訓練を終えて、ぐっと背を伸ばして。
あぁ、疲れてるなぁ……って、そう思った。
『Master…』
「ん……大丈夫だよ」
心配そうなレイジングハートの声に答えて、ふらふらっと局の廊下を歩いて行く。
具合が悪い、という程ではない。
ただなんとなく身体に力が入らない。
だるい様なそうではない様な、よく分からない感じ。
たぶん、バランスが崩れているのだ。
心と身体のバランスが。
大丈夫、まだ頑張れる。
頑張らなきゃ、いけない。
だって、私から魔法の力を取ったら何が残るんだろう。
ゼロではないかもしれないけれど、私という人間を構成している大半は魔法の力が絡んでいて。
魔法で、仕事で繋がっている人達とは終わってしまうのではないだろうか?……とも思う。
それ以外に接点なんて何もない。
置いていかれて取り残されて、立ち止ってしまうかもしれない。
行き詰った時や調子の悪い時は、決まってそんな訳の分からない焦燥感が胸を焦がす。
ぐるぐるぐるぐる、巡っては吐き出せず、キリリとまた胃が痛む。
「……がんばらなきゃ」
立ち止まるなんて出来ないから。
取り残されるのは嫌だから。
……あぁ、それなのに。
「なのは」
「っ……」
不意に、耳届く流麗なアルト、目じりが少し下がったでも優しい瞳。
私の中で積み上げられた何かが崩れていく。
頑張らなきゃ、で覆っていた物が。
たぶん、強がりの仮面とか我慢とか、きっとそういう物達が。
「お疲れ様、なのは」
「フェイトちゃん……」
笑わなきゃ……私は大丈夫だよ、お帰りなさい。
だから、そんなに心配そうな顔しなくてもいいんだよ……って。
「フェイ……」
「なのは。……いいから」
「っ……ぁ……」
だけど、フェイトちゃんは言わせてくれない。
航行から戻ったのだろう、フェイトちゃんの方が本当はずっとお疲れ様なはずなのに。
無理しなくていいんだよ、そう微笑んで私の頬に触れたフェイトちゃんの手が腰に回されて引き寄せられる。
包まれるともうダメだった。
フェイトちゃんの肩に頭を預けて黒い制服ごと抱きついてしがみつく。
背中のフェイトちゃんの腕に力が入るとここが職場だとか、まだ仕事中だとか、すべてが意識の向こうへ消えた。
残ったのは、大切な人の温度だけ。
「……いつ?」
「ついさっき。今報告してきたとこなんだ」
「そっか……」
戻ってすぐ連絡いれたんだよ?
というフェイトちゃんの言葉にメッセージを確認して見れば、未開封の封筒の中に確かにフェイトちゃんの名前もあった。
普段ならどれだけたくさんの中に埋もれても絶対見落としたりなんてしないのに。
「ごめんね……」
「いいよ、訓練中かなって思ってたし……思いがけずこうして会えたし」
ちょっと役得って感じだね、と嘯くフェイトちゃんの肩を軽く小突く。
少しずつ少しずつ固く強張った心がほぐれていく。
「なのはは、今日はもう終わり?」
「うん……少しだけ書類整理があるけど、急ぎじゃないから……」
「そっか、私も今日はもうあがれるんだ」
「そう、なんだ?」
「うん」
そう朗らかに笑うフェイトちゃんだけど、私には分かった。
たぶん、もう仕事が無いと言うのは、嘘だ。
報告が終わったからといって事務仕事が存在しないなんて、そんなはずがない。
無理しないで、なんて言いながらその実自分は平気で無理するところがフェイトちゃんらしいけど。
「……フェイトちゃん?」
「えーと……ほんとだよ?」
じっと見つめると視線が微妙に横に流れる。
……相変わらず嘘がつけないよねフェイトちゃん。
「心配してくれてるのは分かってるけど……無理しちゃやだよフェイトちゃん?」
「う……ごめんなさい……」
「もう……」
「で、でも、帰れるのはほんとだよ?」
「……お仕事あるのに?」
「うん……シャーリーとティアナに……」
「二人に?」
「……帰ってくださいって言われて……」
「そ、そうなんだ……」
言われてしっかり者の二人の顔を思い浮かべる。
二人が傍についていてくれる様になってからフェイトちゃんの無茶は減った……とは思うのだけど、その二人が帰れと言うのだから、それはつまり……
「フェイトちゃん……ご飯食べてる?」
「た、食べてるよ?」
「じゃあ、ちゃんと寝てる?」
「ね、寝てる、よ?」
「……ちょっとまた痩せたよね?」
「そ、それは忙しくてちょっと食事が……あっ」
「……」
ぽろっと飛びだしたフェイトちゃんの言葉に思わず眉がつり上がる。
あれだけちゃんと食べてね、って言ってたのに、やっぱり忙しさにかまけておろそかにしたらしい。
「あ、あの、なのはこれには訳が……って、いたたたたっ!? ちょ、痛いよなのは!?」
「無理してるのはフェイトちゃんでしょもぉー!」
「ごごご、ごめんってば〜!?」
抱きついたままだったのをいいことにそのままギューっとフェイトちゃんを締め上げる。
柔らかい感触はそのままだけど、そこはやはり僅かながら体重の減少からか更に細くなっていて……食べても太らないってだけでもあれなのに憎たらしい。
ぎぶぎぶ、と私の背中を叩く手に腕の力を緩めて、代わりにフェイトちゃんの首筋に顔を埋めた。
「けほっ……うぅ、とんだ藪蛇だったよ……」
「フェイトちゃんが悪いんですー」
「あぅ……」
「……本当に、気をつけてね……?」
「ん……ごめんねなのは」
そして今度はあやす様にフェイトちゃんの手が私の背中を撫でた。
怒ってるんだからね、それくらいじゃ懐柔なんてされないんだから、……なんて、無意味な抵抗だと分かっている。
無事に帰ってきてくれるなら、それ以上何もいらない。
「あんまり無茶ばかりすると、私も一緒についていっちゃうんだからね?」
「それは……むしろ嬉しいかも?」
「……フェイトちゃん」
「ごめんなさい……」
「もぉ……」
「……でもそれ、私も一緒だよ? たまには地上任務配属に志願しようかな、とかね」
「……嬉しくて困るから、ダメ」
「それは残念」
一緒の任務だったら、それがダメならせめて同じ世界にいられたら。
……そう思うことは多いけど、私の戦場とフェイトちゃんの戦う場所は違うから。
重なることはあっても、ずっと一緒というのは難しい。
……だからせめて、傍にいる間くらいは。
「ねぇなのは、私ね……明日お休みがとれたんだ」
「……私もね、明日はお休みもらったの」
正確にはフェイトちゃんはシャーリーとティアナにお休みを入れられたからで、私はヴィータちゃんに怖い顔で休め、って言われたからだけど、そこは二人とも笑って誤魔化した。
「じゃあ……二人でゆっくりしようか?」
「うん……でも平日だから、ヴィヴィオにずるいって言われそう……」
「ふふ、そうだね……でもいいんだ、明日一日は私がなのはママも高町一等空尉も一人占めする日だから」
「……いっぱい甘えちゃうよ?」
「いいよ……私も君を離さないから……」
ちょっとキザかな?と首をひねるフェイトちゃんにくすくす笑って、また肩口に頭を預けた。
今日が終わるまで後数時間。
明日を含めて二日もないけど、予期せず取れた二人の時間に私は喜びを隠せなかった。
◇
あぁ、疲れてるんだなぁ……って、見た瞬間にそう気がついた。
だから少しでも気持ちを軽くしてあげたくて、局の廊下にも関わらず気がついたら抱き締めていた。
あとで正気に戻って慌てるなのははとても可愛かったし。
「……重くない?」
「全然。軽すぎてたまに夢を見てるんじゃないかって不安になることはあるけれど」
「もぉ、フェイトちゃんってば……」
ぺちっと膝を叩かれるけど、本当に重くない。
今日は休日。
昨日あの後、揃って帰宅した私達にヴィヴィオは凄く喜んでくれて、予想通り揃ってお休みになったと告げると、ずるーい!!、と口を尖らせた。
私もママ達とお休みする!
……なんて言い出したから慌ててなのはと二人で説得するはめになったけど。
「にゃはは、ヴィヴィオ、拗ねてたねー」
「うん、ヴィヴィオがお休みの日に取ってあげられればいいんだけどね……」
「長期休暇を所望します、執務官殿?」
「うぅ……ぜ、善処します……」
期待してるね♪ と、嬉しそうに、そしてどこか楽しそうになのはは私の膝の上で微笑んだ。
膝の上……そう今のなのはは私の膝の、正確に言えば太ももの上だった。
俗に言う膝枕、というやつだ。
理由は単純。
今日がお休みで、昨日なのはが甘えちゃうよ、と言ったから。
当のなのは自身はそういう気はなかったみたいだけど、これはチャンスと、ヴィヴィオが出かけると同時、私から言い出した。
「でも急に膝枕とか、どうしたのフェイトちゃん?」
「んー……まぁ膝枕じゃなくてもよかったんだけど……今日はほら……なのはに甘えてもらう日だからね」
「うー……もう昨日からずっと甘えっぱなしな気がするんだけど……」
「ダメ、まだ足りない」
「ふぇぇ……」
もう十分甘えてるよ〜、というなのはだけど、こんなもんじゃまだまだ足りない。
傍にいてくれるだけでいいとなのははいつも言うけれど、その傍にいられる時間が目に見えて少ない私達。
仕事だから、仕方がないと分かっているけど、本当にそれでいいのかと迷いがよぎる事もある。
……だからせめて、隣にいる時くらいは目一杯、甘えさせてあげたいと思うんだ。
……普通にじゃれてると、うっかり押し倒しちゃったりするかもしれないし、うん。
「フェイトちゃん……今何かやらしいこと考えなかった?」
「か、考えてないよ!?」
なんでか凄く鋭いし、ね……
いやでもたまに帰ってきた時くらい夫婦のあれやこれやの一つや二つ……いえなんでもないです。
「フェイトちゃんのえっち……」
「ごめんなさい……」
だって好きなんです。
飽きるとかあり得ない。
きっと次元世界が崩壊する可能性の方が余程高いと思ういや比較しちゃいけないとは思うけど。
「えーと……とにかく、今日はなのはを甘やかす日なんだよ」
「むぅ……」
「……嫌かな?」
「もぉ……なんでそこで心配そうな顔しちゃうかな? 私がフェイトちゃんにされて嫌なことなんて、一つも無いよ? フェイトちゃんは違うの?」
「わ、私だって無いよ!」
「にゃは……じゃあ一緒だね♪」
「うん……一緒だ」
そうしてフェイトちゃんを一人占め〜と頬をすり寄せるなのはに私もまた微笑んで、その頭をそっと撫でる。
たまにはこんな、優しい時間があってもいい。
「じゃあフェイトちゃん、三十分で交代ね?」
「え……」
それはちょっと、理性によろしくないのだけれど……なんていう私の気持ちを知るはずもなく、なのははとても楽しそうにまたにゃはっと笑った。
二人っきりの短いお休み。
私は君の役に立てているかな?
……願わくば、明日からの君がまた笑顔でいられるように、今はただ、ゆっくり休んで。
頑張り屋の君に休息を。
...Fin
あとがき(言い訳) 誰か私の頭も撫でてくださいお願いします、あっもちろん女の子限定でお願いしますげふんがふん。
そんな感じで挫折、というかプリンターさんがダメダメで断念したコピー本の内容ですー。
機械があれば冬コミか次回リリマジかで本かコピー本にしてあげたいです、はい。
とりあえず……繁忙期の私も誰か癒してくださいいや本当に…(苦笑
2013/10/13著
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