第四話の二『なのは様、砲撃す!』 「ただいま〜、今戻ったよアリサちゃ〜ん」 「てぇぇいっ!!」 「にょわぁっ!?」 「ちっ、外したか……」 シグナムさんやヴィータちゃんとの激突もなんのその、はやてちゃんを連れて意気揚々と帰還した私を待っていたのは、 手加減なしのフルスイングと親友の冷たい態度だった。 ぶぉんっ! という音と共に丸めた書類の束が頭上を通過すると、思いっきり顔をしかめて舌打ちをするアリサちゃん。 慌てて屈んだから頭は無事だったけど……今絶対当てる気だったよねアリサちゃんっ!? 「なななな、なにするのアリサちゃんっ!?」 「ふんっ」 「おまけに舌打ちしてたよねっ!?」 「……あら、そんなはしたないことしたかしら?」 「したよ、今思いっきりしたよ、ねぇっ!?」 「……なんや、アリサちゃんも相変わらずやなぁ……」 帰って早々、あんまりすぎる仕打ちに文句を言えば、アリサちゃんは明後日の方向を向いたまま平気でつらつらと嘘をつく。 したよ! 思いっきりしてたよこれでもかってくらいに! しかも手元を見れば、丸められた書類の束はこれから私が目を通さなくてはならない決済書類。 これが嫌がらせでなければなんだと言うのか。 丸まった書類を元に戻しながらサインするの、大変なんだよアリサちゃん? 「久しぶりねはやて、歓迎するわ。……と、言いたいところなんだけど」 「あー、んー……やっぱ、迷惑やもんなぁ……?」 「そうね……でも別にそれはいいのよ」 「は? ……ええんか?」 「いいの、分かってたことだから。問題なのはね……そこの馬鹿なのはよっ!!」 「へー……って、私ぃっ!?」 苦笑するはやてちゃんに視線を移すアリサちゃん。 久しぶりの再会を喜ぶでもなく、不機嫌さ全開で応じるアリサちゃんに、はやてちゃんはやはり歓迎されてはいないと思ったらしい。 アリサちゃんはアリサちゃんで、迷惑とかはっきり言うし。 もうちょっとオブラートに包むってことを……そう口を挟みかけたところで矛先がこっちを向いた。 ギラリ、と底光りするその視線。 なんだかんだ言いつつ、それでもはやてちゃんのことを受け入れてくれているのは嬉しいけど……ど、どうして今私が怒られているのかな!? 「わ、私何かした?」 「したでしょうよ!」 「えぇっ!? い、言われたとおりやってきたよ私!? ユーノ君とクロノ君の説得に言って……それからはやてちゃんのところに……」 「言ったわよ、確かに説得してきなさいよ、って。だからってねぇ……誰が今日連れて帰ってこいなんて言ったのよっ!!」 「……え……ダメだったの?」 「こぉーんのアホなのはーっ!!」 「ふみゃぁっ!?」 スパーン! と、再び振りまわされた書類の束が、今度はよけきれなかった私のおでこで素晴らしくいい音を立てた。 ふ、普通に痛いよアリサちゃん…… 一体ここに至るまでの、特にはやてちゃんを連れ帰ったことの何がいけなかったのか、 ちょっぴり涙目で見やる私に、ビシっと書類を突き付けたアリサちゃんが教えてくれた。 「いいなのは、今回の作戦はタイミングが重要なのよ」 「うん……それは、もう聞いてるけどさ……」 「聞いててなんでこうなるのよ……まったく、説得は頼んだけどね、まだはやてを連れてくるべきじゃなかったのよ?」 「……なんで?」 「当たり前でしょ。ここではやてが姿を消したって、大騒ぎになるだけじゃない」 「うーん……でもどうせ騒がしくするんだし」 「……」 「あ、いや、今のは口がすべ……ふぐっ、ごめ、アリ、くるしいぃぃっ!?」 『事』を起こすタイミング、それが重要だったと繰り返すアリサちゃん。 そういやそんなことを言われてた気もするけど……でも準備万端とか言ってたような気もするし…… まぁとりあえず、もう連れてきちゃったんだしいいんじゃないの、的に締めようとしたら締まったのは私の首の方だった。 「げほ、ごほ……死ぬよアリサちゃんっ!?」 「あんたは十回くらい死ねばいいのよ!!」 「そんなっ! いくら私でも復活は出来ないよ!?」 「棺桶に全身突っ込んだかのような状態になったりはしたけどなぁ?」 「え、うーん……あったりなかったり?」 「いつかその頭カチ割って、脳みそに反省って言葉を刻んであげるわ……」 「あ、ええねそれ。出来れば謙虚、って言葉も刻んどいてくれへん?」 「そうね、あと配慮って言葉も必要ね」 「……生々しいよ二人とも……」 ぎゅっと締められた首。 その次は頭割られるとか冗談じゃない。 ……そう思ってはみても、割と真顔で相談する二人を見てると結構怖い。 本気じゃない……よね? 半歩程後ずさった私を一瞥すると、ふんっと鼻をならしてアリサちゃんは話を元に戻した。 「とにかく、本当なら明後日の夜会が勝負の場だったのよ」 「あれやろ、ミッドの貴族が中心で開く予定の……」 「そう、そして……はやて、本来ならあんたとグリーアブル候の結婚の日取りが発表されるはずだった、ね」 「せやけど、そんな日に私を攫ってく言うんも、それはそれで大騒ぎやで?」 「そうね……でも私達の目的はそこではやてを攫うことじゃなかったのよ。こうなった今でも、夜会で『動く』必要があるのよ」 頷きながら内容を整理しようとするはやてちゃんと一緒に、首を捻る私。 記憶の底からよいしょと引っ張り出してみれば、確かにそんなことを聞いたかもしれなかった。 夜会で、もっと言うならはやてちゃんの結婚に賛成派、反対派、中立派の全てが揃う席でなければならない、とも。 「なのにそこの馬鹿でアホでおお間抜けのなのはが……」 「あー、うー、えー……ご、ごめん、ね……?」 「後でもう一回練り直して、作戦の概要をその役に立たない頭に詰め込んであげるから覚悟しときなさいよなのは……」 「はぅ……」 全身に怒りの炎を纏わせたアリサちゃんが、横に積まれていた分厚い書類の束をドンと叩いた。 今日飛び回ってきたせいで手をつけられていない公務書類と、両手に花大作戦の概要書類。 更に丸められていた決済書類まで積み上げられた。 せっかくアリサちゃんとすずかちゃんが練ってくれた作戦を、思いっきりぶっちぎってきた私への配慮なんてあるわけない。 これで『攫ってと言われたので攫ってきちゃいました、えへ☆』……とか言ったらこの城から叩き出されるんじゃなかろうか、私。 アリサちゃんならやりかねない。 すずかちゃんなら笑って夜会までの間、地下牢に放りこんでくれるかもしれないけれど。 ……どっちもやだなぁ…… 「なのはちゃん……」 「えっと、何かなはやてちゃん」 「万全の布陣を敷いたから任せとけー……言うとらんかったっけ?」 「あは、あはは……」 「……」 一生懸命誤魔化そうとする私を、ジト目で見つめてくるはやてちゃん。 全部私が上手くやるから大丈夫だよーと連れてきてしまった手前、とても視線が痛い。 「しかもいつの間にうちに転送ポイント開いてたんよ?」 「結構前に遊びに行った時かな?」 「人ん家なのに偽装までして柱に埋め込むとかどういう神経や!」 「いや、いつか夜這いをしようと思って」 「……」 「……」 「あれ、二人ともどうし」 「アリサちゃん、私の部屋なんやけど……」 「オーケー、西側の魔法扉の部屋にしてあげるわ」 「ちょ、そこ私の部屋から遠い……」 「ありがとうなアリサちゃん」 「気にすることないわ、今はお客さんの立場なんだし」 「いや、あの、だからその部屋……夜這いしづら……」 「しなくていいわよ」 「こんでええから」 「そんなぁ〜……」 ずいぶん前に八神邸へ遊びに行った時、こんなこともあろうかと……嘘です、いつか夜這いをしようと作っておいた転送ポイント。 媒体の魔石を隅っこの柱に埋め込み上からバレないように偽装、封印処理までしてたわけでして。 私の魔力以外には反応しないように調整してあったそれを使って、私とはやてちゃんはここに戻ってきたのだった。 いや、でもね、こうして役に立ったんだからさ、せめてもう少し近いか侵入しやすい部屋で……え、ダメ? うぅ、せっかく一つ屋根の下になれたのに…… 「はやて、守護騎士の皆は?」 「もうすぐ来るはずや。いない間に家の中漁られたらたまらんやろ? 必要なもんまとめて、結界処理してから来てくれるて」 「そう、シャマルさんの転送魔法は正確だし、いくつか町を経由してくれば長距離だけど問題ないわね」 「ちょおシグナムとヴィータがボロけとったけどな」 「ボロ……ちょっとなのは」 「いやーははは……だって二人がかりて襲ってくるんだもん」 「いつか星ごと破壊しそうやな」 「第一級災害に指定されるかもね」 「親友を怪獣扱いとか!?」 「怪獣やん」 「いや怪獣の方がまだ可愛い」 そして二人から同時にため息が吐き出された。 シールドまで持ち出したのはちょっとあれだったとは思うけど、時間も労力も必要以上に割けないのだから仕方がない。 それにちゃんと手加減はしたから今動けているのに、なぜそれで文句を言われなければならないのか。 おまけにさっきからこの強い風当たり……理不尽だ。 「まぁとりあえず、シグナムさん達がついたらすぐにはやての部屋の警備に入ってもらうから」 「いや、だからさ……寝る時くらいは一緒がね……」 「それやったら、皆の部屋も隣でお願いしてええやろか?」 「もちろんよ、どっかのバカがいるかぎり、その方が安全だもの」 「うぅ……私のお嫁さんなのに……」 私抜きでどんどん進む二人の会話。 そりゃ正式にはまだ違うし、これから片付けなくちゃいけない問題も多いけど、それでもはやてちゃんはわたしのお嫁さん(予定)なのにどうしてこんなに厳戒態勢なんだろう。 はやてちゃんだって、さっきはあんなに可愛かったのになぁ…… こうなったら一日でも早くフェイトちゃんも迎えに行って、三人で川の字で寝てみせる! 「……って、それまで私、寂しく一人寝?」 「何考えてるか知りたないけど、たぶんそやな」 「……こんぜんこ」 「するわけないやん。てかな、フェイトちゃん差し置いて出来るわけないやろ」 「そうね……ていうかなのは、あんたまさかフェイトには何もしてないでしょうね?」 「……」 「……ちょっと」 「……いや、うん、してない、よ? ……ちゅーより先は……」 ちなみに深い方だったりしますが何か? 「あんたね……それでなんで未だにフェイトはあそこに住んでるのよ……」 「なのはちゃん、実はへたれなん違うか……?」 「ち、違うもん! フェイトちゃんもはやてちゃんが来るまでは、って言うからだもん」 「……考えることはフェイトもはやても一緒ってことね」 自分より幸せにならないといけない人がいる、そう思ってしまう二人だからこそ両方まとめて私が幸せにしなきゃいけない。 私だけが、それを出来る。 ……決して私がへたれだからではない。 ……襲っていいなら待たないもん……ぐすん。 「まぁ、いいわ……私は先に公務に戻るから、はやてを部屋まで案内してあげなさいね」 「了解。それが終わったら……」 「この書類片付けてもらうから」 「だよね……」 「当然でしょ。あんたのために公務を遅らせるわけにはいかないんだから、キリキリ働きなさい」 「はぁ〜い……」 出かける時の三倍にまで積まれた書類にげんなりするけど、なかったことにしてくれるほどアリサちゃんは甘くない。 逃げたら許さん、と私にくぎを刺してから、アリサちゃんは執務室へと戻って行った。 「えらい量やね……」 「あーうん……まぁ、仕事だしね」 「……それだけとちゃうやろ」 「……どうだった、かな……」 積み上げられた公務の書類。 普段よりもずっと多い理由をはやてちゃんは気づいてる。 もっと気楽に生きればいいのに、どうしてそう聡いんだろうね。 「……ごめんな、なのはちゃん」 「なにが?」 「なにがって……」 「はやてちゃん、そりゃね、仕事が増えるのは嬉しくないよ? 大変だし面倒だし、寝る時間は削れるし。でもね、私今、すごく幸せなんだ」 「仕事増えるわ計画はややこしくなるわ、来たのは添い寝もせんような私やのに?」 「う……まぉそれはおいおい……じゃなくて、あのね、今の私、生きてるなーって思えるんだよね」 はやてちゃんの言う通り、公務に加えて計画諸々、おまけにお嫁さんはそっけない、というのは忙しいし確かにへこむ。 それでも私は今、確かに幸せだと感じていた。 蹲って耳を塞いで、何もしなかったあの頃より、きっとずっと、生きている。 大変なことも辛いことも、次から次へと降ってくるけど、生きるってきっとそういうことだから。 背中を押してくれる親友がいて、手を取ってくれる人がいて、私が私でいることを許してくれる場所がある。 でも大変だから逃げ出したいです、なんてそれこそバチが当たるってものだろう。 「だから、ちょーっとくらいお嫁さんが冷たくても諦めたりなんかしないんだよ、私」 「アホ。……もっと楽な道だらけやったのに……ほんまにアホやなのはちゃん……」 「アホでいいもん。私、ちゃんと頑張るからさ……早く、三人で一緒に過ごせたらいいな……」 「そやね……」 「そうしたら一緒に川の字で寝ようねはやてちゃん♪」 「どアホ……そんなん、当たり前やんか……」 ずっと昔、夢見た世界がそこにある。 捨てられなかったお伽噺が。 「だから信じて。きっと二人をそこへ連れてって見せるから」 みんなまとめて、幸せになろうじゃないか。
...To be Continued
2010/8/22著
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