第六話の二『なのは様、砲撃す!』

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「第一、第二部隊後退、第三、第四部隊前へ!」
 
 
 
 
戦闘開始から三十分、迫りくる敵の攻撃を受け止め、切り払っていた第一と第二部隊が押され始めた。
じりじりと後退を始め、シールドで受け切れなかった攻撃が確実に隊員達に傷を負わせていく。
赤い血が滲み始めた身体で善戦を続けていたが、痛みと疲労はごまかしがきくものではない。
すかさずアリサから指示が飛び、前線部隊が入れ替えられる。
 
 
 
 
「だ、第二部隊、後退できません!?」
「落ち着きなさい! 負傷者から先に後退、前線部隊は……シグナムさん!」
「言われるまでもない……」
『Schlangeform』
「はぁぁぁぁっ!!」
 
 
 
 
裂帛の気合と共に振られたレヴァンティンが、広範囲の敵を巻き込み吹き飛ばす。
第二、第三波を振るいつつ、シグナムも指示を飛ばす。
 
 
 
 
「ぼさっとするな! 動けない者は動ける者が運んでやれ! 呆けている暇はないぞ!」
 
 
 
 
叱咤された隊員達は、それまでの停滞具合が嘘のように動き出す。
予想を超えるルードの猛攻と魔力刃に、隊員達にも疲労の色が濃い。
いつもと同じ迅速な判断が出来なくなっていた。
 
 
 
 
「ままならぬものだな……むっ!?」
「はぁっ!!」
「通さんっ!」
「くっ!?」
 
 
 
 
第二部隊が後退し第四部隊へと入れ換わる間、孤軍奮闘するシグナムの元へ一陣の銀風が駆けた。
鋭い突きをレヴァンティンの鞘で受け止め切り返すと、相手も柄でシグナムの斬撃を受け流し後ろへ飛んだ。
着地した女性はシグナムと距離を取って睨み合う。
そう、シグナムに突貫してきたのは女性だった。
風に舞う銀糸の様な髪と長身だが華奢な身体。
この身体のどこに、一瞬シグナムの対応を遅らせるほど、早い攻撃を繰り出す力があるというのか。
 
 
 
 
(いたな、昔にも一人)
 
 
 
 
子供のくせにシグナムをも上回る早さで、シグナムと対等に渡り合った魔導師が。
であれば目の前の人間がその域にあったとして、あの時以上の驚愕を覚えはしない。
心躍るものがあるのは確かだが。
 
 
 
 
「……古代べルカの騎士様ですね」
「そうだ。お前のはなんだ、見たことのない型だった」
「ルーナと申します騎士様……流派は小国の槍術にございます」
「シグナムだ。……流派を答える気はないということか」
「知りたければご自分の目でお確かめください」
「ふ……面白い!」
 
 
 
 
明確な一騎討ちの意思表示を受けて、シグナムもレヴァンティンを構え直す。
挑まれた一騎討ちを騎士が逃げるわけにはいかない。
 
 
 
 
『Explosion』
 
 
 
 
レヴァンティンがカートリッジを一発ロードすると、刀身が一気に燃え上がる。
シグナムの炎熱変換能力。
それを見たルーナは僅かにたじろいだが、すぐに銀槍を構えなおした。
 
 
 
 
(ほぉ……)
 
 
 
 
なかなかどうして、世界にはまだまだ猛者がいるようだ。
炎熱変換と豊富な経験の差はあるが、渡り合える人間はいるらしい。
 
 
 
 
(面白い……)
 
 
 
 
騎士として、強き者と戦うことほど心躍る物はない。
シグナムもまた構えなおすと、若き槍使いに向けて斬り込んでいった。
 
 
 
 
「ちょっと、一騎討ちとか何してるわけあの二人……」
 
 
 
 
その様子を、高台から指示を飛ばし続けていたアリサは、少し呆れた顔で静観していた。
激戦区のド真ん中で一騎討ちを始めたシグナムとルーナ。
おかげでとばっちりを避けるため、第四部隊のほとんどと、第三部隊の一部がわきを固めるように後退している。
相手側の部隊もルーナの後ろに陣取り、お互いに一騎討ちに横槍が入らない様に牽制していた。
 
 
 
 
「ありがたいわね、交戦中の第三部隊以外休ませられるわ」
 
 
 
 
ルーナの槍術だけであれば、さほどの効果はなかっただろうが、シグナムにはシュランゲフォルムがある。
連結刃による広範囲の攻撃も交えながら戦う、シグナムの射程範囲に入れば、ルーナの邪魔になるだけでなく、自分達が被害を受けるだけだと、ルード側も分かっているらしい。
戦いに慣れた兵だけあって、戦場での判断は鈍くない。
 
 
 
 
「シグナムさんも意識して使ってくれてるみたいだし……でも一騎討ちで向こうにメリットはあるのかしら?」
 
 
 
 
戦況を眺め、アリサは首を捻った。
数で勝るルード王国は、ごり押しが最も有効な戦術だ。
もちろんシグナムを潰さなければ前線で粘られるが、シグナム以外のところに穴を開ける方が確実だ。
自分の兵達を下げてまで、一騎討ちで戦わなくてはならない相手ではない。
 
 
 
 
「何か策があるのか、それとも……」
 
 
 
 
彼女に何か、理由があるのか。
 
 
 
 
「……まぁとにかく、こちらにとってありがたいことは確かだわ。第三部隊内でのローテーションだけ確保してもらえば、後はなのはが抑えててくれるわね」
「じゃあなんとか間に合いそうだねアリサちゃん」
「そうね、この分なら……おわぁっ!?」
 
 
 
 
思案するアリサの後ろから不意に声が聞こえた。
いつも通りに返事をしようとして、今のこの状況で、それがいかに不自然か気がついたアリサは、慌てて後ろを振り向いた。
にっこり笑う自分の奥さんの姿がそこにはあった。
 
 
 
 
「もう、どうしたのアリサちゃんってば、ダメだよ女の子がそんな声出しちゃ」
「す、すすすす……すずかっ!? なんであんたここにいるのよ!?」
「私だけじゃないよアリサちゃん」
「はぁっ!?」
 
 
 
 
言われて視線をずらせば、確かにもう二人、なんでここにいるのかと、叫びたくなるような人物の姿があった。
 
 
 
 
「あ、あはは……きちゃった……」
「まぁほら、旅は道連れ世は情け、って言うやんか」
 
 
 
 
バルディッシュを握り、ちょっぴり申し訳なさそうなフェイトと、言い訳にもなってないことを言うはやての二人だった。
アリサは一つ深めに息をすると、こめかみを軽く揉みほぐした。
……城にいるよう命じたはずの人間が三人とも、ここにいるとかどういうことだ。
 
 
 
 
「打てる手は全部打つべきだよね、アリサちゃん」
「……そうね、その通りだわ」
 
 
 
 
城の防衛も兼ねて下げておくつもりだった、フェイトとはやて。
本音を言えば、なのはの気持ちを考慮した部分もあり、同じようにすずかに関してもアリサの気持ちをなのはが考慮したともいえる。
偵察部隊のように少数部隊が別ルートから国境を越えている事を考えれば、城の防衛は必要だが、二人の戦闘能力を考えればこちらで使いたいことも確かであった。
 
 
 
 
「ほんとはもう少し早く来ようと思ったんだけど、途中で向こうの別働隊に遭遇しちゃって……」
「片づけて警備隊に引き渡しとったから、遅なってしもうたんよ。堪忍な?」
「……いや、よく来てくれたわ。すずかはここで私と指揮系統の維持、はやてとフェイトは早速だけど、なのはのところに飛んでちょうだい」
「分かった」
「なのはちゃんはっと……おろ、最前線?」
「ええ……ほんとは後方寄りのはずだったんだけどね……空戦魔導師が相手方にもいるらしくて、それと地上の魔導部隊、両方ともなのはが一人で抑えてる状態よ」
 
 
 
 
当初は後方寄りで、射砲支援が中心になる予定だったなのは。
けれど向こうにしても、なのはの情報は伝わっているのだろう、なのはが前線に出てすぐ、空戦魔導師と魔導部隊が、前線部隊を無視して集中砲火を浴びせてきたのだ。
おかげで戦線が後退しても下がることの出来ないなのはは、今や最前線にいる状態だった。
 
 
 
 
「あぁもう、さっきからしつこいなぁーっ!!」
『Accel Shooter』
「よし、一人撃墜! あと二人……それから下の魔導部隊だね」
 
 
 
 
死角から飛来したシューターが、ようやく空戦魔導師の一人を捉えた。
下の魔導部隊の数は、当初の半分になっていたが、三人いた空戦魔導師は今ようやく一人目を落としたとこだった。
徹底したなのは封じのシフトなのだろう。
下の魔導部隊が前線部隊に目もくれずに打ち続け、バスターで一掃を狙えば、空戦魔導師がデバイスで近接攻撃を仕掛けてくる。
個々の力量は大したことはないが、連携は見事なものだった。
仕方なくシューターで、個別撃破を目指していたのだが……
 
 
 
 
「ちょこまかとネズミのみたいに……」
 
 
 
 
素早いのだ、三人とも。
魔力も高くなければ大威力砲もないが、回避は大したものだ。
優勢には違いないが、まるでモグラ叩きでもしているような気分である。
 
 
 
 
「まぁでも、まだ魔力残量もあるし……」
『Master!!』
「っ!?」
『Round Shield』
「つぁぁっ!?」
 
 
 
 
自身の魔力残量を確認し、攻撃プランを練り直していたところに飛来したのは……高密度の魔力砲だった。
 
 
 
 
「く、ぅ……」
 
 
 
 
レイジングハートの警告と咄嗟のシールド展開で防御には成功したが、大威力・高密度の魔力砲の攻撃は、がりがりとなのはの魔力を削っていく。
一瞬遠くなる意識を無理やり立て直し、耐え切った先になのはが見た物は……
 
 
 
 
「防衛用の、空中砲台……?」
 
 
 
 
空に浮かぶ岩盤と、その上に備え付けられた魔導砲。
それはルード王国の首都を防衛するための、空中砲台に他ならなかった。
 
 
 
 
「首都防衛ほったらかしで持ってくるなんて……いい度胸だね」
 
 
 
 
それだけルード側も本気だと言うことだろう。
攻防の切り札でもあるなのはの撃墜を、本気で狙ってきている。
ましてや、あれを後ろの警備部隊に撃ち込まれでもしたら、戦線は一気に崩壊する。
 
 
 
 
(どの道私が止めるしかない。でもどうする、魔導部隊も魔導師も半数が健在なのに無視するのは……いやだけど向こうのチャージが終わる前に落とさないと……)
 
 
 
 
もう一発、今のを受け止めるのはさすがに辛い。
止められないことはないだろうが、その後の戦闘に確実に影響が出る。
かといってあれを破壊するには、こちらも相当なエネルギーをぶつける必要がある。
足を止めてそれだけの魔法を展開すれば、魔導部隊と空戦魔導師に削られる分もバカにはならない。
隙を付かれてなのはではなく、今度は後方の部隊に攻撃をかけ始めるかもしれない。
 
 
 
 
(……いずれにしろ、やるしかないか)
 
 
 
 
どう足掻いてもダメージは避けられないこの状況。
であれば、一番脅威となりうる空中砲台から、砕くしかない。
なのはは拡散させていたシューターを消すと、防御をレイジングハートに任せ、バスターの準備に入った。
足を止めたなのはを前に、下方からの射線と空戦魔導師の刃が殺到した。
ある程度のダメージを覚悟したその瞬間。
 
 
 
 
「サンダー……レイジィーッ!!」
「え?」
「「うわぁぁぁっ!?」」
「クラウ・ソラス!!」
「ぐわっ!?」
「ぎゃあっ!?」
「ひ、引け、引けぇーっ!!」
 
 
 
 
雷光と白銀が駆け抜けた。
 
 
 
 
「おーす、生きとるかなのはちゃん」
「なのは、大丈夫!?」
「は、はやてちゃん!? フェイトちゃんっ!?」
 
 
 
 
やほーと現れたのは、はやてとフェイトだった。
ここが戦場であることも忘れ、なのはは一瞬思考が停止した。
 
 
 
 
「ふ、二人ともなんで……いたたたた! ちょ、痛いよフェイトちゃん!?」
「なのはのバカ! 一人でこれ全部相手にするとか、何考えてるの!!」
「だ、だって空中砲台は後から出てきたわけであって……あたっ」
「言い訳すな、どアホ。私ら置いてった罰や、叩かれるくらい我慢しぃ」
「うぅ、そんなぁ〜……」
 
 
 
 
フェイトとはやて、二人に連続で叩かれたなのはは、頭をさすった。
おかしい、二人のお嫁さんを、ダメージを受けながらでも君達を守るんだ、的にカッコよく守るはずだったのに、なぜこんなことになっているのか。
 
 
 
 
「守られるだけは嫌だよ、なのは」
「何でも一人でやるんは夫婦とは言わんやろ」
「フェイトちゃん、はやてちゃん……」
 
 
 
 
そう言って駆けつけてくれたお嫁さんに、不覚にもなのはちょっとじーんときた。
やばい、公国一、いや全世界一幸せかもしれないぞ私。
 
 
 
 
「っ〜〜〜〜……二人とも大好き! ちょー愛してる! 世界一愛してるぅっ!!」
「わぷっ、な、なのはっ!?」
「ちょ、あぶ、落ちるっちゅーの!?」
「えへへー♪」
 
 
 
 
がばっとなのはは二人に抱きついた。
慌てて受け止めたフェイトとはやての高度が、一瞬下がりかけるが、なのははまったくおかまいなしだ。
咎める二人の声もどこ吹く風で、すりすりと二人を堪能するのだからたちが悪い。
 
 
 
 
「こらぁぁぁぁぁっ!! イチャつくのは終わってからにしなさぁーいっ!!」
「にゃあぁっ!?」
「あ、アリサ……」
「み、耳、耳があかんて……」
 
 
 
 
そんな戦場とは思えない光景に、真っ先に切れた人がいる。
当然アリサだ。
フェイトとはやてを送り出し、魔導師と下の魔導部隊を壊滅させたまでは、安堵の息を漏らして見ていたアリサだったが、その後の光景で一気に沸点を突き抜けた。
なのはがなのはなら、その嫁も嫁である。
アリサは三人の至近距離に回線を開くと、声の限りの怒声を放った。
 
 
 
 
「うぅ、耳がキンキンする……」
「そういやまだ、あれが残っとったなぁ……」
「うん……」
 
 
 
 
崩れた戦線の上に浮かぶ空中砲台。
チャージに時間はかかるが、もう一発撃たせるわけにはいかない代物だ。
うっかり放置しかけたのは、タイマンではなのはがほぼ無敵なのもあるが、目先のお嫁さんが大事だったからに他ならない。
 
 
 
 
「さて、じゃあさっさと片付けて……」
「なのは、はやて」
「ん?」
「フェイトちゃん?」
「あれ、私に落とさせて」
 
 
 
 
なのはとはやてはその言葉に顔を見合わせた。
フェイトがそんなことを言うのは珍しい。
こういう時いつも率先して落としたがるのは、なのはの方だ。
 
 
 
 
「お願い」
「……分かった。じゃあ私がサポートに回るから、はやてちゃんは……」
「広域型の本領発揮や、下の部隊蹴散らしとるわ」
 
 
 
 
頷き合うとはやては下へ、なのはとフェイトは上へ移動する。
フェイトなりのけじめもあるのかもしれない。
この戦いに終止符を打つのは自分だ、と。
 
 
 
 
「っ、小型砲も積んでるの!?」
「なのはっ!」
「平気! ここは私が抑えるから、頼んだよフェイトちゃん!」
「……うんっ!」
 
 
 
 
二人が上昇すると小型砲の射程圏内に入ったのだろう。
次々と主砲よりは小さい砲台から、攻撃がなのはとフェイトへと降り注ぐ。
けれど防御の堅さと砲撃の重さなら、そんじょそこらの魔導砲台になのはは負けない。
不意打ちの主砲すら耐えたなのはのシールドは、小型砲の砲線を物ともせずに受け止めた。
 
 
 
 
「いくよ、バルディッシュ……ザンバーフォーム!」
『Yes sir Zamber form』
 
 
 
 
そのなのはの後方、フェイトはバルディッシュを一撫ですると、空中砲台に向けて構えを取った。
応える愛機も、何か一つ、ふっきれた様な力強い主の意思を感じ、その声に最大効率の魔力刃で応じる。
 
 
 
 
「居場所なんざ自分の手でもぎ取るもんだ……か。フェルナンド・E・ルード……私は貴方とは、違う。私が前を向いている限り、私の居場所は作っていける! 私は私の手で、その場所を守るっ!」
 
 
 
 
輝きを増すザンバーの刀身。
極限まで光度を上げたそれが未来へ進む力になる!
 
 
 
 
「撃ち抜け、雷神!」
『Jet Zamber』
 
 
 
 
ザンバーから放たれた光が、砲台の中心を突き抜ける。
爆発しバリア諸共粉々に砕け散る砲台。
宣言通り、フェイトが空中砲台ごと、ルード王国の野望を打ち砕いた瞬間だった。
 
 
 
 
 ◇
 
 
 
 
「フレースヴェルグ、フレースヴェルグ、フレースヴェルグー! てりゃー!」
「……なのは……はやて、ストレス溜まってるのかな?」
「あー……どうだろ? まぁ闘技場でも見てるだけだったしなぁ……」
 
 
 
 
空中砲台を破壊し、喜びあうなのはとフェイトだったが、ふと下の光景に目をやって、きっかり三秒後に目を逸らした。
フレースヴェルグを、前線部隊に向けて撃ちまくるはやて。
逃げる間もない広域魔法が、空から大量に降ってくるのだ、ルード王国兵にとっては悪夢に違いない。
ちょっぴりなのはも混ざりたかったりするのだが、フェイトには怒られそうなので内緒にしている。
 
 
 
 
「フレース……って、おろ?」
「撤退、し始めた……?」
「あぁ……ようやく来たみたいだね」
「え?」
 
 
 
 
眼下で撤退を始めるルード王国兵達。
波が引くように鮮やかに撤退していく。
不思議に思ったはやてとフェイトが首を傾げる中、なのはは背後の海鳴領の方を見つめていた。
正確には海鳴領上空を。
 
 
 
 
「空中要塞……」
「そ、防衛用によこしてもらう話だったんだけど、情報が漏れてたから、王国軍の進軍が方が早かったね。到着も少し遅れたし」
 
 
 
 
なのはの言葉に、フェイトと合流したはやても空中要塞を見上げた。
アルカンシェルの積まれた首都防衛型。
その内の一機をここまで動かしてきたらしい。
 
 
 
 
『皆無事なようだな』
「遅い、半日遅刻よ」
「やはり妨害があったんですか?」
『あぁ、すまないなアリサ、すずか。中々向こうを出れなくてな……』
「クロノ君?」
「お兄ちゃん?」
「なんでクロノ君がおるん?」
『僕だってたまには前線に出るさ。まして今回の侵攻はルード王国軍による明らかな侵略だ、撤退を始めた様だが、後日改めてこの件を追求するつもりだ』
 
 
 
 
なのはとアリサ達のところに開いた通信によると、どうやらクロノ本人が出向いてきているらしい。
それだけ事が大きかったということだが、それだけでもないらしい。
 
 
 
 
「……シスコン」
「シスコンやな」
「シスコンね」
「シスコンだね」
「ありがとうお兄ちゃん」
『……まぁなんだ、無事でよかった』
 
 
 
 
なのは達からの、呆れた視線と言葉がぐさぐさと突き刺さったクロノだったが、最後のフェイトの一言で復活した。
ほんとは今からでも、ルード王国軍にアルカンシェル撃ちたいくらい心配したんだよ、お兄ちゃんは。
情けないので言葉には出来ないけれど。
 
 
 
 
「……まぁとりあえず、これで一段落ってことでいいのかな?」
「そうね……今後の対応は、そこの公国代表者と協議して決めるから、一先ずはお疲れ様かしら、ね。隊員達にも負傷者収容して、引き上げるように指示を出したから、あんた達も戻ってきなさい」
「はぁーい」
 
 
 
 
じゃああたしは忙しいから切るわよ、とアリサからの回線が切られ、僕も降りる準備をする、とクロノからの回線も切れた。
残されたのは、前線に浮かぶなのは達三人のみ。
 
 
 
 
「……なのは……はやて……」
「ん?」
「フェイトちゃん?」
「迷惑かけて、ごめん。何を言われても、やっぱりこれは私のせいだと思うんだ」
「そりゃまぁ……」
「フェイトちゃんが絡んでないわけやないけど……」
 
 
 
 
戦いは終わって一山すぎた。
前へ進む決心もした。
だからこそ責任の所在は明確にしておきたい。
……そんなとこだろうか。
妙なところで頑固なフェイトに、なのはとはやては顔を見合わせて、頷いた。
 
 
 
 
「ええやん、いっそ連帯責任で」
「連帯ってはやて……」
「だってそやろ、家族になるんやから、当たり前やん」
「え……」
 
 
 
 
あっけらかんと言い放つはやてと、そうそう、と同じように隣で頷くなのは。
一瞬きょとんとして、意味を理解したフェイトは、不意に目頭が熱くなるのを感じた。
そう、なのはと結婚するということは、そういうことになるのだ。
 
 
 
 
「フェイトちゃんは、私達と家族になるの、嫌?」
「っ……嫌なわけ、ない……」
 
 
 
 
自分の意思とは無関係に涙がこぼれる。
胸がいっぱいで苦しいけど、辛くはない涙が。
 
 
 
 
「なんやもー、フェイトちゃんは泣き虫さんやなぁ〜」
「あはは、そこも可愛いから私は好きだよ?」
 
 
 
 
おいでーと手を広げるなのはとはやての元へ、フェイトは勢いよく飛び込んだ。
ぽろぽろと涙をこぼすフェイトの頭を、なのはとはやての手が優しく撫でた。
いきなり総勢十一人の大家族だけど、幸せすぎてきっと寂しいなんて思う間もないだろう。
 
 
 
 
「さぁ……帰ろうか?」
 
 
 
 
なのはも、フェイトも、はやても……一人の夜は、もう来ないから。



...To be Continued


2010/9/8


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