第十話『なのは様、超頑張る!』

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

東大陸レクタ王国首都、クラリオンの街は東大陸における経済の中心地である。
整備された街道は街々まで伸び、交易を盛んにしている。
海路が中心の海鳴とはまた毛色が違うが、なのははこうして人が行き交う市場の活気が好きだった。
 
 
 
 
「よぉー姉ちゃん美人じゃねぇか」
「暇なら俺らに酌してくれよ」
「……」
 
 
 
 
そんなやり取りも日常茶飯事、めんどくさい奴はどこにでもいるもんだと、なのはは絡まれているだろう女の子に目を向けた。
……あれ?
 
 
 
 
「おい、姉ちゃん聞いてんのか」
「なぁこっち向けよ」
「……」
「てめぇ……シカトとはいい度胸じゃねぇかっ!」
「っ!?」

「はいそこまで〜」

「誰だてめ、邪魔す、がっ!?」
「何しやが、がはっ!?」
 
 
 
 
無反応な女の様子に業を煮やした男達は、女を振り向かせようと強引に腕を捉えた。
とてもごろつきらしい反応だ。
対する女もさすがに顔をしかめ、何事か言おうとするがその前になのはが三人の間に割り込んだ。
振り向きざまにがなり立てようとする男の首筋に一発、もう一発をいきり立つもう一人の鳩尾にくれてやる。
どさどさっと倒れ伏した男たちを踏ん付けて、なのはは女に近づくと、さっと素早くその手を取った。
女の顔に広がる驚き。
 
 
 
 
「あ、やっぱりアルテミスだ」
「……なのは?」
「うん♪ よかった、一瞬忘れられたのかと思ったよ」
「……貴女みないな強烈な人、どうやったら忘れられるのか教えて欲しいくらいだわ」
「忘れたいの?」
「さぁどうかしら?」
 
 
 
 
むむっ、と唇を尖らせるなのはにふふんと腕を組む女。
次の瞬間「ぷっ」と二人揃って吹き出した。
 
 
 
 
「あはは、変わってないねアルテミス」
「ふふ、そういう貴女こそ」
 
 
 
 
旧知の……というほどではないが、普通にアルテミスが海鳴にいた頃はよく顔合わせる友達だった。
そう言えば最近ちっとも顔を見ないと思っていたが……東大陸にいるとは思わなかった。
 
 
 
 
「っていうか挨拶も無しに海鳴からいなくなっちゃうなんてちょっと酷くない?」
「ごめんなさいね、ちょっと色々立てこんでたから……」
「ん、いや事情があるんだろうけどね。ちょっと寂しかったから」
「ちょっと?」
「大いに」
 
 
 
 
そう言ってまた二人でくすくすと笑い合う。
アルテミスはかつて、なのはの友人であるメイとほぼ同時期に海鳴にやってきた。
可愛い女の子とお茶をするのが趣味のなのはにとって、メイやアルテミスは当然海鳴に入ったその日のうちになのに声をかけられた。
なのはが領主であることを知ると、領主がこんなところで何をしていると、初対面であるにも関わらずメイにはいきなりお説教をかまされた。
対するアルテミスはお茶?いいけど?とあっさりついてきたので、逆にこの子大丈夫だろうかとなのはは冷や汗をかいたものだった。
 
 
 
 
「うん、でも元気そうでよかった」
「……そうね、貴女も……」
 
 
 
 
一年前、突然消えてしまったアルテミスはどうしているだろうかと、なのはは時々ふと思い出していた。
透き通ったガラスの様な瞳の奥には感情らしい感情が見えなくて、顔を合わせるたびになのはは何くれと話をしたものだ。
段々と生きた瞳になっていくアルテミスを見るのは嬉しかったし、安心したのを覚えている。
……今やその立ち姿はすっかり大人の女性そのもので、なんだか色々と置いて行かれた気分になったりはするのだけれど。
 
 
 
 
「でもそういう貴女こそどうして東大陸にいるの?」
「あー……話せば長くなるんだけどね……フェイトちゃんとはやてちゃんと婚約したら、巡礼してこいってぽいされた♪……みたいな」
「長いようで短い話ね」
「うぐ、まぁそうなんだけどさ」
 
 
 
 
ある意味貴女らしくはあるけれど。
そう言ってアルテミスは微笑んだ。
まぁなのはのことを知っている人間は大体同じ反応だ。
曰く――こいつなら何があっても不思議はない。
 
 
 
 
「まぁさっきクラリオンの神祇官からは承認もらったから、出立の準備が出来たら出る予定なんだけどね」
「あぁ、それで市場に?」
「そ、今は皆バラバラで買い物中」
「捨てられたわけじゃないのね」
「違うから!」
「ナンパしにきたわけでもないのね」
「だから違うってば!」
 
 
 
 
なんでそんな冷たく言うの、貴女の日頃の行いが悪いからじゃない、そんな風に言葉を交わしながらなのはとアルテミスは移動する。
 
 
 
 
「あぁ、ここで二人と待ち合わせてるんだよ。買い物終わったら集合ねって」
「そう……でも私のことがあったから、なのはは買い物が出来てないんじゃないの?」
「んやー、元々なんか面白い物ないかな、くらいの気持ちで顔出しただけだし。気にしなくて平気だよ」
「そう……じゃあ代わりにこれをあげるわ」
「これは?」
「お守り……かしらね」
 
 
 
 
そう言ってなのはの手を取ると、アルテミスはなのはのジャケットと同じ青と白で編まれた紐を、なのはの手首に巻きつけた。
これも魔法具の一種のようだが、効果の程は分からない。
 
 
 
 
「ありがとうアルテミス」
「どういたしまして、それに私もさっき助けてもらったから」
「んー、でもアルテミスだったら助けなくても平気そうだったよね」
 
 
 
 
実際アルテミスは武術も嗜んでいるので、あの程度のごろつきを自分でのすぐらいわけはない。
 
 
 
 
「それはそれ、よ。助けてもらえて嬉しかったし」
「久しぶりに会えたしね」
「ええ……さて、じゃあ私はそろそろ行くわね」
「え、もう行っちゃうの? フェイトちゃんとはやてちゃんを紹介しようと思ったのに」
「仕事が入っているのよ、それにどうせ惚気るつもりなんでしょう?」
「にゃはは、ばれちゃったか」
 
 
 
 
テレっとなるなのはに言ってなさい、と笑ってアルテミスは踵を返す。
もうちゃんと知っているから――そう胸中で呟いて。
 
 
 
 
「あ、また海鳴にきた時はちゃんと顔見せてよー?」
「ええ、貴女と婚約なんてした苦労性のお姫様達にもよろしくね」
「えーっ!?」
 
 
 
 
何それ私は別に問題ないよそうでしょう、とか騒ぐなのはに笑ってアルテミスは歩き出す。
じゃあね、またね……そんなありきたりな言葉をアルテミスは口にしなかった。
 
 
 
 
「――」
 
 
 
 
代わりに何ごとか呟いた声はぶいぶい文句を言っていたなのはの耳には届かない。
聞き返そうか迷ったなのはだったが、結局そのまま行かせてしまった。
最後に彼女はなんて言ったのだろうか?
 
 
 
 
「な〜の〜は〜さぁ〜ん?」
「うひょわぁっ!?」
「東大陸まできてナンパとか何してるですかーっ!!」
「えぇぇっ!? って、あれ、何でいるのリイン」
「む、私だって情報部所属なんですよ、やることはいっぱいあります!」
「いや、別に暇で来てるとか思ってないけど……」
 
 
 
 
手の平サイズの小さな身体を大きくそらして腕を組むリインの姿に、なのははなんとも言えない苦笑をもらした。
基本的にリインは優秀だけど、時々変なところでオツムが弱い。
 
 
 
 
「あぁ、いた。お疲れ様ですなのはさん。リインさんも一人で先行っちゃわないでくださいよ」
「ティアナ!?」
 
 
 
 
次に現れたのは海鳴領諜報部の密偵であるティアナだ。
リインを追いかけてきた様子からして、どうやら一緒に東大陸に来ていたらしい。
 
 
 
 
(……聞いてないんだけど、私……)
 
 
 
 
「まぁあれです、アリサ大臣からのお達しで、東大陸での仕事のついでになのはさん達の手伝いをするように、と……」
「……ついでなんだ」
「ついでですね」
 
 
 
 
あっさり言い切られなのははちょっとがっかりした。
わざわざ状況がはっきりしている自分達の為に、諜報部のエースをもってきたりはしないだろうが、もうちょっと歯に衣着せてくれてもいいと思う。
 
 
 
 
「まぁそういう訳ですので、私とリインさんもアギ・リニ渓谷までお付き合いしますよ」
「ん、まぁそれはありがたいからね……あ、フェイトちゃん達だ」
 
 
 
 
一時とはいえ戦力が増えるのはありがたい。
アギ・リニ渓谷の奥地にある神殿はなのはの家系の物だと知っているけど、きっとまたなんかしらいるはずだ。
そういうの無駄に張り切ってそうな気がするし。
よろしくとティアナと話していると、通りの向こうからフェイトとはやてが現れた。
色々買ってほくほくで戻ってくるかと思っていたのに、その足取りは随分重い。
 
 
 
 
「お帰り二人とも、神殿までティアナとリインも来てくれるってことなんだけど……フェイトちゃん? はやてちゃん?」
「……」
「……」
「お久しぶりです……って、フェイトさんっ!?」
「わわわ、はやてちゃんっ!?」
 
 
 
 
ふらふらとなのはのもとまでやってきた二人。
フェイトはティアナに微笑みかけようとし、はやてもリインに声をかけようとしたところで……二人の身体がぐらりと揺れた。
慌ててなのはが二人を抱きとめるが、触れた肌は熱く二人の呼吸はかなり荒い。
 
 
 
 
「フェイトちゃん!? はやてちゃん!?」
「どど、どうしましょうなのはさん!?」
「凄い熱……」
「さっき通ったところに病院がありました、急いでそこに連れて行きましょう!」
 
 
 
 
体調不良、なんて可愛いものじゃない。
ティアナに促されたなのはは、慌てて二人を連れて近くの病院に駆け込んだ。
 
 
 
 
「これは……ハニア熱病です」
「ハニ……え?」
「ハニア熱病、このあたりの風土病ですが感染率は低く、外の方にはあまり知られていません。ただ一度発症すると高熱が続き、死に至ることも多い病気です」
「なっ!?」
 
 
 
 
尋常でないなのは達の様子に、医師はすぐに二人のことを診てくれた。
診断はハニア熱病。
発症する者は少ないが、感染源も未だに特定できていないクラリオン周辺の風土病である。
 
 
 
 
「発症から七十二時間以内に薬を投与しないと死亡率が跳ね上がるんです」
「じゃ、じゃあその薬を……」
「……ありません」
「な、なん……」
「材料も製法も分かっているのですが、圧倒的に原料が不足しているんです。そのためどの病院にも新しい薬は滅多に入ってこないんです……」
 
 
 
 
申し訳ありません……と力なく医師が頭を垂れる。
呆然とそれを眺めていたなのはは、二人が横たわるベッドへと視線を移す。
さっきよりも熱が上がってきたのか、二人は苦しげな表情のまま浅い呼吸を繰り返している。
その様子になのはは猛然と首を振る。

――こんなとこで終わりだなんて冗談じゃない!
 
 
 
 
「材料はなんですか?」
「薬草の一種ですが……たくさんの魔獣が潜む渓谷の奥にしか生えていないんです……」
「……アギ・リニ渓谷ですね?」
「ティアナ、知って……?」
「ええ、実はその件で内々にレクタ王国から打診を受けまして……その薬草に変わる物は何かないだろうか、と。それで調査も兼ねて私が来たんです」
 
 
 
 
感染率は低いものの、発症すれば死亡率の高い病気をいつまでも放置しておくわけにはいかない。
レクタ王国もそう考えたのだろう、海鳴を始め研究が進んでいる友好諸外国へ連絡をしてきたらしい。
本来なら自国で片づけたい問題だろうが、いつまでも暢気なことは言ってられない。
万一王族が感染すれば国の崩壊にすらつながりかねないのだから。
 
 
 
 
「薬草を取って帰ってきて調剤から投与まで、となると……時間的にはぎりぎりですね」
「やらない理由にはならないよ」
「ええ、もちろん」
 
 
 
 
それがどんなに低くても、可能性があるなら十分だ。
黙って手をこまねいているよりずっといい。
 
 
 
 
「リイン私達が薬草を取りに行っている間、二人のことを頼んだよ?」
「ま、任せてくださいなのはさん! あ、あんまり出来ることはないですけど……精一杯がんばりますっ」
「うん、ありがとうリイン。……先生、私達が戻ったらすぐに……」
「……いつでも調剤出来るように用意しておこう。熱病の治療薬は私にも必要だ……気をつけて」
「よろしくお願いします……さ、それじゃあ行こうかティアナ!」
「はい、なのはさん!」
 
 
 
 
タイムリミットまであと七十二時間。
刻々と近づく死の足音を聞きながら、なのはとティアナは走り出す。
アギ・リニ渓谷の奥地、神殿があるはずの場所付近にしかない薬草を求めて。

(待っててフェイトちゃん、はやてちゃん。必ず持って帰ってくるからね……っ!!)



...To be Continued

2011/10/5


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