい形に分けてるだけですから」
「ふーん……でも前のよりええやん」
「……そりゃ、後退しとったらやる意味ないですわ……」
 
 
 
 
一人パソコンの前に座ってデータを取り続ける浩子と、その浩子に後ろから乗っかったままの怜。
なんのかんの言ったところでそんな二人の姿は、先輩と後輩の枠を超えて通じ合っているものを感じさせる。
少なくとも実際にその様子を怜の調子を窺おうと振り向いた竜華が見てしまい、うっかりセーラの跳満に振り込むというポカをやらかすくらいには板についていた。
 
 
 
 
「……部長のメンタルは、もうなんぼか鍛えなあきませんね……」
「お手数かけるわ……」
「いえ、まぁ想定の範囲内です……」
 
 
 
 
出来れば想定していたくないのだが。
そう思っても口にしないのは一応相手が先輩であり部長だからか。
表情を一つも取り繕っていない時点で、遠慮らしい遠慮は口に出さなかったという点のみなのだけど。
 
 
 
 
「と、そや、最近の皆のプレイングのデータ出しといたから、参考にしといてな」
「おぉ、さすが船Q、仕事早いな。おおきに」
 
 
 
 
怜は受け取った書類を、浩子の隣に座ってペラペラとめくり始める。
背中を離れても隣に居続けるつもりらしい怜に、今日はなんや傍に寄りたがりなんかな、と浩子は分析する。
そのことに、どことなく浮かれている自分のこともまた自覚しながら。
 
 
 
 
(……どこでこんな風になったんやったけな?)
 
 
 
 
記憶を探ってみれば、つい昨日のように思い出せた。
 
 
 
 
『なぁなぁ』
『何ですか?』
『船Qて呼んでもええ?』
『……はい?』
 
 
 
 
一年前、竜華やセーラ、そして怜と卓を囲むことが多くなったある日、唐突に怜はそう言い出した。
それはまだ遠慮とか先輩と後輩とか、そういったものが残っていた頃だったので、浩子はそういった意味でも少なからず驚いたものだ。
人との距離を計っているようで、何かしら自分の中できっかけがあればあっさり境界を飛び越えてきたりもする。
竜華やセーラとはまた違った意味で、怜ははたまに大胆だった。
 
 
 
 
『構いませんけど……急にどないしたんですか?』
『ん、いや……船久保さん、て、なんかあれやん』
『何が』
『他人行儀言うか……』
『はぁ……? でも普通に先輩方みたいに呼び捨てにしたらええん違いますか?』
『そらそうなんやけど……それもなんか遠いねん』
 
 
 
 
そう言って浩子の了承を取り付けると、それくらいのこと(浩子にとっては)が嬉しかったのか、屈託のない笑顔がぱっと咲いたのを覚えている。
倒れてからは少なくなったが、あの頃の怜はよく笑っていたように思う。
 
 
 
 
『なぁなぁ船Q』
『なんですか?』
『呼んだだけや』
『……』
 
 
 
 
聞く人によってはふざけた愛称だと思うかもしれないが、意外と浩子はこの愛称を気にいっていた。
同じ三軍でもなく学年も違う浩子との距離を怜が詰めようとした結果なのだから尚更だ。
当初はただ、一軍のセーラと竜華がどうしてそこまで気にかけるのか、と興味を持った程度だったはずなのに、いつの間にかそんな風に思うようになっていた自分が不思議だった。
 
 
 
 
「ほぉー……なるほどなぁ〜……」
「……エースが一年生のデータ見て感心しとってどうするん?」
「んー、でも実際の私の技量、知ってるやろ?」
「そらそうですけど……」
「なんでも勉強になるんは確かやで?」
 
 
 
 
そう言ってまたペラペラと書類をめくり眺める作業に戻った怜。
そこにはエースの威厳……なんてものは普通に無い。
本人は能力頼みで一巡先が見えなければ自分は三軍、と思っているのだから当たり前かもしれないが。
 
 
 
 
(言う程悪くはないと思うんやけどな……)
 
 
 
 
「……何?」
「いえ、別に……」
 
 
 
 
一緒に打つようになった一年前から思っていたことだが、怜の麻雀は本人が言う程酷くは無いと浩子は思う。
確かに三軍、良くて二軍かもしれないが、セーラよりよほどセオリーを抑えているし、人のプレイングも割としっかり覚えている。
 
 
 
 
(……の、割に三軍やったんはやっぱ性格的なもんやろか?)
 
 
 
 
セーラや竜華程は思い切りも良くはなく、かといって浩子のように完全にデジタルにもなりきれない。
良く言えば慎重、悪く言えば中途半端。
多種多様な可能性の中から一手をチョイスする競技において、慎重にその可能性を考慮することは悪くはないが、軸があっちにいったりこっちにいったりしていて、いい成績を残すというのは少しばかり難しい。
ふらふらと覚束ないのは足取りだけにしてほしい。
 
 
 
 
「でも」
「ん?」
「私はその力込みで『実力』やと思いますけど」
「船Q……」
 
 
 
 
何せ運すらも実力に数えられる世界なのだから、少しくらい特殊な能力だの体質だのが含まれていたって、誰も文句は言わないはず(いや対戦相手は言いたいかもしれないが)だ。
 
 
 
 
「それにその力は園城寺先輩でよかったと思ってます」
「え……でもセーラとか泉とか……」
「個人戦やったらそうですね。でもチームとして考えた場合、大事なんは全体の能力ですから」
 
 
 
 
それに泉はともかく、セーラや竜華の場合一巡先は必ずしもいいとは言えない気がする。
竜華ならまだ順応しそうだが、セーラの方は『おもろないなぁー』とか言い出しそうで逆に怖い。
適材適所というがまさにその通りだと思う。
……何より、能力を授かったのが怜だったからこそ、竜華達の最後の夏をこのメンバーで打てるのだから。
 
 
 
 
「船Q……ありがとうな」
「事実しか言うとりません。これが今年のうちのベストメンバーです」
 
 
 
 
参謀を自認する自分が言うのだから、何も恥じることなくエースでいればいい。
言外に付け加えられている浩子の思いに気付かないほど怜も鈍くは無い。
照れ隠しなのか顔が微妙に横を向いていることにも。
 
 
 
 
「……ふふ、うん、でもありがとう……」
 
 
 
 
あ、笑った。
ちらっと横目でその笑顔を確認して浩子は思う。
竜華もセーラも、きっとこの笑顔が好きなのだ。
そしてたぶん、自分も。
 
 
 
 
「わっ、たっ、とぉぉぉっ!?」
「おーい、何しとんねん竜華……」
 
 
 
 
直後、ガタンッと派手な音がして竜華が椅子ごとひっくり返った。
ちらちらと様子を窺っていたところに怜の笑顔をまともに見てしまい、椅子から身を乗り出したらしい。
 
 
 
 
「あほや……」
「清水谷部長ですからね……」
 
 
 
 
幸い椅子がクッションになる様に上手く着地したようで、すぐに慌てて卓に向い直す竜華を見て、呆れた顔で怜と浩子はぼやいた。
ある種の中毒症状やな、と浩子は分析する。
基本的にプラスに働いているのだけれど、やはりメンタル面の強化は必要だと再認識した。
 
 
 
 
「……特訓しましょ」
「特訓?」
「はい、部長は団体戦の要、大将ですから」
「……何するん?」
 
 
 
 
これはもうどうあっても全国までに竜華のメンタル面を今より鍛えなければならない、そう声高に主張する浩子だが、その目がどこか悪戯を思いついたような楽しげな輝きを宿していることに怜は気がついていた。
止めようか、と考えて思い直す。
すなわち、面白そうだから乗ってみよう、と。
 
 
 
 
「こうします。……部長」
「っと……な、なんや浩子?」
「何勝手にすっ転んで焦ってはるんですか……」
「うぅ、ちゃ、ちゃうねん、羨ましいとかそっち行きたいとか、お、思うてへんで!?」
「はぁそうですか……まぁええです、膝貸してください」
「……はい?」
 
 
 
 
そう言ってちょいちょいと怜を手招きする浩子。
なるほどそういうことか、と頷いた怜も心得たもので、ほんなら失礼して、と竜華の膝によじ登る。
とす、と腰を下ろすと、驚愕の表情で固まった竜華の頬っぺたをむにーっと引っ張った。
 
 
 
 
「……ふぉ、ふぉ、ふぉ、ふぉれふぁいっふぁいふぁんふぁんひろほぉっ!?(※訳・こ、こ、こ、これは一体何なん浩子ぉっ!?)」
「園城寺先輩です」
「ぷはっ、ちょ、怜それはもうええから……って、聞かんでも分かるわそんなこと!」
「じゃあなんですか?」
「な、何ってこの状況に決まってるやん!」
「対面座位やけど?」
「あんたも真顔で言わんといてっ!?」
 
 
 
 
しれっと言ってのける浩子と怜に竜華は一人困惑した。
というか対面ごほごほとか何それ美味しすぎる食べてええん据え膳なんでも皆見てるしどうしよう!
等と一人葛藤しているのだけれど、どこからも助け船は来そうにない。
真顔、の奥で二人の目が笑っていることにも気がつかない。
 
 
 
 
「と、と、怜、あのな……」
「ほな部長、そのまま園城寺先輩を乗っけた状態で南場をどうぞ」
「……へ?」
 
 
 
 
もう休憩室へのお誘いってことでええんちゃうか!?
……と、一人そう判断しようとした竜華を遮る浩子の無情な声。

……え、このまんま?

そうこのまんま。
 
 
 
 
「……無理やんっ!?」
「やる前から諦めてどうするんですか部長。これは特訓なんやから」
「そやで竜華、これは全国で戦えるメンタルを作る為の特訓なんや。さぁはよ、ツモらんと」
「ちょ、だっ、えぇぇぇっ!?」
 
 
 
 
物理的に無理やってぇーっ!!と叫ぶ竜華を怜と浩子は意に介さない。
さぁはよ、と迫る二人に無理無理と抵抗する竜華。
その顔も段々と緩んできているところを見れば、あまり効果のある特訓とは言えないようだ。
 
 
 
 
「……非合理的やな……」
「え、何……? って、ちょ、なんで近づいてくるん!?」
「竜華がはよ打たんから」
「牌に手ぇ届かへんってば!」
「くっついたらええやん」
「心臓止まるわっ!」
 
 
 
 
それでもまぁいいか、と思えてしまうのは自分もまた毒されているからか。
ケラケラと卓の向こうで笑い飛ばしているセーラを見習うことにした。
 
 
 
 
「近い! ほんまに近いからっ!?」
「私は特訓に協力できて嬉しいで?」
 
 
 
 
竜華の膝の上で笑う怜はこの上もなく楽しそうだ。
 
 
 
 
「と、怜ぃ〜っ!?」
 
 
 
 
非合理的+非科学的……=その笑顔。

中毒性なら間違いなく全国クラスだと、浩子はこっそり心のメモ帳に書き加えておいた。


...Fin


あとがき(言い訳)

お久しぶりのキッドですごきげんよう。
夏コミからこっちお仕事再開した関係もあって更新速度ががくっと……
てかぶっちゃけ止まってましたごめんなさい(汗)
またちょいちょい再開予定ですですw
そんなわけで明後日23日のSHT内りんしゃんかいほーにて新刊二冊発行するんですが(ぇ)
そのうちの一冊、せんりやまドロップス内から竜怜前提の船Qのお話部分を掲載です。
え、なんでってそりゃpixivで私以外船久保浩子タグ使ってる人がいなかったからです(笑)
ええはいそして怜総受け(違っw)ですが何かww我が家の怜は愛され怜です、てか千里山ラブw
新刊への通販リンクもぺたぺた。
http://www.toranoana.jp/mailorder/article/04/0030/07/40/040030074001.html
詳細は同人誌情報館にて〜☆全編書き下ろしとかやっちゃいけねぇとか思った入稿一時間前ですたw

2012/9/21著


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