BeautifulAmulet 〜T〜














始まりは友人の一言だった。
 
 
 
 
「そういえばさあ」
「ん?」
 
 
 
 
勉強会、と称した集まりに参加していたヴィヴィオは、向き合っていた宿題から顔を上げて、声をかけてきたリオへと視線を向けた。
隣のコロナとアインハルトも顔を上げる。
 
 
 
 
「前から気になってたんだけど」
「うん」
「なのはさんとフェイトさんって、なんで結婚してないのかな?」
「……うん?」
 
 
 
 
どうして?と首を傾げる眼前の友人。
ヴィヴィオは、このタイミングでその質問の方がよっぽど、どうして?だと思った。
このあと皆で遊ぶために、ヴィヴィオはもちろん、リオも割と真面目に問題を解いていたはずなのだが、頭の中は違ったらしい。
ある意味でマルチタスクかもしれないが、関連性がなさすぎる。
 
 
 
 
「急にどうしたのリオ?」
「そ、そうですリオさん、どのご家庭にも事情というものがあるんですから!」
「あ、ごめん、まずかったかな? 昨日二人が買い物にきてたの思い出してさ」
 
 
 
 
リオの発言にコロナはともかく、アインハルトは微妙に取り乱す。
言われたリオも、え、これ禁句?と思ったらしい。
リオにしてみれば、スーパーマーケットで見かけた親友の両親について聞いただけ、という認識だったに違いない。
 
 
 
 
「えーっと……」
 
 
 
 
一方、友人達の微妙な反応に、ヴィヴィオもまたどう返答したものかと考えていた。
なんで?と言われても、そもそもその答えをヴィヴィオは知らない。
なのは達が一緒にいることなど、物心がついた頃から、より厳密に言えば六課に拾われた頃から、当たり前のようにあった光景なので、ヴィヴィオ自身、言われるまで深く考えたことは一度もなかった。
 
 
 
 
『ただいまなのは、あ、今日はカレーだね』
『お帰りなさいフェイトちゃん。外寒かったでしょ?』
『うん……でもなのはに早く会いたかったから、急いで帰ってきたんだよ?』
『もう、フェイトちゃんったら♪』
 
 
 
 
あはは、うふふ、キャッキャらぶらぶ。
たまにどうでもいい様なことで喧嘩してる姿も目にするが、基本的にヴィヴィオは、そんな十数年たっても仲の良い二人の姿を見て育っている。
逆に言えばそれ以外はまったく知らない。
もちろんなのはやフェイトにも、お付き合いに至るまでの気持ちの動きや恋心はあったわけだが、それはヴィヴィオが引き取られる前の話だし、改めて両親のその頃を想像するのも気恥ずかしい。
ママ達の事は色々知ってるよ、と思っていたヴィヴィオは思いがけないタイミングで、割とおっきなところを知らなかったんだなぁ、と気がつくことになった。
 
 
 
 
「ヴィヴィオ?」
「あの、ヴィヴィオさん……?」
「……あ、えーっと……そういえばママ達って結婚してないんだよねぇ、と改めて、というか初めて認識したと言いましょうか、うーんと……」
「え、じゃあヴィヴィオも知らないの?」
「あー……うん、実は……普通にいつもあんな感じだから当たり前すぎて、二人が結婚してないとか忘れてた」
「うーん、そっかぁ」
「まぁ確かに……」
「お二人とも仲が良いですから……」
 
 
 
 
ヴィヴィオの意外な答えに驚くリオ達。
聞いちゃいけない事情、が無かった事にはほっとしたものの、そうなると今度はその理由が知りたくなる。
 
 
 
 
「でもそれじゃあ、なんでなのはさんとフェイトさん、結婚しないんだろうね?」
「うーん、普通ならお金の問題とかよく聞く話だけど……」
「ですが、お二人の場合それは当てはまらない気が……」
「事実婚だからあまり気にしてない、とか」
「あー、それはあるかも」
 
 
 
 
仕事が安定しなくて、とか、家族に反対されて、とか、普通によく聞く話を並べてみても、しっくりくる話が一つもない。
仕事は二人ともばりばりしてるし、何せ勤続15年になろうかという、いわばベテランだ。
なのはの方はヴィヴィオに時間を合わせているので、超過勤務や危険手当が多少減ったがそれでも多いし、執務官資格持ちのフェイトは、その忙しさに比例するようにそれなりの額をもらっている。
でなきゃなのはは高町宅を、フェイトはエリオ達が帰ってきた時用の家を、なんてそれぞれ持てるはずがない。
かといって親や周囲の反対があるか、というとなぜだかこれもまったくない。
いや、高町家とハラオウン家、双方の男性陣には少々不満があるようなのだが、それは相手がどうのではなく、お嫁になんて出してたまるか!という類のものであり、それもまた女性陣によって抑えこまれている状況だ。
だから障害になりそうなことと言えば、同性である、ということと後もう一つ。
 
 
 
 
「……ひょっとして私のせい、もあるのかな?」
「「「え!?」」」
 
 
 
 
思い当たる節はせいぜいそれくらいだろう、と何気なく言ったヴィヴィオは周りの反応に目を丸くした。
そんなに驚くようなことだったのだろうか?
 
 
 
 
「いや、ほら、それはないよきっと!」
「そ、そうだよヴィヴィオ。ヴィヴィオのせいじゃないと思うよ」
「そうですヴィヴィオさん! ヴィヴィオさんが気に病むようなことは……な、ないと思います! ……たぶん!」
「え、え……?」
 
 
 
 
きっと私が邪魔で二人は結婚出来ないんだ、うぅ……などど言う気持ちでヴィヴィオは言ったわけではなかったのだが、リオ達はネガティブな方に捉えたらしい。
フォローがとても力強い。
アインハルトだけたぶん、とつけてしまっているあたりはご愛嬌というとこだろうか。
 
 
 
 
「あはは、ありがとう。でも別に悪い意味で言ったわけじゃないから大丈夫だよ?」
「そっかぁ……取り乱しすぎですよーアインハルトさん」
「わ、私せいですかっ!?」
「もぉー、リオってば」
「でも結局本人達に聞かないと分からずじまいかぁ」
「しょうがないよ、元々調べるようなことでもないんだし」
「うーん、あとはまぁはやてさんにでも聞いてみるかな」
 
 
 
 
気にはなる、けれど結局ヴィヴィオ達では答えの出しようがない。
かといって宿題に戻れるかというとそうでもなく、その日はそのままお開きなったのだった。
 
 
 
 
  ◇
 
 
 
 
「……というわけで、どうしてママ達が結婚してないのか教えてくださいはやてさん」
「どういうわけか分からへんっちゅーの……」
 
 
 
 
数日後、はやてのお休みの日に八神邸へ乗り込んだヴィヴィオは、単刀直入に切りこんだ。
説明はどこいった、説明は。
 
 
 
 
「素朴な疑問です」
「素朴って言うんかそれ……」
「じゃあ小さな疑問?」
「いや小さくないやろ、たぶん」
 
 
 
 
かくん、と小首を傾げてはやてを見るヴィヴィオ。
話の順番も何もあったものじゃない。
内容の飛びっぷりも経験があるはやてはげんなりした。
ヴィヴィオは間違いなく二人の娘だ。
 
 
 
 
「ねぇはやてさん、どうして?」
「……さぁ?」
「さぁじゃなくて」
「いやほんまに。私かてなのはちゃん達から聞いたことないし、相談されたこともないしなぁ」
 
 
 
 
当然知ってますよね、という顔で聞いてくるヴィヴィオに、若干顔をひきつらせながらはやては答えた。
管理局の未来を担う名指揮官といえど、千里眼でもなければエスパーでもない。
分かることもあれば分からないこともある。
だいたいなのフェイのご意見番なら、自分よりもアリサあたりの方が適任だとはやては思う。
今すぐ次元間通信でも繋ごうか?
 
 
 
 
「うー……はやてさんなら知ってると思ったのに……」
「そう言われてもなぁ……」
 
 
 
 
信頼されていればこそ、と思えば悪い気はしないが、今回ばかりははやても知らない。
記憶をひっくり返してみても、残念ながら該当しそうなものは出てこなかった。
……けっしてボケたわけではない。
 
 
 
 
「でもまぁそうやな、言われてみれば確かになんで、っちゅー話やね」
「うん、しててもおかしくないのになぁ、って」
「結婚せなあかん言うわけやないけどなぁ……」
 
 
 
 
二人でうーん、と首を捻る。
結婚する理由ならいくらでもあげられるが、その逆となると難しい。
変わらず仲睦まじいなのはとフェイト。
改めて結婚なんてしたら、温暖化に一役も二役も買いそうな二人だが、ここは地球ではないのでとりあえずは大丈夫だろう。
きっと体感温度が微妙なことになるだけだ。
 
 
 
 
「でもあれや、フェイトちゃんがプロポーズの一つでもすれば割とあっさり……」
「……」
「……」
「フェイトママが、ぷろぽーず……?」
「……ないな」
「……うん」
 
 
 
 
自他共に認めるヘタレ……いや違う気の優しいフェイトに、それを求めるのは少々酷な話かもしれない。
いや、フェイトだってやる時はやるし、ことなのはの事となれば、火事場のなんたらみたいなものを発揮することもたまにある。
自発的には無理でも、たきつければ何か起こるかもと言ったところか。
 
 
 
 
「……だからって、フェイトママをからかいに行かないでね、はやてさん」
「うっ……い、いややなぁヴィヴィオ。私はそんなことちぃーっとも考えてへんで?」
「……」
「……ちょっとだけやで、ちょっとだけ」
 
 
 
 
ふぅん、と冷めた声を漏らすヴィヴィオに、はやての背中を冷や汗が伝う。
はやてにとってセクハラと並び、ライフワークの一つでもあるなのはいじりとフェイトいじりだが、前者はともかく後者について、ヴィヴィオの反応は芳しくない。
理由は簡単、なのはの場合は笑ってすませることも、フェイトの場合はそうじゃないケースがあるからだ。
それはそれではやては楽しんでいるのだが(たまに命を危険を感じるけれど)巻き添えをくらうことになるヴィヴィオはあまり面白くない。
なにせつい先日も、訓練用の機器をフェイトのザンバーで、まっぷたつにされたばかりなのだから。
もちろん請求書ははやてに送り付けたが、そう簡単にご機嫌が直るはずもない。
 
 
 
 
「あ、はい、その節はすんませんでした……」
「……まったく、はやてさんもいい歳なんだから、もう少し自重って言葉を覚えてよね」
「ぐはっ……」
 
 
 
 
文字通りの手痛い一撃。
溜息混じりに言われた言葉が、はやての胸に突き刺さる。
いい歳だけど、いい歳なんだけど、分かっていてそれでも結構ぐさっとくるのだ。
 
 
 
 
「う、ぐす、な、なのはちゃんやフェイトちゃんかて同い年なんやでー!」
「なのはママはちゃんと大人だもん」
「えー、そうかぁ〜? ……フェイトちゃんは?」
「フェイトママは……」
「……」
「……お、お仕事中はかっこいいよ!」
「さよか……」
 
 
 
 
つまり普段はちょっと、ということらしい。
 
 
 
 
「そ、それより今はママ達の結婚の話だよ!」
「む、まぁそうやったな……うーん、けど現実問題これ以上なんも思いつかんよ?」
「うー……やっぱり直接聞かないとダメなのかな……」
「高いハードルやなぁ……」
 
 
 
 
そう、直接聞くのはハードルが高いからこそはやてのところへ聞きにきたのだが、結果が思わしくない以上仕方がない。
何が何でも知りたい、というわけではないが、なのは達が一体どう思っているのか、娘としてはやはり気になってしまうのだ。
というかなのはちゃん達はともかく……ヴィヴィオは二人にどうなってほしいん?」
 
 
 
 
「え?」
「二人が結婚しようがしまいが、正直そう環境が変わったりはせえへんと思うし、どっちでもええと言えばええんやろ?」
「う、うーん……」
 
 
 
 
二人の想いに考えを巡らすのに一生懸命で、なのはとフェイトにどうなってほしいのか、そう問われるまでヴィヴィオは自分の希望は考えてはいなかった。
結婚してほしいのか、そうじゃないのか。
確かにはやての言う通り、結婚すれば二人が夫婦になるだけで、ヴィヴィオの立場は変わらない。
もちろん、ヴィヴィオへの対応が変わるということもないはずだ。
反対に結婚をしない場合も同様だ。
結婚をしていない今現在も、フェイトはなのはとヴィヴィオの元へと『帰って』くる。
大事なのはそこだけで、それさえ変わらなければ確かにどっちでもいいかもしれない。
 
 
 
 
「……でもきっと、なのはママはウェディングドレスとか、似合うよね」
「……は?」
「フェイトママも美人さんだから似合うと思うし……あ、でも、フェイトママはタキシードの方かな? それはそれでカッコいいかも」
 
 
 
 
ヴィヴィオはもう、自分が世界一幸せな子供だと思っている。
それを与えてくれたのは、なのはでありフェイトであり、他のたくさんの人達のおかげだと知っている。
だからやっぱり思うのだ、自分はどっちでもいいかもしれないが、なのはとフェイトには今よりもっと、幸せになってほしいな、と。
 
 
 
 
「だからママ達が結婚してくれたら嬉しい……って、どうしたのはやてさん?」
「……いや、うん、ええんや、ちょぉ涙腺がな……」
「涙腺?」
 
 
 
 
さっきまで正面を向いていたはずのはやては、なぜか斜め下を向きぷるぷると震えていた。
軽い気持ちで聞いたのがまずかった。
準備も何もないところにヴィヴィオの話を聞いたため、涙腺とかハートとかがやばいのだ、色々と。
口には出来ない分お腹の中でめいいっぱい叫んでいた。
ええ子やー、めっちゃええ子やー!!
真っ先にフェイトをからかうネタに、と考えた数分前の自分にデアボリック・エミッションをかまして、闇に沈めてしまいたい。
 
 
 
 
「う、ごめんなヴィヴィオ、歳くうと気付かないうちに人間汚れていくもんなんやね……」
「えーっと……」
 
 
 
 
突然己の所業を悔い改め始めたはやてに、ヴィヴィオはなんと声をかければいいのか分からない。
というか触れていいのかがそもそも疑問だ。
 
 
 
 
「くぅー、とにかくや、私はいつでもヴィヴィオの味方やで!」
「う、うん、あ、ありがとう、はやてさん……」
 
 
 
 
やがて多少落ち着いたのか、ぷるぷるは収まったものの、どこか変なスイッチが入ってるっぽいはやてが、ヴィヴィオの手をがしっ!と掴んでくわっ!と言った。
見ようによってはちょっと危ない。
 
 
 
 
「じゃ、じゃあそろそろ帰るね私」
「む、そやな、あんまり遅くなるとなのはちゃんが心配するしな」
「うん、またねはやてさん!」
「あ、ヴィヴィオ、ちゃんと後でなのはちゃんがなんて言うたか……って、行ってしもた……そんなに時間危なかったんやろか?」
 
 
 
 
賢明な子羊、もといヴィヴィオははやての言葉も待たずにさっさと出て行った。
危ないのはその行動だ、と突っ込む人が誰もいないのはいいのか悪いのか。
 
 
 
 
「おとと、ヴィヴィオがなのはちゃんとこに行くなら私はあれや、フェイトちゃん……に、なんて言って仕掛けたろかなぁ〜♪」
 
 
 
 
にしし、と笑いながらコンソールを操作して、フェイトのスケジュールを確認するあたりは、もうすっかりいつものはやてで、悔い改めようが何しようが変わりゃしないということらしい。
一瞬改めるだけまし……と思うしかない。
 
 
 
 
「お、フェイトちゃん明後日には帰ってくるやん。お昼休みあたりに会えそうやな……」
「ただいま戻りました、主はやて」
「んぉ、おー、おかえりや〜シグナム」
「はい……あの、主はやて、つい先ほどヴィヴィオが我が家から駆けだして行ったように見えたのですが……」
「あぁ、なんや時間が危ないとかで急いで帰ってったで?」
「そう、ですか……」
 
 
 
 
暗に「何かしましたか?」と聞いているのだが、普段聡いはずのはやては気づかない。
なのはやフェイトに文句を言われても困るので、何もない方がシグナムとしても嬉しいのだが……なんとなく面倒な事が起りそうな気がして、シグナムはそっと溜息をついた。
生き生きとした表情ではやてがコンソールに向かっているとか、あやしすぎる。
模擬戦は好きだが討ち入りは勘弁してほしい。
 
 
 
 
「ん、なんや今日は反抗的やな?」
「いえ、そのようなことは……」
 
 
 
 
ごにょごにょと口ごもるシグナムを、はやてがジト目で追及する。
そう、別に反抗的なわけじゃない、ただまたなんか企んでそうだなと思うだけで。
 
 
 
 
「では私は洗い物を片付けてしまいますので……」
「あ、そういやまだやった、ありがとうなシグナム」
 
 
 
 
いいえこれぐらいは、と流しに向かうシグナムを見て、はやての機嫌はすぐに直った。
代わりにヴィヴィオとの会話を思い出す。
 
 
 
 
「……なぁなぁ、シグナム〜」
「はい、なんですか?」
「結婚しよか〜♪」
「けっ、こ……って、なななな、何を急に仰る……うわぁっ!?」
 
 
 
 
がらがらがっしゃーん、っとボウルやお玉が転がり落ち、ついでに泡のついたスポンジを持ったままのシグナムもひっくり返った。
そこに烈火の将の凛々しさは欠片も無い。
 
 
 
 
「……あかん、こっちは随分と遠そうや……」
 
 
 
 
結婚、というたった二文字の言葉を遥か彼方に感じ、深々と溜息をつくはやてだった。


 
 

...To be Continued
 
 


(あとがき?)
以上が先行公開分になります。総集編3、書き下ろしの出だしはこんな感じで、他U〜Xへと続きます♪
すーぱーヘタレ……いや穏やかなフェイトさんがなのはさんにプロポーズ出来るのか!
本編にて確かめてくださいませ☆ 

2011/12/27


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