目は口ほどに












カタ、カタカタカタ……
ごしごし……
カタカタ……
むむむ……




「んー……」




うむぅー……、と更に唸ってディスプレイから顔を上げる。
……駄目だ、まだまだ仕事があるのに進まない。
ぐにぐにと眉間の辺りを揉みほぐす。




「明日までなんだけどなぁ、これ……」




ディスプレイに目を戻せば明日が提出リミットの報告書がかなり白っぽい状態で残っていた。
別に何行以上書かなければいけないとか、何文字以上とかそういったものはないけど、肝心の内容が埋まっていないのでは意味がない。
深々と溜息をつく。
どうにも今日は集中が続かない。
散漫すぎる。
原因はたぶんこれ。
光を発するディスプレイを見つめる目に感じる違和感。
異物感、とまではいかないけれど何かこう……痛いというか重いというか。
とりあえず言うことを聞かない目を誤魔化そうと眉間の辺りを更にぐにぐに。




「……フェイトちゃん」
「っ!?」




……していたら背中からかけられた声にびくっと私の身体が跳ねた。
そのまま硬直。
そしてだらだらと冷や汗が背中の辺りを流れ始めるのを感じた。
声の主の登場に驚いたから?
また心配をかけてしまうと思ったから?
それとも誤魔化していることを怒られると思ったから?
答えは全部、オール、あますことなく。
それでも三つめが一番大きい気がするのは既に声の主――なのはの私を呼ぶ声が咎める様な響きだったせいだろう。
……いやいや、でもほら、まだ何も言ってないし、私も特に何もしてないのだから私の思いすごしかもしれないし……




「フェイトちゃん」
「……はい」




訂正、どうやら思いすごしじゃないようです。
返事をしない私にもう一度呼びかけたなのはの声は一度目よりも明確に尖っていた。
チクッとか、プスッて感じじゃなくて例えるのなら……ドスッ、……て、感じかな……ははは。
とはいえ、ここでスルーしようものならきっと三回目はなのはの性格上実力行使に出るはずだ。
よって私に拒否権はない。
だってこんなことで波風を立てる必要なんかないし。
私がなのはとケンカ……ないしはそれに近いことをするとしたらそれは基本的にどうしても譲れないことがあった時くらいだ。
例えば私よりなのはの方が可愛いとか、なのはの方が綺麗だとか、いい匂いだとか、食べちゃっていいかなうん食べさせてとか、きっと多分そのくらい。




「フェイトちゃん?」
「……ナンデモナイヨ」




そう言えば昨日のなのはも可愛かったなぁ……なんて、波風を立てないと言いつつぼんやりしていた私を呼ぶ声はドスッ、から、ズドンッ、に変わった。
……まだ振り向いてもいないのにどうしてそんなに声が尖っていくのかな、なのは。
振り向いてないからいけないのかな、うんそれもあるとは思うけど、七割方そっちじゃないよね。
気配ってそういうのまで伝わるものなんだろうか、これも愛だよねって思っておきたい。
いっそこのままでいたらどこまで行くのだろうかと、興味がないわけじゃないけれど、残念ながら賭かっているのは私自身という悲しいお話。
他人事(主にはやてあたり)だったなら遠慮なく観察しつつ最後までいくように支援するとこだけど、チップが自分ではそうもいかない。
とりあえずご機嫌伺いと、これ以上余計なことを考えないようにと私はようやく椅子ごと振り向いてなのはに向き直った。
ツキン、と痛む視界に映るなのはは書斎の入口に立ったままだった。
自宅であるが故、下ろされた髪が腰まで伸び、暖色系でまとめた私服に身を包んだ姿は管理局で目にする制服姿の凛とした佇まいと違いとても穏やかなものだ。
……眼光と口元が常の状態であったなら。




「フェイトちゃん」
「はい……」
「なのはは怒ってます」
「はい……」
「分かってる?」
「うん……」




どうやって言い逃れをしたものか、思ったのは最初だけ。
そもそもなのはが何を怒っているのかなんてまだはっきり聞いたわけじゃないし……なんて思いは振り向いた先でその手にあった物を見て、綺麗さっぱり消え去った。
王手、チェックメイト、詰み。
全力で白旗を掲げるしか道は残されていなかった。
なのは恐るべし。




「……ていうか、なんで分かったの? 私が目が痛いって」
「だってフェイトちゃん、帰ってきた時から目元気にしてたし、さっきからずっと揉んでるじゃない」
「あー……」
「それなのに言わないから私は怒ってるんだよ? 腫れちゃったり見えなくなっちゃったりしたらどうするの?」
「え、と、疲れ目くらいで見えなくはならないと……」
「フェイトちゃん!」
「はいごめんなさい!」




クワッと怒られて慌ててなのはに頭を下げる。
どうしてこう余計な言い逃れというか言わなくていいことを言ってしまってなのはに怒られてしまうのか。
自分の往生際の悪さが原因だと分かっているけど、ここまでくると性格というのはそうそう変わる物ではないのだと思い知る。
なのはへの愛なら一生変わらずにいる自信があるんだけどなぁ、私。




「悪いところだけ直そうっていう発想は……」
「えと、あるんだけどご覧の通りで……」




えへっ、と笑えばまたなのはの瞳が吊り上がる。
うん、ごめん、今のも余計なことだった。
それでも溜息一つで許してくれるあたり、なのはも慣れっこといったところか。
そのうち愛想尽かされてもしらんでー?とけらけら笑う悪友の言う通りにならないことを切に願う。




「まったく……ほら、フェイトちゃんこっちきて」
「えっと、あの、が、頑張れば自分で出来るかもみたいな……」
「いいから来る!」
「わわわ、な、なのは、首、首が締まるぅ〜!?」




大股で近づいてくるなのはにせめて自分でまずは試みてみるべきだろうと、二割努力、八割逃避という名の最後の抵抗を試みるも、ついに実力行使に出たなのはを前にあっさりと陥落した。
がしっと私の襟首を掴んだなのはにそのままズルズルとリビングまで連行される。
そして、てぇぃっ!とソファに投げ捨てられればもうどこにも逃げられないと覚悟を決めた。




「もぉー……どうしてフェイトちゃんそんなに目薬嫌がるの?」
「こ、怖くないよ!? ただちょっと目を開けてられなくて、つぶっちゃったりすることがあるだけだよ!」
「……昔髪の毛一人で洗えない時も同じようなこと言ってたよねフェイトちゃん」
「あぅ……」




そういやそんなこともあったなぁ……いやでも今はちゃんと一人で洗えるよ!
……なんて思わずぼんやりと昔を思い出していたら予備動作も何もなく、右目にぽたりと目薬が投入された。
って、冷たっ!?




「ひんやりするよ!?」
「目薬だもん」
「ちょ、なんかそこの箱に冷感クールとか書いて……ひょわぁっ!?」
「はい、おしまい」




続いてささっと左目にもぽたりと目薬を差してもらえばぽんぽんと頭を撫でられた。
この瞬間がいつも気恥かしい。
そう言ったら、ところ構わずいつもちゅっちゅしとるくせに何言うてんの?とはやてには言われたけど、そういうのとは違うんですていうかそんなにいちゃいちゃしてないよ!
大人になっても目薬が苦手だとか、それをなのはに差してもらってるだとか、なのはが優しい目で私を見下ろしてるとか恥ずかしさを挙げれば枚挙に暇がない。
……でもお願いだから清涼感の低い目薬に変えてくださいませんかなのはさん。




「こら、フェイトちゃんちゃんと目閉じて」
「うぅー……すーすーする……」
「ちゃんと馴染ませないとダメなんだからね」
「はぁい……」




いっそもうごしごしと目をこすりたくなるけど、私のお腹の上でがしっとなのはが両手をホールドしているのそうもいかない。
そもそも清涼感のかなり強い目薬を選んだのはなのはじゃないかと心の中でぶちぶち言うけど、いざ目を閉じてみれば清涼感はそこまで気にはならずにほっと一息。
代わりに頭の下になのはの太ももを感じてしまい、にへらとすればぺしっとおでこをはたかれた。
……なんでわかっちゃうんだろうね、本当に。




「だってフェイトちゃん分かりやすいんだもん」
「なのはだって分かりやすいよ」
「私は普通だもん」
「なら私だって普通だよ」




そうだよ、私は普通になのはが大好きなだけなんだから。
胸中でそう嘯いてもっとなのはの膝枕を堪能しようとすりすりすれば、頭の上からくすぐったいよフェイトちゃんと柔らかい声が落ちてきた。
目を閉じていても分かる。
きっとなのはは声を同じ柔らかい笑みを浮かべて、私を見てくれているのだと。
俄然愛しさが増して堪え切れずに目を開けると、予想通り、いや予想以上に優しい頬笑みと柔らかい眼差しに自然と私の表情も緩んでいく。
愛しい、大好き、音にしていないはずなのに確かに聞こえる。
片思いだった頃とは違って、表情や視線に想いを乗せてもいいのだと知った時から、何年経とうと色褪せることはない。




「フェイトちゃん……ふふ、わんちゃんみたい」
「むっ……わぅっ」
「あ、もぉ」
「わぅわぅ」




思いがけず訪れた優しい時間になおもすりすりとすり寄れば、くすぐったそうになのはが身をよじる。
次いで放たれたわんちゃんみたい、という言葉にちょっぴりむっとした私はなのはの指をかぷっと咥えた。
そのままはむはむと啄ばめば、めっ、となのはに叱られた。
そして少し下がった眉と浅く色づく頬。
……逆効果って知ってますかね、なのはさん?




「わんっ」
「きゃっ!?」
「なの……ふわっ!?」




だから私は調子に乗って――半分はなのはが誘った?せいだと思うけど――ぺろりと咥えた指を舐めればまたぺちんとおでこをはたかれた。
そしてそのままぺいっとなのはの太ももから捨てられる。
ごとん。
ごすっ。
ごろごろ。
ぷいっ。
カーペットに落下した拍子にあちこちぶつけてゴロゴロと悶えてみる。
ついでに転がった先でテーブルの脚にゴツンとおでこをぶつけて更に悶絶。
背中とか肩とかおでことかあちこち痛い。
ちょっと愛が激しすぎやしませんか、と自分の所業は棚に上げてなのはを見れば、膝を抱えて身体ごとぷいっと九十度背けられた横顔は染めた頬をそのままに、頬どころか耳の先まで赤くなっているのが確認できて、伏せ気味の瞳の奥に熱を見てしまえば容易く私にも燃え広がった。




「……なのは」
「っ……」
「なのは」
「……」
「なのは……」




伸ばした指が赤くなった耳の淵を撫でて頬へと滑る。
息を飲んだなのはだけど、それでも口は閉ざしたままで。
無言を通す彼女にただ愛しいと名前を呼ぶ。
言葉はきっといらないのだろう。
指先で、視線で、それが分かる。
でも私はそれで良しと出来るほど欲のない性格ではないらしい。




「……愛してるよ、なのは」
「……フェイトちゃんのばか」




知ってるもん。
うん。
私も、好き。
うん。
閉じられた瞳の代わりに二人の吐息が重なった。


目は口ほどに物を言う、なんて言うけれど、視線も言葉も届けられるものは全部君に届けたいと欲張りな私は思うんだ。



 
 

...Fin

 
 


あとがき(言い訳)

やっとフェイなの原稿サンプルの公開ですよ長かった!
……ホワイトデーとなのはさんの誕生日はどこいったんだよーってお話ですよね分かりますww
そっちはなんとなーく途中までしか書き進んでないので非公開で同人誌収録になりそうです。
ごめんなさい(^^;)
ちょうど私の目がここのとこちょっと痛いことがあって、
気がつたらフェイトさんがなのはさんに膝枕をされるSSが出来上がっておりました、羨ましい。
30日の新刊にはこのお話と他に表題作の連作が多分二本の予定です。
もしかしたらもちょい変わるかもだけど。
はてさて、間に合うでしょうか本当に(汗)
そして入稿がすんでないということは虎の穴さんの委託のご案内も出来ない、っていうね!w
この辺はまた無事に入稿出来たら審査に出すので、直前辺りに追記しますですはい(^^;)
とりま、30日リリカルマジカル17はスペース「の16」におりますゆえよろしくですよん♪
あ、後遅れに遅れてた「領主、なのは様!」の1巻も併せて再販となりますので、よろしくどうぞ〜☆
……さて、仮眠取ったらガチ原稿だ(笑)

2014/3/24


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