君がいてもいなくても














『春物と夏物が欲しいなぁ』
『え、今から春物?』
 
 
 
 
金曜日の放課後、休みの予定を相談していると、なのはがポツリとそうこぼした。
季節的にまだ春といえなくもないけど、一般的にそのシーズンの服は前の季節に調達するものだ。
だけどなのはには、ちょっと思うところがあるらしい。
 
 
 
 
『うん、忙しくてあまり見れなかったし、それにこれからのシーズンは、春物はバーゲンになるからお買い得だよ』
『いいわね、私達も行こうかしら』
『アリサちゃんがバーゲン品見に行くいうんも、なんや不思議な感じやけどな』
『あら、バーゲン品だっていい物なら買うわよ』
 
 
 
 
なるほどバーゲン狙いか、と一人納得していると、アリサとはやて、すずかも話に便乗してくる。
 
 
 
 
『それに見てるだけでも楽しいよ、はやてちゃん』
『アリサちゃんを着せ替えれるしなぁ』
『うん、もちろん』
『ちょ、はやて! すずかも同意してないでよ!?』
『諦めは大事やでアリサちゃん? それともアリサちゃんはこんな可愛い恋人のお願いを聞けんゆうんか?』
『そんな、アリサちゃん……』
『そ、そんなこと誰も言ってないでしょう!? ……って、だからそうじゃなくてはやて!!』
『にゃはは、じゃあ皆で一緒に行こうか?』
『明後日の日曜とかどうかな?』
『あ、それやったらうちの子達も一緒でええかな? ヴィータとシグナム……特にシグナムがまた自分一人だと、面白みの無いもんばっか着るんよ〜』
『シグナムさんらしいなぁ……』
『じゃあ明後日十一時に駅前に集合ね』
『分かった、十一時だね』
 
 
 
 
……そんな会話をしてから帰路についたのが、一昨日のこと。
ようするに、今日が約束をしていた買い物の日というわけなんだけど……
 
 
 
 
「……」
「……」
 
 
 
 
度重なる不測の事態が発生し、結果的に予定が空いたのは私を含め二人だけ。
しかもその相手が……
 
 
 
 
「……よりにもよって、フェイトちゃんしか予定が空かんとか、神様もえらい意地悪やな〜……」
「その言葉、そっくりそのまま返すよはやて……」
 
 
 
 
そう、何の間違いか、私とはやての二人だけとかいうオチがついてしまっていた。
 
 
 
 
「せめて一緒なんがなのはちゃんやったらなぁ……触り放題やったのに」
「触らないでよ」
「せやったら揉み放題?」
「もっと悪いよ!」
「フェイトちゃんは我が侭やなぁ〜、もぉ〜」
 
 
 
 
我が侭とか、最早そういう問題じゃないと思うのは私だけかな?
この話を聞いてると、予定が空いたのがなのはじゃなくて私でよかったと心底思う。
元々言い出した本人で、一番楽しみにしていたなのはには悪いけど、こんな色欲魔と二人でショッピングなんて、いくらなんでも危なすぎる。
 
 
 
 
「なんや、そのジト目。私かてモラルくらいはわきまえとるで? 信じてへんの?」
 
 
 
 
どう信じろと?
 
 
 
 
「はっ、私をナメたらあかんよフェイトちゃん。ええか、揉まれて恥らうなのはちゃんは絶品や。
それを世間一般様に見せてええ思うとるんか? いや、ええはずがない! あれは独り占めしてむふふするた……もぷっ!?」
「あ、ごめん」
「っ〜〜!! 謝る顔とちゃうやろそれ!?」
 
 
 
 
急に真剣な顔をしたはやてだったけど、何を言い出すかと思えば、案の定ろくでもないことだった。
チョップを振り下ろした先のおでこが、ちょっと赤くなってるけど気にしない。
人の彼女の胸を、私がいないとこでまた揉んだみたいだし、これぐらいはしても許されるはずだ、うん。
 
 
 
 
「にしても、なのはだけじゃなくアリサ達まで予定が入っちゃうなんてね……」
「いたた……しゃーないやん、アリサちゃんはお家の事情、すずかちゃんはお稽古の先生から呼び出し、重なる時は重なるもんやて」
「なのははなのはで、管理局からの出動要請だし、ね……」
 
 
 
 
今朝方、出かける支度をしていた私達の元に届いた連絡は、なのはの出動要請を告げるものだった。
ふぇ〜……と、半泣きで出かけていったなのはは、なんとも言えず可愛い……じゃなくて、可哀想だった。
……ええはい、確かに昨日なのはの家に泊まりましたけど何か?
 
 
 
 
「フェイトちゃんフェイトちゃん」
「ん?」
「顔、えらい緩んどる。あと口元が危険」
「おっと……」
 
 
 
 
思い出してたら思いっきり緩んでたらしい。
はやてに注意されて、慌てて表情を引き締める。
いくらなのはがいないからって、だらしない顔をして歩き回るわけにはいかない。
 
 
 
 
「ごめんはやて、ありがとう。ちょっと可愛いなのはを思い出してただけなんだ」
「聞いてへんわ阿呆っ!?」
「ただの嫌がらせだから、気にしなくていいよ?」
「ちょ、アリサちゃんもやけど、最近性格悪いでフェイトちゃん……」
「別に、ただちょっと恋人の胸を揉まれすぎて、やさぐれただけだから」
「……増えとるやん?」
「だからそういう問題じゃないってば……」
 
 
 
 
けろっとそういう親友に罪悪感は無いらしい。
さすがだけど憎たらしい。
 
 
 
 
「あ、先に言うとくけど、私が一番揉んどるんはシグナムやからな?」
「シグナムは怒……るわけないよね……」
「せやなぁ、普段はおとーさんやけど、揉むと可愛えよ?」
「……惚気?」
「もちろん、惚気られるだけなんてまっぴらや」
 
 
 
 
私が攻勢に出たので、はやても反撃に転じたらしい。
その話題のシグナムはなのはと同じく、別件で呼び出しがかかり昨日から出動をしているらしい。
学生の私達より多い任務を、平然とこなして帰ってくる姿はやはり尊敬できるものだ。
はやてにめっぽう弱いところは別としてだけど。
 
 
 
 
「ほんとはヴィータくらいは、連れて来たかったんやけどなぁ……」
「お腹壊したんだっけ?」
「そうなんよ〜、ちょお寒い日が続いとるから、アイスはほどほどにせなあかんて言うたんやけどなぁ……」
 
 
 
 
なんでも、いつものようにアイスを食べ過ぎたヴィータは、お腹を壊してシャマルとザフィーラに見てもらってるんだとか。
この時期にお腹を壊すほどアイスを食べるっていうのも凄いと思うけど……ヴィータ、アイス好きだからなぁ……
 
 
 
 
「ま、集まれんかったもんはしゃーない。とりあえず自分らの服でも見よか」
「うん、私は向こうのを見てくるよ」
「ほんなら私はこっちの見てくるわ〜」
 
 
 
 
意識はどうしても、いないメンバーの方へ向いてしまうのだけど、今日はせっかく服を見にきたのだから、どうせなら何か選んで帰りたい。
私もはやても、それぞれ自分の服を探して別々のブースを見て回る。
そんな中、私の目にとまったのは一着のワンピース。
 
 
 
 
「……いいな、これ」
 
 
 
 
呟いてから無意識に伸ばしていた両手で、そのワンピースを持ち上げる。
鮮やかな色合いのワンピースは過度に存在を主張することもなく、けれどこれなら着用者に存在感で負けることも無さそうだった。
 
 
 
 
「んぉ、なんやええもんでもあったんか?」
「うん……」
「どら……珍しいなぁ、フェイトちゃんがそういう色合いの物に興味もつやなんて」
「そうかな……すごく似合うと思うんだけど……」
「え、あ、まぁ似合わへんちゅうことはないけど……」
「うん、絶対似合うよ……なのはに」
「……は?」
「これだったらきっとなのはも喜んで……って、なにその冷ややかな視線!?」
「……はぁぁ……」
 
 
 
 
これを着たなのはの笑顔を想像し、とても暖かな気分に浸る私を見つめる、呆れ果てたその視線。
はやてはそうしてしばらく私を見つめると、これ見よがしに大げさなため息をついた。
……これ絶対馬鹿にされてるよね?
 
 
 
 
「まったくもう……フェイトちゃんはなのはちゃんがおらんでも、なのはなのはなのはー! ……なんやね〜」
「うぅ……だ、だって……」
「自分の服見てるんかと思えば、結局はなのはちゃんの服やし……」
「しょ、しょうがないじゃない! なのはに似合いそうなの見つけちゃったんだから!」
「おらん時ぐらい離れられへんのかっ!?」
「無理だよ! 今日だって通りを歩いてても、こうして服を見てても、なのはの顔ばっかり浮かぶんだよ! 私にどうしろって言うのさ!? だって私の恋人はあのなのはなんだよ!? 全次元一可愛いんだよ!? そりゃあもう何着ても似合うのは確かだけれど、もっと似合う物を着たら、もっと可愛いと思わない!? あの笑顔で『ありがとうフェイトちゃん♪』なんて言われたらもう、それだけでご飯だって食べれちゃうよ私!! ……はっ、でもでも、なのはのこと好きになったらダメだよはやて! 今の状態で既にライバルだらけで、ちっとも気が抜けないんだからねっ!!」
「……」
「つまりだから、私はいつだってなのはのことを想って……て、ちょ、どこ行くのはやて? 最後まで聞いてよ!」
「じゃかあしい! 永久に一人でやっとれや!!」
「先に煽ってきたのははやてじゃない!?」
「だぁーもぅ! 頼むからその固有結界に私を巻き込まんといてや〜!?」
 
 
 
 
あんまりはやてが五月蝿いからちょっと色々ぶちまけただけなんだけど、
途中で耐えられなくなったのか、はやては私を置いて別のスペースへと足早に行ってしまう。
まだなのはへの想いの十分の一も伝えられてなかったから、一応引き止めたんだけど、
固有結界とかなんとかよく分からないことを叫びながら、別の階へと走り去って行ってしまった。
 
 
 
 
「……に、逃げられた……」
 
 
 
 
ワンピースを持ちっぱなしだったのが失敗だった。
さすがにこれを手に持ったまま、他の階に移るわけにはいかない。
 
 
 
 
「仕方ないか……」
 
 
 
 
私はため息をつくとワンピースを持ってレジへと向かう。
ところどころ腹立たしいが、今はまずなのはへのプレゼントを手に入れることが先決だ。
 
 
 
 
「早く、なのはに見せたいなぁ……」
 
 
 
 
崩れ落ちそうな頬を無理やり上げて、私は喜々としてレジへと向かったのだった。
 
 
 
 
 ◇
 
 
 
 
「……で? 結局ほとんど別々に買い物してたわけ?」
「せやかて、アリサちゃんは耐えられるんか? 丸一日あの固有結界垂れ流されるんと同じ状況やで!?」
「……そうね、嫌だわ。まぁあたしなら頭引っぱたいてでも止めさせるけどね」
「うぅぅ……さ、先に煽ってきたのははやてなのに」
「ふふ、でもいい買い物が出来たみたいで、よかったね二人とも」
 
 
 
 
明けて翌日の月曜日、四人でいつも通り昼食を取っているのだけれど、昨日に引き続き私に対する風当たりが結構強い。
今日はアリサも加わってるから、尚更そう感じるのかもだけど、正面からビシバシと二人の言葉が突き刺さる。
上手く話をずらしてくれるすずかは本当に天使だね……
 
 
 
 
「まぁそやね、結構ええもんがいくつか買えたし」
「フェイトはなのはにあげるの、持ってきてるんでしょ?」
「あ、うん。なのは、お昼には戻れるって言ってたから」
 
 
 
 
話題のなのはは、まだ学校に姿を見せていない。
本当だったら昨日のうちに戻れる予定だったんだけど、事務処理が予定より長引いたらしく、戻るのが今日のお昼になるとのことだった。
 
 
 
 
「それならきっとそろそろ……あ、噂をすれば、来たみたいだよ?」
「えっ!?」
 
 
 
 
すずかの言葉に、彼女の視線の先へ振り返る。
そこには教室のドアを開けて入ってくるなのはがいた。
 
 
 
 
「なのは!」
「あ、フェイトちゃん♪」
 
 
 
 
いの一番に声をかけると、なのはも笑い返してくれた。
近寄ってきた身体を軽く抱き寄せると、頬を寄せてから首筋に顔を埋めた。
 
 
 
 
「……おかえりなのは」
「にゃは、くすぐったいよもぉー……ただいま、フェイトちゃん♪」
 
 
 
 
大して危険な任務ではないと分かっていても、こうして無事に帰ってきてくれるとほっとする。
抱き合うのはいつもの儀式。
実際に時間は戻らなくても、一緒にいられなかった分をちょっとだけ埋めてくれるから。
 
 
 
 
「人がいないところでやんなさいバカップル!」
「いたっ!!」
「にゃぁっ!?」
「何回言わせれば気がすむのよアンタ達は!」
 
 
 
 
叫ぶアリサとは対照的に、突然散ったお星様に頭を撫でる私となのは。
昔もそうだったけど、最近は更に突っ込みが痛い。
時々ちゃんと手加減してくれてるのか、不安に思うこともなくはない。
 
 
 
 
「いや、アリサちゃんは立派やわ。毎回毎回、よぉーこの二人に突っ込む気になるもんや」
「アンタがあたしに丸投げするからでしょうよ」
「やって、突っ込んだところで効果あらへんし」
「まぁそうだけど」
 
 
 
 
はやてとアリサの間で交わされる会話に、ねぇちょっと酷くない?
って言いたいとこだけど、言ったところで取りあってもらえないことが分かっている私となのはは、顔を見合わせて苦笑い。
一緒に叩かれてしまったなのはに、小さくごめんね、と言うと、なのはも大丈夫、と返してくれた。
 
 
 
 
「あ、フェイトちゃん、なのはちゃんにプレゼントしなくていいの?」
「ふぁ、そ、そうだった」
「プレゼント?」
「うん、これなんだけど……」
 
 
 
 
用意していたプレゼントをなのはに手渡す。
内緒にしていたからなのはは驚いたみたいだけど、中身が洋服だと分かると、私の意図に気がついたのか、ワンピースを胸に抱いて嬉しそうに笑った。
 
 
 
 
「ありがとうフェイトちゃん……」
「喜んでもらえてよかった。買ったかいがあったよ」
 
 
 
 
私がそう返すと、なのはは益々頬を染めた。
可愛いなぁもぉ。
 
 
 
 
「なぁなぁ、フェイトちゃんが服を送った理由、分かるかなのはちゃん?」
「……え? お買い物出来なかった私のために、買ってくれたんだよね?」
「ちっちっち、あんななのはちゃん、服を送るのはそれを脱がしたいって意味なんやで?」
「っ!?」
 
 
 
 
ニヤリと笑い、全てをぶち壊す我が悪友。
せっかくなのはにはちゃんと伝わってたのに、どうしてそう余計なことを吹き込むのかな君は!?
 
 
 
 
「〜っ、フェイトちゃんのえっち!!」
「ち、ちがっ……」
「ほな、私午後は本局やし、行ってくるわ〜」
「「……」」
 
 
 
 
引っ掻き回すだけ引っ掻き回して、真っ先にいなくなるはやて。
しかもちょうど昼休み終了の予鈴が鳴って、すずかは自分のクラスに、アリサも席に戻ってしまった。
二人の背中には頑張れ、の一語しか見当たらなかった。
 
 
 
 
「あ、あの、なのは……違うんだよ、私は純粋に……」
「……」
「なのは……?」
「……今日、うち皆いないから……」
 
 
 
 
え? と聞き返す間もなく、それだけ言い終えるとなのはは自分の席へと行ってしまった。
 
 
 
 
「……棚ぼた?」
 
 
 
 
なのはの言葉の意味を理解すると、ボッと頬が燃えるように熱くなる。
ふらふらと席についた午後の授業は、思った通り欠片も頭に入ってこないのであった……

 
 
 
 

...Fin

 
 


あとがき(言い訳)

告知と掲載が遅くなりました〜(汗)
PCもおニューになって、ようやく快適に作業出来てます。
こちらのSSはあきらさんの挿絵つきで本に収録させていただきました♪

2010/5/2


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