第十一話『なのは様、母になる!』 「……で、話をそろそろ元に戻すとして」 「脱線させたのってある意味ティアナだったと思うんだけど……」 「気のせいです」 「あ、そう……」 私達が落ち着いた頃合いを見計らって話の軌道修正をするティアナ。 でも唯一ストッパー役になれるティアナが無難なところで止めてくれれば被害(主に私の)は何もなかったと思うんだ。 そう言ったら冷やかに言い捨てられたけど。 ……ティアナは最近アリサちゃんによく似てきたと思うよ私…… スバルはそれも可愛いですとか言ってたけれど。 「まず保護したその子は人種から見ても白人種、ミッド、いえベルカ系に近いでしょうか、いずれにしてもなのはさんの子ではないということでいいですね?」 「うん、いいよ、いいけど銃口、銃口どけて……」 「であれば人違いか、意識もはっきりしないままでなのはさんを見て『ママ』と呼んだ可能性が高いでしょう。もちろん本人の目が覚めてから話を聞くのが一番ですが」 「あの、銃口……」 「状況から考えて普通ならこの国の施設へ預けるのが一般的かと思いますが……渓谷の奥地にいた理由も分かりませんし、一先ずはやはり話を聞いてからでしょうね」 「うん……もういいけどさ……」 テキパキと状況を整理するティアナはやはり頼もしい。 さすがは我が海鳴諜報部のエースだ。 鍛えた甲斐がある……と思うんだけど、鍛えすぎたのか主君にも躊躇なく銃口を向けたまま流れるように話すとかどんな芸当だ。 威厳はなくとも領主様。 曲がりなりにもティアナの主君。 形容詞がついてる時点で自分でもダメだと最近思う。 でもいいんだフェイトちゃんとはやてちゃんはついてきてくれるらしいから。 「聞いてますかなのはさん?」 「聞いてる、聞いてるけどちょっとHP、いやMPを回復させて……」 「えっと、なのは……?」 「私らにひっついても回復せんと思うんやけど……」 回復するの、私の場合。 「うぅ……んぁ……」 「あっ」 「起きたみたい、ですね」 受けたダメージを急速に回復、もとい二人を抱えてごろごろしていると、一番端のベッドから声が聞こえた。 どうやら例の少女が再び目を覚ましたらしい。 「ほれ、なのはちゃん」 「頑張って、なのは」 「あぁうん……えーっと……」 「…………ママ?」 「うっ、あー……えっと、初めまして、高町なのはです。……お名前、言える?」 「……ヴィヴィオ」 「ヴィヴィオ……いいね、可愛い名前だ」 「ん……ママ……」 「えっと、ヴィヴィオはどうして……ん?」 まずは私が話をするべきだろう、と進み出てベッドサイドに膝をつく。 目線の高さを合わせると怯えた様に揺らいでいた瞳が少し落ち着いた。 ママ、なんて呼ばれるとやっぱりくすぐったいやら気恥ずかしいやら、ちょっと落ち着かない気もするけど、なるべく怖がらせないように穏やかな声で名乗ると、少女――ヴィヴィオも名前を教えてくれた。 その後の話運びをどうしたものか、まずは私をママと呼ぶ理由、いや先にあそこにいた理由を聞いた方がいいかもしれない、と言葉を続けようとしたところで気がついた。 「え……私?」 「フェイトちゃん……いつ産んだん?」 「って、えぇぇぇぇっ!?」 最初の『ママ』は私を見て言っていた。 でも二回目の『ママ』は私を通りすぎてその後ろ……フェイトちゃんを見てのことだった。 ……え、いや、そんな、だってほら数年も前にフェイトちゃんと致した記憶なんて私には……寝ぼけて襲ったりとかしてないよね、私? 「ちちち違うよはやて! 産んでないよ!?」 「……いや、うん、冗談なんやけど……」 「……ママ?」 「はっ?」 「えっ?」 「ちょぉ、今度はこっち!?」 私じゃないよ! と大きく首を振って否定するフェイトちゃん。 うんそうだよね分かってた、一瞬自分の行動を疑っちゃったけどお預けされた記憶しかなかったもん。 なんて思いながらフェイトちゃんとはやてちゃんのやり取りを見ていたら、今度はヴィヴィオの視線がその隣へすーっと移動した。 そしてはやてちゃんを見て再びママと呼ぶヴィヴィオ。 もう何が何やら分からない。 「えっと……念のため聞くけど、違うよ、ね……?」 「……フェイトちゃん、私が産んどったらこの子がここにおるわけないやん……」 「う、うん、そうだよね……」 律儀というか心配症というかなフェイトちゃんの言葉に私もはやてちゃんも苦笑する。 確かに八神の跡取りとなれば隠すのは難しいだろう。 特にはやてちゃんは海鳴にいながらも、学生時代から既に中央の監視下にあったわけだし。 しかしフェイトちゃんはともかくはやてちゃんまでうろたえさせるとは、この子の『ママ』の破壊力は中々のものだ。 「ひょっとしてあれかな、女性は皆ママ、とか……」 「あぁ、確かに小さい子にはそういうことも……」 大人の女性は皆ママ、そういう話もなくはない。 というかこの場合三人連続でママと呼ばれているのだから、その可能性が一番高い。 そう思って今度はティアナとリインを見せてみたのだけど…… 「……?」 「……あれ、ママって呼ばないね?」 「年齢制限あるのかな?」 「いや見た目じゃそう正確に分からんやろ……」 「じゃあ見た目?」 「どうせリインはちっちゃいですぅっ!!」 「いえ、私も呼ばれてないのでサイズは関係ないと思いますけど……」 ヴィヴィオはティアナとリインの二人を見ても、不思議そうに首を傾げたまま特に言葉を発する様子はない。 まぁ確かにリインの容姿はママと呼ぶにはいささか小さい……いや幼い雰囲気があるけど、ティアナまで呼ばないとなると『大人の女性は皆ママ』説は外れだったということだろう。 ……え、でもじゃあなんで私達だけママなんだろう? 「前世で親子だった、……とか」 「……フェイトちゃん……」 「それはちょぉ、どやろか……」 「あぅ……」 前世でも三人一緒だったなら嬉しいけど、それが理由とかは無理がありすぎる。 その後もあーでもないこーでもないと話をしたが、結局結論は出なかった。 ヴィヴィオ本人もあまり分かって言っているわけではないようだし、答えの得ようがない。 「病院のスタッフにも特に関心は示さない様ですし……やっぱりなのはさん達だけみたいですね」 「うーん、なんでだろうねぇ〜……」 「……ママ♪」 「にゃはは……」 伸ばされた手を取って抱きあげると、満面の笑みを浮かべヴィヴィオが私に抱きついた。 服を握る小さな手、軽い身体、私を見つめる両の瞳。 全身で好意を示す小さな命。 フェイトちゃんやはやてちゃんに頼られるのとはまた別の感覚がどことなく面映ゆい。 「……随分なのはさんになついてますし、引き離すのは無理そうですね……」 「え、引き離すつもりだったの?」 「……フェイトさん、私の話聞いてましたか?」 「き、聞いてたよ、聞いてたけどね……」 「黙って連れて帰ったら場合によっては誘拐扱いですし、さっきも言ったようにこちらの施設に預けるのが本来なら無難です」 「うん……」 「……とはいえ、今無理に引き剥がしたところでその子のためになるとは思えませんし、しばらく様子を見てから引き取るのか受け入れ先を探すのか、判断するのがいいんじゃないかと思います」 「ティアナ……」 帰ってからがまた大変だと思いますけど、なんておどける様に言ってからティアナはふっと笑みを浮かべた。 なんのことはない、ティアナもヴィヴィオのことを心配してくれてるのだ。 素性の分からないヴィヴィオを連れて帰るデメリットは確かにある。 というかメリットとデメリットで考えたらほぼデメリットしかないだろう。 それでも助けを求めている命を置いていく訳にはいかないと、そうティアナも思ってくれている。 常に海鳴に利があるかどうかを考え動かなければならない情報部の人間としては、複雑な部分もあるだろう。 「……ありがとうティアナ」 「私は最善と思われる判断をしているだけです」 「にゃはは、うちの領はやっぱり人材豊富だね」 「アリサ大臣達ほどじゃありませんよ」 しれっとそう言って笑うティアナはいつもより誇らしげで、頼もしく見える。 海鳴は本当に人材に恵まれている。 「ぅ……ママ……?」 「よかったねヴィヴィオ、これからも一緒にいられるよ?」 「……いっしょ?」 「そう、ヴィヴィオの本当のママが見つかるまで、私達がママの代わり。ヴィヴィオはそれでもいい?」 「っ……うんっ」 正直、フェイトちゃんと違ってこんな風に子供になつかれた経験なんて無いし、どうしたらいいかなんて全然分からないけど、私はこの手を振り払えない。 それになんでかな? この子を抱いているとどうしてだかホッとする。 それはフェイトちゃんやはやてちゃん、アリサちゃんやすずかちゃん達が与えてくれるのとはまた違った温もりで、この子は私が守らなきゃって思ってしまう。 運命、なんて安易な言葉は好きじゃないけど、案外そういう出会いだったりするのかもしれないね。 「しかし、皆ママだと誰が誰やら分からんね〜」 「にゃはは、そうだね……はっ、その場合私はパパって呼ばれたりするのかな!?」 「何をアホな……いや、実子が産まれたらある意味確かにあれやけど……」 「そんな甲斐性ありましたっけ?」 「判断基準そこっ!? いやある、あるよ甲斐性、たぶん!」 「たぶんを強調してどうするんですか……」 稼げます、強いです、顔もたぶん悪くないです、あ、お嬢さんお茶しなーい、は浮気じゃないよね? 「あはは……でも確かにこのままだとちょっと誰のことだか分かりづらいね?」 「ふーむ……あ、そや。ヴィヴィオ、ちょお耳かしてや……あんな……」 「はやて?」 「……ふぇいとママ?」 「……え?」 何ごとか思いついたらしいはやてちゃんが、ヴィヴィオにごにょごにょと耳打ちすると、ヴィヴィオは目の前のフェイトちゃんに向けて名前をつけてママと呼んだ。 なるほど、確かにママの前に名前をつけてくれれば分かりやすい、そう私とティアナは頷いたけど、呼ばれた本人のフェイトちゃんは彫像の様に固まっている。 「び、びびび……」 ……と思ったら、今度はぷるぷると震え始めた。 思いのほか『フェイトママ』口撃には、威力があったらしい。 まぁすぐに慣れるよ、とフェイトちゃんに声をかけようとしたけど、追撃の方が早かった。 「……ふぇいとママ♪」 「っっっ!?」 「……フェイトちゃん? ちょ、フェイトちゃん、フェイトちゃーん!?」 ぴたっと震えが止まった直後、ばたーん!とフェイトちゃんはその場に倒れた。 完全に許容量を超えたらしい。 っていやいや、弱過ぎでしょうフェイトちゃん!? これで実子が産まれたらそれこそフェイトちゃん死んじゃいそうで凄く心配なんだけど。 「……あかん、この上もなく幸せそうな顔で気絶しとるわフェイトちゃん……」 唯一救いなのは、本人がとてもとても幸せそうだということくらいだろう。 ……お願いだから長生きしてねフェイトちゃん……
...To be Continued
2012/3/24著
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