第八話『なのは様、絶不調』

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ふむ……それで、到着早々問題を起こしてくださった、というわけですね?」
 
 
 
 
ニッコリとそう嫌味を言う目の前の男性。
彼はここ、海洋都市グランネーレの神祇官であり、一つ目の聖地の管理者だ。
ちなみに名前は知らない。
名乗る気もない相手に無理に聞くこともないし、私だって聞きたくないしね、うん。
 
 
 
 
「すみません、まさかあんなところで海賊に遭遇するなんて思いもしなかったものですから……」
「まぁ定期船も守れましたし、以後もうちょい気をつけるようにしますので〜」
 
 
 
 
バチバチと私と神祇官が睨み合っている中、間を取り持ってくれているのは、もちろんフェイトちゃんとはやてちゃんだった。
私の両側に陣取りがっちり私と腕を組んでいる。
やだなぁもぉ、フェイトちゃんもはやてちゃんも心配性なんだから。
私だっていくら相手が失礼でもいきなりぶっ放したりはしないよ?
ちょっとお話したいなぁ、って思うくらいで。
 
 
 
 
『なのはちゃんのお話はちょっとじゃ終わらんから、ダメ』
『そうだよなのは、確かにかなり失礼だけど……まずはここを通過することを考えないと』
『うぅ〜……だからそこはほら、まずくなったらそこの神殿の裏あたりでお話を……』
『『絶対ダメ』』
『あぅ……』
 
 
 
 
こっそり念話で話してるにも関わらず見事にハモる二人の声。
お話、そんなにダメかなぁ……
 
 
 
 
「えぇっと、それでですね、こちらにサインを……」
「いいですよ、かしてください」
「あ、はい、お願いします……?」
 
 
 
 
けどまぁ、どんなにムカつく相手であっても、巡礼の証明として私達は神祇官のサインをもらわなければならない。
だからきっと、そっちも難癖つけられるんだろうな〜、なんて出掛けに三人でそう話していたのに、
実際には随分あっさりと神祇官は証明書類にサインをしてくれた。
何か裏があるのだろうか……?
そう勘繰っていると、ニヤリと笑って神祇官は言った。
 
 
 
 
「ご心配なく、他意はありません。長く留まられて騒ぎを起こされても困りますからね。さっさと次に行ってください」
 
 
 
 
ただでさえ忙しいんですから、と神祇官は肩をすくめた。
簡潔なのはありがたいけど、頬やこめかみのあたりがひくつくぐらいは別にいいよね。
頑張れ私、忍耐だ、忍耐。
 
 
 
 
「……ん? でも忙しいって……?」
「あぁ、あれですよ」
「あれ?」
「迷宮です。ここら一帯は色んな遺跡がありますから、冒険者というか盗掘者というか……
 まぁそう言った輩が多いんですが、トラップに引っかかって怪我をしたり、
 面倒なのだと行方不明になってしまったり……そうなると部署を越えて治安維持や救助作業に駆り出されるんです」
「それはまた……大変やな〜……」
「ええ、ですからもし迷宮に行かれるならそれでもいいので、僕の仕事を増やさないでくれるようにお願いしますよ」
 
 
 
 
ささっとサインを書き上げると、それでは、と軽く手を上げて神祇官は去って行った。
とりあえずこれで一つ目はクリア。
本来なら宿に入ってゆっくりしたら次の場所へ、となるのだけど……
 
 
 
 
「まさかの迷宮探索、なんだよねぇ……」
 
 
 
 
そう、出来ることなら私達だって迷宮なんて好き好んで足を踏み入れたいとは思わない。
そりゃあ私もお宝とか興味あるし、フェイトちゃんは魔法具の参考にとか思ってるし、
はやてちゃんは戻ったら冒険譚にしようとか思ってるみたいだけど、まぁ行かなくてすむなら行く必要はない。
 
 
 
 
「でもまぁ、いかなあかんし」
「イストス迷宮、だっけ?」
「正確には遺跡というか神殿らしいけど……」
 
 
 
 
残念ながらその神殿部は、地下迷宮を抜けた先にあるらしい。
どう頑張っても迷宮を通る以外の道はない。
 
 
 
 
「神殿の奥に安置されてる宝玉を持って帰れってことだけど……」
 
 
 
 
出掛けに『そうだなのは、ちょっとお使いを頼まれてくれないか?』なんてお父さんに言われた時から、なんとなく嫌な予感はしていた。
聖地巡りのついでにある物――三つの神殿に置かれている宝玉を持って帰ってきてほしい、とのことだった。
なんだってまたそんなことを言うのか分からなかったけど、頼まれちゃったものは仕方がない。
 
 
 
 
「必要になるかもしれないから、ってことだけど……」
 
 
 
 
一体何に使うのかさっぱりだ。
でもこうして迷宮とはいえ、誰でも入れる場所にある物なんてもうないんじゃなかろうか?
お父さんによれば、持つ人しか持てないから大丈夫、ってことらしいけど、
それって私達も弾かれるってことなんじゃないだろうか……うーん。
 
 
 
 
「まぁ気にしててもしゃーないやん、行ってダメやったらまた考えよ?」
「まずはこの迷宮を抜けなきゃだしね」
「……うん、そうだね。とりあえず入ってみないとだね」
 
 
 
 
軽く頷きあって、私達は迷宮へと足を踏み入れる。
僅か数歩進んだだけで明かりが入らなくなり、閉鎖空間特有の重苦しい空気に変わる。
 
 
 
 
「はー……ほんまに遺跡! ってかんじやな〜♪ あ、あそこの装飾なんやおもろい♪」
「はやて、あんまり一人で先に行くと危ないよ?」
「あはは、はやてちゃん興味深々だね」
 
 
 
 
ライトの魔法に照らされ浮かび上がる迷宮の壁や天井。
大半は単純な石造りなのに時々凝った装飾の部分があったりして確かに面白い。
……まぁ、そういうところはトラップもあったりするから、ほんとはあんまり触らないで欲しいんだけどね……
でもはやてちゃんが可愛いから、許す。
ちゃんとトラップがないか確認してから触ってるみたいだし。
 
 
 
 
「うーん……複雑って程じゃないけど結構深い、のかな」
「そうだね……私もエリアサーチかけてるけど同じ感じだし……」
「私も大体同じ意見や。ただいまいち建材自体に何らかの効果があるんか、サーチの反応が鈍いんやけど……」
「見たところ建材はそれほど力が強い石じゃないね。でも確かこの辺は魔力を弾く石の産出も多かったはずだから、その類じゃないかな?」
「お、さすが魔法具職人のフェイトちゃん。それでご飯食べとっただけのことはあるわ〜」
 
 
 
 
はやてちゃんの称賛に、そんなに大した知識じゃないよ、と少しはにかみながら答えるフェイトちゃん。
うん、こっちも可愛い。
迷宮の中だろうがなんだろうが、今の私には二人専用のフィルターしか掛かっていない。
二人がいてくれれば、いつだって私の世界はバラ色に違いない……にゃはは。
 
 
 
 
「……この迷宮の中で、そんな呆けた顔が出来るなのはちゃんがいっちゃん大物やと私は思うんやけど……」
「大丈夫だよはやて、私もそう思うから」
「えへへ……褒め言葉?」
「……」
「……」
 
 
 
 
いやそんな、大したことないよ〜……とかテレテレしてたら揃って目を逸らされた。
……褒め言葉じゃないんだ。
 
 
 
 
「……まぁほら、トラップもそれなりあるみたいやし、引っかからんように気をつけていこか」
「あ、うん、そうだね。なのは、本調子じゃないんだから、あんまり無理しちゃだめだよ?」
「むぅ、話を逸らしたね……まぁ、うん、気をつけるよ」
 
 
 
 
気をつけようそうしよう、と頷き合う二人にちょびっと口を尖らせて文句を言う。
まぁ私が本調子じゃないから、心配してくれてるっていうのも分かってはいるけどね。
 
 
 
 
「特にどこか悪いわけじゃないと思うんだけどね……」
 
 
 
 
私は呟いて自分の手のひらに視線を落とす。
どこか具合が悪いわけじゃない。
怪我だって特にしていない。
だけどここ数日、いや、海鳴を出てから魔力の集中が上手く出来ないでいた。
普通に普段の六割くらいの力なら問題なく出せるけど、不調には違いない。
ちゃんとアリサちゃんからもらった滋養強壮薬? とかいうやつを飲んでるんだけどなぁ……
 
 
 
 
「気をつけて歩けば、あんまかかりそうもないトラップやけどな」
「うん。でもそれなりに数はあるから気をつけないと……」
 
 
 
 
カチッ。
 
 
 
 
「……カチッ?」
 
 
 
 
そうそう引っかからないよ〜、なんて笑っていたらいかにもな音がはっきり聞こえた。
え、なに、わ、私何かしちゃったかな!?
そう思って、慌てて周りを見回したけど、特に変わった様子はみられない。
前を歩くはやてちゃんも同じみたいだ。
……ということは、もしや……
 
 
 
 
「えと……踏んじゃ、った……かも?」
 
 
 
 
フェイトちゃんっ!?
 
 
 
 
「あ、あはは……いや、避けなきゃなって分かってたんだよ、分かってたんだけどね……」
 
 
 
 
綺麗に踏ん付けた、と……
 
 
 
 
「あ、でも何にも起きないみたいだね。よかった……」
 
 
 
 
ほっとした様子のフェイトちゃんだったけど、足をどけた次の瞬間。
 
 
 
 
「って、確認する前に動いたらあか」
 
 
 
 
ぱかっ。
 
 
 
 
「えっ」
 
 
 
 
ぱっくりと床が開いた。
 
 
 
 
「ちょっ!?」
「きゃ、きゃぁぁーー……っ!?」
「ふぇ、フェイトちゃぁぁーーんっ!?」
 
 
 
 
虚しく空を切った私の手をよそに、何事もなかったかのようにパタンと元通り閉じられる石の床。
落とし穴があった形跡は嘘みたいに綺麗に消えた。
 
 
 
 
「……って、ぱたん、じゃないし!! お、おおお、落ちちゃったよどうしようはやてちゃん!?」
「え、えっと、うーんと……」
「はっ、そうだ、いっそこの床を私の魔法で抜いちゃえば……」
「あああ、あかん! それはあかんてなのはちゃん!」
「離してはやてちゃん! 私はフェイトちゃんを助けないといけないの!!」
「ちょ、落ち着きいやなのはちゃん!! 崩れたらフェイトちゃんもやけど私らも危ないんやでっ!?」
 
 
 
 
落とし穴にのまれたフェイトちゃんへの最短ルート、イコール床をぶち抜けばいい、という少し乱暴な結論に達した私はレイジングハートを振り上げる。
だけど慌ててはやてちゃんに止められてしまった。
確かにそうだけど、そうだけどフェイトちゃんがぁ〜……うぅぅ。
 
 
 
 
「と、とにかく、サーチで分かる範囲やと神殿の近くまで落ちたはずや。急いで奥を目指した方がきっと早いて」
「う、ぐす……うん……」
 
 
 
 
最速でいくで! と言うはやてちゃんに大きく頷く。
バルディッシュもついてるから大丈夫だとは思うけど、心配なのは変わらない。
フェイトちゃんが落ちたであろう迷宮最深部へ向かって、私達は駆けだした。



...To be Continued


2011/3/25


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