夏夜空














『同級生とこんな風に過ごすの、初めてです』
 
 
 
 
……いつだってそう言って笑う彼女にとって、私とのことは全てが新鮮で嬉しくて楽しいもの……らしい。
 
 
 
 
「……それはそれでプレッシャーよね……」
 
 
 
 
夏の星が並ぶ空を見上げてぽつりと呟く。
そこそこ楽しい、くらいに思われているなら、プランはてきとーで構わないし、私自身楽でいい。
実際今までは大体そんな感じで、他人から半歩ほど引いて付き合ってきた。
他と違うとしたら部の皆といる時くらい……だと思っていたのだけれど。
 
 
 
 
「無意識に揺さぶってくるわよね……」
 
 
 
 
お互いに他人から距離を置いてきたタイプのはずなのに、彼女は私に対してはなぜか時に一歩二歩と踏みこんでくる。
同様に私も、気がつくと彼女についついちょっかいを出してしまっていたりして……何をやっているのかと、後になって少しだけ頭を抱えることも少なくない。
きっと彼女は気がついていないけど。
 
 
 
 
「……むしろ気づかれてたら大問題だわ」
 
 
 
 
今まで培ってきた竹井久という自分が、こんなにも簡単に揺らぐとは思いもしなかった。
まだまだ自分の知らない自分、感情というものがあるもんだ、と苦笑する。
 
 
 
 
「……それにしても蚊が多いわね」
 
 
 
 
また一匹、ぷーんと寄ってきた黒い奴をひっぱたく。
普通に田んぼがあるから仕方ないとはいえ、寄ってくる数が半端ない。
じゃあこんなとこで待つなって話なんだけど……
 
 
 
 
「待ち合わせはロマンよ、ロマン」
 
 
 
 
理屈じゃない、時間よりちょっと早く来すぎてこうして蚊に襲われていようと、待つことに意味がある。
……待ち遠しくて、とか乙女らしい理由じゃなくて、時計を見間違えただけというのが真実であったとしても。
 
 
 
 
「む、来たわね……」
「……う、上埜さん!? す、すみません、お待たせしましたか……?」
「私が早く来すぎただけだから、気にしないで」
 
 
 
 
待ち人来たる。
私の姿を見つけた彼女、福路さんはぱたぱたと道の向こうから駆けてきた。
きっかり五分前どころか、十分前にやってくるところが彼女らしい。
 
 
 
 
「さて……行きましょうか?」
「は、はい」
 
 
 
 
連れだって夜道を歩きだす。
少し先にはお祭りの明かりがあちこちでついている。
 
 
 
 
「まぁお祭りなんてどこも似たようなものだけど……」
「そうですね……でも楽しい雰囲気なら似ててもいいと思います」
「ふふ、そうね」
 
 
 
 
やってきたのは隣町の夏祭り。
後輩たちとの夏祭りを潰してしまったのでは、と合宿が終わってもこっそり気にしていたらしい福路さんに『じゃあ仕切り直しましょうか』と言って組んだのが今日の予定だった。
 
 
 
 
「……さすがにこっちにはタコスの屋台はないみたいね」
「ふふ、そうですね」
 
 
 
 
煌々と夜道を照らす屋台の明かりに釣られるように、二人で食べ物や遊戯の屋台を回る。
タコスの屋台は清澄ぐらいかもしれないけれど、意外と定番以外の屋台もあるものだ。
 
 
 
 
「でも今年は浴衣、お蔵入りになるかと思ってたから、嬉しいわ。来てくれてありがとう」
「え……い、いいえ、私の方そこ、誘ってくださってありがとうございました……上埜さんとこうして歩けて、嬉しいです……」
 
 
 
 
宝物を扱うように、幸せそうな顔でそう言われ、思わずぐっ、と言葉に詰まる。
なんだってこうもまた素直なのか。
それを嬉しいとは思うけれど、構えてない時の不意打ちは結構くる。
 
 
 
 
「浴衣も数年ぶりに着ましたし……」
「そうなの? こんなに可愛いんだから、もっと着ればいいのに」
「う、上埜さんっ」
 
 
 
 
私の言葉にさっと頬を染めて声を上げる彼女に、ほんとよ、とダメ押しすると赤くなって下を向いてしまった。
悪い癖ね、とは思うけど、彼女をからかうのは止められそうもない。
何より冗談めかして言ってはいても、私の言葉は本当だ。
そこここから注がれる視線が、自分に向けられたものだなんて思わない。
白い肌と彼女らしい花の咲いた白い浴衣、そして綺麗な両の瞳。
分かってないのは本人くらいだ。
 
 
 
 
「……上埜さん?」
 
 
 
 
周りの視線を独り占めすることよりも、その視線に彼女をさらすことの方が腹立たしいとか、どうかしてる。
流されるべきではない。
……けれどたまには、感情のままにというのもいいかもしれない。
 
 
 
 
「ねぇ?」
「はい……っ!?」
 
 
 
 
不思議そうに首を傾げた拍子に、露わになった首筋に唇を寄せた。
硬直する福路さんに構わず痕をつけると、浴衣と同じく赤い花がそこに咲いた。
 
 
 
 
「う、ううう上埜さんっ!?」
「虫よけ。隠しちゃだめよ?」
 
 
 
 
真っ赤になって狼狽える彼女に、余裕の素振りでニヤリと笑うと、ひょうひょうと歩きだす。
悪戯は大成功。
固まった視線の主達を尻目に意気揚々と歩いていると、追いついてきた福路さんが、少し睨むようにして見上げてくる。
笑顔もいいけど、こういう表情も悪くない、と思ってしまうあたりが私の性格を如実に表している。
それにきっと、この顔を見れるのは私ぐらいだ。
 
 
 
 
「……上埜さんは、ずるいです……」
 
 
 
 
ずるくないわ、無防備すぎるからいけないのよ?
……そんな軽口をたたく前に、何か柔らかい物が肌に触れた。
チクリ、と刺すような痛み。
 
 
 
 
「っ……」
「……虫よけ、です……」
 
 
 
 
さっきよりさらに赤い顔で、それでもそんなことを言う彼女。
……本当に予想外のことばかりだ。
 
 
 
 
「わ、笑わないでくださいっ!!」
「ふふ……そうね、悪くないわ」
 
 
 
 
さっと彼女の手を取って歩き出す。
 
 
 
 
「ねぇ?」
「は、はい……」
「……来年も来たいわね」
「……はいっ」
 
 
 
 
らしくない未来の約束もたまにはいい。
少しだけ強く握られた手を応えるように握り返した。

 
 
 
 

...Fin

 
 


あとがき(言い訳)

2011年夏コミコピー本に載せたSSです〜。
なのはの方を公開したのでこっちも公開。
ちと展開が似がちなんで新しい方向で今度は書いてみようかな?
定番の部キャプが一番好きではあるんですけどね♪

2011/9/12


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