私のタイは


 
 
 
 
 
 
 
 
『間もなく発車します、閉まるドアにご注意ください』
 
 
 
 
アナウンスの後にドアが閉まる。
けれど何も気をつけるのはドアだけではない。
満員の車内、自分のスペースを確保することもままならず、
人の波に身を任せるしかない。
へたに抗ったところで、余計な圧力が加わって痛い思いをするだけだから。
まぁ、どっちにしても快適には程遠いのだけど。

普段ならこんなに混んだ電車に乗ることはない。
リリアンに行くのに、ここまで混むことはないからだ。
だが、今日の行き先は、慣れ親しんだリリアン女学園ではない。
受験、その二文字の戦場に赴くために揺られているのだから。










「やっと戻ってきたわ・・・・・」
 
 
 
 
その日試験を受けに行った場所は、リリアンからはかなり離れた場所で。
試験が終わり、リリアンについた頃にはだいぶ日も傾き始めていた。
そんな時間にもかかわらず、私がリリアンに来た理由はただ一つ。
大切な、彼女の顔を見るためである。
この時間なら、まだ薔薇の館の方にいるはず。
走り出したい気持ちを抑えて私は歩き出す。
途中ですれ違う子達に挨拶をし、マリア様の前できちんと手を合わせる。
 
 
 
 
(・・・・ごめんなさい、やっぱり早歩きくらいで行きます)
 
 
 
 
真面目にお祈りするはずだったのに、結局そんなことを考えてしまった。
ひょっとしたら両足が地面から離れたり、スカートのプリーツが乱れちゃったりするかもしれんませんが、
お許しくださいマリア様。今は一分一秒が惜しいんです。
 
 
 
 
「・・・・言い訳がましいわね、私」
 
 
 
 
自分の考えに苦笑して、さっきよりは早いスピードで歩き出す。
うん、大丈夫、これくらいならスカートのプリーツも、セーラーカラーも問題ない。
 
 
 
 
「ごきげんよう紅薔薇さま」
「ごきげんよう」
 
 
 
 
その後も同じようにかけられる挨拶に答えてゆく。
私がいかに無駄なく進むか考えながら歩いているなどと、誰も思っていないだろう。
外に出ている時の優等生の私。
でも心の中では、早くその仮面を彼女にはずしてもらいたいと思っているのだから。
 
 
 
 
「・・・・って、ちょっと待って」
 
 
 
 
でも現実とは、往々にして思い通りにはならないものだ。
明かりのついてない薔薇の館を前にして、私はがっくりと項垂れた。
それでも諦めきれなくて、中に入ってヘアのドアを開けた。
部屋の明かりをつけて中を確認したが、放課後に使われた形跡は無い。
おそらく、今日は会議そのものがなかったのだろう。
事前に予定を聞いておけばよかったと思っても、後の祭りである。
 
 
 
 
「はぁ〜・・・・失敗したわ・・・・・・」
 
 
 
 
思わずため息を吐いて、机に突っ伏した。
天下の紅薔薇さまが随分間抜けなことをしたものだ。
どんどん深くなるため息に脱力していると、誰かの階段を上がる音が聞こえてきた。
その音を聞きながら私は笑った、どうやら私の女神は私を見放してはいなかったようだ。
 
 
 
 
「・・・あれ、紅薔薇さま?」
「ごきげんよう祐巳ちゃん」
「ごきげんよう紅薔薇さま」
 
 
 
 
首を傾げながらも返事を返してくれたのは、私の待ち人である祐巳ちゃんだった。
 
 
 
 
「館に電気がついてるから誰だろうと思ったら、紅薔薇さまだったんですね」
「ええ、でも今日は会議は無かったのね、危うく祐巳ちゃんに会えないところだったわ」
「あはは・・・今日は祥子さまにお家の用事が入って、志摩子さんも体調が悪いみたいだったので、中止になったんです」
「そう、でも祐巳ちゃんはどうして薔薇の館に?」
「あぁ、私は・・・その・・・・これを取りに・・・・・」
 
 
 
 
そう言って、祐巳ちゃんが見せてくれたのは数学のプリントで。
おそらく今日の宿題分なのだろう。
 
 
 
 
「昼休みに途中までやったんですけど、置きっ放しにしちゃってて・・・・」
「ふふ、祐巳ちゃんはうっかりさんね。まぁそのお陰でこうして会えたわけだけど」
「あはは、そうですね・・・・」
「ん、どうかした祐巳ちゃん?」
「うーん・・・・・?」
「祐巳ちゃん?」
「・・・・少し失礼します蓉子さま」
 
 
 
 
しばらくじっと見つめてきた祐巳ちゃんは、そう呟くと、
じりじりと近づきながら、私の胸元に手を伸ばしてきた。
 
 
 
 
「ゆ、祐巳ちゃんっ!?」
「あ、やっぱりダメですか?」
「だ、ダメって何が・・・・?」
「いえ、タイが曲がっていたので・・・・・」
「・・・・は?」
 
 
 
 
タイ・・・・?
言われて胸元を見ると、確かに曲がっていた。
ああそういえば、今日は満員電車に揺られてきたんだっけ、と漠然と思いだす。
 
 
 
 
「その直してあげちゃおうかな〜・・・・なんて・・・・・ごめんなさい」
「え、あぁ、そういうことだったのね・・・・・」
 
 
 
 
思わず祐巳ちゃんの手を掴んで制止していたので、祐巳ちゃんはちょっと残念そうな顔をしていた。
何事かと慌てた自分が妙に恥ずかしい。
 
 
 
 
「じゃあ・・・・祐巳ちゃん、直してくれる?」
「・・・・はい!」
 
 
 
 
直してもらのはちょっと恥ずかしいけど、せっかくだからお願いしてみた。
祐巳ちゃんは笑顔で返事をすると、私のタイを直そうと悪戦苦闘を始めた。
自分のタイならともかく、人のタイは向きが反対なため、慣れてない祐巳ちゃんは必死の形相でタイを直している。
 
 
 
 
「ふっ・・・・くくっ・・・・・・・」
「あ、ひどい蓉子さま、笑ってますね?」
「くっ、ごめんなさい、あまりに祐巳ちゃんが必死だから・・・・」
「もう・・・・はい、直りましたよ」
「ふふ、ありがとう祐巳ちゃん」
 
 
 
 
堪えきれずに笑ってしまうと、祐巳ちゃんが頬を膨らませていた。
そんな顔すら可愛いと思いつつ、祐巳ちゃんに謝罪する。
ちょっと納得してないみたいだったけど、それでもしっかりと私のタイを直してくれた。
 
 
 
 
「どうですか?」
「中々綺麗に出来ているわ、ありがとう祐巳ちゃん」
「えへへ、ありがとうございます、蓉子さま」
 
 
 
 
祐巳ちゃんは嬉しそうに笑う。
こんなことで喜んでくれるなら、いつでもさせてあげたい。
そこまで考えて、それが意外と実行性のあるプランだ、ということに気がついた。
 
 
 
 
「それなら今度から、私のタイは祐巳ちゃんに直してもらおうかしら」
「えぇっ!?」
「私が祐巳ちゃんのタイを直すと、祥子が拗ねるでしょうから、代わり私のをね?」
「はぅっ・・・・が、頑張ります」
 
 
 
 
さすがに祥子達がいるところでは難しいけど。
二人の時ならば問題は無い。
祐巳ちゃんはしばらく、顔を赤くして、目を白黒させていたけど、最後には頷いてくれた。
 
 
 
 
「さて、それじゃあそろそろ帰りましょうか?」
「はい、蓉子さま!」
 
 
 
 
祐巳ちゃんを促し、自分達の荷物を持って部屋を出る。
もちろん、祐巳ちゃんの手を握るのは忘れずに。
 
 
 
 
「・・・・いっそ、自分でタイ直すのやめちゃおうかしら」
「よ、蓉子さまっ!?」
 
 
 
 
私のタイは祐巳ちゃんが直す。
新しく増えた秘密の約束に、しばらくは笑みが収まりそうになかった。

 
 
 

...Fin


 


あとがき(言い訳)

久々にマリみてのお題更新です♪
祐巳ちゃんおタイっていうと、祥子さまが浮かんでしまうんで、蓉子さまのタイにしてみました。
っていうか、祐巳ちゃんのタイを直したら、祥子さまが拗ねちゃいますんで(笑)
お題はこれで、後4つ。
やっぱ難しいのが残っちゃってますが、頑張って書き上げたいと思います♪

ついでにリリカルなのは系のお題もどっかから持って来てやっちゃおうかな〜って・・・・
そんな感じで最近手を広げまくりなキッドです(汗)
いや、ほら、ストライクゾーンは広く持たないとね!!(違う)
後はキリ番SSも執筆途中なんで、こっちも早いとこ申告いただいてる分まで上げたいです(^^;)
うーん、ようするに、8月中もSS1日1本ペースでいけるように頑張ります♪
・・・・夏コミの日とかは見逃して欲しいけど(汗)

2007/7/26著


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