番外編その一 「なのは、頬っぺたにご飯ついてるよ」 「にゃ!? ど、どこ!?」 「そこじゃないよ、ここだよ」 「ふぁ、あ、ありがとうフェイトちゃん……あぅ、でもちょっと、恥ずかしいというか……」 「どうして?」 「や、だって、フェイトちゃん近いし……」 「離れる必要なんかあるのかな?」 「ふ、ふぇぇ〜っ!?」 夏も過ぎ、秋に入った大学の学食。 その一角のテーブルで、目の前の光景を見てアリサは、なんだこれ、と思った。 本来ならばいつもの裏庭で昼食となるところなのだが、生憎の雨模様で、珍しくなのは達は全員で学食へとやってきていた。 そしてアリサとすずかの眼前で展開される、これ。 周りの視線なんてものともしない二人の、主にフェイトの振る舞いに、アリサはだんだんお弁当の味が分からなくなってきていた。 きっと今なら確実に砂糖が吐ける。 「いい加減にしなさいよフェイト、学食なのよ、ここ」 「どうして? だって学食だよ」 「周りの目があるじゃない」 「周りの目があるからだよ」 噛み合っていない会話に、にっこりと笑うフェイト。 フェイトの言わんとしていることが分かったアリサは、盛大に溜息をついた。 こんなに人の目があるところでべったべったする理由。 「なのはは私のものだって、皆に知ってもらった方がいいよね」 「黙れ天然」 ようするにマーキング。 学食はたまにしかこないが、注目度はそれなりに高い。 なればこそ、なのはを狙う不届きな輩に対し、フェイトはこうして先手を打っているというわけだ。 私のものだから近づくな、と。 実際に遠巻きにしている学生に対しては、効果がありそうだった。 仲直りしたと思ったら今度はこれだ、うぜぇ、超うぜぇぇー……と内心で叫ぶアリサがちょっと不幸なだけで。 「なのはは可愛いから、心配なんだ」 「ふぇ、フェイトちゃんの方が、私は人気あると思うんだけど……」 「ねぇすずか、殴ってもいいと思う?」 「あ、アリサちゃん、暴力はダメだよ?」 王子様全開のフェイトから距離を取れずに、抱えられているなのははフェイトを直視する以外の選択肢がない。 嫌がっていないのはその表情を見れば明らかだが、羞恥心が残っている分まだましだとアリサは思う。 隣のすずかがいなければ、二人まとめてはり倒したかもしれないが。 「でもそういうアリサだって、すずかを抱きよせたままじゃないか」 「何よ、悪い?」 「いや、悪くないけど理不尽な気が……」 「いいのよ私達は、あんた達みたいにイチャイチャべたべたしてないんだから」 そう言い切るアリサの右手は、すずかの肩を抱いていた。 一人少し遅れてきたすずかは食堂に入るなり、早速他の学生に声をかけられたのだ。 すぐに割り込んだアリサが、現在に至るまですずかを離さないのはそういう理由からだった。 周りから見ればフェイトと五十歩百歩でしかないのだが。 「あ、あの、フェイトちゃんアリサちゃん、そろそろ昼休み終わるんだけど……」 「あぁ、次の授業行かないとね……よっと……」 「う、うん……ふぁぁっ!? ふぇ、フェイトちゃんっ!?」 「行こうかなのは?」 「お、下ろしてぇ〜っ!?」 そんなやり取りをしているうちに、気がつけば昼休みは終わりに近づいていた。 移動したいと訴えるなのはに、いい加減離れるのかと思われたフェイトだったが、 それどころかひょいっとなのはをお姫さまだっこすると颯爽と歩き出した。 クールはどこいった、クールは。 「ある意味クール?」 「ど、どうだろうね……」 冷静に平常心でやれてしまうのだから、クールと言えば言えなくもない。 いずれにしても傍迷惑である。 「……私達も行きましょうか?」 「そうだねアリサちゃん」 アリサはすずかから手を離し立ち上がると、代わりに今度はすずかの手を引いた。 私はフェイトとは違うんだから、もっとスマートにエスコートするわよ、というのがアリサの弁だ。 「あ、そういえばアリサ?」 「んぁ、何?」 今まさに食堂を出ようとしていたフェイトが振り返ると、真剣な表情で言った。 「言い忘れてたんだけど……」 「?」 「キスマークは、ちゃんと見えるところにつけた方がいいと思うんだ」 爆弾だった。 「っっ〜〜〜!!」 「お待たせなのは、行こうか」 プチ、とアリサは自分のどこかが切れる音を聞いた。 ぶっ飛ばそう、そうしようそれがいい。 「ちょっと顔貸しなさいフェイトーッ!!」 天然王子なんて滅んでしまえ。
2010/6/20著
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