第十二話『なのは様、決意する!』

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「…………で?」
「えっと、だからね……」
 
 
 
 
だから何、どういうことよ?
と、数ヶ月ぶりに会った親友からの質問、いや詰問になのはは必死に逃げを打っていた。
冷めた瞳に揺らめく怒気。
心なしか身体からも立ち上っているように見える怒りのオーラになのはの頬は引きつった。
 
 
 
 
「そのぉー……」
 
 
 
 
必死に打開策を考えるが何一ついい案が浮かばない。
何を言っても怒られる映像しか出てこない。
怒られ慣れてはいても進んで怒られたい訳ではないし、時に鉄拳制裁まで降ってくるのだから可能ならこのまま逃げ出してしまいたい。
 
 
 
 
「なんと言うか……」
 
 
 
 
けれどいくら心が全力で逃げたところで身体はついてきてくれはしない。
逃がすまいと冷たい石造りの床に正座させられたなのはの前で仁王立ちでいるし、ドア側も塞がれている。
ちらりと共犯者の二人に助けてーっと視線を送るが、無理無理、どうにもならへん、と揃って首を振られてなのはは呻いた。
床も冷たいけど世界はもっと冷たいらしい。
 
 
 
 
「……ねぇなのは?」
「な、何かな?」
「確か巡礼に行ったのよねあんた達?」
「う、うん、まぁ巡礼っていうかサインもらってくるだけだったけどね……」
「それでも巡礼よね? 嫌がらせとはいえ公務よね?」
「公務って言えば公務かも〜……あはは〜……」
「そりゃあね、ぶっちゃけ新婚旅行みたいなもんだから楽しんでくるだろうとは思っていたわよ。ええ楽しかったでしょうよ、仕事漬けの私達とは違って。それでもいいわよ分かってたことだから」
 
 
 
 
ピリピリと肌に突き刺さる緊張感と迫る怒気。
 
 
 
 
「……だけどね」
 
 
 
 
来る。
 
 
 
 
「……誰が娘作って帰って来いって言ったのよこのアホなのはぁぁぁぁっ!!」
「あ、アリサちゃんごめ……ぎにゃぁぁっ!?」
 
 
 
 
かつかつと苛立たしげに床を打っていた護身用の刀が、鞘入りのままバコーンとなのはの脳天を直撃した。
一瞬にしてなのはの目の前に星が散る。
抜かれなかっただけ優しさがあったと思うくらいしか救いが無い。
 
 
 
 
「あんたはどうしてそう問題の種ばかり持ち込むのよほんとにもぉぉぉっ!!」
「ごごごご、ごめんってばー!?」
 
 
 
 
ふんぎゃーすと火を吐きかねない勢いで怒り続けるなのはの目の前の人物、それは海鳴領が誇る内務大臣、アリサ・バニングスその人であった。
領民には見せられない怒りっぷりだと密かに思うが、言ったら首が飛びかねない。
触らぬアリサに祟りなし。
けれどすでにその尾を踏ん付け逆鱗に触れてしまった以上、なのはの選択肢は謝ると殴られるの二択しか残っていない。
実際には二択どころか殴られた上に平謝りというルートになっているわけなのだが。
 
 
 
 
「ふふ、なのはちゃん達が帰ってきて嬉しいのは分かるけど落ち着いてアリサちゃん。まずはちゃんとなのはちゃん達の話を聞かないとだよ?」
「なっ! べ、別に嬉しくなんかないわよ! また面倒ごとだけ増やして帰ってきたんだし!」
 
 
 
 
そこにようやく救いの手が差し伸べられる。
なのはが逃げない様にドア側を塞いでいた人物、すずかが仲裁に入ってくれたのだ。
これぞ天の助け!
そう歓喜の表情で差し出されたすずかの手を取ったなのははそのまま凍りついた。
 
 
 
 
「どういうことかちゃんと説明してくれるもんね、なのはちゃん?」
 
 
 
 
ミシっと握られた手が悲鳴を上げる。
そうだよね?
と笑わない黒瞳で顔だけ微笑まれてなのははコクコクと声もなく頷いた。
ラスボスはすずかで間違いない。
 
 
 
 
「あー……ごほん、じゃあとりあえず詳しく話を聞かせてもらおうかしら」
「もちろんフェイトちゃんとはやてちゃんもね♪」
 
 
 
 
逃げちゃダメだよ?
と釘をさされひっこめかけていた足をフェイトもはやても踏み出すしかなくなってしまった。
なのは一人をおいて逃げ出すつもりは毛頭ないが、迷うくらいには十分怖い。
 
 
 
 
「さて……これで久しぶりに全員揃ったわけだけど……」
「まずは皆お帰りなさい、大変だったよね?」
「んー、まぁ大変っていうか」
「なのはちゃんが海賊を吹きとばしたり」
「可愛い耳と尻尾が生えたり♪」
「……後はフェイトちゃんとはやてちゃんが熱病で倒れて、薬草を取りに入った渓谷でヴィヴィオを拾った……くらいかな?」
「……ねぇほんとに何しに行って来たわけあんた達?」
 
 
 
 
ダイジェストでこれだけのネタがあるのだから子細をまとめたら一冊くらい本になりそうだ。
報告は部分部分で受けてはいたが、相変わらずの珍道中にアリサは軽く目眩がした。
やはりなのはを野放しにするものではない。
 
 
 
 
「……いや、全部私のせいにされても……」
「全ての災難はあんたにつながるのよ」
「ふ、不可抗力だよ〜……」
 
 
 
 
騒動を承知で連れ帰ってきたヴィヴィオや、道中の耳と尻尾騒動はフェイトのせいなので、間接的になのはのせいとも言えるが他のはただの災難にすぎない。
一般人が遭遇する何倍もの確率かもしれなくても、なのはが意図して呼び寄せたものではないのだから。
 
 
 
 
「……体質?」
「いやな体質やなぁ〜……」
「……フェイトちゃんとはやてちゃんも絶対一蓮托生なんだからね……」
 
 
 
 
どの道全員災難に好かれる体質だ。
 
 
 
 
「平和って尊いものよね……」
「ぐっ……で、でもそれを実現するのが私達の務めだよ!」
「そうね、その通りだわ。ということで領主らしく元老院の相手は頼んだわよ、なのは」
「任せてよアリサちゃん! 私だってたまにはちゃんとお仕事を……元老院?」
「そうよはいこれ、元老院からの呼び出し状」
「……えー……」
 
 
 
 
帰ってきたからにはお仕事頑張る、と意気込むなのはにアリサがぽいっと書簡を投げた。
いつぞやにも見た赤い封蝋が押された書簡。
既に開封されているので割れてはいるが、押された紋章は元老院のものだった。
半年という巡礼期間より早めに戻ってきたのに、これでは何もする間が無い。
 
 
 
 
「まぁあんた達の足取りは向こうも掴んでるわけだしね」
「こういうとこだけ用意がいいよね、ほんと」
「ええ、ご丁寧に一ヶ月も前に届いたわ」
「ふーん。……一ヶ月?」
「えぇ、一ヶ月」
「……定期船の火事が無かったらちょうどくらいだったかもね」
「そうね、それくらいかしら」
 
 
 
 
妨害工作の一環だとティアナが言ってた定期船の火事、そしてそれを予定していなかったかの様な書簡が届いた日程。
ティアナがただの火事と工作の可能性を取り違えることはまずないだろう。
 
 
 
 
「……なーんか、色々きな臭いよねぇ〜……」
「今に始まったことじゃないわ」
 
 
 
 
そう言って切って捨てるアリサになのはも苦笑で返す。
元老院や各領の工作員が動き回っていることは今に始まったことではない。
海鳴領でもティアナを始め幾人かの諜報員が動いているのだから、これくらいはいつものことだ。
ただ気になるのはいくつかのピースが宙ぶらりんのままだということ。
 
 
 
 
「他には誰か接触してきた?」
「ルードとは和平交渉の後国境の警備について交渉があったくらいかしら。各領とはいつも通りだし、元老院からは……むしろ避けられてる感じかしらね。そっちは?」
「こっちは……誰かいたっけ?」
「って、いるやろほら、神殿で接触してきた……」
「あぁえっと、セレネさん、だっけ? ディザ領執政官付きの……」
「あとイストス迷宮ではルーナさんに会ったよ。ルード王国の騎士……なのかな? ほら、シグナムと一騎打ちをしたっていう」
「他には?」
「んー……これといっては」
「そう、その二人の話以外ないならこの間送ってもらった情報から大差はないってことね」
 
 
 
 
断片的ではあるが、定期的に情報のやり取りはなのは達と海鳴の間できちんとしていた。
だからこそティアナとリインがクラリオンで合流出来たともいえるし、元老院の怪しい動きについてなのは達も知ることが出来た。
とはいえ無い情報を伝えることはできないし、探ろうにもなのは達主力が東大陸にいる状況ではあまり大規模に動くわけにもいかなかった。
 
 
 
 
「ただ……」
「すずかちゃん?」
「そのセレネさんとルーナさんなんだけど、いずれも騒動の後姿を消しているの……」
「……へ?」
「え、でも、ルードやディザ領の人じゃないの?」
「それが気になって調べてみたんだけど、この間の決闘裁判と防衛戦の頃からどちらも一年程前に突然執政官と騎士に就任したみたいなの」
「それ以前は?」
「探ってはみたけど追い切れなくて……ルーナさんの方はどうも物資を流してたグラフト領からの繋がりだったみたいなんだけど、セレネさんの方は……」
 
 
 
 
ごめんなさい、と頭を下げるすずかになのはは気にしないでと首を振る。
やはり鍵の一つはルーナとセレネが握っている、それが分かっただけでも収穫だ。
気になるのは二人が誰の命令で動いているかだが……
 
 
 
 
「いずれにしろこっちから打てる手は少ないって状況みたいだね」
「元老院からの呼び出しにも乗るしかないってわけやな」
「気をつけてね、なのは」
「うん、大丈夫。私がいない間ヴィヴィオのことお願いね……って、あれ?」
「どうしたのなのは?」
 
 
 
 
腹の探り合いはともかく、直接対決ならばっちこい!
と意気込むなのはは書簡を見直して首を捻った。
ちらっとアリサを見やればそういうことよ、と肩を竦める。
そういうことって言われても……
 
 
 
 
「なのはちゃん?」
「うーん、なんかねー、フェイトちゃんとはやてちゃん、それに守護騎士の皆も一緒にって書いてあるんだよね〜」
「は? 私らだけやのうてうちの子達も?」
「表向きの理由は先の告発の際の証言調書の確認のため、なんて書かれてるわけだけど……」
「十分怪しいね……」
 
 
 
 
元老院からの呼び出しにはなのはのことだけでなく、フェイトとはやて、更にシグナム達守護騎士のことについても記載があった。
筋が通らないわけではないが、普通に考えればタイミング的にありえない。
八神はやて強奪事件……いや救出事件についてはすでに各々の証言もとれているわけだし、今更蒸し返そうにもディザ領の領主であったナスティは領地と爵位を剥奪され、なのはの暗殺を企てた執政官のディオニスは現在も投獄されたままだ。
なのは達が巡礼に出ている間に捜査が進んだ、ということも考えられなくはないが、それであればわざわざなのはの帰りを待たず、シグナム達だけを確認のために呼ぶはずだ。
 
 
 
 
「どうするの、なのは……?」
「いや、どうって言われても……」
 
 
 
 
書簡には元老院の封蝋。
そして本文にも元老院の紋章が記されている。
正式な会合の中で議決されたことをなんか怪しいから、等という理由で断るわけにもいかない。
この形で呼び出された以上は応じることになる。
 
 
 
 
「何があるが分からない状況で、あまり海鳴を手薄にしたくはないんだけど……」
「まぁだからってごねようがないことは仕方がないわ」
「アリサちゃん……」
「こっちにはスバル達もいるし、士郎さん達もいるからできるだけ警戒はしておくから」
「……うん、わかった、気をつけてねアリサちゃん、すずかちゃん」
「もちろんだよなのはちゃん、アリサちゃんに近づく敵は私がちゃんとやっつけるから♪」
「う、うん……そうだ、ね……あ、あはは……」
 
 
 
 
さらりと涼しい顔で物騒な事を言うすずかになのは達のの頬が引きつる。
見た目からは想像も出来ないが、運動神経もよく何気にフェイトクラスに武闘派だったりするすずか。
魔法戦ならフェイトやシグナム達に分があるが、純粋な運動技能ならかなりのところまでやれたりする。
いや私だって戦えないわけじゃ……と隣でごにょごにょ言ってるアリサの腕を取って寄り添うところはどう見ても良妻なのに。
 
 
 
 
「……あれ、そういえばうちのお父さんは?」
「あぁ、士郎さんなら確か……」
 
 
 
 
のっけから怒られっぱなしだったりですっかり忘れていたがここは海鳴領でなのはの居城。
巡礼というか謹慎もどきというかな半年の期間がまだ終わって無いことを考えれば、執政をとれないなのはに代わって士郎が代行でいるはずなのに、その姿はここにはなかった。
執務室にいないで一体どこにいるのだろうか?
そうなのは達が首を傾げた直後、どばーんと執務室の扉がいささか乱暴に開かれた。
 
 
 
 
「なのはママー♪」
「あ、ヴィヴィオ……と、お父さん!?」
「おぉ、帰ったようだななのは」
「いやそりゃ帰ってるけど、っていうかヴィヴィオ連れてきたの私達だし……」
「よくやった!!」
「はいっ? ……あ、宝玉?」
「こんなに可愛い孫を連れて帰ってくるとは……お前はなんて孝行娘なんだ!」
「……え、あれ、宝玉は……?」
「出来れば赤ん坊のところから見たかったが言っても栓無き事だ、それはフェイトちゃんとはやてちゃんに任せるとしよう!」
「えっ」
「いや、まだちょっとその予定は……」
「ハネムーンベビーならぬハネムーンチャイルドだな!」
 
 
 
 
はっはっはー、と上機嫌でヴィヴィオを抱きあげている士郎。
どうやらなのは達だけでなく、ヴィヴィオは士郎まで骨抜きにしたらしい。
天使だけど先行きが怖い。
 
 
 
 
「……なのはママのパパ?」
「そうだぞヴィヴィオ、俺の事はおじーちゃんと、妻の桃子のことはおばーちゃんとぐふぉぉぉっ!?」
「あらやだ士郎さんったら、鳩尾に蚊が止まってたわよ?」
 
 
 
 
上機嫌のままぺろっときっと言ってはならないことを言ってしまった士郎は、瞬く間に床へと崩れ落ちた。
どこから現れたのかいつの間にかヴィヴィオは桃子に抱きあげられ、倒れた士郎の下敷きにはなっていなかった。
――早い。
一部始終を見ていたなのはとフェイト、すずかは電光石火の早業に息をのんだ。
正確には捉えきれなかったはやてとアリサも状況を察してかなんと声をかければいいか分からない。
 
 
 
 
「初めましてヴィヴィオちゃん、なのはの母の桃子です。桃子さん、もしくはお姉さんって呼んでちょうだいね♪」
「ぶはっ」
「何がおかしいのかしらなのは?」
「う、ううん、なんでも……」
「ももこさん?」
「あらそっちなのね、残念……でもいいわ、ヴィヴィオちゃん可愛いから♪」
 
 
 
 
じゃあお母さんヴィヴィオちゃんと遊んでくるわね、とこれまた上機嫌で桃子は執務室を出ていった。
この調子ではヴィヴィオの犠牲者が城中に出そうな勢いだ。
もちろん突然連れ帰った領主の養い子を快く受け入れてくれるのは嬉しいが……
 
 
 
 
「……皆仕事ほっぽりだして何してるのかな……」
 
 
 
 
かのなのはにそんなことを言われる程、この日の海鳴城の面々はヴィヴィオの前にメロメロなのであった。



...To be Continued

2012/5/8


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