閑話休題F『嘘じゃないよ、ほんとだよ?』

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

こんにちは、フェイト・テスタロッサです。
早いもので私となのは、それからはやての三人で旅に出て一ヶ月が経ちました。
聖地巡礼……とは言っても証明のサインさえもらえればそれでいい、なんてちょっといい加減な内容のおかげで結構のんびりすごせてます。
海鳴から追い出された当初は、色々妨害や嫌がらせがあるのかなって思っていたけど、実際にはそれもほとんどないので本当に平和です。
まぁあったとしても私達が止める前に、その、なのはが『お話』をしちゃうから、ね……
 
 
 
 
「悪くはないけどちょっと可哀相っていうか……」
 
 
 
 
海賊相手の時みたいに実際に行使することはまずないんだけどね。
随分昔に一度経験した身としては時々同情したくなる時もあったりして。
 
 
 
 
「本当にたまにだけど……うん」
 
 
 
 
そうそう、なのはの肉体言語……じゃなかった、『お話』は驚いたことに人間以外にも実は通じたりするんです。

……いや、ほんとだよ?

この間ユーノがアルティミアオオクジラと素手で戦おうとするくらい無茶、ってなのはに言ったらしいけど、私となのははそのオオクジラに一度遭遇していたりする。
そう、あれは五年前。
まだ私達が学生だった頃のお話……
 
 
 
 ◇
 
 
 
その日、私となのはは海鳴領領主――この頃の領主だった士郎さん――の手伝いで、ある魔導師を追っていた。
盗みの常習犯で大して強い魔導師というわけでもなかったんだけど、空を飛ぶことだけはそこそこ上手い魔導師だった。
地上部隊が現場に行っても空を飛んで逃げられてしまう。
海鳴にも空を飛べる魔導師はもちろんいるけど、全体的に数は多くない。
そこで私となのはに白羽の矢がたったのだ。
本当ははやてとヴィータもくるはずだったんだけど、あれは確か……そうだ、前日にヴィータがアイスを食べ過ぎてお腹を壊したとかで、
寝込んだヴィータはもちろん、付き添っていたはやてもお留守番になっちゃったんだ。
まぁ私達全員であたる必要がある程の相手ではなかったし内容に支障はなかったんだけど、一緒に飛べなかったのは残念だな、って思ったんだ。
 
 
 
 
『フェイトちゃん?』
『あ、ごめんなのは、はやて達も来られたらよかったのにな……って』
『うん、そうだね……今日は凄く空が高くて絶好の飛行日和だしね』
『お仕事だけどね』
 
 
 
 
プライベートだったら最高だったのに、となのはと苦笑しながら、それでも空に羅線を描く様に二人でじゃれあう。
お仕事だし、と自分に言い聞かせてみてもあまり効果が得られない。
まるでデートしてるみたいだ、と私は舞いあがっていた。
 
 
 
 
『……む、いたよフェイトちゃん』
『あ、あれだね……ちゃんと捕まえないとだね』
『うん』
 
 
 
 
だけどそんな高揚も長くは続かなかった。
前方に逃走中の魔導師を捉えた私となのははすぐに散開、別方向から魔導師を追い詰める。
離れた分ちょっとだけ寂しく思ってしまったのはご愛嬌というところだろう。
いやだって、せっかくデートみたいな雰囲気だったから。
 
 
 
 
『止まりなさい! こちらは海鳴領……』
『先手必勝! てぇぇぇいっ!』
『えぇっ!?』
 
 
 
 
でも、お仕事終わったら少し飛ぶ時間くらいきっとあるよね。
そう気持ちを切り替えた私の口上を遮るように、なのはからバスターが放たれる。
魔導師をかすめるピンクの魔力。
当たらなかったのかそれとも当てない様に打ったのかは定かじゃなけど、猛然と逃走を始めた魔導師を見ればその心境は推して知るべし。
今絶対生きた心地がしないと思う。
 
 
 
 
『むぅ、外しちゃったか』
 
 
 
 
……当てる気だったらしい。
 
 
 
 
『なのは、ちゃんと攻撃の前には事前に通告を……』
『でもたぶん投降しないよ?』
『そ、そうかもしれないけど……』
 
 
 
 
でもちゃんとやらなきゃいけないんだよ。
一応前置きしましたよ、ってことなんだから。
……そう考えるとちょっとどうだろうとは思うけどね。
 
 
 
 
『まぁほら、その辺はフェイトちゃんがやってくれるから、私は撃つべし、ってことで……ダメ?』
『……なのは』
『にゃはは……』
 
 
 
 
いや長い口上を覚えてないわけじゃないんだよ、うん、ほんとに。
と、言い訳っぽく言うなのにはちょっとだけ溜息をつく。
なのははずば抜けて優秀だけど、時々途中を端折ったりすっ飛ばしたりしちゃうからちょっと怖い。
学校を卒業したら当然海鳴領領主の補佐、そしてなのは自身が領主として統治するわけで……楽しみだけどどこか危なっかしく感じてしまったのもいい思い出だ。
実際にはなのははちゃんと領主様をこなしているし、私とはやてがきてからも可愛い女の子のチェックを欠かさないのはどうかと思ったりもするけれど。
 
 
 
 
『ん、失速してきたね』
『こっちも追い上げてるからね』
『早さはまぁまぁだけど、持久力が問題だね』
 
 
 
 
そうこうしているうちに、私となのはは再び魔導師との差を詰めていた。
必死に逃げていた魔導師だったけど、なのはと私に追われながらの全力飛行であっという間に魔力を使い果たしてしまったらしい。
なのはが言うように、まさにスピードタイプの魔導師だったのだろう。
海鳴の外れにある火山の近くで、それでもなお逃げようと魔導師はあがく。
けれど下の方にはぽっかりと口を開けた火口のマグマが待っている、うっかり魔法が尽きて落ちようものならあっという間に骨までとけてしまうだろう。
すでにふらふらしてきてるところを見ると、早く捕まえた方がよさそうだ。
そう判断した私がバインドの準備に入ると、何も言わなくてもなのはが落下防止と衝撃緩和の魔法の準備に入ってくれた。
以心伝心というか、こういう時役割を心得たパートナーは心強い。
……なのはの場合たまにバスターとかが出ちゃうのだけが心配だけど。
 
 
 
 
『いつでもいけるよフェイトちゃん』
『うん、じゃあ犯人の確保を……』
 
 
 
 
グォォォォッ!!
 
 
 
 
『えっ』
『ふぇ?』
 
 
 
 
私となのはの準備は万端、さぁあとは魔導師を捕まえるだけ、という段階になってそれは起こった。
揺れる大地。
震える大気。

地震!? それとも噴火!?

と、私達が身構えた次の瞬間、魔導師のほぼ真下にあった火口のマグマがぐぅっと盛り上がり、何かがそれを突き破った。
マグマから飛び出し宙を舞う巨体。
口を開いたそれが魔導師へと迫りそして……
 
 
 
 
ぱっくんちょ。
 
 
 
 
飲み込んだ。
 
 
 
 
『……って、ちょぉぉぉっ!?』
『た、たべ、たべちゃ、った……?』
『ば、ば、ば、ばかー!! せっかく追ってきた犯人なのにぃーっ!!』
 
 
 
 
なんてことしてくれるのぉー!? と叫ぶなのは。
若干論点がずれてる気がしたけど、それどころじゃなかった。
どすん、と火口の縁に着地した巨大な生き物。
竜種と並び称される火山の覇者、アルティミアオオクジラが立っていた。
……あの足で立てるんだ……
 
 
 
 
『って、フェイトちゃん現実逃避してないで戻ってきてよ!』
『あ……う、うん、ごめんなのは。ちょっと衝撃的すぎてどうでもいいこと考えてたよ……』
 
 
 
 
巨体、と呼ぶにふさわしい体躯を支える短い足。
岩石に覆われたお腹(?)をこれまた岩石に覆われた鋭い爪でがりがりと引っかく手。
確かに手足がなければ形状は鯨、と言えなくもない、かもしれないけど……この時の私は完全に考えることを放棄していた。
だって犯人飲まれちゃったし。
あのお腹を破るのは無理そうだし、鯨だって迷惑だし。
 
 
 
 
『で、でもあきらめちゃダメ……ん?』
『あれ、なんか様子が……』
 
 
 
 
……ぐるるっ……
……ぺっ。
 
 
 
 
『あっ』
『わぁっ!?』
 
 
 
 
これからどうしたら、と慌てる私となのは。
だけどそんな私達を特に気にした様子もなくアルティミアオオクジラは身体をゆすると、飲み込んだ魔導師をそのままの姿で吐き出した。
……美味しくなかった、のかな?
 
 
 
 
『アクティブガード!』
『ホールディングネット!』
 
 
 
 
そしてその魔導師を私となのはが魔法を発動して受け止める。
急いで状況を確認すると……これと言って外傷もなく、幸い消化もされる前だったので特に問題点は見当たらなかった。
……鯨に食べられた精神的なショックは分からないけど。
 
 
 
 
『よかった、無事に連れて帰れそうだよなのは』
『うん……けどなんだって食べちゃうかなぁ、アルティミアオオクジラの主食って確か溶岩と岩石だよね? っていうかなんで海鳴の火山にいるの?』
『え、えーっと……』
 
 
 
 
確かにアルティミアオオクジラはミッドの南部が主な生息地で、東の海鳴では目撃情報は得ていない。
後はまぁ一応雑食だし、食べようとしたっていうより飛び上がった先に魔導師がいたって感じみたいだし……
と、鯨に文句を言うなのはを宥めようとして私は顔を上げた。

至近距離で見つめてくるつぶらな瞳。

……えっ?
 
 
 
 
『ちょ、こら、何フェイトちゃんに近づいて……はぁ、何、フェイトちゃんを置いていけ?』
『えっ?』
『ダメに決まってるでしょ! 鯨もどきの分際で何を……え、お嫁さんにする? ふぇ、フェイトちゃんは私のお嫁さんになるんだからダメ!』
『……え』
『は? 自分の方が強いからフェイトちゃんを幸せに出来る? ……上等なの、かかってきやがれなのぉーっ!!』
『えぇぇぇっ!?』
 
 
 
 
そして始まったなのは対アルティミアオオクジラ戦。
何、何でなのは意思疎通が出来るわけ!? とか、鯨のお嫁さんって何、とか、
な、なのはがお嫁さんにしてくれるってほんとかな……とか……一気に押し寄せた状況にこの時の私は完全に翻弄されていた。
いやだってされるよね普通、鯨とか鯨とかお嫁さんとか。
そしてそんな風に私が呆然とする中でも進む怪獣大戦。
片方は本当に怪獣だから分かるけど、もう片方はなのはなのに、怪獣大戦としか形容のしようがない。
バスターでなぎ倒される射線の木々。
片や口から溶岩ビーム? みたいのを放射して山肌を削る大怪獣。
かなり本気な二人……いや、一人と一匹の死闘はとっぷり日が暮れるまで続けられた。
そして……
 
 
 
 
『いやー、いい汗かいたねぇ〜』
 
 
 
 
グォォー。
 
 
 
 
『あれ、どうしたのフェイトちゃん?』
 
 
 
 
私の前でにこやかに笑う、辺り一面を惨憺たる状況にした張本人達。
どうやら拳?を合わせた事で、なのはと鯨の間に通じあうものがあったらしい。
分からない、私はなのはが分からない。
 
 
 
 
『フェイトちゃん? フェイトちゃーん?』
 
 
 
 
……分からないけど、なのはが私をかけて戦ってくれたことは分かったから、それだけでいいやってことにした。
そんな学生時代のある日の思い出。
 
 
 
 ◇
 
 
 
「……振り返ってみると結構あれな話だよね……」
「フェイトちゃーん? まだ日記書いてるのー?」
「明日も早いんやし、そろそろ電気けすよー?」
「あ、うん、ごめんなのは、はやて」
 
 
 
 
じゃあ消すよー、と声がしてランプの明かりが消える。

私とはやてはなのはが頑張って迎えてくれた。
あの鯨(なのははマブダチ?だかになったらしく鯨だからクーちゃんとか安直な名前で呼んでいた)は今どうしているだろう。
地下マグマで移動できるらしいから案外この辺にもいたりするのかもしれない。
……お嫁さん出来てたりして。
もしそうなら私もなのはのお嫁さんになれてとても幸せだよ……って、教えてあげようと思うんだ。



...Fin


あとがき(言い訳)

実質執筆自体は半年以上ぶりのなのは様です、ごきげんよー。
スケジュールとお財布的な問題で2011の冬コミでコピー本にてちょこっとだけ先行配布したやつです。
本編には大して関係のないクジラのお話だったり、いやまだ婚約中で嫁じゃないよねとか無粋な突っ込みはしちゃダメですw
ちなみにクジラのエピソードは個人的にお気に入り(ていうかクジラ自体が)なので、うっかり本編に出るかもしれません。
ラストは決まってるんだけど、そこに至る過程は書きあがるまで分からないのがうちの仕様なのでw
ちなみにこの時のクーちゃんはお嫁さん探しの旅の途中だったそうです(聞いてないよ)
地殻の下のマントルの中を移動できるらしいのでほぼ世界中行けますハイスペック!w
でも基本的に地殻つき破ったりしないので(つき破ったら大変なことになる)火山とか海溝とかからしか外に出れない残念仕様。
まぁつまりそんな生き物。

2012/1/8


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