第十二話『なのは様、決意する!』

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「さて、そんなわけでやってきましたミッドチルダ元老院」
「はー、相変わらずごっつい建物やなぁ〜……」
「でもこれ魔法防御も施された造りになってるし、見た目より実用的だよ」
「へー……高いん?」
「いや、そりゃまぁこれだけ大きければ……」
「はやてちゃん最近お財布奉行だね……」
「なのはちゃんとフェイトちゃん、ちょぉ緩いんやもん」
 
 
 
 
呼び出しを受けた翌週、なのは達はミッドチルダの首都、クラナガンへとやってきていた。
何度か顔を出したことがあるなのはや、、元々学校を卒業してからはクラナガンで暮らしていたはやては幾度となく目にしていた建物だ。
唯一初見のフェイトは仕事柄魔法具の類にやはり目がいくのか、建物に備え付けられた魔法具の数々を興味深げに観察していた。
 
 
 
 
「建物自体も魔法に強い石で出来てるし、かなり頑丈だね……」
「庶民の血税や」
「あぁ確かに」
「……お金の話から離れようよ二人とも……」
 
 
 
 
うんうん、と頷くなのはとはやてに一人フェイトだけが苦笑した。
出どころは血税かもしれないが無駄遣いという類のものじゃないと思うんだけどなー、とフェイトは思う。
もちろん釣り合う金額かどうかにもよるが、これなら数人の魔導師に襲撃されたとかの規模ならびくともしないことだろう。
 
 
 
 
「起こるのがそんな小規模なテロならいいけどね……」
「え?」
「いや、うん、なんでも……」
 
 
 
 
言葉を濁すなのは。
まだ確かな話ではない。
だがはやての知り合いという聖王教会の騎士から昨日届けられた予言の一説……
中つ大地の法の塔、というのはこの元老院のことではないだろうかとなのはは考えていた。
襲撃が起こるとしても時期がいつなのかも分からない現状では悪戯に吹聴して回ることもできない。
 
 
 
 
「……どうでもいいが、そろそろ中に入らないか?」
「だな、日が暮れちまう」
 
 
 
 
それまでなのは達から一歩引き、背後に控えていたシグナムとヴィータが焦れた様に声をかけた。
はやてと暮らしていた二人にとっても元老院の建物は見なれているし、戦場で生きてきた二人には造り自体もさほど珍しいものではない。
むしろはやてに対しての風当たりから毛嫌いしていると言ってもいいかもしれない。
ちなみにシャマルとザフィーラは来ていない。
海鳴の警備を出来るだけ手薄にはしたくないと、頭を悩ませていたなのはとアリサにはやてがけろっと言ったのだ。
何人って書いてへんし二人いればええんちゃう?と。
確かに書簡には全員とも何人とも書かれていなかったため、こじつけ感はあるものの、なのはもアリサもその案を採用したのだ。
今頃は巡回警備とヴィヴィオの子守りでもしているに違いない。
 
 
 
 
「ん、そうだね、中入っちゃおうか?」
「鬼が出るか蛇が出るか……」
「関係無いよ、何を言われようと私達はちゃんと海鳴に帰るんだから」
「せやな、早いとこすましてヴィヴィオのところに帰らなまた泣かれてしまうでなのはちゃん」
「にゃはは、じゃあ帰りは特急だね」
「待っててねヴィヴィオ、フェイトママ達すぐ帰るからね」
 
 
 
 
想うのは出掛けに泣きそうだった娘のこと。
帰ったらキャラメルミルクを作って一緒に遊んで、四人で日向ぼっこをしようと約束している。
 
 
 
 
「よぉーし、ぱぱっと終わらせて早く帰ろうねフェイトちゃん、はやてちゃん」
「当然や」
「行こう、なのは」
 
 
 
 
そうしてなのは達は元老院の中へと足を踏み入れた。
 
 
 
 ◇
 
 
 
「……来たか」
「はい……」
 
 
 
 
カツン、と士郎の刀の鞘が床を打った。
その格好は領主の正装ではなく戦装束。
アリサもまた赤の配色はそのままに、大臣の衣よりも丈の短い服を纏っていた。
 
 
 
 
「魔法像と召喚獣の混成部隊か……」
「思ったより数が多い、ですね……」
「アリサちゃん……」
「……住民に避難警報を発令。同時に第一級警戒態勢へ移行。ほぼまっすぐ城を目指してくるはずよ、ここで撃退できればこの先が楽になるわ」
「ああそうだ……ここで止める。二人は下で防衛戦線の指揮を頼む」
「っ!? ですがそれではここが……」
「構わないさ。美由希と恭也が間に合えばよかったんだが……贅沢は言えん。これでもそれなりに腕に覚えはある、大丈夫だ」
「……分かりました、気をつけて……」
「あぁ、二人もな……」
 
 
 
 
駆けていくアリサとすずか、その背を見送って士郎は領主の……かつての玉座に腰を下ろした。
 
 
 
 
「さぁ来るなら来い、娘の留守にそう簡単に鍵は渡さん」
 
 
 
 
戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
 
 
 
 ◇
 
 
 
「……ふむ、それでは滞りなく巡礼も終わった、ということかな」
「はい、ここに各聖地管理者からのサインもあります」
 
 
 
 
そう言ってなのはが書類を渡すと、初老の男は椅子に座ったまま片側の眉を上げてそれに応じた。
 
 
 
 
「……どうやらそのようだな。確かに各所のサインが記されている」
「ええまぁ、人里離れたところにあるものに関してはどうかと思いましたが」
「何を言う、聖地とは元々そういうものだ。人が簡単には立ち入れない場所を巡るからこそ信仰を深め神の恩寵にあずかれるというものだ」
 
 
 
 
海鳴はちゃんぽんだいこんちくしょう、となのはが心の中で悪態をついているとは露知らず、対応にあたった元老院議員はいかにそれが尊いことかと語っている。
元々信仰自体とほぼ無縁であるなのは。
海鳴自体が八百万の神という言葉があるほどにでっかい多神教のようなものなので、ぶっちゃけ公国発祥の地である東大陸の聖地とか行かされても、感じるものなんて何もない。
改宗する人も中にはいるだろうが、愛と勇気、ついでに気合いと根性で突っ走ってきた今のなのはには中々理解しがたいものがある。
 
 
 
 
「まぁ君に信仰が理解できるとは思わないが、これも経験の一つとしてこれからも励みにしてくれたまえ」
 
 
 
 
じゃあ言わなくていいじゃんていうか行かせなくてもいいじゃないのぉー!と叫ぶなのはにフェイトとはやてはひやひやだ。
もちろん叫んでいるのは心と念話の中だけだが、顔や態度に出やしないかと心配になる。
当然領主として外交を担う場面でなのはがそういうドジを踏むことはないが、進んでブチ壊す可能性があることは否定できない。
 
 
 
 
「ところで……はやて様、お付きの者が足りないようにお見受け出来るのですが、これはどうしたことでしょうかな?」
「あぁはい、調書の確認言うことでしたし、人数の指定もありませんでしたので、直接現場にいて調書作りにも携わった二人を連れてきたんですけど……何かまずかったですやろか?」
「いや、まぁ……そういうことなら……」
 
 
 
 
打ち合わせ通りすらすらと答えるはやてに、議員は渋い顔をしながらも頷いた。
やはり海鳴からなのは達だけでなく、守護騎士たちも引き離したかったらしい。
 
 
 
 
「では調書の確認を……」
「た、大変ですっ!!」
 
 
 
 
やはり早く海鳴に戻った方がいい。
かつてのはやての家に残してある転送ポイントを使えば予定より早く海鳴に戻れる手筈になっている。
早々に切り上げようと目配せを交わした時、けたたましい音を立てながら応接室のドアが開かれた。
 
 
 
 
「どうした、何を慌てている」
「そ、それが……わ、我が元老院に向かって、ま、魔物と魔法像の群れが接近しているとのことです!!」
「なっ!?」
「ば、バカな!?」
 
 
 
 
告げられたのは魔物の襲来。
海鳴が襲撃されたという報告なら即座に飛んで帰るつもりだったが、こちらが先とは思わなかった。
 
 
 
 
「ありえん! そんなはずはない!! 襲撃はここではなく……首都の結界は、防衛装置はどうなっているのだ!!」
「そ、それが、突然結界内に出現したとのことで……うわぁぁっ!?」
「くっ……!?」
 
 
 
 
伝令がそこまで口にしたところでなのは達の足元が大きく揺れた。
早くも辿りついた魔物の第一波が攻撃を加え始めたのだ。
 
 
 
 
「街が……!!」
 
 
 
 
駆け寄った窓から見えるのは魔法像と召喚獣の群れ、そして攻撃を受ける元老院の建物と近くにある家屋が被害を受ける様だった。
 
 
 
 
「なのは!」
「なのはちゃん!」
「……ここにいても戦えない。こっちから打って出る! 私とヴィータちゃん、シグナムさんが前衛、フェイトちゃんが中衛でサポートと市民の救出を、はやてちゃんは広域魔法で第二波の迎撃とサポートを!」
 
 
 
 
本当なら裏をかいて一気に海鳴に戻るはずだった。
議員が口走ったことからも海鳴も遠からず襲撃を受けるはず。
出来ることなら今からでもそうしたい気持ちに駆られる。
けれど、今ここで、目の前で危険にさらされている人々を置いて海鳴へ飛ぶことはなのは達には出来なかった。
 
 
 
 
「ヴィータちゃん! シグナムさん!」
「よっしゃ、片っ端から叩きつぶせばいいんだろ!」
「主の道を阻む者は誰であれ切り伏せるのみだ」
「目標は敵魔法像と召喚獣の殲滅……その方が早い。すぐに終わらせて私達は海鳴に帰るんだから!!」
 
 
 
 
それぞれのデバイスを起動しバリアジャケットに身を包むと空へと上がる。
敵性認定されたのだろう、魔法像と召喚獣達の攻撃がなのは達へ向けて殺到する。
 
 
 
 
「邪魔しないで!」

『Divine』

「バスターッ!!」
 
 
 
 
なのは達の想いは一つ。
一つでも多くのものを守るために。
大切な場所へと帰るために。
 
 
 
 
(お願いアリサちゃん、お父さん、持ちこたえて……!!)
 
 
 
 
それが叶わぬ願いであったとしても。
 
 
 
 ◇
 
 
 
「おぉぉぉぉっ!!」
 
 
 
 
気合い一閃。
振り抜かれた刀が召喚獣を袈裟懸けに切り裂いた。
質量を保てなくなった召喚獣が霧散する。
 
 
 
 
「数が多すぎる、か……」
 
 
 
 
一つ一つはともかく、その数は膨大だった。
士郎たちは知る由もないが、その数は元老院を襲っている群れの倍近い数が海鳴を襲撃していた。
これではいずれは疲弊し押し込まれてしまうだろう。
 
 
 
 
(せめて住民の避難と隊員達の撤退準備が完了するまでは持ちこたえねばな……)
 
 
 
 
また一体、士郎の剣の前に召喚獣が消え失せる。
城が落とされても住民たちが無事ならば再建は出来る。
『鍵』は難しいかもしれないが『宝玉』はおそらく守り通すことが出来るだろう。
今士郎がすべきなのは避難までの時間稼ぎと逆転の手札を守ることだった。
 
 
 
 
「……いや、見事なものだな……まさかここまで手こずるとは思わなかったぞ」
「ほぅ……ようやく大将のお出ましか、遅かったな」
「ああ……なにせ貴殿一人に構っている訳にもいかないものでな」
「……貴様」
「ここはいい国だ、隊員達もよく訓練されている。すべてが終わったら私が統治してやってもいい」
 
 
 
 
何体の召喚獣と魔法像を切り裂いただろうか。
士郎といえど疲労を感じないわけでないない。
自らの刀の重みを感じ始めたその時、土煙の向こうに一人の男が現れた。
その男は……ディオニス、つい数ヶ月前までディザ領で執政官をしていた男だった。
 
 
 
 
「ふん……『奴』にかけあったところでこの国は取れまいよ」
「ふ、『あの方』が失敗することなどありえない。忌々しい貴様の娘共々冥土へと送ってやる……!!」
「試してみるんだな……おぉぉぉぉっ!!」
「あぁぁぁぁっ!!」
 
 
 
 
ギィンッ!
甲高い音を立てて士郎の刀とディオニスの剣が交差する。
電光石火もかくやというほどの激しい打ち合いが両者の間で繰り広げられる。
疲労で速度が落ちているとはいえ、士郎の剣戟についてくるディオニスもまた相当な腕前だった。
 
 
 
 
「甘いっ!!」
「くぅっ!?」
 
 
 
 
だがしかし、士郎には疲労をカバーできる豊富な経験と地力がある。
一瞬の隙をつかれ、ディオニスの剣は宙を舞った。
後は叩き伏せればそれで事は済む。
ディオニスが倒れれば召喚獣と魔法像の混成部隊も引き上げることだろう。
――そう士郎の気が逸れた瞬間、ディオニスの肩口から灼熱の炎が噴き出した。
 
 
 
 
「ぐあぁぁぁぁっ!!」
「ふ……は、ははははっ……バカが、剣の勝負で全て終わるとでも思っていたのか? 勝算も無しに乗り込んでくる訳があるまい」
「ぐ、ぅ……」
 
 
 
 
防いで防ぎきれるものではない。
咄嗟に顔を庇い身体を丸めたが炎にさらされた部分は鎧ごと焼け、動かせるような状況にない。

――この、炎は……
 
 
 
 
「並みの鎧では防ぐことも叶わぬか……さすがは竜の炎といったところだな」
「部分、召喚……やはり、貴様らは……」
「復活は間近、ということだ……我らに味方するものもいる。いかに高町なのはといえど、やつらと正面から戦っては敵うまい」
 
 
 
 
竜の炎、復活、やつら……洩らすべきでない情報を断片的にでも口走るのは勝利を確信しているがゆえか、それともそれを誇りたいだけか。
そしてその断片的な情報からでも士郎は確信する。
懸念していたことが現実に起ころうとしていることを。
 
 
 
 
「忠告だ……俺を殺すなら殺せる時に殺しておけ……」
「そうしたいところなのだがな……まだ殺すなと言われてしまってな。公国と高町の者達にあれの復活を見せてやりたいというところなのだろう。……五十年も前のことにいつまで固執するつもりなのか……いや、その思いこそがこの計画に辿りついたと言うべきか」
 
 
 
 
そしてディオニスは玉座へと近づくと真っ二つに断ち割った。
玉座の真下、そこに隠されていた『鍵』を取り出した。
 
 
 
 
「くくく、これか……」
 
 
 
 
ディオニスの手に収まる程度の小さな宝玉。
『虹色』に輝くそれが『鍵』だった。
 
 
 
 
「後生大事によく守ってきてくれたものだ……」
「壊せるものなら、壊していた……」
「ふ、まぁそうだろうな……『鍵』はいただいていくぞ。それから貴様らが『家族ごっこ』をしていた『器』も、な」
「な、に……!?」
「わざわざただの魔導師を造るためにFを使うとでも思うのか? 『鍵』も『器』もこれで揃った。天と地を統べる二つの『翼』が蘇えるのだ!!」
 
 
 
 
声を上げて嗤うディオニスに合わせるように竜の咆哮が響きわたる。
この日、善戦を続けていた海鳴警備隊はディオニス率いる混成部隊に敗北し王城は陥落した。
飛び立つ竜の背の片方には『鍵』が、もう片方には『器』である少女――ヴィヴィオが乗せられたのだった。



...To be Continued

2012/6/4追記


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