番外編その二 「ん、ん〜……」 カーテンの隙間から差し込む朝日に瞼をこする。 「ふぁ……ご飯の支度しなきゃ……」 時計を確認すると軽く伸びをする。 美しい亜麻色の長い髪を持つ彼女、高町なのはの朝は大学がない日であっても早い。 実家の仕事の関係でもあるし、普段はお弁当を作ってから学校に行くのだから当たり前だ。 土曜日である今日もこれから翠屋へ行って、一日バイトに入ることになっている。 少しゆっくりする日があるとしたら日曜日くらいだろう。 「む……起きれない……?」 そんななのはがベッドから出ようとすると、自分の腰に回された腕に気がついた。 ついでに背中の向こうで寝息を立てている彼女にも。 「うー……」 明日は学校もないし泊まってくよねー? と、歯が輝いて見えるスマイルでなのはを引き止めたフェイトは、 今朝もまた、背中からなのはをしっかりとホールドしていた。 格闘すること約十分、悪戦苦闘の末、ようやくなのははベッドから這い出した。 「まったくもぉ、私は抱き枕じゃないんだからね」 そう文句を言っても、フェイトはいまだ夢の中。 すやすやと眠るあどけない寝顔を見せられてしまっては、なのはもまぁいいか、という気になってしまうのだから悪循環だ。 「さて、簡単にご飯用意したらフェイトちゃんを起こして、それから翠屋に行かないとね……」 実家の手伝いといえど、大事な収入源。 もらえる物はしっかりもらおう。 そう張り切って朝ご飯の支度を始めたなのはだったが、一つだけ誤算があった。 「……おはようなのは」 「ひゃっ!? お、おはようフェイトちゃん……?」 準備もほぼ整ったのでもうそろそろ起こそうか、そう考えていたなのはの背後からぬぅっとフェイトが現れた。 何が誤算かと言えばフェイトの目が据わっていることだ。 寝起きのよくないフェイトが寝ぼけることはよくあるが、こうして機嫌が悪い時はそう多くない。 慌てて逃げようとしたなのはだったが、憐れ、あっさり後ろからフェイトに捕えられてしまい、身動きが取れなくなってしまった。 「……朝ご飯なに?」 「おみそ汁と焼き鮭……」 「ん……待ってる」 どうやら目が覚めてから、なのはが腕の中にいなかったのが原因らしい。 一度こうなったらフェイトは梃子でも動かない。 小さく溜息をついたなのはは、朝ご飯までの短い時間、フェイトをくっつけたまま準備に勤しんだのだった。 ◇ 「なんでここにいるのかな?」 「喫茶店に来たら悪いんか。そっちこそ懲りずになのはちゃんに集っとるんか」 「相変わらず失礼だね、ちゃんと代金は払ってるし、なのはのご飯もなのは自身も私のものだよ」 「はっ、寝言は寝て言うもんやでフェイトちゃん?」 「そっちこそ、戯れ言以外もたまには聞かせてほしいね」 バチッ、バチバチバチッ!! と相変わらず二人の間で散って見える赤い火花。 なのはがフルで入る毎週土曜日は、こうしてお昼時に二人もまたはち合わせるので、 すっかり慣れた常連さんはともかく、気が休まらないなのはは普通にしんどい。 今まではきちんと自炊し、土曜日にご飯を食べにきたりしなかったはやてまで、いつの間にか来るようになってしまったのは、 フェイトのせいだとは分かっているが、お店にとってはありがたい話なので文句も言えない。 「だいたいここに来てコーヒーを飲まないなんて、信じられないよ」 「何言うてるん、なのはちゃんは紅茶も絶品なんやで。これを知らんやなんて可哀相やなフェイトちゃん」 一向に止む気配のない二人の言葉の応酬に、接客をしながら頬が引きつりそうになるのを我慢する。 勘弁してほしい、と胸の内で泣き言をこぼすなのはだったが、二人が相容れない原因が自分だとは気付かない。 せめて、出来るだけカウンターには近づかないようにしよう、となのはは決めた。 「なのは」 「なのはちゃん」 「あぅ……」 二人がそれを許してくれればの話だが。 「なのは、なのはもコーヒーの方が美味しいと思うよね?」 「紅茶の方がええよなぁ、なのはちゃん」 「えーっと……」 あげられたそれはどちらもお店の商品なので、どっちも美味しいと言いたいのがなのはの本音である。 一方の肩を持った瞬間のもう一方を思うと心苦しいし。 「私の方が好きだよね、なのは?」 「あほ言うたらあかん、私の方が好きにきまっとるやん」 「私だよ」 「私や」 「ふぇ〜……」 大好きな人達に好意を示されるのはとても嬉しい。 嬉しいけど…… 「たまには、普通の週末がほしい……」 平凡だった高校時代が、ちょっとだけ懐かしくなったなのはだった。
2010/6/20著
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