第四話の一『なのは様、砲撃す!』 「八神はやてが消えただとぉっ!?」 ドンッ! と机に拳が叩きつけられる。 その振動でバサバサと落ちた書類に目を移すこともなく、机の主は目の前の男性を睨みつけるように見つめていた。 痛みを訴える拳の熱も、今の男には何の意味も成さない。 「どういうことだディオニス!」 「……報告した通りです、ナスティ様」 ディザ領領主、ナスティ・グリーアブル、それが机の主の名前だった。 怒りと共に揺れる短めの銀髪。 比較的整った顔立ちながら、どこか神経質な雰囲気を匂わせていた。 それに対する来訪者は、対照的な漆黒の髪と猛禽類を思わせる鋭さを持った顔立ちをしている。 一見すると軍人に見えなくもないこのディオニスと呼ばれた男は、ディザ領における内務と外務、その全てを取り仕切る執政官であった。 「監視の兵によれば、一時的に結界が張られ、それが解けた頃には八神はやてはおろか、騎士達の姿もなくなっていたとのことです」 「そんな馬鹿な話があるか!」 「事実です。状況から見て、おそらく転位魔法で飛んだのではないかと推測されます」 「くそっ! ここまできて今更何を考えているんだっ……!」 怒りに顔を歪ませて吐き捨てるように言うナスティと、どこまでも冷静に調査事実のみを語るディオニス。 何もかも対照的な二人の共通の目的、八神はやて。 ミッドチルダ首都、クラナガンから比較的近い位置にあるディザ領は、二人の代になってから急速に拡大した。 かねてより小競り合いの絶えなかった近隣の領を併合、吸収すると徹底的な支配体制を敷いた。 富と力を手に入れた彼らが次に求めたもの……それが八神家当主、八神はやて。 正確には八神の血統、である。 「一体いくら根回しに使ったと思っているんだ!」 「……ナスティ様、今はまず現状について……」 「うるさいっ! 大体お前がついていながらなぜこんなことになっているんだ!」 「……」 「すぐに兵と密偵を動かせ! 一刻も早く八神はやてを見つけるんだ、いいなっ!」 「……はっ、必ずや……」 喚くように叫ぶと、部屋を出ていくナスティ。 直立不動の体勢で彼と話をしていたディオニスは、彼が部屋を出ていくと同時に……嘲りの笑みを浮かべた。 「ふん……小物め……」 「ディオニス様……」 「お前もそう思わんか、セレネ。一体誰のおかげでこの暮らしが出来ると思っているのか……」 良くも悪くも急拡大したディザ領。 表向きには二人の、いや、領主であるナスティの手腕によるものとされている。 その政治手腕も、圧政に等しい徹底した管理体制も。 けれど現実は違う。 領地の併合も、管理支配も全ての指揮はこの男、ディオニスが執っていた。 「まったく、飾りだということを分かっていないのだからな……」 「……ですが、手綱を握るには、ちょうどよろしいかと……」 「ふふ、そうだな。せいぜい私が駆けあがるまでの盾にでもなってもらおう……」 そう言って笑うと、ディオニスもまた部屋を出て行った。 残されたのは、セレネと呼ばれた細身の女性のみ。 「……醜い生き物。何も知らない男も、思いあがりしかないあの男も」 セレネは窓辺によると、輝きを増し始めた月を見上げた。 八神はやてが姿を消してから、丸一日。 報告が遅れた半日、報告が出来なかった半日。 そうして結局ナスティのところに話が上がるまで、丸一日を要していた。 この遅れが吉と出るのか、凶と出るのか…… 「どちらであっても、貴女なら全て、受け止めてしまうのでしょうね……」 想いは遠く、蒼い記憶の彼方へ向けて。 「……私達は、随分と遠いところへきてしまったわね……なのは……」
...To be Continued
2010/8/8著
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