第十三話『なのは様、全力全開!』 「始まったね……」 「えぇ、あの光が収まった時がこの世界の最後だわ……」 半壊した海鳴城の屋上からも見えるその光。 虹色に輝く魔法塔。 その最上階、一際強い光を放つ場所にツヴァイフルンクの巨像があるはずだ。 伝承で語られるだけだったはずの存在が今そこで蘇えろうともがいている。 「なのはさん、アリサさん、東大陸の部下からも報告がありました。昨夜未明に聖地とされている場所の一つの地下から巨大な戦艦が浮上、こちらの西大陸に向かっているとのことです。もう少しすれば肉眼で確認出来るかと」 「予言の通りに、か……」 「古代ベルカ時代の超大型質量兵器……」 「聖王の、ゆりかご……」 舞い上がった天の翼と復活の時を待つ地の翼。 大地を焼き払うツヴァイフルンク、そして空を制する聖王のゆりかご、ディオニスが叫んだ二つの翼はこのことを意味していたのだ。 「どちらか片方でも残れば世界を制することが出来る……ゆりかごは元々保険のようだけど、確実な一手には違いないわね」 「うん……でも、まだ間に合う」 「ゆりかごはより高いところへ上がらなければ月の魔力を受けられず主力の兵装は使えないわ」 バリアジャケットに身を包んだなのはのレイジングハートを握る手に力が籠る。 上がってきたはやてとフェイトもバリアジャケットを展開するとなのはとアリサの後ろに並ぶ。 「そのために邪竜の力を利用するつもりなんやね」 「今ならまだ、復活も阻止できるしゆりかごだって止められる」 決戦の時間までは、あと僅か。 「止めて見せるよ、うちの大臣のプランは完璧だもん」 「この有り様だけどね」 「アリサ、無理はしない方が……」 「寝てらんないでしょ、この状況で。それに頭動かすだけなら身体なんていらないんだし、問題無いわ」 「ど根性やなアリサちゃん……」 「ええ、アリサちゃんの言う通り、寝てなんかいられないもの」 「って、あんたまで何起きてきてるのよすずか……」 そこにすずかも姿を現す。 アリサ同様、先日の防衛戦の攻防で傷を負ったはずなのだが、その表情からはうかがい知れない。 こういうところうちの奥さんは強いわよね、とアリサは内心で深く溜息をつく。 人のことは言えないが出来ることなら安静にしていてほしいと思うのだ。 「まったくだな、皆もう少し労わってもらわねば困るのだが……」 「なーはやてー、はやてからも言ってやってくれよー……」 「二人とも言っても全然聞いてくれないですよぉ〜」 「あちゃー……なんや、シャマルとザフィーラまで来てしもたんか。いくら応急で手当てはした言うても、無理したらあかんでほんま?」 「問題ありません、我が主」 「もぉーはやてちゃんってば、これから戦いなのに、癒し手の私が休むわけにいかないじゃないですか」 「しゃーないなぁ〜……」 次々に集まってくる、決戦の仲間たち。 立場が同じなら自分もそうしたであろうなのは達に、ベッドに戻れなどと強く出れるはずもない。 そして前線に立つ訳でないのなら、いてくれた方が心強いのもまた確かなことだった。 「なのはさん、全員出撃準備整いました! ……って、あれ? 皆さんも出られるんですか?」 「あんた一人じゃ頼りないんですって」 「そんなっ!? あたし頑張りますよなのはさんっ!?」 「いや言ってないけどそんなこと……」 しれっと相棒に意地悪を言うティアナになのはは苦笑し、周りは揃って吹き出した。 スバルはいいムード―メーカーだ。 「っ!? なのは……」 「来たようやで、なのはちゃん……」 「うん、見えるよ……あれが、聖王のゆりかご……」 海の向こうに姿を現した紫紺と金で彩られた巨大な戦艦。 ――あそこに、ヴィヴィオがいる。 水平線を越え進むその姿に、あの小さなヴィヴィオが巨大なゆりかごを動かしているなど想像もつかない。 「……似合わないよ。あんな場所に、ヴィヴィオは」 「……甘えん坊で泣き虫で」 「転んでも一人じゃ立てんて泣いとって」 「それからピーマンが大嫌いで」 くすっと三人から笑みが漏れる。 「私達が寂しい時にはいい子って撫でてくれる、優しい子。私達の大事な娘……」 「……行こう、なのは」 「取り戻すんや、何もかも」 終わりじゃない、これからが始まりだから。 「……作戦を確認するわよ。ゆりかごへの攻撃と進軍阻止、ヴィヴィオの救出をなのはとヴィータ、シグナムさんで。駆動炉を潰せば速度も落ちる、後処理はどっかのシスコンが慌ててすっ飛んで来てるからそっちにでもまかせればいいわ」 「シスコンって……」 「クロノ君、こんな時まで……」 「次にフェイトとはやて、あんた達はあそこよ、邪竜の巨像が置かれたリヴァス砂漠の魔法塔。なのはが取って返してくるまでと、再封印までの時間さえ稼いでくれればそれでいいわ。直接戦闘も無いわけじゃないけど、時間稼ぎが中心なら立ち回れるフェイトとサポート出来るはやてが適任だわ。忘れずにリインフォースとユニゾンしてくのよ」 「あははー、そやな〜、ユニゾン忘れてうっかりフェイトちゃんまで巻き込んでしもたら大変やもんなぁ」 「任せてくださいですはやてちゃん! 全力でやっちゃうですよっ!!」 「……ねぇ、なんかそこはかとなく不安なんだけど、私だけかな……?」 「フェイトちゃん……フェイトちゃんも悪運強そうだから、きっと大丈夫だよ」 「悪運なのっ!? っていうか悪運強いのは私じゃなくてなのはの方じゃないの、ねぇっ!?」 「にゃはは、そんなことないよ〜……私は運ごとねじ伏せちゃうから大丈夫なの☆」 「……なのはの暴れん坊……うぅ……」 さらっと危ないことを言うはやてに何を頑張るつもりなのかなリイン。 更にはキラッと輝く笑顔で運命を全否定するなのは。 どっかの将軍様なんか目じゃないくらいの暴れっぷりは今に始まったことじゃない。 出発前からこんなテンションでいいんだろうかと、フェイトは一人泣きそうだ。 「いいんじゃないの……脳天お花畑の時の方がなのはの場合強いんだし」 「それは酷いんじゃないかなアリサちゃん!?」 「それから最後にスバルとティアナ、シャマルさんとザフィーラさんは下の部隊と合流してそれぞれ予定ポイントに出撃。ある意味でこっちの方が重要よ。邪魔される訳にはいかないわ」 「大丈夫です! あたしとティアなら、どんなとこまででも駆け抜けられます!」 「駆け抜けてどうするのよ、突っ走るのはポイントまででいいのよこのスバカ」 「スバカって何っ!? 変な略し方しないでよティア!」 「バカは否定しないのね……」 「え、えーと……えへへ」 「なんで照れてんのよ……」 ほんとバカ、と呟くティアナにそっちはティアに任せてるから、とスバルはティアナに飛び付いた。 ティアナが面倒みてくれるなら別にバカでいいらしい。 「シャマル、ザフィーラ……二人とも気をつけてな?」 「ご心配には及びません、主」 「私達よりはやてちゃん達の方が心配です……気をつけてください、はやてちゃん」 「私は平気や、フェイトちゃんとリインもおるしな。うまくやるよ」 「うん、大丈夫。はやてもリインも私が守るよ」 「あぁ、頼んだぞテスタロッサ。うっかりさえなければ問題はないだろう」 「し、しないですようっかりなんて! そういうシグナムこそ、なのはとヴィータのこと、お願いしますよ!」 「それこそ心配ねぇよ、あたしとアイゼンに砕けない物なんて存在しないし、そこの魔王は戦艦ごときじゃ落とせねえからな」 「いや、さすがにあれは……がちんこフルバーストでいい勝負ってとこじゃないかなぁ〜……おっきいし」 「……それでも負ける気ねぇじゃねぇかよ……」 「だって勝つし」 「誰かこの超弩級災害なんとかしろよ!?」 「諦めてちょうだいヴィータ……なのはの手綱はフェイトとはやてっていうサクリファイス無しには握れないのよ」 「生贄だったの私達……?」 「そんな気はしとったけど言葉にはせんといてー!」 「頑張って二人とも♪」 「すずかちゃんまで!? 私は至って健全だよ! っていうかはやてちゃんそんな気はしてたってどういうこと!? 私はただフェイトちゃんとはやてちゃんを愛してるだけだよ!?」 私服もバリアジャケットもその服の下だって。 「どこが健全!?」 「最低やー! あかん、フェイトちゃんあかんで、ヴィヴィオの将来が危険すぎる!」 「そ、そうだねはやて、ここは私達がなのはをしっかり……ってどこ触ってるのはやて!?」 「……いや、決戦前に一揉みどやろと……」 「……あんた達揃って十分危険だわ……」 わ、私は違うよぉー!と叫ぶフェイトを無視してなのはとはやては気楽に笑った。 海鳴の襲撃前に戻ったかのような空気。 忘れてはいけない。 少々ばかばかしくても騒がしくても、これを私達は取り戻しに行くのだから。 「……さて、それじゃあ緊張もほぐれたところで行ってみようか」 「ほぐれすぎな気もするけど……まぁいいわ。分かってるわね、目標は全員無事で全部終わらせて帰ってくること!」 「もちろんや!」 「一個も取り落とさないよ」 「助けるし守ってみせるよ、一切合財全部まとめて!」 「海鳴の底力、舐めっぱなしの連中に見せてやりなさい! 全員……出動!!」 力強いアリサの言葉になのは達は空へと上がる。 帰る場所はアリサ達が守ってくれる。 だから後は全部やっつけて取り返す! 「今行くよ、ヴィヴィオ……!!」 私達が本当のママになってみせるから。 ◇ 『こちらはあと数時間でツヴァイフルンクの稼働が成るとのことです、ルーナ様』 「御苦労さま、そのままあの方を助けてちょうだい」 『はっ、われらが悲願、必ずや果たしましょう!』 「えぇ、そのための私達ですもの……」 では、と通信が切れると『ルーナ』は壁に寄り掛かるようにして膝をついた。 自然、呼吸が荒くなる。 平静を装ったところで、近くで見れば汗の浮いた表情は隠し様がない。 「……情けないわね、やっとここまできたというのに」 自嘲的に呟いても身体の辛さは変わらない。 やはり長時間の力の使用はきびしくなってきているのだ。 命を使い切らないまでも身体にかかる負担は力を使い始めた当初の比ではない。 「おねえちゃん……?」 「……?」 「どこかいたいの?」 「……そう見える?」 「うん……くるしいときは、むりしちゃだめってママたちがいってたよ?」 「そう、ね……いけないわね……」 「……」 「っ!? ……なんのつもり?」 「おねえちゃん、いいこ」 「……?」 「あのね、こうするとね、いたいのとかさびしいの、とんでいっちゃうんだよ。なのはママもね、ありがとうっていってくれたの」 「……」 銀髪の上を滑る小さな手。 ゆりかごの『器』でしかない、本来『人形』になるはずだった小さな命。 『同じ』存在だったはずなのに、随分と人間らしくなって帰ってきたものだ。 かつての『ルーナ』と同じように。 「……ママのこと、好き?」 「うん! あのね、ふぇいとママはやさしく、はやてママはたのしくて、それでなのはママはかっこいいの!」 でもよくアリサちゃんにおこられてるの。 なんでかな? そう首を傾げたっヴィヴィオにルーナは相変わらずなのね、と僅かだが笑みを漏らす。 なのははいつだって変わらない。 苦しい時も。 悲しい時も。 例え絶望が目の前に立ちはだかっても。 「おねえちゃんは、ママのことしってるの?」 「……知ってるわ……」 弱いくせに意外と負けん気が強くて子供に甘い雷光の姫君も、聡くて優しくて我慢強い夜天の姫も。 それから…… 「やかましてく女の子が大好きで、おバカなのに誰よりも優しくて諦めない強さを持った、世界一どうしようもない人のことも、ね……」 今も昔も……十二年前も。 「……名前、教えてくれる?」 「ヴィヴィオ」 「……ヴィヴィオ……そう、可愛い名前ね」 「えへへ……あのね、なのはママもかわいいっていってくれたの」 「そう、なの……」 「おねえちゃんは?」 「……私?」 「うん、おねえちゃんは、なんていうの?」 「…………」 「……おねえちゃん?」 「……私は、ね……」 私の、名前は……
...To be Continued
2012/6/24著
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