第六話の三『なのは様、砲撃す!』 「負傷者八百七十三人、うち重傷が八十五名、軽傷が七百八十八名です」 「……重傷者の状況は?」 「大半は手足の骨折とかで、命に関わるものじゃないけれど、胸部を魔力刃が貫通した患者さんなんかもいるわ」 報告を聞き終えたなのはとアリサの表情は芳しくない。 予想を超える進軍を見せたルード王国軍と、到着が遅れた空中要塞。 流れた情報で被った損害は人員に跳ね返る。 空中要塞のあるなしで随分と被害は違ったはずだ。 無血とまではいかなくても、アルカンシェルで一掃される可能性を考えれば、あんなごり押しの戦いになることもなかっただろう。 ルード王国の周辺諸国への働き掛けも、本当ならルード王国軍が進軍中に起こせるはずだった。 戦わず引き返させる可能性もあったのに……進軍を速めたルード王国軍はもとより、情報を流したどこかのバカたれのせいで最高の結果を出すには至らなかった。 ぎりぎりで死者が出なかったからと言って、あまりに酷い数字なことに変わりはない。 間違いなく桁を一つ減らせるはずだった。 「重傷八十五名のうち、四名が危ない状況でしたが……なんとか峠は越えた様です」 「油断は出来ないけど、回復に向かってるわ」 「……そうですか……ありがとうございます、シャマルさん。死者が出なかったのはシャマルさんのおかげです」 「いいのよ、それが私の役目だもの。負傷者の山を見た時は、さすがにどこまで出来るか不安な部分もあったけどね」 「リインも報告ありがとう、連絡に飛んでもらったりしてたからあまり寝てないでしょ、落ち着いたらゆっくり休んで」 「はいです。でもなのはさん達の方こそ寝てないんですから、気をつけてくださいです」 言われたなのはとアリサは苦笑する。 そういえば寝てなかった、と今頃気がついたのだ。 シャマルを中心に医務官、そして回復魔法の使える魔導師は、全員明け方まで負傷者の間を駆けずり回った。 なのはやフェイト、はやても簡単な回復魔法であれば使用出来たし、アリサとすずかは現場指揮と情報統制で、最後まで陣頭に立っていたため、結局誰も寝なかったのだ。 加えて、なのはとアリサはまだやることも山積みの、この状態で休むことも出来ず、朝からずっと各部署への指示や決裁作業に追われ、今リインに言われるまで睡眠のことなど考えもしなかったというのが本音であった。 「分かった、気をつけるよ」 「そうね、隈だらけのみっともない顔を、部下達に見せるわけにはいかないものね」 「ええ、じゃあ私達は仮眠を取りに戻るから」 「なのはさん達もちゃんと寝てくださいよぉー?」 「これが終わったらね」 「倒れるわけにもいかないし」 なのはは必要な決裁書類を軽く振って見せる。 リインがまぁそれなら、と頷いて部屋に戻って行くのを確認してから、持ち上げた書類をとなりの別の束の上へと置いた。 ……本当はこの束が丸々片付くまで寝れないのだ。 「あんたも大概嘘つきね」 「アリサちゃん程じゃないよ」 ふっ、と笑い合って二人は椅子に背を預けた。 言われて思い出した疲労がずっしりと圧し掛かってきた。 「……疲れたわね」 「疲れたね〜……」 「短いようで、長い一週間だったわ……」 「それ普通逆だよね?」 「だってそうなんだから、しょうがないじゃない」 「まぁそうだけど」 楽しい時間はあっという間だが、辛い時間は長いものだ。 たった一週間、されど一週間。 はやては攫うし、ナスティと決闘はするし、フェイトを迎えたと思ったら即座に戦争、そして事後処理に追われる自分達。 アリサはもう、目眩を通り越して、とっくに呆れ果てていた。 そうなるように絵を描いたのは自分であるが、実際起こってみるとなんとも騒がしかった。 振り返ってみれば随分と色々変わってしまったが、それでもこの方が自然に思えてくるから不思議である。 「本当に、長かったわ……」 「……いつから、アリサちゃん……?」 「二年前、あんたが無限書庫で調べ物をするようになってから」 「……そっか」 「ええ……」 「……ありがとう」 「敬いなさい」 「愛してるよアリサちゃん、友情だけど」 「私も愛してるわ、友情だけど」 自分の言葉に対し投げやり気味なアリサの返事に、なのはは穏やかに笑った。 二年前のあの日から、アリサはなのはが何を願っているのか、何をするつもりなのか気づいていた。 気づいていて、なのは自身が言い出すまで何も言わなかった。 代わりにこっそりと準備した。 願うことがなければそれでもよかったが、いつか必要な時に役立たずでは意味が無いから。 ひっそりと、水面下で、なのはとアリサは、別々にその時を待ち続けていたのだった。 「……まぁ、結果だけ見ればある意味一番よかったかもしれないわね」 「はやてちゃんとフェイトちゃん?」 「もあるけど、ルード王国の侵攻も」 フェイトのことで一触即発だったわけだが、そうでなくとも侵攻してくるルード王国を撃退するにあたり、八神家とフェイトの力がなければ、また結果は違ったものだっただろう。 おそらく、どの道情報は流れたはずだ。 であればルードの侵攻と空中要塞に関しては同じ状況だったはずだが、こちらの戦力は大きく違った。 戦後処理だって、シャマルがいてくれたことは非常に大きい。 何もかも思い通りなら、確かに負傷者の桁が一つ減る予定だったが、なのはの騒動が無ければ、実際の戦局的に被害が倍増していた可能性もある。 「あんたには、無意識にいい方へもってく力でもあるのかしらね……」 「……ん? 何か言ったアリサちゃん?」 「……別に、なんでもないわ。さっ、それよりちゃっちゃと片付けて、さっさと寝るわよ!」 それでも今は書類の山を減らすことが先決だ。 休憩も感傷も棚上げすると、二人は再び書類と格闘し始めるのだった。 ◇ 「……終わった……」 夕方、ふらふらした足取りで、なのはは自室へと戻ってきた。 ようやく書類が一段落つき、必要な指示だけ出してアリサもなのはも引き上げてきた。 アリサは、じゃああたしすずかが待ってるから、と疲れてるくせにウキウキと部屋に戻っていき、既婚者の貫録を見せつけてくれたわけなのだが。 「う……ぐす、いいよ、どうせ私は寂しい一人寝……んん?」 でも神様はなのはみたいなのだって、見捨ててはいないらしい。 「にゅぉぉぉぉ……」 なのはが自室のベッドに到達すると、そこにはなのはのお姫様が二人仲良く眠りについていた。 ……生きててよかった。 なのはは心の底からそう思った。 「フェイトちゃん、はやてちゃ〜……って、起こしらたらかわいそうか」 明け方まで一緒に走り回っていた二人。 寝れる状況に無いなのはを、待っていてくれたのだろうが、結果はご覧のとおりである。 全力でダイブしかけたなのはだったが、無理矢理急ブレーキをかけると、そーっと眠る二人の間に身体を下ろした。 「うぅ、ついに、ついに念願の川の字だー……二人とも寝てるけど」 ちょっと、いやかなり寂しいが仕方ない、我慢する。 それよりも今こうしていることが大事なんだ、となのはうんうんと頷いた。 「……可愛いな二人とも……」 すやすやと眠るフェイトとはやて。 その寝顔を眺めてなのはは、やっとこの場所に辿りついたのだと感じることが出来た。 領主代行から正式に領主になって三年、色んな物が手の平から零れ落ちていった。 だけど、一番大事なものだけは取り戻せた。 「……にゃはは、土壇場もいいところだったけど」 諦めかけた三年前、願いを叶えることを決めた二年前、誰にも悟られないようにと準備に奔走した一年前……全部今日へと続く道だった。 アリサとすずかがいなければ、もっと強引な手段になっていのは間違いないが。 「二人が起きたらまずはおはようのチューだよね! それからハグして脱がす! よし完璧!」 感慨深すぎて既になのはの頭のネジは飛んだらしい。 ただでさえ少ないのに、これ以上飛ばしてどうするのか。 ふふふふ……と気持ち悪い笑みを浮かべるなのはは、浸りすぎて違う世界へ行っていた。 ……ただ悲しいかな、ドンパチした挙句丸々徹夜&書類仕事までしたなのはに、睡魔という誘惑から逃れる術は存在していなかった。 あっさり夢の世界へ落ちると、翌日までぐっすり眠ってしまうなのは様なのだった。
...To be Continued
2010/9/9著
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