心のお薬





前略。
なのはが風邪をひきました。

 


「大変やフェイトちゃん! なのはちゃんが……なのはちゃんが産気づいたんやー!!」
「えぇぇぇっ!?」

 


はやてからそんな緊急連絡を受けた私は、格闘していた事務書類を副官に任せると文字通り飛んで帰った。
それはもう全速力で。
そして家のドアを開けて開口一番に言ったのだ。

 


「ただいま! なのはとお腹の赤ちゃんは無事!?」
「……は?」

 


……出迎えてくれたヴィヴィオの視線が、何言ってるのフェイトママ?という呆れたものだった事は言うまでもない。
騙された……私がそう気づくのはそのすぐ後。

 


「うぅ〜ん、なんていうか……はやてちゃんらしいねぇ……」
「ただの風邪だよ〜?」

 


通された寝室にて妻と娘に状況を訴えれば、なのはのなんとも言えない苦笑とあっけらかんとした娘の言葉にようやく事の次第が飲み込めたのだ。
要約すればつまり風邪。ただの風邪。
いや私にとってなのはの風邪は軽かろうが浅かろうが一大事には違いないのだけど、どう頑張ったってそれが妊娠、そして出産になるはずがない。
思えば私もなのはも同じ女性であるのだから、ごにょごにょ的なあれそれに身に覚えがあろうとも通常の手段で子を持つ事が出来るはずもなく、はやてが言うそれが起こる事はありえない。
魔法世界的に一応全く方法が無いわけではないのだけれど、当然ながらそっちに関してはそれこそ身に覚えがなければ出来ようもない。

 


「は〜や〜てぇ〜っ!!」
「ぶははっ! 何、フェイトちゃんガチで信じたん!?」

 


アホや、ほんまもんのアホがいる。
そう言って繋いだ通信画面の向こう側で笑い転げるはやて。
なんて酷い友人だろう。
これが親友だというのだから世の中って残酷だ。
ちょうどええからそのまま休暇取ったらええよーと言われて、ぷちりと切れた通信に二重の意味で謀られたと気がついて項垂れた。
敵わないと分かってはいるけど、この手の平の上で踊らされてる感がやっぱり悔しい。

 


「まったくもう、はやてってばどうしてあんなに意地が悪いのかな!」
「にゃはは、はやてちゃんも悪気はないんだよ、多分?」

 


ベッドの横でぷりぷり怒る私に、横になったままなのはが笑う。
悪気はないから手に負えないのだ。
親友を騙してげらげら笑うとか一体どういう事なのか。
いや、信じた私もなんで信じたのか分からないけどさ。

 


「きっと最近忙しかったから、フェイトちゃんをお休みさせてくれたんだよ」
「うぅ……ありがたいけどなんか釈然としない……」

 


まぁもういいんだけどさ、なのはと一緒にお休みが取れるんだし。
そう割り切ればお休み自体は良い事なのだからこれ以上嘆く事もない。
何より今一番大事な事はなのはの体調なのだから。

 


「まだだるい?」
「んんー、もうちょっと、かな?」
「そっかぁ……」

 


はいあーん、と切ったリンゴを差し出せば体を起こしたなのはがそれにぱくりと齧り付く。
しゃくしゃくと鳴る音に私も一切れ貰えば、口の中に広がる甘い風味になのはと二人で顔が綻ぶ。
これなのはさんにどうぞ、と何故か本局を出る時に会ったティアナに渡されたのだけど、その理由がやっと分かった。
なのはの風邪は周知の事実だったらしい。
はやての悪戯について知っていたのかは分からないけど、相変わらず出来た後輩だ。
後で美味しかったと伝えておこう。

 


「もっと食べる?」
「うん、欲しいかな」

 


そう微笑まれれば手元の作業も進むというもの。
せっせとリンゴを剥いては、口を開けたなのはに差し出すという事を繰り返す。
久しぶりの二人の時間というのもあるけれど、多分風邪で弱っているから普段より甘えたくなっているのだろう。
美味しいねフェイトちゃん、とご機嫌ななのはに私も嬉しい。
手元のリンゴがウサギさんにもなろうというものだ。
まぁさすがに食べる部分まで削っちゃうような細工物には出来ないけれど。

 


「可愛いと食べちゃうのが勿体無いしね」

 


程なくしてリンゴも食べ終わり、お皿とナイフを片付けて戻るとなのははうとうとし始めていた。
お腹がよくなって眠くなったのかな?と毛布をかけてあげるとなのはに手をつかまれる。

 


「どうしたの、なのは?」
「んー……」

 


そのまま私の手を引き寄せて自分の頬に当てると嬉しそうになのはの顔がふにゃりと緩んだ。
やっぱり甘えたいのかな、と考えながらもう片方の腕を引かれるままになのはの隣へと滑り込む。
次は何をしてほしいのかな。
風邪の時に限った事じゃないけれど、なのはの願いだったらどんな事でも叶えてあげたい。
だからそう思っていた私にとって、告げられたそれは完全に不意打ちだった。

 


「……フェイトちゃん」
「え……?」
「……フェイトちゃんがいいの」
「私?」
「うん……なのはの一番のお薬はフェイトちゃんなの」

 


だから、ね……傍にいて?
……そう言ってなのはは私の腕の中に潜り込むと、あっという間に夢の世界へと旅立っていってしまった。
残されたのはなのはの言葉と、ポカンとした顔でそれでもなのはをしっかりと抱き締めた私だけ。

 


「……言い逃げは、反則だと思うのですよ、なのはさん……」

 


ようやくしぼり出したそんな言葉は、もごもごと頼りなく言葉遣いもなんだかおかしい。
……でもいいんだ、仕方がない。
沸騰寸前の頭と無茶苦茶熱い顔でそれ以上なんてやりようもない。

 


「……あぁもう、ほんとになのはは……」

 


どきどきばくばくと鳴り続ける心臓はいつだって君のせい。
こんなんじゃ眠れやしないよ。
だからずっと私がなのはの寝顔を見てたって、それは仕方の無い事なんだ。
そうやって並べた言い訳に一人で笑って、腕の中の宝物を抱き締めた。


お薬は用法用量をきちんと守って。
いっそ取りすぎでも構わないかも……なんて、うっかり言っちゃうかもしれないけど、ね。

 


あとがき(言い訳)

明日のリリマジで発行予定のコピー本より抜粋です。
ちょっと時間と中身及び表紙のクオリティの関係で自分達的に微妙なままだすよりは、とKimiさんと相談して完成版を冬に出そうという話になりましたので、明日はプレビュー版という形でコピー本は無料配布します。
内容は抜粋したこのお話と、パラレルなのフェイな短編の冒頭部分です。
完成版ではパラレルの完全版と表題作、後可能なら短編一つ増やせたらなーって思ってます♪
スペースは「な39」です。のんびり一日いると思います〜。
よろしくですよ〜☆

2015/10/11著



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