第七話『なのは様、旅に出る』

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
『ミッドチルダ元老院は今回の騒動に対し、その中核である海鳴領領主高町なのはに半年間の聖地巡礼を義務付ける。
またその半年間、処遇自体は謹慎扱いとし婚約者である八神はやて、フェイト・テスタロッサ両名との婚姻を禁止する』
 
 
 
 
ルード王国の侵攻を退けてから早二週間。
わぁーい、やったー、これでフェイトちゃんとはやてちゃんとキャッキャウフフできるー♪
……とか思っていたなのはに届いた元老院からの通達は前述のものだった。
ちょうど事後処理を含めた公務の慌ただしさから、フェイトともはやてとも、まともに一緒にいられない中届いたこの通達。
タイミングも内容も喧嘩売ってるとしか思えない。
 
 
 
 
「うー……」
 
 
 
 
この書簡が届いてから一週間、なのはは暇さえあればこうして書簡を見ながら唸っていた。
何回見たって内容は変わらないのだが、鬱憤や腹立たしさからついつい眺めて、そしてまた腹を立てる……
……だけじゃなく書簡を地面に叩きつけたり踏ん付けたりとか色々して憂さを晴らしていた。
無意味だなどと言うなかれ。
分かってはいても、他にストレスの解消法が見当たらないのだから仕方が無いのだ。
 
 
 
 
「おまけに何だってお父さん達が戻る日が今日かなぁ」
 
 
 
 
実質半年間の領主追放、その代行として呼び戻されたなのはの両親、士郎夫妻の到着予定日が今日だった。
そして同時に今日はフェイトが自身の研究塔から引っ越してくる日でもある。
両親に会えるのは嬉しい。
が、しかし、二人が帰ってくると言うことは引き継ぎと出立の準備に追われるということであり、
とてもじゃないがフェイトやはやてとイチャイチャなんてしてる暇はない訳で……
お願いです、もう一週間、いやせめてもう数日でいいから遅めに帰ってきてください、とかかなり本気でなのはは思っていた。
現実はそんなこと、これっぽっちも考慮なんてしてくれないけれど。
 
 
 
 
「なのは、入るわよ? ……って、何、その気持ち悪い顔」
「気持ち悪いっ!? いきなり失礼だよねアリサちゃん!」
「しなびたナスみたいな覇気の無い顔見せられたら誰だって気持ち悪いって思うわよ」
 
 
 
 
なのはの執務室にノックも無しに入ってきたアリサは、開口一番、自分の上司であるなのはを正面から切り捨てた。
この幼馴染の前では領主の威厳なんてとうの昔に紙くずになっている。
 
 
 
 
「だって、だってぇ……」
「しょうがないでしょう、人生なんてそんなもんよ。諦めて巡礼先で好きなだけいちゃついてきなさい」
 
 
 
 
やっと三人で一緒にいられる、そう思った矢先にこの仕打ち。
タフななのはが萎れるのも無理はない。
けれどまぁ、見方を変えれば邪魔者いらずでの婚前旅行、
色々と面倒はあるが、代われるものならいっそ代わってほしいとアリサは思う。
……なんだかんだ言っても羨ましい。
 
 
 
 
「それにしても……おじさま達と会うのも久しぶりね」
「うぅぅ……うん、まぁ、そうだね……」
 
 
 
 
なのはの領主就任後、じゃあちょっとお父さん達は世界一周旅行に行ってくるからな♪
と、爽やかな笑顔で妻の桃子と旅立っていったなのはの父、高町士郎。
相変わらず仲がよく新婚さながらの両親をなのはも好きだが、
そのせいで引き継ぎが終わってすぐ、領主という実地研修に段階をすっ飛ばして放り出されたのは結構苦い思い出だ。
何回アリサに怒られたか、もう思い出したくもない。
おまけにフェイトやはやてとも会う機会が激減し、領主に就任した最初の一年はどこから見ても黒歴史に違いなかった。
 
 
 
 
「やることやってこなかったあんたが悪いんでしょうよ」
「勉強はちゃんとしてたよ? でも机の上と実際は全然違うし……」
 
 
 
 
机上の空論、という言葉があるが、現実はまさにその通りだった。
士郎について仕事ぶりを見ていたことはあるが、アリサの様に実践的な修業を積んでいたわけではない。
それでもきちんと領主として仕事が出来るようになったのは、なのはと資質と努力、そして何より優秀な臣下の存在に他ならない。
たとえ毎日頭を叩かれていたとしても。
 
 
 
 
「せめてもう少し、色々教えてから旅行に行ってほしかったけどね」
「まぁそうね、おかげであたしの仕事も倍増したし。でも名言は教えてもらったでしょ?」
「ん? そういえばあったね。えーっと確か……『人の上に立つということは、自分が上になることではない』」
「『私達は彼らに支えられて初めて立つことが出来るのだと忘れてはならない』……だったか……ふむ、説教くさいことを言うのは歳をとった証拠だな」
「……って、お父さん!?」
「久しぶりだな、なのは」
 
 
 
 
突然背後から聞こえた声になのはとアリサが振り返ると、そこには前海鳴領領主、高町士郎の姿があった。
 
 
 
 
「随分早かったね……」
「ん、なんだなのは、久しぶりに会ったのに嬉しくなさそうだな」
「うぐ、いや、嬉しくないわけじゃないよ、うん……お帰りなさいお父さん」
「あぁ、ただいまなのは」
 
 
 
 
なのはの複雑な気持ちもお見通しなのだろう、ふっと穏やかに笑うと士郎はなのはの頭をぽんぽんと軽く撫でた。
そんな士郎に、もう子供じゃない、と言いたいなのはだったが、
場の空気を支配する士郎の存在感は領主を退いても衰えてはおらず、改めて感じる父の凄さに嬉しいやら悔しいやら、
ついでにどうして一、二日くらい遅れてくれなかったのかとなんだか色んな気持ちでいっぱいだ。
きっとアリサに言ったら、そういうとこが子供なんでしょ、とか言われそうだけど。
 
 
 
 
「それにしてもまた派手にやったな、なのは」
「おじさま、それは私が……」
「いいよアリサちゃん」
「他領との関係悪化、隣国との戦争、とどめに領主追放による領地統制機能の混乱。
 なのは、お父さんはなのはに領主の座を譲る時に言ったな、覚えているか?」
 
 
 
 
士郎の言葉に苦い表情になるなのは。
忘れるはずがない。
現実を突き付けられたあの瞬間を。
 
 
 
 
「覚えてるよ……」

『お父さん!』
『なのは』
『どうしてフェイトちゃんとはやてちゃんを迎えに行っちゃいけないの!? 私が早く行かないと二人は……!!』
『あぁ、だからお前が迎えに行ってはいけないんだ、なのは。
 そして領主として、何故今彼女達を迎えることがいけないのか、それが分かるまで彼女達を迎えることはけして許さない』
『お、お父さん……』
『お前は領主なんだよ、なのは』

「忘れるわけない、だからこんなに時間がかかっちゃったんだもん」
「起こしたことに見合う対価だったと言えるか?」
「言える。八神家の固有戦力と八神の名は伊達じゃないし、
 あの時はやてちゃんの結婚に反対だったとこと中立のところは取り込んだし、賛成派は牽制してきた。
 フェイトちゃんにしてもそう、いずれ起こるはずだったルード王国の侵攻を早回しにしたに過ぎないし、
 何よりフェイトちゃんは海鳴領の領民だよ? 領民を守るのが領主の務め、だよねお父さん?」
 
 
 
 
目を逸らすこともなく、はっきりと言い切るなのは。
なるほど、後付けな部分もあるが海鳴領にとっても悪い事ばかりではない。
 
 
 
 
「事を起こさないようにすることが外交であり内政なんだがな……まぁいいだろう。
 だが半年間の追放はどう言い訳するつもりだ、なのは?」
「ふぐっ……」
 
 
 
 
突っ込まれないといいなぁ〜、なんてなのはの甘い期待はあっさりと砕かれる。
あぁうん、さすがはお父さん、見逃してはくれないよね。
なのはの背中を冷や汗が通過する。
 
 
 
 
「どうしたなのは? まさかこんな処分がくると思ってなかった、とは言わないだろうな?」
「う、ぐ、ぁ…………し……」
「し?」
「し、新婚旅行代わりに行ってくるからちょうどいいよ!」
「……は?」
「ふむ……」
 
 
 
 
うりうりと士郎に追い詰められたなのはは、半分以上やけっぱちにそう叫んだ。
それまで沈黙を保っていたアリサから注がれる、ものすごく呆れた視線。
――あんた嫌がってたじゃない。
――お願い、言わないでアリサちゃん……
目は口ほどに物を言う、って本当だ。
 
 
 
 
「ふ……半年もというのはどうかと思うが……、まぁそう言うことにしてしておくか」
 
 
 
 
そう言ってようやく少し表情を和らげる士郎。
しょうがない奴だ、と思われてそうだけどなんにしても助かった、となのはは胸をなでおろした。
 
 
 
 
「……あれ、そういえばお母さんは?」
「ん、あぁ、桃子ならさっきそこでフェイトちゃんとはやてちゃんに会ったから、そのままテラスに……」
「えぇぇっ!? フェイトちゃんもう来てるの!? ていうかはやてちゃんも!?」
「……あ、ごめん、なのは。伝えるの忘れてたわ」
「そんなっ、私だってお茶したい……って、アリサちゃん忘れてたとか嘘でしょそれっ!!」
「何を根拠に……本当にワスレテタダケヨ?」
「嘘だあぁぁっ!!」
 
 
 
 
アリサちゃんのバカー! と叫ぶなのはの抗議もどこ吹く風、アリサは堂々と棒読みでしらばっくれた。
それもそのはず、フェイトが既に来ているなどとなのはに伝えた日には
『わぁ〜い、じゃあちょっとフェイトちゃんに会いにいってくるね〜♪』とかいって仕事を投げ出すにきまってる。
後でやりゃあいいってものじゃないのだ、うん。
 
 
 
 
「はは、アリサちゃんはいい大臣になったなぁ」
「ありがとうございます。まぁじゃないとこの領主の相手はしてられないので」
「……わ、私だって、仕事してる、よー……うぅ」
 
 
 
 
にこやかに談笑するアリサと士郎。
アリサが褒められるのは分かるが、自分だって仕事はしてるのに……と声を大にして言えない時点で日頃の行いが窺える。
 
 
 
 
「さて、じゃあ俺たちも向こうに行くか」
「うぅぅ……うん」
「……なのは」
「……ん?」
「よく頑張ったな」
「あ……」
 
 
 
 
柔らかくなのはの頭を撫でる大きな手。
前領主としてではなく、父親としての言葉。
じわり、と涙が滲んだ。
 
 
 
 
「もうひと頑張り、だな」
「……ん」
 
 
 
 
このまま縋って泣ければどれだけ楽になれるだろう。
だけどやらなくちゃいけないことは山積みで、正念場はむしろこれからだ。
ぐしぐしと乱暴に涙を拭ってなのはは頷く。
大丈夫、まだまだ全然頑張れる。
 
 
 
 
「……よかったわね」
「うん……」
 
 
 
 
隣にやってきたアリサとテラスへ向かう士郎を見つめる。
先を歩く士郎の背中は広く大きい。
なのはもアリサも、まだまだ追いつくのは大変そうだ、と苦笑した。
 
 
 
 
「それでね、向こうの大陸にね……あら、お話は終わったの?」
「あぁ、そっちも楽しそうだな」
「それはもちろん、こんなに可愛い娘が一気に二人も増えるんですもの、もう嬉しくって♪」
 
 
 
 
そう言ってはしゃぐなのはの母、高町桃子。
げふんがふん歳とは思えない若々しさで、なのはと並ぶと親子どころか姉妹に見えなくもない。
むしろ、領主の妻という立場から解放されて、世界旅行をエンジョイしてきた分お肌がつやつやになったようにも感じる。
その様子になのはは首を傾げた。
……本当に歳とっているんだろうか?
 
 
 
 
「なのは」
「なのはちゃん」
「フェイトちゃん♪ はやてちゃん♪」
「あら、なぁになのはってば、お母さんよりお嫁さんの方がいいの?」
「え、その……にゃはは♪」
 
 
 
 
つんつんと頬をつつく桃子も好きだが、呼ばれればもう尻尾ふりふりフェイトとはやての傍へ行ってしまうなのは。
それどころか、お嫁さんって良い響きだなぁなんてとても幸せそうに笑う始末だ。
 
 
 
 
「そういえばこの後は巡礼……東大陸にもいくのよね?」
「あー、うん、東大陸ぐるっと回って、最終的に南から戻ってくる形、かなぁ……」
「ミッドの方に報告とか行かんでええの?」
「行きたくない」
「だ、ダメだよなのは、顔ぐらい出しに行かないと……」
「うー……」
 
 
 
 
世界一周……とまではいかないが、ぐるっと世界半周くらいは軽くすることになる聖地の巡礼。
関係ない大陸はいかなくてもすむが、それでも結構な距離である。
 
 
 
 
「でも東大陸か……懐かしいわねぇ〜」
「……え? 懐かしいってお母さん……ついこの間まで行ってたとこだよね?」
「違うわよ、士郎さんと行った新婚旅行のことよ」
「……新婚、旅行……?」
「あぁでも、あれもなのは達と一緒で結婚前だったから婚前旅行ね♪」
「……はい?」
 
 
 
 
フェイトやはやて達だけでなく、初めて聞く話に娘のなのはでさえ首を傾げる。
……なんだってまた婚前旅行?
 
 
 
 
「私達の時も色々あってね……士郎さんが一年くらい放浪の旅に出ちゃったんだけど……」
「……放浪?」
 
 
 
 
なんでまた?
 
 
 
 
「頭に来たからお母さんそのままお父さんについていっちゃったのよ♪」
 
 
 
 
うふふ、あの頃は若かったわ〜、と桃子は微笑んだ。
どうやら両親の時代にもそれなりに色々あったらしい。
この親にしてこの子あり、といったところだろうか?
……がしかし、さっき散々士郎にいじめられたなのはからすれば納得がいくわけがない。
 
 
 
 
「お父さんっ!!」
「ははは、まぁそういうわけだ。お前も頑張りなさい、なのは」
 
 
 
 
キラッ、と白い歯が輝く素敵な笑顔。
でもなのはには悪戯っぽくニヤリと笑っているようにしか見えなかった。
半年間の統治機能の混乱がどうの、とか言ってたの誰だっけ?
 
 
 
 
「い、い、家出してやるうぅぅっ!!」
 
 
 
 
ようやく平和を取り戻した海鳴に、なのはの叫びが木霊する。
慌ただしく出立の準備が進む中、両親にはからかわれ、親友には蹴り飛ばされ、領民達からはまぁいいんじゃないの、
と見送られながらなのは達は巡礼の地へと旅立っていったのだった……



...To be Continued


2011/3/14


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