第九話『なのは様、呪われる!』

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「というわけであっという間にアガイオン山山頂付近の洞窟です! 以上!!」
「思いっきり端折るなんて酷いよなのは!!」
「聞く耳持たぬ、なの!」
「ここに至るまでの私の愛を省略するなんて!」
「だから端折ったんだってば!!」
 
 
 
 
喧々囂々、まるでアヒルの喧嘩みたいだとはやて思った。
普段の二人からはこんな喧嘩をするなんてまったく想像できないが、追い詰められたネズミ、もとい犬ななのはとネジが五十本くらい飛んでしまったフェイトなので、比較は出来ない。
 
 
 
 
「よし、とりあえずまずは泉だね!」
「行くの?」
「行くの」
「どうしても?」
「どうしても」
「……明日にしない?」
「……フェイトちゃん……」
 
 
 
 
だってぇ……と、フェイトはとても未練がましくなのはを見つめた。
なのはの犬耳姿はフェイトの萌えの壺を突くどころか、綺麗に粉砕したらしい。
残念そうな表情とは裏腹に、ギラっと光る捕食者の瞳。
なのははじりっと後ずさる。
フェイト相手に貞操の危機を感じるくらいなら、天変地異が起こる確率の方がよっぽど高いと思っていたのに……
 
 
 
 
「あー、もぉ、神殿の方は私が行くから、なのはちゃんは泉の方に行ってきてくれへん?」
「はやて!」
「え、でも……」
「でもやあらへん。ただでさえ出発が遅なっとるんやから、これ以上のんびりしとったら日が暮れてしまうわ」
「まぁ確かに……」
 
 
 
 
言われてなのはは洞窟に入る前に見た空を思い出す。
出発自体が遅くなった上に、道中フェイトの妨害が多発したせいで太陽はとうに真ん中を通りすぎていた。
ここで余分に時間を食えば、街に戻れるのはきっと深夜になってしまう。
 
 
 
 
「ま、そういうことやから、手早く行ってきてな?」
「……分かった、ありがとうはやてちゃん」
「ん……頑張ってフェイトちゃん振り切るんやで」
「へ……? って、フェイトちゃん!?」
 
 
 
 
まぁちょっぴり私も惜しいんやけど、と内心で呟きながらはやてはなのはを送り出す。
その後ろ――フェイトはバルディッシュを起動し妨害する気満々だ。
ひくっ、となのはの頬が引きつる。
にこぉ、とフェイトが微笑みかける。
 
 
 
 
「……じゃ、はやてちゃんまた後でぇぇーーっ!!」
『Accel Fin』
「あぁっ!? 不意打ちは卑怯だよなのはぁ〜っ!!」
『Sonic Form』
「ちょ、ソニックフォームの方がよっぽど卑怯だよね!?」
「それが私の愛だから!」
「だが断る!!」
「そんなっ!?」
「また何かにぶつからんようになぁ〜……って、聞いてへんか……」
 
 
 
 
これも愛だよ、とか、そんな愛なら突っ返す、とか叫びながら高速で奥へと二人は消えて行った。
また何かに突っ込んで壁に穴とか開けないで欲しいのだが……あまり期待しない方がよさそうだ。
 
 
 
 
「……まぁあの二人ならそれでもほぼ無傷やろうし、気にしててもしゃーないしな……」
 
 
 
 
世の中には心配するだけ損、という言葉がちゃんとあるのだ、うむ。
あの二人の場合もそうだろうとはやては一つ頷くと、なのは達が進んだ通路とは別の通路を奥へと進む。
やがて洞窟の一番奥……マグマだまりの傍まで来ると、目指す神殿がその姿を現した。
フィールドバリアを張っていてなお、マグマだまりの熱気が肌に伝わってくる。
はやては神殿の入口付近までくると、神殿を見上げ溜息をついた。
前回のイストス神殿もそうだが、一体どうやってこんな場所にこれだけの神殿を築いているのか、はやてもまた不思議でならない。
解明出来れば現代の建築にも有用だと思われるが、残念ながらはやてにそれを読み取ることは不可能だった。
 
 
 
 
「……美しい神殿でしょう?」
「っ!?」
「旧時代より前からあるのに、一部は今より高い技術で作られている……技術の詳細は私も知りませんが……」
「……古代、遺失物……?」
「さぁ……まぁくくりとしては、すべてその言葉で片づけてしまえるのは確かでしょう」
 
 
 
 
突然背後から声をかけられたことに驚いたはやてだが、現れた人物には見覚えがあった。
ディザ領執政官、ディオニスに付き従っていた。
名は確か……
 
 
 
 
「セレネさん……やったかな?」
「はい……お久しぶりですはやて様」
 
 
 
 
深々と礼をとるセレネにはやて苦笑する。
相変わらず礼節を疎かにしない人だ。
夜会やディザ領絡みのことで何度か顔を合わせただけだが、はやてはセレネのことをよく覚えていた。
僅かな時間であってもセレネのその有能さは見て取れるほどであり、ナスティやディオニスが外面だけで基本的には礼節を欠いた人間であったことから、余計にセレネの印象が強かったのかもしれない。
 
 
 
 
「……で、この神殿なんやけど……確か、公国の前身、もう何百年も前のはずやけど、それがミッドに移る前に作られたものやね?」
「はい、その神殿は公国王家縁の者であれば扉を開くことができます」
「グランネーレにある神殿もそうやった、資格がいる、っきいた。フェイトちゃんのテスタロッサの家系自体はちゃうけど、調べたら途中で一度あのあたりにあった国の王家の血が混じっとる……神殿のキーは血なんやね?」
「ええ……いずれは開くことが出来るようになるかもしれませんが、現代の魔法技術では解錠することは出来ませんから……」
 
 
 
 
やはりそうか、とはやては胸の内で呟いた。
巡礼に合わせて『お使い』を頼んできた士郎、イストス神殿に現れたというルーナの存在、資格がいるはずの扉をフェイトが難なく開けられた訳……海鳴に残って調べてくれているリイン達や、断片的に士郎から引き出せた情報をもとに、はやてはいくつかの推論を立てていた。
そして今度はこの神殿にセレネが現れた。
資格のあるもの以外には開くこともできない神殿に安置された宝玉。
そんなものが必要になるかもしれない事態が水面下で進行している……かもしれない、とおそらく士郎は考えているのだろう。
だからこそなのは達に宝玉の回収を依頼した。
きっとはやてとフェイトを迎えることも、最終的に反対をしなかったのはこれも理由に含まれているからだろう。
 
 
 
 
「……中にある物は知ってるんか?」
「ええ」
「それやったらどうして一見なんの価値もなさそうな物が、大仰にもこんな神殿に納められてると思う?」
「……神殿は『宝玉』を納める為に作られたのではありません。元々ある一族が各王家の依頼に応じ作ったのです。大半は宝物庫として用意されたものでした」
「宝物庫? ……だからガーディアンがいたんやね……」
「はい、宝玉が神殿の性質を生かして置かれるようになったのは……ほんの五十年ほど前からです」
 
 
 
 
はやては『中にある物』がなんであるか一言も口にはしなかった。
それなのにセレネは『宝玉』と言い切った。
冗談でもはったりでもなく、セレネは中に何が置かれているか知っているということだ。
 
 
 
 
「随分色々喋ってくれるんやね」
「そうですね」
「どこまで知ってるん?」
「貴女方よりは、多くを」
 
 
 
 
そう言って薄く笑うセレネ。
当たり前だがここにきた目的や、なぜそれほど詳しいのかまでは教えてくれない。
だけどこれだけははっきりとはやては感じていた。
……味方ではない。
今までも、これから先もおそらくずっと。
 
 
 
 
「正解です。はやて様は聡いお方ですね……貴女の血も、そして貴女自身の価値も分からず手に入れようとしていた方々とは大違いですね」
「あんた、何者や……って言って、素直に教えてくれるはずもない、か……」
「私は……私達は亡霊ですよ。いつの時代でも滅びきれない、ね……」
 
 
 
 
そう言ってセレネは笑って見せた。
寂しい瞳はそのままに。
はやてはそっと目を伏せる。
この瞳を知っている。
自分の為に消えてしまった大切な人と同じもの。
帰る場所はどこにもなくて、どこへ行けばいいのも分からずに、何百年も彷徨い続けた自分の騎士達と同じ瞳だ。
そして全てに目をつぶってなのはから逃げていた自分と同じ瞳だ、と。
ただ一つ違うのは、その瞳の奥に宿る意思。
彼女はもう選んでしまっている。
揺れ続けていた、捨てられなかった自分とは違うのだとはやては気づいてしまった。
セレネはきっともう、選んだものを変えることはないのだろう。
 
 
 
 
「そうか……道は違うんやね……」
「ええ。……少し喋りすぎました、私はこれで戻ります」
 
 
 
 
道が交わる日はきっとこない。
……だけどこれくらいなら許されるだろうか?
 
 
 
 
「ちょい待ち」
「はい?」
「……なぁ、そこまで神殿のこと知っとるんやったら、少し手伝ってくれへんかな?」
「私が、貴女の……?」
「そや、今回もまたガーディアンがいると困るんよ。私バリバリの後衛やから、ガチンコになると厳しくてな?」
「……裏切って宝玉を奪うかもしれませんよ?」
「それやったらわざわざ姿見せんと、私が扉を開けてから奇襲してるはずや」
 
 
 
 
そうやろ? とはやてに問われ、セレネは苦笑した。
間違ってはいないが、それだけのことでセレネを信用しようというのだから、聡い割におめでたい。
なのはの影響だろうか、とセレネは小さく笑った。
 
 
 
 
「そんな性格でしたか?」
「どやろ? 元の性格に戻っただけな気もするし、どっかのお人よしがうつっただけかもしれへんね」
「私達二人だけでガーディアンを倒す……もしくは再封印できると?」
「まぁなんや、これでも主婦やからな、すくない手持ちでやりくりするんは腕の見せどころや」
 
 
 
 
なるほど、と頷いたセレネと少しだけ笑い合ってから、はやては神殿の扉に手をかける。
ゆっくり力を込めて押すと、二階分はありそうな大きな扉が大した抵抗もなく開き、神殿内部がその姿を現した。
既に移転したのか、やはりこの神殿にも財宝らしきものはなかったが、中央に置かれた台座にぽつんと黄色い宝玉が置かれていた。
 
 
 
 
「……? 石像みたいなんは、今回無いなぁ?」
「そうですね……」
 
 
 
 
ひょっとしてこの神殿にガーディアンは置かれていなかったのだろうか? 首を捻りつつ、はやては宝玉を拾い上げた。
いないならいないで好都合、と踵を返しかけた瞬間、ドンッ! と大きく地面が揺れた。
 
 
 
 
「おわっ!?」
「っ!? ゴーレムッ!?」
 
 
 
 
揺れは最初の一度きりだったが、代わりに扉の前の床が緑に光る。
やがて床いっぱいに大きな魔法陣が出現すると、その中心から現れたのは鈍色に輝く無骨なゴーレムの姿だった。
 
 
 
 
「……そういえばここは、召喚魔法の罠がある神殿でしたね……」
「先に言うて!?」
「今思い出しました」
 
 
 
 
しれっとそう言うセレネに、ほんまかいなとはやては嘆いた。
分かっていれば、先に隠された魔法陣を封印してしまうことだって出来たのに。
 
 
 
 
「あぁもう、仕事増やした分は働いてや!?」
「心得ております」
 
 
 
 
動き出したゴーレムに侵入者と認識されたのだろう、巨体からは想像できないような素早い一撃が、両側に飛び退いたはやてとセレネの間を通過する。
大きな破砕音と共に宝玉が置かれていた台座諸共、床が破壊されて土埃が舞い上がった。
いつの間に起動したのか、セレネは槍とも薙刀ともとれる長柄のデバイスを振るいゴーレムの足元を切りつけた。
キィィンッ、と甲高い接触音が響くがゴーレムには傷一つついていない。
 
 
 
 
「くっ……」
 
 
 
 
すぐに振り下ろされたゴーレムの拳が、セレネが退いた床をえぐる。
並みのシールドでは破壊されるか、シールドごと潰されかねない。
 
 
 
 
「平らな部分はだめや! 攻撃は間接部へ、後は……」
「足止め、ですね……はぁっ!!」
 
 
 
 
応えながらも後ろへ回ったセレネは刃を振るう。
正面と違い若干だが刃が当たった関節部の素材が周りに散った。
ゴーレムに痛覚があるのかは分からないが、その一撃でより脅威な存在をセレネの方だと認識したのだろう。
ゴーレムははやてを無視し、セレネの方へ猛然と攻撃をし始めた。
 
 
 
 
「はっ……舐めとったら大間違いや……ブリューナク!」
 
 
 
 
完全に背を向けたゴーレムに向けて、はやての魔法剣の束が殺到する。
次々にゴーレムに突き刺さる魔法剣。
が、しかし。

パキィィンッ……!!
 
 
 
 
「げっ、嘘やん」
「どうやら素材にミスリルも使っているようですね……」
「って、それ魔法金属……」
「純度百パーセントではないようですが……まぁ売ったら豪邸の一つや二つ余裕で買えます」
「よっしゃほんなら生捕で」
「無茶言わないでください」
 
 
 
 
大概の魔法生物には何らかの素材が使われているが、どうやらはやて達の目の前にいるのは中々の高級品らしい。
一度はゴーレムに突き刺さったように見えたはやての魔法剣は、あっという間に砕けてしまった。
ダメージがあるのかないのか、ほとんど無機物と言っていいゴーレムの表情からは読み取れない。
 
 
 
 
「けどそれやったらでかいのを当てるまでや!」
『Chain Bind』
「今です!」
「行くで! クラウ・ソラス!!」
 
 
 
 
ドォンッ!!
セレネがチェーンバインドでゴーレムの動きを封じている隙に詠唱、見事にはやてのグラウ・ソラスがゴーレムの全面装甲を吹き飛ばす。
けれどさすがは高級品、装甲を剥がれてなお活動停止には追い込めず、セレネのバインドを引きちぎると、次の詠唱に入っていたはやてに向かってそのその拳を振り上げた。
 
 
 
 
「っ!?」
「させません! はぁぁっ!!」
 
 
 
 
一足飛びにセレネがゴーレムの胸元まで飛び上がる。
そして……ズシュウッ――むき出しになっていたゴーレムのコアを貫いた。
 
 
 
 
「セレネさん!」
「くっ……」
 
 
 
 
それでもなおゴーレムは止まらない。
振り上げた拳に力を込める。
……だが。

ズズンッ……!!

もはや拳を振り下ろすだけの力はなく、ゴーレムはその場に膝をつき地響きとともに倒れ伏した。
断末魔なのかそれともただの駆動音なのか、オォォォ……という音と共に起きあがろうともがいていたゴーレムは、ついにその動きを止めた。
 
 
 
 
「……やったんか?」
「……のようですね……」
「……はぁぁぁ〜……焦ったわぁ……」
 
 
 
 
へなへなへな、と気が抜けたのかはやてはその場に座り込む。
もとより後方支援型であるはやては、前衛を担ってくれる魔導師や騎士がいてこそ、その真価を発揮する。
クラウ・ソラスのような直射砲があれど、基本的にこういった狭い場所での戦闘には向いていないのだ。
時間が惜しいゆえになのは達と別行動をしてしまったが、セレネがいなかったらと思うとぞっとする。
 
 
 
 
「いやぁ、はは……実践経験、もちっと積まないとやなぁ……」
「ええ……出来るだけ早急に」
 
 
 
 
差し伸べられた手をとり、立ち上がるはやて。
出来るだけ早急に……その言葉の意味は聞かなくても分かっている。
だから代わりにはやては別のことを聞いた。
 
 
 
 
「……私が死んだ方が都合がよかったんとちゃうか?」
 
 
 
 
ある意味でこれも聞く必要はなかったが、なぜセレネはここまでしてくれたのか。
攻撃を受けそうになったはやてを危険を冒してまで助けてくれた。
神殿に一緒に入ってくれただけでも驚きだったのに。
「ええ、そうですね」
そうはっきりと言い切ってセレネは笑った。
次にはやてとセレネの道が交わる時、それはきっとこんな風に話を出来る状況にはないはずだ。
それが分かっているから、はやては少しだけ共に闘い、セレネもそれに付き合ったのだろう。
 
 
 
 
「確かにその方が都合はいいです。だけど……助けを求めてる人には、手を差し伸べなければいけないんだそうです」
「……はい?」
 
 
 
 
予想していなかった答えに、いささか間の抜けた返事をするはやて。
その様子をみてセレネは笑った。
彼女にしては珍しい、屈託の無い笑顔。
 
 
 
 
『どうして? だって助けてって言ったじゃない?』
 
 
 
 
遠い昔の、自分のものではない記憶の彼方から優しい声をセレネは聞いた気がした。
 
 
 
 
「借り一つ、やろか?」
「いいえ……むしろ私の返済分です、お気になさらず」
「ふぅん、詳しく聞きたいんやけど」
「秘密です。それでは私はこれで。いずれ、また……」
 
 
 
 
そう言って踵を返したセレネは……扉をくぐる前にふっと空気に溶けるようにして消えてしまった。
 
 
 
 
「な……転送魔法……いや、でも魔力の痕跡が転送魔法とどこか違う気がするんやけど……?」
 
 
 
 
首を捻るはやて。
 
 
 
 
どこまでも不思議な人だ、鍵を握っているのは確かだろうが……
 
 
 
 
「……まぁ、考えてもしゃーない、お宝持って早く街に……って、あぁぁぁっ!?」
 
 
 
 
色々と思うところはあるが、今はまだ情報が少なすぎる。
とりあえずなのは達と合流して街に帰ろう、そしてミスリルを売っぱらって路銀の足しにしよう♪
そう思いつつゴーレムの残骸を振り返ったはやては、こちらもうっすらと透けていくゴーレムを見て叫んだ。
どうやら破壊されてこちらでの維持機能を失ったらしい。
保管されていた場所へ戻るのだろう。
はやての臨時収入はあっという間に夢と消えた。
 
 
 
 
「……お肉にしようと思っとったのに……」
 
 
 
 
毎日の献立も楽じゃない。
はやては人知れず溜息をついたのだった。



...To be Continued

2011/6/14


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