第五話の二『なのは様、籠絡す!』

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「さて、到着……っと」
「はい……いつ見ても思いますけど……」
「凄い城壁、ですよね……」
 
 
 
 
なのは達が住むメールソンの街は堅牢な城壁と、隣接する海へと続く川を利用した水路のある街である。
また、街の東側の一部は海に面しており、海上警備隊が使う港もあった。
領主のいる街なのだから当然と言える部分はあるが、それにしても城壁等、いささか物々しく感じる物が多い街だ。
エリオ達が来るたびに城壁を見上げてしまうのも、仕方のないことだった。
 
 
 
 
「ん、あぁそりゃあね〜、海鳴って昔は独立国家だったわけだし」
「「えっ!?」」
 
 
 
 
なのはからさらりと告げられた言葉に、エリオとキャロは声を上げて目を瞬かせた。
独立国家?
海鳴領が?
 
 
 
 
「あれ、ひょっとして二人とも知らなかったの?」
「は、はい……」
「べ、勉強不足ですみません……」
「あはは、別に構わないよ。でもそうだね、学校にいかなきゃ海鳴領の歴史なんてやらないだろうし」
 
 
 
 
生活全般のことであったり、魔法や実務的な勉強はフェイトに見てもらいつつ、自分達でも書庫に潜りこんで二人は勉強している。
しかし二人が海鳴に来た頃には、当然海鳴は時空公国内の一領という認識であり、
これといってその歴史について調べたことはなかった。
興味のあることはとことん調べるので雑学の量も日々増えている二人だが、知識に偏りがあるのもまた事実だった。
 
 
 
 
「じゃあとりあえず簡単に説明するね。昔この海鳴領は海鳴国っていう、そのままな名前だったんだけど、
 ある時地震で大津波が発生してね、北東の港町はもちろん、このメールソンも大きな被害を受けちゃったんだ」
「大津波、ですか?」
「そう大津波」
「で、でも、港町は分かりますけど、ここは東側が湾に面してるだけですから、そんなにたくさん水はこないんじゃ……」
「それがそうでもないの。湾になってる分街全体が海に接してるわけじゃないけど、逆にその分水のエネルギーが集中することもあるの」
「えと、圧縮されて向かってくるような感じでしょうか?」
「うん、そんな感じかな。それでその当時……今から五十年ほど前なんだけど、街の半分を飲み込む程の津波がきたの」
「今みたいな魔法障壁はなかったんですか?」
「あるにはあったけど、元々魔導血統が少ない国だったから効果も高くはなかったし……津波の第一波で壊れちゃったみたいなんだよね」
 
 
 
 
海鳴領の前身、海鳴国は山や森、川や海など自然の多さを生かした防衛政策を敷いていた。
そのため外国からの侵入経路は限られ、自然と拠点防衛を主とした部隊が編成された。
数少ない魔導師達も、各々その部隊に配属され散っていたため、中々魔導研究は進まなかった。
そこに起きた、大津波。
脆弱な魔法障壁で間に合うわけもなく、堤防すらやすやすと乗り越えた大津波は、人も建物も根こそぎ洗い流していった。
 
 
 
 
「幸いだったのは、人的被害が規模の割には少なかったことかな。
 海鳴は元々地震が多いから自主的に避難した人が多かったし、魔法障壁も第一波は耐えたからその間に避難出来た人もいたみたいだから」
 
 
 
 
もちろん避難が間に合わなかった人間もいる。
その多くは、第一波を防いだことで障壁が壊れたことを知らず、第二波で攫われてしまった者達だった。
 
 
 
 
「でまぁ、大災害にはそれでも変わりないわけだし、早く復興しようって話になるわけだけど……
 資金も資材も、何もかも不足していたの。そしてどうしようかと困っていたところに、ある国が援助を申し出てきたの」
「それが時空公国だったんですか?」
「そう、思いっきり要約すると、守ってあげるし協力してあげるからうちの傘下に入りなさい、って感じかな。
 どの道、海鳴単独じゃ復興には相当な時間がかかったし、その間諸外国と渡り合うのも難しい状況だったからね」
「反発とか……無かったんですか?」
「無いわけじゃないと思うけど……そんなことを言ってられる状況じゃなかったろうし、
 復興を色んな面で協力してくれたわけだからね。
 侵略されれば抵抗もするけど、手を差し伸べてくれた相手には、少なからず気持ちが動くものだから」
 
 
 
 
かくして海鳴国は時空公国に吸収・併合されることとなった。
元々国家、しかも小国であったため特に区割等の変更はせず、領土と君主はそのままに海鳴領へと移行したのだ。
 
 
 
 
「というわけでこの城壁がこんなに立派で物騒なのは、昔国王様がいた街だったからなのでした」
「そっか、だからこんなに立派なんだ……」
「あ、そういえばなのはさんがいるのもお屋敷じゃなくてお城ですよね。街の西寄りにありましたし……」
「あれも国だったころの名残だね。維持管理を考えると変えた方がいいのかなとも思うんだけど、
 街の人にとってはやっぱり象徴みたいなところもあるから……今更だしね」
 
 
 
 
援助を経て、段階的に公国に併合されていったわけだが、
国の指導者がいる場所として尊敬を集めていた城は、そのままの状態で残された。
災害に苦しむ中、その象徴を奪われずにいたから後の併合時も、大きな混乱が無くすんだのかもしれない。
 
 
 
 
「そうそう、地震の震源地は東の海だったんだけど……震源地の上に小さな島があったんだよね。
 エフェソスっていう街と神殿しかない小さな島国だったんだけど……その地震で島ごと海中に沈んじゃったの。
 今でも海中にあるんだけど……魔物が住みついたりしてるみたいで、ちょっとしたダンジョンになっちゃったらしいね」
「そうなんですか……ありがとうございましたなのはさん」
「凄く勉強になりました、ありがとうございます」
「ふふ、それならよかった。じゃあいつまでもここにいるのもあれだし、中に入ろうか。確かお買い物してくんだよね?」
「はい、新しい服を買おうと思って」
「いいねそれ、エリオもキャロも可愛いから、きっと似合う物がたくさんあるよ」
「キャロは可愛いですけど、僕はなんというか……」
「あはは、男の子に可愛いはちょっとあれだったかな、ごめんね? それで予算はいくらくらいで考えてるの?」
「えと、フェイトさんに持たせてもらったんですけど……」
「どれ……なんか、多い、ね……?」
「やっぱりそうですか? 色々見ておいでって渡されたんですけど……」
 
 
 
 
季節の変わり目に合わせて新しい服を、ということなのだろう。
エリオもキャロも顔立ちはいいので、似合う物も多いはずだ。
せっかくなのでアドバイスなり、お店紹介なりをしてあげようと思っていたなのはは、二人の鞄の中を覗くと、うっと微かに呻いた。
……金額が中々に大きいのだ。
 
 
 
 
「まぁ、色々買えるのは確かだけどね……」
 
 
 
 
呟いて、なのははフェイトの顔を思い浮かべた。
好きなの選んでくるといいよ、と言いながら笑顔で二人の鞄に軍資金を入れたことだろう。
気をつけてねとは言うが、別の危険を招きそうな額だった。
ある極東の島国の貨幣で言えば、ゆがつくお札が十枚分くらいだと思われる。
大人はともかく、子供が持ち歩くにはいささか、というか結構大きすぎる額じゃなかろうか?
(スリや泥棒は多くないけど出ないわけじゃないし……万が一もあるからなぁ……)
とりあえずお店紹介だけして公務に戻ろうと思っていたなのはだったが、なんとなく放置しがたくなってしまった。
 
 
 
 
「よかったら私も付いて行っていいかな? いいお店も紹介出来ると思うし」
「いいんですか?」
「嬉しいし助かりますけど……なのはさん、お仕事が……」
「んー、まぁどの道午後からやるつもりだったから、あんまり変わらないよ」
「そうなんですか……えと、じゃあお願いします」
「にゃはは、ありがとう二人とも。じゃあ行こうか、門からも近いところだからすぐ着くよ」
 
 
 
 
せっかくここまで付いて来ておいて、さようならというのも気が引ける。
おまけに万が一が起これば、それこそフェイトに顔を合わせられなくなってしまう。
公務の予定を組み直しつつ、なのはは二人に付いて行くこと承諾してもらうと、手近な城門の一つから中へと入った。
 
 
 
 
「そこの商店街の一角なんだけど……あった、この緑の看板のところだよ」
「可愛い感じのお店ですね」
「うん、でも結構色んな種類の作ってるからね、きっと気に入るのがあると思うよ」
 
 
 
 
城門から少しだけ大通りを進むと、なのはは一つ道を折れた。
その先には服飾を中心とした商店街が広がっており、大通り程ではないが買い物客で賑わっていた。
 
 
 
 
「こんにちはー、メイちゃんいるー?」
「はいはいっと、いるわよー……って、なんだなのはか……」
「なんだなのはか、はないよーお客さんだよ私?」
「じゃあ何買うの?」
「あ、今日は私が買うんじゃなくてね、この子達に合いそうなのを見せて欲しいんだけど……ん?」
「……」
「もしもーし、聞いてるメイちゃん?」
「え……あぁごめんごめん、ちゃんと聞いてるわ。ちょっと驚いただけだから」
「驚いた?」
「えぇ……まさか貴女に隠し子までいたなんて、さすがに思わなかったから」
「ふぇぇぇっ!? ちょ、ちょっと待ってよ、何その強烈な誤解!?」
「まぁね、確かに貴女なら、やりかねない部分はあるけれど……」
「いやいやいや、年齢的におかしいでしょ、何でそうなるの!?」
「違うの?」
「違うってばっ!」
 
 
 
 
メイと呼ばれたこの店の主人らしい女性は、なのはが肩に手をやったエリオとキャロの姿を見て沈黙した。
ややあって口を開くと、出てきたのは爆弾だった。
私達ももうそんな年なのね、とか言いながら苦笑するその姿が憎たらしい。
目が笑っていて冗談だと分かるため尚更だ。
十九でこんな大きな隠し子がいたら、問題以前に事件になるよ。
 
 
 
 
「まぁその子達も固まっちゃってるし、冗談はさておき……」
「な、なのはさん、あの……」
「あー、大丈夫。分かっててからかってるだけだから、気にしなくていいよ」
「ふふ、ごめんなさいね。ちょっとした冗談のつもりだったんだけど、驚かせちゃったわね。
 なのはと違って素直ないい子達だってことはよく分かったわ」
「私だって素直だよ?」
「いらないところでばっかりね」
 
 
 
 
ぷっと頬を膨らませるなのはを適当にあしらって、メイはエリオとキャロに合いそうな服を、在庫から数点見つくろう。
お値段は控えめに、でもセンスは良くがモットーなお店だけあって、すぐに良さそうな物を持って戻ってきた。
 
 
 
 
「さて、こっちのこれは貴女の……あ、名前を聞いてなかったわね。
 私はメイ・カーチス、この店の主人でそこの領主様とはちょっとした腐れ縁なの」
「腐れ縁とか……またそんな可愛げのない」
「私はキャロ・ル・ルシエです」
「僕はエリオ・モンディアルです」
「よろしくねエリオ君、キャロちゃん。じゃあ早速二人ともこれ着てみてくれるかしら?」
 
 
 
 
手際よくエリオとキャロに三着ずつ渡すと、メイは二人を更衣室に案内する。
そうしてその三着を含めお勧めをいくつか着せかえると、エリオとキャロも満足のいくものが見つかったらしい。
着た物の中からエリオが二着、キャロが三着選ぶとメイはすぐにそれを包み、持ちやすいように手提げ袋に入れた。
 
 
 
 
「はい、これでいいわ」
「ありがとうございますメイさん」
「凄く可愛いのばかりで嬉しいです♪ また来てもいいですか?」
「ええ、もちろんいいわよ。基本的に水曜日と月末以外は開けてるから」
 
 
 
 
はいっ、と明るい返事を返すエリオとキャロの頭を撫でると、メイはおまけと言って二人にハンカチを渡した。
それもお店の商品なのだろう、薄手の生地で作られたそれは柔らかく使い心地もよさそうだった。
 
 
 
 
「ありがとうメイちゃん、助かったよ。さすがメールソンで一番の服飾デザイナーだね」
「一番になった覚えなんてないわよ私?」
「それはメイちゃんがコンクール出ないからだよ。まぁ、そのおかげでこうして気軽に買いに来れるわけだけどね」
 
 
 
 
技術と産業の街を自負するメールソンでは、季節ごとにデザインであったり、研究であったりのコンクールを毎年開いている。
メールソンのみならず、近隣からも集まった人間達で優勝を決めるのだが、当然優勝者には賞金と知名度というボーナスがついてくる。
優勝でなくとも、いい成績を残せば記録に残るし、いい物を作れば人の記憶に残る。
メイ自身はまったく興味がないようなので、なのはも特に強く勧めたりはしないのだが。
へたに有名になってしまえば、人でごった返すことも想像できるので、
経営が何の問題もないなら、このくらいの方がありがたいな〜となのはは思っている。
こんなにいいデザイナーがいるんだぞ、と言いたいような内緒にしておきたいような、複雑な思いはあるのだが。
 
 
 
 
「さて、エリオとキャロの買い物はこれで終わりかな? それとも他に何かある?」
「いえ、今日は服だけで大丈夫です」
「素敵なお店を紹介してくださってありがとうございました、なのはさん」
「ううん、私も楽しかったし、これからも贔屓にしてくれると嬉しいな。
 じゃあとりあえず、フリードが飛び立てるところまで送るから……」
「でねーこのお店のスカートが絶対ティアに似合うと……あれ?」
「へぇ、綺麗だし洒落た感じのお店ね……って、なのはさん?」
「スバル、ティアナ?」
 
 
 
 
さぁじゃあそろそろ帰ろうかー、となのは達が相談していると、店のドアがカランと鳴って新来の客が店へと入ってきた。
邪魔にならない様にと、少し端へ寄ったなのは達の視界に映ったのは、よく見知った二人組。
なのはの下で働く密偵のティアナと、警備部のスバルの二人である。
 
 
 
 
「あれスバルとティアナ、今日はお休み?」
「はい、少し手が空いたので、半日だけですけど」
「だからあたしもシフト合わせて、服でも買いに行こうか〜って」
 
 
 
 
それぞれ休みの頻度、時間は職種によって違ってくる。
スバルの警備部はシフト制だが、ティアナがいる諜報部の休みは不定期なので、
こうしてスバルが合わせる形で一緒に繰り出すことが多いのだろう。
新しく人を入れる予定だし八神家の面子も増えたから、もう少し休みを増やしてあげたり、
スバルが希望している救助や災害第一に動くチームを、作ってあげたいなぁと思っている。
 
 
 
 
「エリオとキャロも久しぶりだねー、フェイトさん達も元気?」
「はい、スバルさんとティアさんもお元気そうでよかったです」
「ま、あたしはともかく、スバルの取り柄は元気くらいっぽいしね」
「えぇっ!? そ、そんなこと……ない、と思う……けど……うぅ」
「冗談にマジで返さないでよ……」
「あはは、二人とも相変わらず仲がいいね」
「えへへー、親友ですから!」
「はいはい、言ってなさい。……それよりも……あの、なのはさん」
「ん?」
 
 
 
 
以前フェイトが二人を連れて遊びにきてから、その時相手を任されたスバルとティアナとは親しくしている。
弟や妹が出来たみたいだと、スバルとティアナもまんざらじゃなかったのを、なのははちゃんと知っていた。
もうちょっと二人に感化されて柔らかくなってくれれば、一部隊くらい任せてみたいなぁ。
……そんなことをのんびり考えていたなのはに、ティアナの視線が向けられた。
何だろうと首を捻ると、実はさっきからずっとなのはが気にしていた件についてだった。
確かに何か忘れてるような気がするぞ、って思ってたんだよね……
 
 
 
 
「その、ですね……確か今朝、フェイトさんにプロポーズしに行ってくる! ……って言って、出て行きませんでしたっけ……?」
「……」
「……」
「……」
「……おや?」
「おや……じゃないですよなのはさんっ! まさか忘れてたんですか!?」
「……にぱ〜☆」
「笑ってごまかしてる場合じゃないでしょう、本当に貴女って人は……」
「いや、ははは……出会い頭にプラズマスマッシャー受けるし、おまけにちゅーも出来なかったしで、すっかり忘れちゃってたよ」
 
 
 
 
プラズマスマッシャーで出迎えられるってどんな状況だ、と全員が声に出さずに突っ込んだ。
しかもちゅーより先にやることがあるだろう。
 
 
 
 
「や、ほら、色々タイミングってものがね……はっ!!」
 
 
 
 
ティアナとメイは言うに及ばず、スバルとエリオ達にまで呆れた顔をされたなのはは、
さらなる言い訳を考えようとして……とても恐ろしいことに気づいてしまった。
 
 
 
 
「……エリオ、キャロ……二人とも、まだ時間あるかな?」
「え、なのはさん?」
「あります、けど……?」
 
 
 
 
なぜそこで時間ある? につながるのかと首を傾げる二人の肩を、ガシッとなのはは掴むと、これ以上ないくらい真剣な顔で言った。
 
 
 
 
「じゃあお願い、今日はもうしばらく私につきあって」
 
 
 
 
キリッした表情からは、いつものお気楽さが抜けてなのはの本気が伝わってくる。
気圧される様に頷くエリオとキャロ。
そんな三人の姿を見ながらティアナは思った。
あぁ、アリサ大臣のお怒りを、少しでも減らす腹積もりなんですね、分かります。
(でもそれなら、最初からちゃんとやってきてくれればいいのになぁ……)
どうやら一緒に休暇が流れちゃいそうだ、とティアナはひっそり溜息をついたのだった。
 
 
 
 
 ◇
 
 
 
 
『遅くなりそうだから、よければ泊まってもらおうと思うんだけど、どうかな?』
そうなのはから連絡をもらったフェイトは、二人がよければ構わないと承諾した。
なのはに買い物を付きあってもらった後、城の方にも顔を出しに行ったというエリオとキャロ。
なんとなく、二人が自分からそういうことは言いださなそうなので、
たぶんなのはかアリサにでも、顔を出せと言われたのではないだろうか、とフェイトは思った。
二人が帰ってこないのはちょっと寂しいけど、普段人と接する機会が少ない二人を思えば、むしろ楽しんできてほしい。
それよりも買い物といいお泊まりといい、仕事があって混じれなかったことが悔やまれた。
仕事、少し減らそうかなぁ……
『じゃあまた明日』
と通信が切られると、フェイトは何かしようと部屋の中をうろうろしたが、結局何も思いつかず早々にベッドに潜った。
そういえば結局、なのはには何も聞けていない。
なのはの方から言わない限り、特にフェイトの方から口にする気はなかったが、はやてとのことは確かに気になっていた。
状況は情報として知っていたけど、やっぱりなのはの口から聞きたいとも思っている。
そして言わなければならない、おめでとう、幸せになってね、なのは……と。
なのはがどうするつもりかは分からない、杞憂であるかもしれなかったが、それでもフェイトは言うつもりだった。
はやてをなのはが迎えた今……フェイトまでがなのはの重荷になるわけにはいかない。
 
 
 
 
「幸せだったな……」
 
 
 
 
幸せすぎて、夢だったのかもしれないと思うほどに。
この夢が終わってしまっても、思い出があればきっと、生きていける。
……だけど。
 
 
 
 
「……もっと、いっしょにいったかった、よ……なのはぁ……」
 
 
 
 
苦しくない、はずがなかった。
世界で一番大切な人を失う瞬間、自分はどうなってしまうのか。
きっとこんな風に泣いたらなのはは困るだろう。
 
 
 
 
「ふ……くっ……大丈夫、ちゃんと、笑えるように、するからね……」
 
 
 
 
だから今、泣いておくの、と。
その日は結局、フェイトは泣きながら眠りについた。
泣いて泣いて、泣きつくして。
心の整理をつけてなのは前に立つ時までに。
……貴女に笑顔で、さよならを言うために。





...To be Continued


2010/9/4


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