閑話休題B『ママとママとママ?』

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「はぁ〜…………」
「うわっ、長い溜息だねはやてちゃん。どうしたの?」
「どうしたもこうしたも……」
 
 
 
 
船べりにもたれたはやてから零れる大きな溜息。
通りかかったなのははその溜息に何ごとかと足を止めた。
 
 
 
 
「んやー、なのはちゃんの浮気癖は相変わらずなんやけどな〜?」
「いや、えっと、この前のは船室の場所について聞かれただけで……」
「ほぉ、船員がそこにいるのになのはちゃんにわざわざ聞いたんか、
 っていうかこの大してでかくもない船でどうやったら迷子になんかなるねん、そうやろ!!」
「あぶぶっ、そ、そんなこと私に言われても〜っ!?」
 
 
 
 
きゅっ、となのはの首を締めながらガクガクとゆすってみるはやて。
それくらいでなのはの浮気癖が直るなんて思ってはいなくても、それくらいのストレス発散はあったっていいだろうと思っている。
今回に限ってはなのはが声をかけた訳ではなく、自分の部屋への行き方が分からないという女の子を案内しただけなのだが、
豪華客船でもあるまいし、なのは達が乗っている定期船で道に迷うことなどまずありえない。
口実に使われているだけなのにのこのこついて行くとは何ごとか、と首を絞めるくらいは問題ない。
 
 
 
 
「……って、ちゃうねん、今はなのはちゃんなんかどうでええねん」
「どうでもいいの!?」
「それよりも問題はフェイトちゃんや」
「ひどいよはやてちゃんどうでもいいだなんて……って、フェイトちゃんがどうかしたの?」
 
 
 
 
ぽいっと捨てられ若干なのははたじろいだ。
実はフェイトの方がいいとか言われたらどうしようかと一瞬悩む。
実際にはそんな話では全然ないのだが。
 
 
 
 
「呆けとって使いものにならん」
「あぁ、そういうことか……」
「無いとは思うけど、襲撃とかがあったら間違いなく置物になりそうやで、あれ」
「にゃはは、フェイトちゃん舞いあがっちゃってるからね〜……」
 
 
 
 
お気楽極楽ななのはにまで舞い上がってると称されたフェイトは、絶賛この世の春を満喫中だった。
ついこの間までその状態だったのはなのはの方だったのだが、
フェイトが中々に凄いので、なのはの方が今は落ち着いて見えるというミステリー。
それなりに危険のある旅をしているという自覚が世界の果てへ飛んでしまっているようだった。
 
 
 
 
「過保護なんは今に始まったことやないけど、想像以上やったわ」
「うーん、でもはやてちゃん、
 襲撃とかそれこそまた海賊騒ぎなんてあったりしたら、置物っていうより率先して殲滅しそうじゃないフェイトちゃん?」
「……あー……」
 
 
 
 
あまりにヴィヴィオにメロメロなフェイトを見ていて、このフェイトは役に立つのだろうかと懸念していたはやてだったが、
言われてみれば襲撃されるということはそのヴィヴィオにも危険が及ぶということで、
そんな状況をあのフェイトが指をくわえて見ているということはあり得ない。
行きでなのはが海賊を粉みじんにしたように、いや場合によっては、それ以上の火力と斬撃をもって応じることだろう。
どんなに鬱陶しくても役に立たないよりはずっといい。
 
 
 
 
「後は事あるごとに魂飛ばさへんでくれたらええんやけどな……」
「あー、ヴィヴィオ可愛いからね〜……でも最初にフェイトちゃんの意識が飛んだのってはやてちゃんのせいじゃなかったっけ?」
「そやったやろか?」
「いや、ほら、病院でフェイトママって呼ばせた……」
「キノセイチャウカナ?」
「……最近いい感じにはっちゃけてきたねはやてちゃん」
 
 
 
 
知らん知らんと素知らぬ顔で首を振るはやてになのはは苦笑する。
いつでも八神の仮面をつけていたはやてが最近はこうして明るく……時におちゃめ?
に振舞うようになったことはなのはにしても嬉しいことだった。
フェイトにしてもそうだ。
幸せから逃げるようにして身を竦ませていた姿は今のフェイトには感じない。
守りたいものがあって、手を取り合える存在が隣にいることは人をこんなにも強くすることが出来る。
時々こうしてすっとぼけたり我が儘を言ったり、それくらいはむしろ愛されていればこそだと、やんちゃ筆頭のなのはは思っている。
 
二人とも可愛いし。
何度も言うけど可愛いし。
全編通してたくさん言うけど可愛いしっ!!
 
 
 
 
「……何拳握っとるんなのはちゃん?」
「え……あ、いや、なんでもないよ?」
「ふーん?」
 
 
 
 
ありったけの心の叫びを全世界へ向けて発信してました、なんて言ったらきっと冷めた目で見られてしまう。
電波さん扱いはされたくないとなのはは慌てて拳を解いた。
何か話を逸らす題材はないものか……
 
 
 
 
「なのはママー、はやてママー♪」
「お、ヴィヴィオか〜」
「はぁ〜い♪ どうしたのヴィヴィオ?」
 
 
 
 
そこへトテテとヴィヴィオが駆けよってきた。
ぐっじょぶヴィヴィオ!ナイスタイミング!
とかいう心の声を隠して、なのはは足元に抱きついてきたヴィヴィオをひょいと抱きあげた。
にぱーっと笑うヴィヴィオ。
うん可愛い、超可愛い。
つられてなのはとはやてもにこーっと笑う。
フェイトもメロメロだけどなのはとはやても十分ヴィヴィオにメロメロだった。
 
 
 
 
「あのねー」
「うん」
「ママたちにぎゅーってしたかったのー♪」
「……くはっ」
「ごふっ……」
 
 
 
 
輝く笑顔から放たれた衝撃に、なのはもはやてもずきゅんとかばきゅんとかいう音を聞いた。
間違いない、天使はこの世に存在する。
主にうちの娘とか。
 
 
 
 
「はやてちゃん……私、生きててよかったよ……」
「私もやなのはちゃん……」
 
 
 
 
殺伐としたこの数年間、神経を尖らせて生きてきた先に天使と出会う未来があるとは……!!
なのはとはやては感動に打ち震えた。
フェイトママだけじゃない、何があってもママ達が守ってみせるからねと固く誓った。
 
 
 
 
「あーもーどうしてそんなに可愛いのヴィヴィオ!」
「ちょおなのはちゃん、独り占めはあかんて独り占めは」
「そうだよ独り占めはいけないよ!」
「わぁっ!?」
「おわぁっ!?」
 
 
 
 
全力でフィーバーしてたなのはとはやて。
そこに風の如く飛んできたのはさっきまでそのヴィヴィオをそれこそ独り占めしていたフェイトだった。
どうやらなのはとはやての姿を見てヴィヴィオが駆けていってしまったあたりから、ずっと経過を眺め飛び出すタイミングをみていたらしい。
全ては娘への愛ゆへに。
 
 
 
 
「あーびっくりした」
「飛びだしたらあかんでフェイトちゃん。誰かひいてまうかもしれへんからな」
「うん……ってちゃんと誰もいないの確認してるよ!?」
 
 
 
 
だけど船の上でソニックムーブは危険な気がする、となのはとはやては顔を見合わせた。
言っても聞かなそうだけど。
 
 
 
 
「うー……」
「あれ、どうしたのヴィヴィオ?」
「なのはちゃんが抱き締めすぎたんちゃう?」
「私のせいっ!?」
「でもなんか様子が……」

「……おしっこー……」

「「「えっ!?」」」
 
 
 
 
急にそわそわし始めたヴィヴィオにどうしたのだろうかと狼狽えるなのは達。
その答えはあっさりと判明した。
ただの生理現象だった。
されどそれは生理現象、待ってと言ったところで待ってはくれない。
 
 
 
 
「えっとえぇっとぉー……!! フェイトちゃん!!」
「任せてなのは!!」
「トイレは廊下の突き当たりや!!」
「うん、あとちょっとだけ我慢してヴィヴィオ!」
 
 
 
 
船上でソニックムーブは危険、そう思ったことなど無かったことにしてなのははフェイトにヴィヴィオを任せた。
あっという間に船の中へと消えていくフェイトとヴィヴィオ。
その姿を見送ってなのはとはやては深々と溜息をついた。
子供って天使だけど大変だ。
 
 
 
 
「……はー……びっくりした……」
「そやなー……二人も三人もいたらてんぱりそうやな」
「でもきっと楽しいよ?」
「騒がしいんは間違いないな〜」
 
 
 
 
フェイトがいてはやてがいて、そこに子供達がいる光景。
更にアリサ達とそれぞれの家族を囲む暮らしはもう少し頑張らないと辿りつけない。
それでも夢物語のその先はきっと温かで賑やかだ。
 
 
 
 
「……なんや、はよ会いたなってしまうわ……」
 
 
 
 
海鳴の家族と未来の家族に。
 
 
 
 
「まぁ今は問題山積みやからそれどころやないし……なのはちゃん?」
「…………」
 
 
 
 
残念ながら幸せ家族計画の前にはやらなければならないことがたくさんある。
さしあたって元老院への対応について話をしようと思ったはやては、
無言でぷるぷる震えているなのはを見ていやーな予感を感じた。
思わず一歩後ずさる。
ずずっとなのはが二歩詰めてきた。
 
 
 
 
「そうだよねはやてちゃん、気がつかなくてごめんね」
「な、なにが?」
「やっぱり子供は野球チーム……いやラグビーチームが作れるくらいは欲しいよね」
「って無理やん!?」
「成せば成るよ!」
「そういう問題とちがっ、ちょ、手ぇ離し……いやー!?」
 
 
 
 
どうやらそこはかとなくよろしくないスイッチを踏み抜いたらしい。
はやてがそう気付いた時にはなのはに抱えあげられ船室へ直行された後だった。
 
 
 
 ◇
 
 
 
「あれ、どうしたのはやて? 腰痛? 湿布あるけど貼る?」
「……フェイトちゃん、後で覚えとき……」
「えぇっ!? わ、私何かしたーっ!?」
 
 
 
 
甲板でヴィヴィオと日向ぼっこをして帰ってきたため、一人難を逃れたフェイトに半ば以上八つ当たりするはやてだった。



...To be Continued

2012/4/26


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