コツ、コツ、コツ・・・・・・・・
無機質な廊下に私の靴音だけが響きわたる。
今はその小さな音だけでなく、あたりに漂っている静寂すらも煩わしい。
自分以外の、いや、自分を含めた全てを消してしまいたい。
思い通りにならない思考も、この醜い感情も、何もかも全てを。
「・・・・っ!?」
訪れた痛みに、一時的に意識が集中する。
唇を噛み締めた時に端の方が切れたらしい。
流れた血を乱暴に拭う。
手に赤い血がつく。私の瞳と同じ、赤い色。
彼女はいつも私の瞳が綺麗だと言う。
だけど、今の私はどうだろう。
抑えることの出来ない激情に染まった私の瞳、私の身体、私の心。
こんな私を見て、彼女はなんと言うだろう。
それでも彼女は、綺麗だと言ってくれるだろうか。
「ふっ・・・・・・」
あまりにも都合の良すぎる自分の想像を一笑に付す。
こんな私をいくら彼女でも受け入れてくれるはずがない。
そう、こんな自分など、私だって消し去ってしまいたい程、嫌いなのだから。
自らへの嫌悪感をそのままに、私は殴りつけるようにして、自室のドアを開ける。
電気をつける気にはならず、そのまま崩れるようにベッドの端に座り込んだ。
「・・・・はぁ」
頭を抱え込み、ため息を漏らす。
思い返した今日の行動は過去最低だった。
ヴィータの他愛も無い冗談に激怒し、局内でデバイスを振り回したのだ。
幸い物質的被害も、人的被害も無かったので、始末書だけで済ますことが出来た。
でも問題なのは被害状況云々ではない。
・・・・どうしても止めることが出来ない。
なのはの傍にいる人への嫉妬、焦燥感、嫌悪感。
そして・・・・独占欲。
なのはと付き合い始めて知ったのは、
時間が経つのを忘れる程の甘美な幸せと、それを塗りつぶすかのような自分の醜い感情だった。
その痛みは、なのはへの想いを自覚した時の比ではなかった。
日を追うごとに大きくなるその黒い想いに、今の私は完全に支配されている。
幸福も痛みも、私を捉えて、離さない。
目を閉じ、私を支配する感情をやり過ごそうとじっと耐える。
どれくらいそうしていただろう。
やがて室内に人の気配を感じて顔を上げた。
「・・・・・フェイトちゃん」
今一番会いたくて、一番会いたくない人がそこにいた。
「あ・・・勝手に入っちゃってごめんね?ノックしたんだけど、返事が無かったから・・・・・」
「別に・・・・構わないよ・・・・・・」
「うん・・・・・」
なのはは私の横まで来ると、同じようにベッドに腰を下ろす。
けれど気まずい空気が消えるわけでもなく、お互い無言のまま、相手の出方を伺っている。
先に動いたのは私の方だった。
「あの、なのは・・・・」
「ん・・・・・?」
「その、悪いんだけど、今はちょっと、一人に・・・・・・なのは?」
「フェイトちゃん・・・・どうしたの、それ?」
「え・・・・?」
今の状態でなのはといるのは辛くて、一人にしてもらおうとしたが、
なのはの視線が微妙にずれているのが、気になった。
普段、なのはは会話をする時は、相手の目をしっかりと見ている。
だけど、なのはの視線は私の目ではなくて、私の口許に注がれていた。
なのはに指摘されて、私はようやくさっき自らが噛み切った唇の存在を思い出した。
「どうしたの、これ?」
「・・・・大したことじゃないよ」
「ダメだよ!ちゃんと手当てしなきゃ!!」
そして、なのはの指が微かに傷に触れた時、
小さく走った痛みが、私の中の何かを刺激した。
「・・・・っ!!」
「え、ふぇ、フェイトちゃ・・・んんっ!?」
伸ばされていたなのはの両手首を捕まえ、そのまま強引に口付ける。
そして徐々に深いものへと変えていく。
なのはの中に舌を潜り込ませ、怯えるようにしていた彼女の舌を絡めとる。
息をすることさえもどかしく、私はなのはを夢中で求めた。
なのはを逃がさないようにベッドへと押し倒し、貪るように彼女の口内で動く。
永遠に続くかと思われた長い口付けの後、私はようやくなのは唇から離れた。
肩で息をするなのはの白い首筋が、差し込んだ月光に照らされ、浮き上がる。
吸い寄せられるように、そこに唇を寄せ、口付けて舐め上げた。
「はっ・・・・んっ・・・・フェイト・・・ちゃん・・・・っ!!?」
そのままなのはの首筋を強く吸い上げる。
痕がしっかりと残るように、制服では絶対に隠せない位置に。
・・・・これは、私のものだ。
「・・・・・・・」
「フェ・・・イト・・・・ちゃん、・・・・どうして・・・・・」
荒い息のまま私を呼ぶなのは。
それには応えず、再度口付け、すぐに首筋へ舌を這わす。
なのはは大した抵抗もせずに、押し殺した声を上げる。
月明かりに照らされたなのは、本当に美しかった。
他の全てを忘れさせ、彼女が欲しいと思う程に・・・・・・
・・・・・いっそ抱いてしまいたい。
「・・・・っ!!」
一瞬の後、自分の考えに血の気が引く。
私は何をしているのだろう。
強引に口付け、彼女を組み伏し、自分の想いを押し付けて。
弾かれるようになのはから距離をとる。
あっという間に覚醒した意識に、早鐘のような心臓の音が響く。
感情に流されるままに推し進めた自分の行為に、今更ながら慄然とする。
怒らせただろうか、怖がらせただろうか、それとも・・・もう、嫌われてしまっただろうか。
「・・・・フェイトちゃん・・・・・・・」
いつもと同じ、なのはの優しい声が響く。
なのはは、声も発せず、きつく目を閉じて動かない私の頬に触れると、
唇の端の傷へと軽く口付け、小さく舐めた。
驚いて目を開けた私の視界に映ったのは、涙を流しながらも優しい微笑みを浮かべた、なのはの姿だった。
「・・・・やっと目が合った」
「なのは・・・・私・・・・・・」
労わるように、慈しむように、なのはが私の傷を舐める。
そして、うまく言葉に出来ず、何も喋れないでいる私に、微笑んでくれた。
「なのは、ごめん・・・私・・・!!」
「フェイトちゃんが謝らなきゃいけないようなことは、何も無いよ・・・・?」
なのはの言葉に必死に首を振る。
そんなことはない、私は彼女を己の欲望のままに欲したのだから。
「悪いのは全部私で・・・・!!」
「・・・・悪くなんかないよ?だって、フェイトちゃんが、その、色々したのは、私のことを好きでいてくれるからだよね?」
「だからって!!」
許されることではない。
いや、好きだからこそ、許されてはいけないことなのだ。
「いつもこんなこと考えてるんだよ!なのはに近づく人に嫉妬して、なのはを独占したくて!今したことだけじゃなくてもっと・・・っ!!」
絶叫に近くなった私の言葉は、なのはの口付けによって止められる。
どこまでも優しく包み込むようななのはの態度に、私の瞳からも涙が溢れた。
「・・・・フェイトちゃんは、色々我慢しすぎだよ?」
「そんなことない・・・・」
「あるよ。その、私がうまく気付いてあげられないからでもあるんだけど・・・・ごめんね」
「なのはのせいじゃないよ!私が、おかしいだけで・・・・・」
こんな醜い感情に簡単に支配されてしまう、私がいけないのだから。
だけどなのはは、私の言葉に対し、静かに首を横に振る。
そして私は、なのはから伸ばされた腕の中に抱き寄せられた。
「おかしくなんかない。私だって、他の人に嫉妬したり、フェイトちゃんを独占したいって・・・・思うよ?」
私をあやすように、なのはの手が背中を撫でる。
「ありがとう、こんなに私を好きでいてくれて」
その言葉に、一度は止まった涙が再び溢れ出す。
私はなのはに縋り付くようにして泣き出した。
「なのは・・・なのはぁっ・・・!!」
「いつものフェイトちゃんも、今の私が好きなことを言い訳にしないフェイトちゃんも、全部、大好きだよ・・・・」
・・・・なのはが私を好きだという、そして受け入れてくれている。
身体も、心も、何もかも全てを。
それに甘えている自分が情けなくて、悔しくて。
だけど・・・・嬉しくて・・・・・・・
なのはの腕の中で、私は声を上げて泣き続けた。
「・・・・あの、なのは、もう大丈夫だから・・・・・・・」
「んー、やだ。もうちょっと」
「うぅ・・・・・・・」
しばらく泣き続けた後、ようやく涙も止まり、
なのはの腕から抜け出そうとするも、なのはに離す気は無いらしい。
いつもと違い、私の頭を抱えるようにしているのが新鮮なのか、かなり楽しそうにしている。
それでも、私と目が合うと優しく笑い、言ってくれた。
「あのね、フェイトちゃん、お願いがあるんだけど・・・・・」
「ん・・・・何、なのは?」
「あんまり我慢しないで欲しいの。何かあった時はちゃんと言って欲しいし、頼って欲しいし、求めて欲しいの・・・・・」
「・・・・もっとなのはを独占したくなっちゃうよ」
「うん、いいよ・・・・私もフェイトちゃんを独占しちゃうから」
茶化すようになのははそう言って笑う。
でも急に真面目な顔になると、何事か考え始めた。
「えっと、なのは・・・・?」
「ごめんフェイトちゃん、もう一個お願いしてもいい?」
「え、うん?」
「あのね・・・・・」
「うん」
「今言ったように、私を独占したいっていうのを我慢しなくてもいいから」
「うん」
「だから・・・始末書に行き着かない程度でお願いできるかな・・・・・・」
「・・・・は?」
なのはがぐっと眉を寄せて、ぽつりと漏らしたのは始末書のことで。
私からは思わず間の抜けた声がでてしまった。
「いや、あのね、フェイトちゃんの為なら始末書の1枚や2枚、どうってことないんだよ」
「え、あ、うん」
「でもでも、そろそろ枚数もたまってきちゃったな〜・・・・なんて」
「・・・・・・・」
「あの、フェイトちゃん、怒った・・・・・?」
そんなことでおろおろと慌てるなのはが可愛くて、笑いが込み上げてくる。
「・・・ふっ・・・・くくくっ・・・・・・」
「あ、ちょ、フェイトちゃん!」
「だ、だって、真面目な顔して何を言うのかと思ったら始末書だなんて・・・・あははっ」
「うぅ、そんなこと言ったって・・・・・・」
「ふふ・・・・分かった、気をつけるよ」
「むぅ・・・・ほんとに?」
「うん、ほんとに」
にっこりと笑いあって、なのはをぎゅっと抱きしめると、
啄ばむように何度も口付け、頬を寄せる。
何十分かそこら前に流れていた、重苦しい空気は既に無い。
今流れているのは穏やかで暖かい空気。
私となのははしばらくお喋りをした後、その空気に身を委ねるように深い眠りの中へ落ちていった。
・・・・後日、
意気揚々と出勤した私に向かってはやてが一言。
「いやー、なのはちゃんはほんま、柔らかくて気持ちええなー♪」
その言葉に呆然とする私を余所に、はやてはそれだけ言うと「ほなな〜!」と手を上げて走り去っていった。
・・・・・・はやて、許すまじ。
...Fin
あとがき(言い訳) お、終わった・・・・挫折すること無く書き上げたぞーーーーー!!!(喜)
もう出だしは重っくるしいわ、途中温いR指定は入るわ・・・・どうなるかと思いました。
・・・・とか言いつつ、一番苦労したのは後半の三分の一だったり(汗)
いや、前半と中盤は、精神がリンクした状態で書いてたんで、わりとすらすら書けまして。
でもそこまで書いた時点で一度仮眠とっちゃったんで・・・・リンクが切れちゃいまして(汗)
もう一回繋ぎ直すまでが文章出てこなくて、困りました(^^;)
さて、お話的には『ヴィータの失言』『漁夫の利』からの派生となっております。
タイトルの『好きだから』に纏わるプラスとマイナス、と言ったところでしょうか?
好きだからこそ、時には醜いと思うような感情さえ抱くし、
だけど、好きならなんでも許されるか、っていうとそれもやっぱ違うだろうと思ったり。
そういった色んなものを全部ひっくるめて、好きって感情は在るんだなぁって。
・・・・って、なんか真面目に語ってますが、まぁそんなんがキッドの一見解なわけで。
告白して付き合うまでがゴールでは全然ないんだよ、というのを書きたかったんです。
良い事も悪い事も沢山あって、
でも全部ひっくるめて一緒にいることが幸せなんだ、って言える二人になっていただきたいな〜と・・・・
・・・言ってて恥ずかしくなってきたんで、今回はまぁこの辺で。
そうそう、やっぱり師匠もちゃんと最後に出ましたね。
いや、絶対なのはさんあの後釈明するのを忘れてそうなので(笑)始末書に発展したかは不明ですが。
えー、明日のUP予定SSはかなりライトな感じです。短めにフェイなのでギャグっぽいのを予定してます♪
ではでは、また次のSSでお会いしましょう〜♪ごきげんよ〜♪(キ^^)ノ
2007/7/29著
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