行き交う人々、発着を繰り返す艦船。
光の中に浮かぶ宇宙港。
その一画、人の流れからやや外れた場所になのははいた。
「いつ見てもやっぱり凄いな……」
居並ぶ大型艦船を見上げ一人ごちる。
海が主な仕事場ではないとはいえ、管理局の魔導師であるなのはも当然任務で艦船に乗ることはある。
見慣れていないわけではない。
それでもやはり間近で見るその姿には、素直に凄いと思わせるだけの迫力があった。
「こういうのにいつも、フェイトちゃんは乗ってるんだよね……」
ましてや、それが自分の大切な人の仕事場なのだから尚更だ。
フェイトを運び、フェイトを守る艦船。
遠方にいることも多いが、艦での仕事ならさほど心配することもない。
「フェイトちゃんすぐ無茶するんだもん……」
仕事中は平気で寝食を放棄するフェイト。
無茶をしがちなところはなのはにしてもお互い様なのだが、どう言われようと心配にはなるのだ。
「確か今日が帰港日だよね?」
そんなフェイトの次元航行艦が今日帰港の予定だった。
海のスケジュールは波に影響されることもしばしばなので、あてにはならないが予定通りならそろそろ戻るはずだ。
「いや、ほら、たまには私から出迎えてあげるのもいいかな、なんて……」
誰に言い訳をしているのか、なんて聞かないであげてほしい。
エースオブエースの二つ名で呼ばれる彼女も二十歳の女の子、恋人の帰港を出迎えてあげたっていいはずだ。
「……あれ、何してるんですかなのはさん?」
「フェイトさんのお迎えですか?」
「はぅっ!?」
相手がこれから戻ってくるところだったならだけど。
「な、なん……なんでシャーリーとティアナがここに?」
「あれ、フェイトさんから聞いてません?」
「帰港予定の別の艦が遅れて、その分早めに空いたから一時間ほど前に……」
「あ、そう、なんだ……あははー……」
「……」
「……」
なのはからもれる若干乾いた笑い。
状況を察したシャーリーとティアナも苦笑する。
「あ、じゃあ私はこれで……」
「なのは?」
「うっ」
当てがはずれ、とりあえず出直そうとしたところに待ち人きたる。
既に報告書の提出を終えたフェイトは、なのはがいたことに軽い驚きをもって応えた。
けれど今のなのはに、そんなフェイトを気遣う余裕は一ミリもない。
背中からかけられた声に振り向きたい気持ちを抑えて、なのはは早足で現場から逃げ出した。
「え、ちょ、なんで逃げるのなのは!?」
「気のせいだよフェイトちゃん」
「や、だってなんか早い……待ってよなのは!」
「……もぉー、フェイトちゃんのバカーッ!」
「えぇぇっ!?」
二人の歩みが少し早いくらいから早足になり、更には競歩に近くなった頃、耐え切れなくなったなのはが叫んだ
廊下に響き渡るフェイトちゃんのバカー! ……というなのはの声。
なぜか恋人にバカ呼ばわりされたフェイトは、分かりやすいほどに固まった。
なのははそんな唖然とするフェイトを一瞥すると、一目散に駆け出した。
「ば、バカって……」
ついに走り出したなのはを追って、無理やり再起動をかけたフェイトもまた走り出す。
ここでなのはを取り逃がせば、今日のご飯、ひいては夜の夫婦生活にまで支障をきたしかねない。
ご飯はともかく、後者は困る。
とっても困る。
「待ってってば、なのは!」
「知らない! フェイトちゃんのバカ!」
「なのはぁ〜……」
身に覚えがないフェイトには、どれだけバカと連呼されても当然理由が分からない。
半泣きのまま、それでも追い続けるのはなのはへの愛ゆえだろう。
「フェイトさん達は相変わらずだねー。さー、私達も久々の休暇だよー」
「……なのはさんって」
「んー?」
「可愛いですよね……」
「……ほほぅ」
「な、なんですか?」
「……ねぇ、浮気はダメだよティアナ? スバルが泣いちゃうよー?」
「なぁっ!? ち、違いますよシャーリーさん、そういう意味じゃありません! 大体どうしてそこにスバルの名前が出てくるんですか!?」
「休暇〜休暇〜、楽しい休暇〜♪」
「ちょっと、聞いてますかシャーリーさん!?」
思わず、といった風にティアナがもらした言葉を、シャーリーが聞き逃すわけもない。
すかさず監査官もびっくりな鋭いチェックが入る。
浮気じゃないし、そんなの色んな意味で命が危ないし、そもそもスバル関係ないし……
などど大いに慌てるティアナと対照的に、シャーリーは落ち着いたものだ。
むしろ軽くいなす余裕すらある。
そんな中、一人身軽なシャーリーはひっそりとため息をついた。
みんな乙女でいいなぁ……
◇
「なのは」
「……」
「もういい加減機嫌直してよなのは」
「やだ」
「やだって……」
腕の中でぷいっと横を向いてしまう恋人に、何度目かのため息がもれる。
さすが教導官、昔ならいざしらず、全力で駆け出したなのはは思いのほか早かった。
魔法の使用はできない……というか使用したらまずい管理局の廊下内、
高速移動を使うわけにもいかず私は自力でなのはを追いかけた。
結果はかろうじて勝利をおさめた私がなのはを捕まえ、こうして私の執務室へと連れてきたのだった。
限りなくなのはの機嫌は悪いのだけど。
「なのは……」
「……」
「迎えに来てくれたんだよね……?」
「……そうだよ」
それでも受け答えをしてくれるだけだいぶましだ。
この間なんて半日口も聞いてくれなかったし……
「それなのにフェイトちゃんってばもう戻って来ちゃってるし……なんで教えてくれなかったの?」
「ご、ごめん、まさか来てくれると思わなかったから、迎えに行って驚かせようと思って……」
「……フェイトちゃんタイミング悪すぎ」
「ご、ごめんねなのは」
ついっと顔を背けるなのはは、やっぱりまだまだご機嫌斜め。
タイミングが悪いと言われても今回は私のせいではないのだけれど、反射的に謝ってしまうのは最早習性に近い。
間違ってない時くらいびしっと言うべきなのかもしれないが、なのはがどんな気持ちで迎えにきてくれたのか今日ばかりは分かってしまう。
同じことを考えていた。
家についてから顔を合わせるんじゃなくて、仕事上がりに出迎えてあげようって。
「なのは……」
「……くすぐったいよフェイトちゃん」
「なのは、あったかい」
気恥ずかしくて、ちょっと拗ねちゃっただけだよね?
そう言葉にすると、きっとますますへそを曲げてしまいそうな彼女の首筋に顔を埋めた。
なのはの香りと、抱きとめた腕から伝わる温もりを感じて、ちょっと色々とくらくらする。
「……フェイトちゃん」
「ん?」
「……ごめんね」
「なの……」
「おかえりなさいフェイトちゃん。無事に帰ってきてくれて凄く嬉しい……」
なのになのはってば、私の内心の葛藤を知りもしないで、どうしてこんな可愛いことを言うんだろう。
これってかなり反則だ。
緩みかけた涙腺を気力で押さえて、回した腕の力を強めた。
「……ただいまなのは、出迎えてくれてありがとう……」
あぁ、家に帰るまでもつんだろうか私の理性……
◇
「ただいま〜」
「ただいまヴィヴィオ、お土産買って来たよ」
「おかえりなさい、なのはママ、フェイトママ。あれ、今日は一緒に帰ってきたの?」
「そうだけど……どうして?」
フェイトちゃんと無事に仲直りして帰ってくると、出迎えてくれた娘は小首を傾げた。
部署が違うため一緒に帰ってくることはさほど多くは無いが、一度もない、というほどでもない。
何を不思議に思ったのかと質問すれば、ヴィヴィオはすぐに答えてくれた。
「はやてちゃんから連絡があったから」
「……なんて?」
「ママ達がケンカして廊下を駆けてった、って」
「……はやて」
「はやてちゃん……」
「ちっとは自重してやー、って伝えといてって言われたよ」
「う……」
「あぅ……」
朗らかな娘の口調で語られるはやてちゃんの伝言は、ごめんとしか答えようのないものだった。
見られていたのか、それとも人づてに聞いたのか。
情報の正確さからして、見られていたと捉えるべきだろうか?
いずれにしても弁解は後でしておかなくてはならない。
だがしかし、そんな私やフェイトちゃんの思惑の上をいく発言を、すでに娘がしていたと思い知るのは3秒後。
「大丈夫だよ『自重しないのがママ達のクオリティです!』って、ちゃんと言っておいたから!」
「あ、あはは……」
「ママ?」
……娘の成長だけがそこはかとなく心配です。
...Fin
あとがき(言い訳) 原稿終わりましたー、やっふーい♪
というわけで、原稿の中からこれともう一本も公開予定です。
こちらは久万さんの挿絵つき。あ、でももちろん挿絵は購入者の特典、ってことで未掲載です。
さー、また次の原稿書かないとね〜♪
2010/4/20著
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