第十三話『なのは様、全力全開!』

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 


『これはいったいどういうことだ!』
「どう、と言われても、な……」
『説明したまえ!』
『そうだ! 我々がこの計画にいくらつぎ込んだと思っているのだ!』
『我々には知る権利があるのだぞ……テルウェイ議員!!』
 
 
 
 
名前を呼ばれた男――テルウェイは表情一つ変えずに元老院議員達の言葉を聞いていた。
年の頃合いはテルウェイより上の八十過ぎの者から四十を過ぎた程度の者まで、五人ほどが通信の向こう側でテルウェイに向かって声を張り上げていた。
いったい何を騒ぎたてているというのだろうか。
邪竜の復活は彼らも臨んだ事だったと言うのに。
 
 
 
 
「何を説明すればよろしいのかな?」
『決まっている! 元老院を襲撃した理由だ!』
『それになぜ復活の儀式が始まっている! 計画では我々も共にその場にいるはずではなかったのか!』
 
 
 
 
がなり立てる議員達にテルウェイは顔を顰めた。
小うるさい蠅どもだ。
自分達が神の上に立てるとでも思っていたのか。
 
 
 
 
「……私の目的は最初から一つだけだ」
『目的だと……邪竜の力でこの世界を統べることではないと貴様は言うのか!』
 
 
 
 
ディオニスと同じ事を叫ぶ元老院議員達。
一方テルウェイの目的は最初から決まっていた。
なぜその議員達を計画に加担させたのかも。
 
 
 
 
「復讐だ」
『……何?』
「復讐、と言ったのだ」
『何に対する復讐だ!』
 
 
 
 
その言葉にテルウェイの表情がようやく変わった。
 
 
 
 
「何に、だと? 決まっている……エフェソスと我が妻ラーナの復讐に決まっている!!」
『……っ!?』
『貴様、何を言って……議長?』
「ふ……そうだな、議長閣下は覚えておられるな……私のことまでは覚えていなくとも、エフェソスのことまでは忘れまい……!!」
 
 
 
 
エフェソス、その単語に議長と呼ばれた老人の顔が青ざめる。
この場で唯一テルウェイの以外にその事件に立ち会った人物、八十を越えた今なお議員であり続ける議長だけがその事件の真相を知っていた。
 
 
 
 
「五十年前のあの日、エフェソスが海底へ沈んだのは地震等ではなかった……その理由、議長閣下はご存じですな」
『……仕方の無いことだったのだ……』
「仕方がない? 仕方がないことですか! はっ! ご自分がしでかしたことの隠蔽工作の為に島一つを丸ごと沈めたことが仕方の無いことだったというのですか……ふざけるなっ!!」
 
 
 
 
テルウェイの怒声に議長はより一層青ざめた。
事態が飲み込め始めた他の議員達の目も議長の元へ殺到する。
 
 
 
 
「五十年前も邪竜ツヴァイフルンクは復活を目前に控えていた。そう、全ては上手く進んでいた……貴様らがその力の暴走を招くまではなっ!!」
 
 
 
 
五十年前、テルウェイはエフェソスにいた。
エフェソスに産まれ、エフェソスで育ち、神殿に仕えていた妻との間に一人の娘も産まれていた。
全てが順調だった。
あの日、議長を含む元老院議員達がツヴァイフルンクの力を暴走させてしまうまでは。
 
 
 
 
「世界は邪竜の……いいや違う、我らが神の力の下で統べられるはずだったのだ!」
 
 
 
 
古き時代、邪竜と恐れられ蔑まれたツヴァイフルンクを信奉した人々がいた。
それは封じられてなおその巨像を自らの島に置き、時と共に人々の記憶からは薄れても密かに信仰は続いていた。
テルウェイもツヴァイフルンクを信仰する熱心な信者の一人だった。
だから議員達が計画を持ちかけた時も歓迎した。
邪竜と蔑まれてきた自分達の守り神が白日の下で人々の世に君臨するのだ。
それを煩う必要などどこにも無かった。
 
 
 
 
「だが結果はどうだ……最初からツヴァイフルンクを神としてではなく道具として使うつもりでしかなかった貴様らが、ツヴァイフルンクの、神の怒りに触れ暴走を招き、挙句事態の発覚を恐れた貴様らはツヴァイフルンクの力を分けた宝玉を封じに使いエフェソスごと道連れにその事実を隠したのだ!」
 
 
 
 
テルウェイがそれを知ったのは全てが終わった後だった。
その日奇跡的にも……いや、不幸なことにエフェソスを離れていたテルウェイは何一つできなかった。
唯一助かったのは妻が自分を省みず使った転送魔法でテルウェイの下へ飛ばした娘だけだった。
 
 
 
 
「……だから決めたのだ、いつかツヴァイフルンクのこの力を使って、貴様らに私と同じ絶望をくれてやると!」
 
 
 
 
その五十年の間にテルウェイは元老院議員となり、関わった者達を調べ上げた。
主だった者は五人。
そう、議長と、そしてそこにいる議員達の父や祖父だった。
そして宝玉を使いツヴァイフルンクを封じた各王家の者達……
その全てにツヴァイフルンクが君臨した世界を見せてやると決めたのだ。
 
 
 
 
「……話は終わりだ。そこで指をくわえて見ているがいい。ツヴァイフルンクがこの世界を終わらせるその時を!」
『待て! 待ってくれ! 我らはただ……っ!!』
 
 
 
 
ぶつん、と音を立てて通信は切れた。
残された静寂の中、復活を控えたツヴァイフルンクの光だけが辺りを照らしていた。
 
 
 
 
「もうすぐだ……あと少しで終わる。ツヴァイフルンクの君臨する姿を見たら、私もそちらへ行くよ。待っていておくれラーナ……『アルテミス』……」
 
 
 
  ◇
 
 
 
『進行方向右、召喚獣の部隊を発見!』
『こちらにも現れました! 魔法像の地上部隊です!』
「数は想定の範囲内よ! 慌てずに各個撃破! 確実に進むのよ!」
『はいっ!!』
『了解しました!』
 
 
 
 
次々に入る進軍報告と敵部隊との遭遇報告。
そして打って出た海鳴へと向かってくる混成部隊との戦闘報告……アリサとすずかの下へは間を置かず次々と報告が上げられていた。
 
 
 
 
「飽きもせずにどいつもこいつもよく出てくるわね!!」
「大丈夫、皆なら乗り越えてくれるよアリサちゃん!」
「当然でしょ!」
 
 
 
 
人間の意地ってものを見せてやるんだから!
……そうアリサ達が地上で奮戦している頃、空でもまた戦いが始まっていた。
 
 
 
 
「召喚獣部隊撃墜確認!」
「こっちの魔法像も終了や! 行けるでなのはちゃん!」
「うん!」
 
 
 
 
なのは達が上がった空の上。
そちらに現れたのは先日海鳴を襲った空戦型の召喚獣と魔法像の混成部隊であった。
けれど一度ミッドでも戦っているなのは達の敵ではない。
足止めという役割すらろくに果たせず、撃破されては次々と地上へと落下していく。
問題があるとすればこの程度の部隊ではない。
 
 
 
 
「っ!? なのは!!」
「竜種の二頭がお出ましや!」
 
 
 
 
そう、ツヴァイフルンクが支配する二頭の竜種。
先日の襲撃でも城を溶かし、ヴィヴィオをさらったのはこの二頭とその力を使ったディオニスであった。
ツヴァイフルンクとゆりかご以外に最も警戒するべき敵の戦力だ。
 
 
 
 
「へっ、関係ねーよ! まとめてあたしがぶっ飛ばす!」
「待て、様子がおかしい……」
 
 
 
 
先手必勝とばかりに突撃をかけようとしたヴィータをシグナムが制止する。
なのは達の横合いから現れた二頭の竜種。
……それは突然向きを変えると、あろうことか海鳴へと進路を取った。
 
 
 
 
「やべぇっ!? 今の海鳴じゃあいつらを止めらんねぇぞ!?」
「なのは、私があいつらを……!!」
「待ってフェイトちゃん! 大丈夫!!」
 
 
 
 
急いで海鳴へ進路を取ろうとしたフェイトを自信を持ってなのはが止める。
でもこのままじゃ海鳴が……!!
そう叫ぼうとしたフェイトの声を遮るように、巨大な竜の咆哮が天に響いた。
 
 
 
 
「天地貫く業火の咆哮、遥けき大地の永遠の護り手、我が元に来よ、黒き炎の大地の守護者。竜騎招来、天地轟鳴、来よ、ヴォルテール!」
「キャロ!?」
「海鳴領所属キャロ・ル・ルシエ!」
「同じくエリオ・モンディアル! 飛竜フリードリヒ!」
「ここから先へは私達が進ませません!」
 
 
 
 
海鳴を襲撃しようと進路を取った竜種の前に立ちはだかったのはフェイトの守るべき子供達。
 
 
 
 
「エリオまで……一体どうして……」
「え、だって二人も来るって言うし」
「き、聞いてないよ私!?」
「え、そうなの?」
 
 
 
 
けろっとそう言ってのけるなのはに思わずフェイトは墜落しかけた。
子供たちが戦場に出るのに何で大人が止めないの!?
 
 
 
 
「い、今からでも……」
「行ってくださいフェイトさん!」
「私達戦えます!」
「でも……っ!!」
「……私達、いっぱい優しくしてもらいました」
「フェイトさんにも、海鳴の人達にも」
「訓練もいっぱいしました、大丈夫です」
「だから今度は、僕達がフェイトさん達が帰ってくる場所を守ります!」
「エリオ、キャロ……」
 
 
 
 
フェイト達が巡礼に出ざるをえなかった数ヶ月、エリオとキャロもただ日々を過ごしていたわけではなかった。
メイの店に寄る傍ら、シグナムとヴィータに鍛えられ、シャマルとリインに魔法のより高度な使い方を教わった。
大切な人の役に立ちたくて。
守ってくれた人達を、今度は自分達が守るために。
 
 
 
 
「だからここは大丈夫、それに増援も……来た!」
「あれは……っ!!」
 
 
 
 
その瞬間大地が揺れて空気が震えた。
火山の火口から飛び出した物体が、一直線に飛来して竜種の一頭に直撃する。
吹き飛ばされた竜種は、体勢を立て直した直後、手足を開いたその物体に今度は思いっきり殴られた。
 
 
 
 
『ギュォォォっ!?』
『グォグォ、グォォォォ!!』
 
 
 
 
続けざまにもう一発を別の竜種に叩きこむ。
殴り飛ばされたその竜種をヴォルテールが受け止めると、容赦なく地面へと叩きつけた。
その様子は、さながら特撮怪獣大戦といったところか。
 
 
 
 
「な、な、なんやあれぇー!?」
「うぉぉぉ、手と足があるぞあれ!!」
「なんと面妖な……だが強い……!!」
 
 
 
 
ヴォルテールと初対面とは思えない鮮やかな連係を決めたでっかい岩石。
悠然と短い足(らしきもの)で大地に立ち、ごっつい手(だと思われる)ものでゴリゴリとでっかい腹(のような岩石)を掻く素敵な生き物。
アルティミアオオクジラがそこにいた。
 
 
 
 
「さっすがクーちゃん、タイミング分かってる!」
「あ、まさかフレイランドで用事があるって言ったのは…」
「そー、あそこって繁殖地らしくて探したら見つかったから手ぇ貸してって言っといたの☆」
「……ってどういうことや!?」
「つかクーちゃんってツラかあれ!?」
「あれはいったい何だ!」
 
 
 
 
言っといたの☆じゃない!とフェイトを除く全員が突っ込んだ。
けれどフェイトは知っている。
数年前になのはと拳で語り合い、友情(?)が芽生えた絶賛婚活中だった♂の鯨を。
 
 
 
 
「何って……マブダチ?」
 
 
 
 
人類と怪獣にも友情は存在する。
 
 
 
 
「嘘だ!!」
「何したんなのはちゃん!?」
「いやー、移動が間に合わなくて最初の海鳴防衛戦に間に合わなかったの気にしてたみたいでさ。今度は任せてっていうからそろそろ来るかなって」
「なんで言葉が分かるんよ!」
「お前絶対人間じゃねぇだろ!?」
「む、失礼だねヴィータちゃん。純粋に相手の事を思えば言葉なんていくらでも通じるものだよ、はやてちゃん」
「嘘だぁぁぁぁっ!?」
 
 
 
 
なのはの分際でなんとしらじらしい事を言うのだろう。
ヴィータはやっぱりこいつ人外だと考えを新たにした。
はやてははやてで、当時のフェイトと同じようになのはちゃんが分からへんと頭を抱えた。
うん、はやて、私も分からないけど、なのははいつだって私達のために戦ってくれるんだよ。
例え相手が怪獣だって。
 
 
 
 
「でも繁殖地って……」
「そー、いつの間にかお嫁さんもらったんだって。可愛かったよ?」
「見分けつくん!?」
「そうなんだ……」
「いやフェイトちゃんも納得とかせんといて!?」
「……もうやめようぜはやて、こいつら絶対普通じゃねぇよ……」
 
 
 
 
全てに突っ込むはやてに対し、最早ヴィータは諦めの境地に立っていた。
心配なのは大事なはやての将来だ。
こいつの嫁とか今からでもやめさせたい。
そしてじっと鯨を見ていたシグナムはというと。
 
 
 
 
「……なのは」
「シグナムさん……」
 
 
 
 
間。
 
 
 
 
「紹介してくれ」
「もちろんですよ♪」
「お前も大概にしとけよバトルマニアァ!!」
 
 
 
 
通じ合うものがあったらしい。
やはり友情は拳の上に存在している。
 
 
 
 
「まぁそんなわけでクーちゃんも一緒なら余裕だよ♪」
 
 
 
 
そんななのはの言葉の通り、背後ではクーちゃんが竜種相手にジャイアントスイングの真っ最中だ。
ツヴァイフルンク本体であるならともかく、その下僕の竜種如きに後れを取る様な鯨なら、そもそもがなのはのマブダチになれるはずもない。
海鳴の防衛は今回は鉄壁だ。
 
 
 
 
「分かった……行こうはやて、私達は魔法塔を目指さなきゃ!」
「いや、うん、確かにそろそろ進路変更地点やけど……あー、もぉー、ええわなんでも……」
 
 
 
 
キャロ達にも危険はさほどないと判断したフェイト。
その根拠の大怪獣には突っ込みどころしかないけれど、フェイトが安心して向かえるならもういいや、とはやては常識を投げ捨てた。
どうせなのはといたら大して役には立たないのだから、いっそ永久に捨ててしまおうかと一瞬思う。
 
 
 
 
「捨てないでくれはやてぇぇぇっ!?」
「人生諦めって大事なんやで、ヴィータ……」
 
 
 
 
ふっ、と遠い目で語るはやてにヴィータは何とも言えない悲しさを感じた。
隣のなのはを睨みつける。
後で絶対ぶっ飛ばす。
何がなんでもぶっ飛ばす。
その視線を受け止めたなのははニッコリ笑った。
受けて立つよヴィータちゃん。
 
 
 
 
「気をつけてねなのは」
「はよ来てななのはちゃん」
「任せてよフェイトちゃん、はやてちゃん! 一瞬で駆けつけちゃうよ!」
 
 
 
 
だからそれまで無理はしないで。
明るく言うなのはの言外の思いはきちんとフェイトとはやてには届いている。
少しだけ表情を緩めると、二人はなのは達と別れて魔法塔へと進路を取る。
なのはが来るまでなんとしても復活を阻止してみせると固く誓って。
 
 
 
 
「……さて……こっちもそろそろ射程に入るよ……」
「あぁ……分かってる」
「いつでも構わん」
 
 
 
 
そしてなのは達はついにヴィヴィオがいるゆりかごの下へと辿りつく。
ヴィヴィオがいると予想されるのは前方の玉座の間、進軍を遅くするために破壊が必要な駆動炉はその逆、ゆりかごの後方だ。
 
 
 
 
「どうするなのは、侵入して別々に……」
「のっけから行きます全力全開、ブラスターワンッ!!」
『Blaster set』
「はぁぁっ!?」
「ディバイーン……バスタァァーッ!!」
 
 
 
ドオォォォンッ!!
 
 
 
いきなりのブラスターワンから放たれたなのはのディバインバスターがゆりかごの外郭を突き破り、駆動炉があると思われる場所に着弾した。
轟音と共に砕けるゆりかごの後方部。
 
 
 
 
「……おや?」
 
 
 
 
立ちこめた煙が晴れると、その奥から、赤く輝く駆動炉が健在な姿を現した。
 
 
 
 
「残ってんじゃねぇか!?」
「うーん、ケチって1にしないで2にすればよかったね」
「全力じゃねぇし!」
「1の状態では全力で間違いないよ?」
 
 
 
 
2と3が残っていると言うだけで。
そしてけたたましいブザーの音が鳴り響く。
 
 
 
 
『Eine magische Reaktion wurde ausfindig gemacht.(危険な魔力反応を検知しました)』
「げっ」
『Wir gehen in die Verteidigungssituation ein. Alles, was sich dem Kern ann?hrt, wird unbedingt z?gig angegriffen.(防衛モードに入ります これより駆動路に接近するものは、無条件で攻撃されます)』
「ばっ、どうすんだよこれ!?」
 
 
 
 
情け容赦ない攻撃にさらされたゆりかごの駆動炉は当然の措置を取る。
青い立方体の防御機構が空間を埋め尽くすように大量に出現した。
それを見てなのはは決める。
 
 
 
 
「ヴィータちゃん、シグナムさん……」
「うむ……」
「やるしかねぇか……」
 
 
 
 
そしてシグナムとヴィータがデバイスを構える中……なのははそれを無視して空いた穴から船内へと突っ込んだ。
目指すのは前方の玉座の間。
 
 
 
 
「後は任せたよヴィータちゃん! シグナムさん!」
「うぉぉぉぉいっ!? ふざけんなてめぇぇぇぇっ!!」
「行くぞヴィータ! この程度の機械、我々の敵ではない!」
「だから疑うってことを覚えろよバカリーダー!!」
「お願いしますシグナムさん! ヴィータちゃんも頼んだよ! 愛してるー!」
「覚えてろこの悪魔ぁぁぁっ!!」
 
 
 
 
そんなヴィータの魂の叫びを背に受けて、なのはは更にスピードを上げて突入する。
気合十分(怒り十分)のヴィータとシグナムならそう間を置かずに駆動炉の破壊は成功することだろう。
 
 
 
 
「持つべきものは友達だよね」
 
 
 
 
むしろブチ壊してそうだが、なのはは真剣に頷いた。
ヴィータでなかったら後ろから刺されていてもおかしくない。
 
 
 
 
「ヴィータちゃん、後ろからとかできないし……っと」
 
 
 
 
なんだかんだと迫ってきていた防衛機械を蹴散らしながらぐんぐん進んでいたなのはは、玉座の間の一つ手前、扉の前の通路で飛行を止めた。
扉の前に立つ友人の下へゆっくり降り立つ。
 
 
 
 
「……来たわね、なのは」
「……来たよ……アルテミス」
 
 
 
 
待っていたのは銀の髪の美しき槍術師。
 
 
 
 
「驚かないのね」
「驚いてるよ、これでも十分」
「そうかしら?」
「そうだよ」
 
 
 
 
なのははちゃんと驚いている。
ただ予想の範疇ではあっただけだ。
 
 
 
 
「なんかね、やたらアルテミスに似た風貌の人の話を聞くからさ、色々と思い出しちゃって」
「世界には自分に似た人間が三人はいるらしいから」
「他人の空似って言葉もあるよね」
 
 
 
 
そう言ってふっと笑みを零す。
誰が敵で誰が味方か、なのはは鈍感な方ではない。
 
 
 
 
「それで、私とやる気?」
「それでもいいけど……戦う気ないよねアルテミス。うぅん、戦えないって言った方がいいのかな?」
「……さすがに誤魔化しはきかない、ということね」
 
 
 
 
表情に疲労の色が濃いアルテミス。
この状態でなのはとは戦えないし、勝負にすらなるわけがないとアルテミス自身が分かっていた。
 
 
 
 
「どいてはくれないの?」
「……私も加担はしてるのよ?」
「でも目的は同じじゃない」
「いいえ同じよ。ただその対象が違うだけ」
 
 
 
 
目的は事件の首謀者、テルウェイと同じもの。
けれどアルテミスにはアルテミスの理由がある。
 
 
 
 
「……ねぇ、なのは」
「ん?」
「……助けてって言ったら助けてくれる?」

『どうして? だって助けてって言ったじゃない?』

「……助けるよ。友達だもん」
「私が貴女の娘に危害を加えていたとしても?」
「それは……もちろん許さない。……でもアルテミスが助けてって言うなら私はアルテミスを助けるよ」
 
 
 
 
それはそれ、これはこれ、なんて簡単に言う様になのはは物事を割り切れるタイプではない。
ヴィヴィオにアルテミスが何かしていたとしたら、なのははアルテミスを許すことはないだろう。
……けれど、助けてと言うならその手を振り払うこともまた出来はしないと分かっていた。
なのははそういう人間なのだ。
 
 
 
 
「……優しさは身を滅ぼすわ」
「……そうでもないよ。私結構頑丈だから」
 
 
 
 
そう簡単に滅んだりなんてしないよ、きっと。
笑うなのはにアルテミスは微笑んだ。
万全の状態であっても勝負になどなるはずがない。
 
 
 
 
「ならいいわ……」
「……アルテミス……?」
「約束よなのは。助けに来てね……」
「アルテミス!!」
 
 
 
 
貴女を呼ぶ姫君達を――
そう言葉を残して、アルテミスの身体はかき消えた。
 
 
 
 
「…………急がなきゃ」
 
 
 
 
アルテミスが残した言葉の意味。
時間は思ったより残っていない。
 
 
 
 
「あ……なのはママ!」
「ヴィヴィオ!」
 
 
 
 
玉座の間に続く扉を力任せにぶち破り、中に飛び込んだなのはを迎えたのは、玉座に繋がれて力を吸われている愛娘……ではなく、満面の笑みを浮かべてその胸の中に飛び込んできたヴィヴィオだった。
 
 
 
 
「えっと、身体はなんともないヴィヴィオ?」
「? へいきだよ?」
 
 
 
 
きょとんと首を傾げるヴィヴィオになのはの首もかくんと垂れる。
アルテミスの思惑がどうあれ、聖王無くしてゆりかごは空へと上がれない。
駆動のためにヴィヴィオが利用されていることくらいは覚悟していたのだが、現実はずっとあっさりしたものだった。
 
 
 
 
「ん、あれは……」
「うぉらぁぁぁぁぁ!! くそばかなのはぁぁぁっ!!」
「あ、ヴィータちゃんだー♪」
「口が悪いよヴィータちゃん。ヴィヴィオにうつったらどうするの?」
「お、おぅわりぃ……って違うだろうが! よくも置き去りにしやがったなこの悪魔!!」
「人聞きの悪い事言わないでよヴィータちゃん。適材適所ってやつだよ、破壊はヴィータちゃんの専門分野」
「お前もだろうがっ!!」
「先行し過ぎだぞヴィータ……む、どうやら無事だったようだな」
「お疲れ様ですシグナムさん。ええ、私もヴィヴィオも…」
 
 
 
 
そこに追いついてきたヴィータとシグナムが合流する。
二人がかりでなら造作もないこと、駆動炉はものの数分でその機能を停止させられた。
途中からぐんと落ちた速度には当然なのはも気づいていた、この分ならミッドから空中要塞を動かしているクロノ達がアルカンシェルで一掃してくれるだろう。
問題は邪竜ツヴァイフルンクだ。
 
 
 
 
「……ヴィヴィオ」
「ママ?」
「なのはママ、またちょっとお出かけしないといけないんだ。フェイトママとはやてママ、それから……なのはママの大事なお友達を助けにいかないといけないの」
 
 
 
 
守るべき大切な人達を。
助けてと口にしない友人を。
 
 
 
 
「ぎんいろのおねえちゃん?」
「うん……だから……」
 
 
 
 
助けたばかりのヴィヴィオ。
一度守れなかった大切な子。
本当なら今すぐ自分の手で海鳴へ連れ帰りたい。
 
 
 
 
「ヴィヴィオ、ひとりでちゃんとおるすばんできるよ」
「……え?」
 
 
 
 
それはなのはが言わなければいけなかった言葉。
だけどヴィヴィオはヴィヴィオなりに感じていた。
なのはの思いと、優しくしてくれたアルテミスの思いを。
 
 
 
 
「やくそくしたもん、つよくなるって。だからヴィヴィオ、へいきだよ。なのはママ、ふぇいとママとはやてママと、おねえちゃんをたすけてあげて」
「っ……!!」
 
 
 
 
ヴィヴィオの言葉にぐっと歯をくいしばる。
そうしないと涙が零れ落ちてしまいそうだったから。
 
 
 
 
「……帰ったら、今度こそキャラメルミルク、作ってあげるね……」
「うん!」
 
 
 
 
やくそく!と笑うヴィヴィオと小指を交わして、なのははシグナムにヴィヴィオを預けた。
 
 
 
 
「ヴィータちゃん、シグナムさん……お願いします」
「あぁ……任せておけ」
「はやてとフェイトを、頼む……」
「ママ! いってらっしゃい!」
「うん……! いってきます……!!」
 
 
 
 
ゆりかごを飛びだし、なのはは再び空へと上がる。
突入前よりも輝きを増した魔法塔。
 
 
 
 
「フェイトちゃん、はやてちゃん、アルテミス……」
 
 
 
 
なのははゆりかごの玉座の間を思い出す。
繋がれていなかったヴィヴィオの姿。
代わりに玉座には、ゆりかごの起動用の装置が繋がれていた。
遺伝子から人を造ることが出来るのだ。
遺伝子情報のみを使って装置を造り、聖王の存在を誤認させ、ヴィヴィオを使わずにゆりかごを起動させることに成功したのだろう。
 
 
 
 
「無茶するねほんと……!!」
 
 
 
 
ヴィヴィオを使った方が遙かに楽だったに違いない。
それでもそのおかげで、なのははほとんど力を使わずにヴィヴィオを救出することができた。
後は最後の詰めだけでいい。
 
 
 
 
「すぐ行くよ、無駄になんて絶対しない!」
 
 
 
 
最後の時は目前に迫っていた。



...To be Continued

2012/7/7


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