第九話『なのは様、呪われる!』

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ふわっ……んー、今日もええ天気やなぁ〜♪」
 
 
 
 
ベッドから起き上がりぐぐっ、と伸びをするはやて。
窓の外からは朝日が差し込み、外の天気のよさをうかがわせている。
後ろをちらっと振り返ればすやすやと眠っているフェイトと、丸まってベッドに潜っているなのはが見えて、はやては知らず相好を崩していた。
 
 
 
 
「ふふ、二人とも可愛えなぁ〜♪」
 
 
 
 
婚約者と親友の寝姿についつい緩む頬。
毎朝はやてはこの瞬間が楽しみだった。
 
 
 
 
「さて、二人が起きる前に食事の準備やな」
 
 
 
 
二人を起こさない様にそーっと着替えて移動する。
毎朝の食事は基本的にはやての担当だ。
もともと家事全般が得意なはやては、旅の間の料理や細々したことにも手を抜かない。
別に宿に泊まっている時くらい宿で取ればいいのだが、最初に入った宿でびみょーな朝食を食べてからというもの、作れる時は極力作る!
と、言って自炊を譲らなくなってしまった。
良い食材でまずく作るなんてもってのほかだ! ……と。
 
 
 
 
「パンとサラダはこれでええから、後はスープを……」
「……んむー……はやてちゃん?」
「ん、よしよし、起こす前にちゃんと起きたみたいやね。おはようなのはちゃん」
「んー……おはよう……」
 
 
 
 
寝ぼけ眼でふら〜っとやってきたなのは。
朝に強いはやて、普通に起きれるなのは、朝に弱いフェイト、大体いつもこの順番だ。
それでも今日はまだ眠たいのか、なのははのそのそと近づいてくると、ばふっと後ろからはやてに抱きついた。
やぁ〜らかぁ〜い……♪ とすりすりはぐはぐ。
完全に寝ぼけている。
 
 
 
 
「おわっとと、火ぃ使ってる時は危ないからあかん言うとるやろなのはちゃん?」
「んー♪」
 
 
 
 
はやてのお小言もどこ吹く風。
寝起きのなのはは聞いちゃいない。
それに本当ははやてだって満更じゃない、ってことをちゃんとなのはも分かっている。
 
 
 
 
「はやてちゃんいい匂い……」
「くすぐったいて」
「うん、大好き」
 
 
 
 
ぎゅうっとはやてを抱き締めて首筋に顔を埋める。
その姿勢のまま喋られるとはやてはくすぐったくて仕方がないのだが、なのはに離す気は無いらしい。
それどころかにへらっと笑った表情まで容易に想像することが出来る中で、好きだと言うなのは。
はやてがそれを本気で嫌がるはずもない。
 
 
 
 
「甘えんぼさんやなぁ、もぉ〜」
「にゃは……♪」
 
 
 
 
そう言ってはやてがそっとなのはの頭を撫でれば、嬉しそうに更にすり寄るなのは。
後ろから抱きつかれているせいで顔は良く見えないが、きっと随分とだらしがない顔をしているに違いない。
でも自分もそう変わらないんだろうなとはやてはちょっとだけ苦笑した。
……はて、でも今何か髪とは違う感触のものに触れたような気が……?
 
 
 
 
「……はやてちゃ〜ん?」
「んー?」
「おはようのチューは〜?」
「うっ……」
 
 
 
 
してくれないの? と耳元で囁くなのは。
その声に過分に笑いが含まれていることにはやては当然気がついた。
形容するならニヨニヨとか、ニマニマ。
明らかにはやての反応を見て面白がっている。
 
 
 
 
「うー……したいん?」
「うん♪」
 
 
 
 
ちらっと目だけをなのはの方に向ければ輝く様ななのはの笑顔とぶつかった。
あぁ、引く気はまったくないんですね分かります。
 
 
 
 
「……ちょ、ちょっとだけやで……?」
「えへへー、うん♪」
 
 
 
 
まだ朝食の支度も途中やし、とごにょごにょ言い訳を口にしながらも応えてくれるはやてに、なのはのテンションはMAXだ。
婚約をしたと言っても、はやてはフェイトのようになのはの近くで暮らしていたわけではない。
学校を卒業してからの四年間、年に数度なのはと会えれば良い方だった。
ましてや一度は、ディザ領の領主と婚約してからは意図的に会うのを避けていたくらいだ。
フェイトと違い、なのはと触れあうことに免疫がまったくない。
フェイトとなのはは、少しは人目を気にして欲しいと思うほどのイチャイチャっぷりだが、実は結構それを羨ましく思っている。
これはこれで、傍からは十分イチャイチャに見えるのだけど。
 
 
 
 
「ほらはやてちゃん、目閉じて?」
「うぅ……なのはちゃんはほんまこういう時だけ異様に元気なんやから……んっ」
 
 
 
 
キラキラ全開のなのはにはやてが抗えるわけもなく、はやてが目を閉じるとすぐになのはの唇が降ってきた。
最初は軽く啄ばむように数度触れると、今度はゆっくりと重なった。
――選ばれないと思っていた自分に、こんなに幸せな時がくるなんて思っていなかった。
長い口付けの合間に少しだけ目を開けば、すぐ近くにいるなのはが映る。
自分より高い背丈、亜麻色の長い髪、今は閉じられている蒼い瞳、それから薄茶色の……
 
 
 
 
(……ん? 薄茶色……?)
 
 
 
 
「んっ……」
「ふっ……」
 
 
 
 
角度を変えて降ってくる口付けに、流されそうになる意識を一生懸命繋ぎとめる。
 
 
 
 
(もうこれっておはようのチューってレベルとちゃうんやない? ……いやいやいや、それもやけどそれよりも薄茶色の正体や)
 
 
 
 
前者も十分問題だけど、なぜだか後者の方が深刻だとはやての直感は告げている。
うっすらと開けた視界に入るそれに、ゆっくりと手を伸ばす。
触れてみて更にはやては驚いた。
柔らかいだけでなく暖かい、それになのはが仕込んだ悪戯ならば、と思って確認したのに継ぎ目がない。
あえて形容するなら、ふかふか、とか、もふもふ……みたいな。
 
 
 
 
(……えーっとぉ……)
 
 
 
 
落ち着け、とりあえずまずは落ち着くんだ。
そう自分に言い聞かせてはみるが、頭の中は凄い勢いで回転している。
ある意味キスの最中に余裕だな、と思わなくもない。
 
 
 
 
(見間違い……もとい触り間違いっちゅーわけでもないしなぁ……?)
 
 
 
 
ならば一体なぜこんな状況になっているのか?
 
 
 
 
「……む、むむー……」
「む? ……♪」
「んむっ!? ……むーっ!!」
「ひみゅぅっ!?」
 
 
 
 
とりあえず事の次第をなのはに確認しなければ。
そう思ったはやてがなのはにちょっと離れて、と軽く肩を叩いてもなのははこれっぽっちも察してくれない。
……どころかより積極的に舌を絡めてくる始末。
っていうかいつの間に舌まで入れたんだ。
むかっときたはやてが、がぷっ、と齧りつくと、一声鳴いてようやくはやてからなのはが離れた。
……ちょっと可哀相やったかも、とか思ってしまう時点ではやても十分なのはに甘い。
 
 
 
 
「ふぐぐ……い、いきなり何するのはやてちゃ〜ん……?」
「何するのはこっちの台詞やっ! どこがおはようのチューやねんどあほっ!!」
「えー? おはようでチューしたら歴きとしたおはようのチューだよ」
 
 
 
 
キリッと真顔で言い切るなのは。
無駄にカッコよくてはやてはがっくりきた。
さすがすぎて何言っても無駄に違いない。
 
 
 
 
「……って、そんなことより」
「はやてちゃん、私とのキスはそんなことなの?」
「え、いや、別にそうやないけど今はそうじゃなくて……」
「私ははやてちゃんを抱き締めたり、キス出来るだけでこんなに嬉しいのに……」
「そ、それは、まぁ、私も同じ、やけど……ってだから近づいてこんと話を聞きっ!!」
「ふみっ!?」
 
 
 
 
言い切るなのはに素直に嬉しいと感じつつ、それでも性懲りもなく近づいてきたので、自分より高いところにある頭をはやては遠慮なくぺしっとひっぱたいた。
とりあえず今は本当にそれどころじゃないのだ。
 
 
 
 
「うぅぅ〜……ほんとうに何なのはやてちゃん?」
「それはこっちの台詞やっ!!」
「?」
 
 
 
 
はやてに怒られても気にしていない、というよりもやはりなのはは気がついていないらしい。
 
 
 
 
「……ほんまに分からんの?」
「だからそう言ってるんだけど……?」
 
 
 
 
首を捻るなのは――と一緒に動く薄茶色の物。
はやては僅かに逡巡し、それでも伝えない訳にもいかず、ちょいちょいと近くにある鏡を指差した。
 
 
 
 
「……何?」
「……ええから、自分で見てみぃ……」
 
 
 
 
一方状況が分からないながらもなんかただ事じゃなさそうだ、と思い始めたなのはは、はやてに促されるまま鏡の前に立ち自身を見つめた。
ぺたっ、と自分の頭にくっついている薄茶色の、それ。
3、2、1、ハイ。
 
 
 
 
「にゃぁぁぁぁーーーーっ!?」
 
 
 
 
きっかり三秒、鏡を見つめていたなのはは叫んだ。
これで悲鳴……というか鳴き声が「わん」だったら最適だったのに。
 
 
 
 
「何事っ!?」
「ど、どどどど」
「あ、おはようさんフェイトちゃん」
「おはようはやて……じゃなくて今のなのはのなきご……悲鳴は一体何っ!?」
 
 
 
 
なのはの叫びで飛び起きたフェイトが猛然と飛んでくる。
いや大したことやないんよ〜、と言えないはやてはどう説明しようかちょっと困って、結局あれ見てみいとなのはへと視線を向けさせた。
言われて首を回したフェイトはなのはの所在を確認する。
とりあえずこれといって外傷もなさそうだと安心したのも束の間、視線が頭の一点で凝固した。
 
 
 
 
「ふぇ、フェイトちゃ〜ん……」
 
 
 
 
なのはの頭の上にぺたりとくっついた薄茶色の物。
犬耳だった。
よく見ればご丁寧に尻尾まで生えている。
フェイトの理性はブレイクした。
 
 
 
 
「なのはぁ〜っ!!」
「え、ちょ、うわぁぁっ!?」
「可愛い! ほんとに可愛いよなのはぁっ♪」
「ちょ、あぶぶ、にゅぉぉ……」
 
 
 
 
光の速さで飛びついてきたフェイトをさすがのなのはも避けきれない。
あっさりフェイトに捕まるとなでなですりすり、全身で可愛いとフェイトは叫ぶ。
 
 
 
 
「えーっと、フェイトちゃん?」
「見てはやて! なのはが凄く可愛いよ!」
「いや、うん、もう見とるんやけどな……」
「あぁぁっ、もうずっとこのままでいてよなのはっ!」
「ふぇ、ふぇぇぇぇっ!?」
 
 
 
 
魔法具職人であるフェイトは魔法知識全般について詳しい。
何かこの状況についても分かるのではとはやては期待していたのだが、フェイトはなのはの格好を気にいってしまったみたいだった。
それは分からなくもない。
頭にぴたっとくっついた垂れ気味の犬耳に、フェイトのぶっ飛び加減に力なく垂れた尻尾、状況についていけずちょっとうるっとした瞳……こういうなのはが見られることは滅多にない。
いやひょっとしたら人生で最初で最後かもしれない。
 
 
 
 
「……なのはちゃん」
「はやてちゃ〜ん……」
「……もちっとそのままでおらん?」
「そんなっ!?」
 
 
 
 
はやてちゃんの裏切り者―! と叫ぶなのはにはやてはいやぁ〜、と頭をかいた。
こうしてフェイトに弄られるなのはを見ていると、いつもと正反対だがこれはこれで新鮮でいいんじゃないかと、つい思ってしまった。
来週以降を考えると旅に支障が出るから解決しないわけにはいかないが、そうでなければちょびっとくらいはサービスをしてもらいたい。
 
 
 
 
「サービスとかいう問題じゃないしっ!!」
「あはは、ごめんて……それでフェイトちゃん、どうしてこうなったか、原因分かるか?」
「きっと私の愛ゆえにだよ」
「いや、真顔でボケんといてほしいんやけど……」
 
 
 
 
真剣にそう言うフェイトはもうかなり危ない人だ。
あのなのはが慌てて距離を取るぐらいなのだから、その度合いは推して知るべし。
 
 
 
 
「私は本気だよはやて」
「あー、はいはい。ほんで原因はなんや?」
「嘘じゃないのに……」
 
 
 
 
はやての投げやりな反応にぶつぶつと、フェイトは改めてなのはに向き直る。
その拍子にフェイトが一歩進んでなのはが三歩下がったが、はやてもう見ないふりをした。
つぶさになのはの犬耳を観察し、サーチ系の呪文をいくつか唱えるとフェイトは大きく頷いた。
 
 
 
 
「これは呪いの一種だね」
「呪いって……あの呪いか?」
「呪いは呪いだよ。呪術、黒魔術、とかでもいいよ。まぁ呪術と黒魔術は体系違うけど」
「はあ、さよか……でもなんでまた呪いやなんて……」
「いや、ちょ、身に覚え……色々無くもないけどそんな目で見ないでよはやてちゃん……」
「あー、ごめんなぁ。そやねー、手近なとこやと海賊にぶっぱなしたり、往来で女の子ナンパしたりもしとるもんなぁ〜?」
「海賊はともかく女の子は誤解……」
「ほー、誤解で腕組むんかぁー?」
「じゃあ六階」
「ごかい違いじゃアホ」
 
 
 
 
えへへ、と笑うなのはにはやては呆れつつも、とりあえず冗談を言う余裕はあるらしいと、その点については少し安堵した。
まぁ実際恨まれる様なことはいくつかしている。
ナンパは道を聞いたら女の子がくっついてきた、ということも理解はしている……納得はしてないけど。
でも恨みからにしては、随分と可愛らしい呪いである。
 
 
 
 
「素敵な呪いだよ!」
 
 
 
 
それはもう呪いじゃない。
 
 
 
 
「さぁはやて、今のこのなのはを思いっきり二人で堪能しよう!」
「そうしたいんは山々やけど……あ、そういえば、これから行くアガイオン山の中に清めの泉とか呼ばれてるとこがあるんやなかっ」
「すぐ行こう!」
「ダメだよなのは!」
「おーい……」
 
 
 
 
最後まで喋らして〜というはやての声は、今の二人にはちっとも届いていないらしい。
行く、行かない、で押し問答を繰り広げるなのはとフェイト。
はやては既に日が高くなり始めた空を眺めた。
神殿も近くにあるってこと、忘れてへんか二人とも?



...To be Continued

2011/5/29


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