しおあめ














「あつ……」




授業も終わった放課後の教室でぼんやり過ごす。
私以外誰もいない教室はクーラーも切れていて、じわじわと暑さから汗が滲んでくる。
それでもなんとなくクーラーをつける気にはなれず、机に座って外を眺める。




「フェイトちゃーん……」




ぽつりと好きな人の名前を呼んでも応えてくれる人はいない。
居場所はちゃんと知っている。
今頃フェイトちゃんは体育館でバスケットの練習の真っ最中だ。
……校庭だったらここからでも見れたのに。




「むぅ……」




かりっ、と口の中で飴をかじりながら思い出す。
試合が近いので怪我をしたレギュラーの代わりに助っ人に入ってほしい。
そうバスケ部の人達に頼み込まれてフェイトちゃんはここ数日、放課後はバスケ部の練習に参加していた。
最初こそ管理局の仕事のこともあってお断りしていたフェイトちゃんだったけど、
最終的には家の用事(管理局のお仕事)が突発的に入るかもしれないけれどそれでもよければ、と承諾した。
なんでも娘の晴れ姿を見たいリンディさんが猛烈プッシュしたらしいということをクロノ君が教えてくれた。
ため息混じりにまた母さんは……なんて言っていたけど、
ひそかにビデオカメラの準備をしているらしいクロノ君はお兄ちゃんだねーと、
エイミィさんやアルフさんと話しているのは内緒である。




「当のフェイトちゃんも楽しそうだし」




魔導師としての管理局の仕事のこともあって私達は部活類には参加していないのだけど、
元々フェイトちゃんは勉強だけでなく運動も得意で、本人も体を動かすことは好きみたいだった。
だからきっと、仕事のことがなければフェイトちゃんは何かしら運動系の部活に所属していたであろうことは想像に難くない。
授業が終わればすぐに部活に駆けて行ってしまう忙しい日々だけど、その表情は晴れやかだ。
唯一、帰らずにこうして待っている私を思ってか、少しだけすまなそうに教室を出て行くのだけど。




「私が好きで待ってるんだから、気にしなくていいのにね、レイジングハート?」
『It is the good part of her?(それが彼女の良いところでは?)』
「にゃはは……そうなんだけどね〜」




傍らのレイジングハートに尋ねれば、フェイトちゃんとの付き合いも私と同じだけ長い分心得たもので、
実によくフェイトちゃんのことを分かっている。
ここにフェイトちゃんの相棒、バルディッシュがいたならば、
きっと何も言わず、けれどどこか誇らしげにしていたに違いない。




「でも確かにちょっと退屈かもね?」
『Do you want to also a virtual training?(仮想訓練でもしますか?)』
「うーん……ちょっとそういう気分じゃない、かな?」




ごめんね、とレイジングハートを一撫でして、また外へと視線を移す。
広がるのは青い空。
あぁ、飛びたいな。
見ればいつもそう思ってしまう私は空に魅せられた人間なのだろう。
待っている間に遮蔽系の魔法でもかけて飛んでくるのも悪くないかもしれない。
……でもなんとなく、それも今日の気分じゃない。




「うーん……?」




もう一度かりっ、と転がしていた飴をかむ。
そんな自分の心境に軽く首を傾げて、すぐにその理由に思い至る。
あぁうん、なんだ、簡単なことだ。
ようするに……ただフェイトちゃんを待つだけのこの時間もまた、私にとっては大切な時間だということなのだ。




「あれ……?」
「ん?」
「なのは」
「フェイトちゃん」




じゃあもう少し気長にまちますかー、と机に身体を預け直すと程なくして教室のドアが開かれて待ち人が現れた。
……ちょっと時間、早くないかな?




「クーラー、切ってるんだね……暑くない?」
「んー……まぁ暑いけど」




まず最初に気にするところがそこなのか、と暑がりのフェイトちゃんに苦笑い。
暑い中私を待たせている、ということも含まれているのだろうけど、
入ったら冷房がきいていなくてちょっとがっかり、もありそうな気がする。
そんなフェイトちゃんだけどスポーツで暑いのは別にいいらしく動いてる最中は元気溌剌なのだから不思議である。




「……あれ、でも早かったねフェイトちゃん?」
「あ、いや……まだ休憩なんだけど……」
「けど?」
「……お財布、鞄の中で……」
「あー……」




違うんだよ、いつもはちゃんと持っていってるんだよ、とジト目で見つめる私に言い訳をするフェイトちゃん。
見れば机には確かにフェイトちゃんの鞄がかかっていて……その中にお財布もあるらしい。




「貴重品はちゃんと持ち歩こうねフェイトちゃん……」
「あぅ……ごめん……」




しゅん、と項垂れるフェイトちゃん。
たぶん休憩に飲み物か何か買おうとしてお財布が無い事に気がついたんだと思う。




「でもね、あのね、お財布もだけどね……なのは、どうしてるかなぁー……って」
「あぅ……」




思って、ね?
……なんて、そう言われてしまえばたやすく心は揺れ動いてしまうもので、暑さ以外の熱で私の頬も熱くなる。




「……フェイトちゃん」
「ご、ごめんなさい……」
「どうしてそうタラシなの?」
「た、タラシじゃないよ!?」




ぷぅっ、と頬を膨らませるけど、結局のところフェイトちゃんのそういうところも好きなので、あんまり効果が高くない。




「あの、でもごめんねなのは……」
「ん?」
「だって、待たせちゃってるし……」
「もぉー、それはいいって言ってるでしょフェイトちゃん? 私が好きで待ってるんだよ?」
「うん……でも、ごめんね?」




そっとフェイトちゃんの手が頬に触れる。
申し訳なさそうに下がった眉にもう一度、もぅ、と言って私は立ち上がると……ぴとっ、とフェイトちゃんに抱きついた。




「な、なななな、なのは、い、今私汗かいてるから……っ」
「んー、フェイトちゃんに拒否権はありません♪」
「そんなっ!?」
「いや?」
「い、いやじゃない、けど……」




あぅあぅ、とそれ以上言えないフェイトちゃん。
可愛いなーと思いつつ、そんなフェイトちゃんを堪能するようにおでこをフェイトちゃんの肩口にぐりぐりする。
途端、またフェイトちゃんの心拍数が早くなる。
とくんとくん、と早いリズムで。
きっと、私の早さもそう変わらない。




「あの、えっと……そ、そうだ、そう言えばさっきから何舐めてるのなのは?」




照れ隠し、なのだろう、そんな唐突な話題転換が今のフェイトちゃんには精一杯みたいだ。
きっと練習中には見学の子達にきゃーきゃー言われるはずの私の王子様は本当は凄く可愛らしい。
可愛くてカッコいいとか、ずるいなぁって思うのに、そういうフェイトちゃんが一番好き。




「これ?」
「うん」
「塩飴、っていうんだって。さっきはやてちゃんがくれたの」




皆が帰る中、私が教室に残ることを告げるとならこれあげるわー、とはやてちゃんがこの飴をくれたのだ。
夏場は重宝するんやでーなんて言いながら。




「へぇ……どんな感じ?」
「んーとね……水飴っぽい甘さでちょっとしょっぱい感じ、かな?」




塩飴、という名前の通りの味だと言える。
もにゅもにゅ、と口の中の飴を転がしながらそう感想を述べると、
そうなんだと呟いたフェイトちゃんの瞳がとても優しいものへと変わる。
……私が美味しそうにしてるのが嬉しいとか、また頬っぺたが熱くなるから自重して欲しいのだけど。




「ふぇ、フェイトちゃんもいる?」
「え……?」
「さっきはやてちゃん三つくれたから……」




途端にフェイトちゃんにくっついたままだったのが恥ずかしくなってきて、もごもご言いながら視線をそらす。
さっきまで私の方が優勢だったはずなんだけど……フェイトちゃんの微笑みは本当にずるいと思う。




「……」
「フェイトちゃん?」
「……す、水分補給も大事だけど、塩分補給も、だ、大事なんだって!」
「うん?」




だからなんだと言うのだろう?




「フェイ……んっ!?」
「ん……」




いやむしろだからこそ私よりフェイトちゃんに必要だと思うんだけど……?
そう私が口にするより早く……私の唇はフェイトちゃんの唇でしっかりと塞がれていた。
一瞬、互いのそれが絡んで……気がつくと口内にあったはずの飴だけが攫われていた。




「……っ!? ふぇいっ……!?」
「ご、ごごご、ごちそうさまっ!!」
「あ、ちょっ……」




それじゃあ私、部活に戻るからぁー! ……などと叫びながらばひゅんっという音が聞こえそうな程の早さで、
フェイトちゃんは脱兎のごとく駆けていってしまった。
残されたのは鏡なんて見なくても分かるくらいきっと真っ赤な顔をした私と、フェイトちゃんとの口付けの感触だけで。




「〜〜〜〜っ!!」




やられた。
だからもうどうしてヘタレのくせにそうタラシなのフェイトちゃん!?




「〜〜っ、行くよ、レイジングハート!」
『…All right,Master』




とてもじゃないけど、このまま教室でのんびりフェイトちゃんを待つなんて今の私には出来そうにもない。
戻ったら絶対フェイトちゃんに責任とってもらうんだから!!
そう心の中で大きく叫んで、やれやれ、と言わんばかりの相棒を手に取ると、
走りだした私は屋上への階段を駆け上がったのだった……



 
 

...Fin

 
 


あとがき(言い訳)


塩飴って美味しいし、ほんとに汗かいてだるい時とか少し身体が軽くなるよーというお話(ぇ)
今年始めて塩飴を食べてかるくはまってるんですが、なのフェイにかじってもらったら、
ただのいちゃいちゃとあいなりました。
……あ、想像の範囲内ですか、そうですかw
そしてひとっ飛びして気持ちが少し落ち着いたなのはさんが帰ると、
自分でしたくせに動揺してどこかにでこをぶつけたらしいフェイトさんが戻ってればいいと思うんだ。
フェイトさんは通常ヘタレ、瞬間王子、そんな感じで(笑)
てことで夏新刊からの抜粋でした☆

2013/7/29


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