第六話 想い伝えて

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ひっく……ぅ……」
「いやほら、ああいうのは八つ当たりみたいなもんやし」
「うく……ふっ……」
「藪突いたら蛇が出た的な……」
「ふぇ……っ……」
「人生こういうこともたまには……もぷっ!?」
「はやて、あんたちょっと黙りなさい」
「なのはちゃん……」
「ふぇ、とちゃ……ぅぁっ……」
 
 
 
 
フェイトちゃんが私の元から去って行った後、様子を見に来たすずかちゃんに支えてもらって、私はようやく皆のところに戻ることができた。
だけど、いつまでたっても私の涙は止まってくれなくて、フェイトちゃんから残された言葉だけが、涙の代わりに胸の奥に居続ける。
 
 
 
『私は君のそういうとこ、嫌いだ』
 
 
 
一番傍にいてほしい人の、一番聞きたくなかった言葉。
 
 
 
 
「どう、しよ……ふぇ、ふぇいと、ちゃんに……っ、きらわれ、ちゃったよぉ……ふっ……ぅ……」
「なのはちゃん、それは……」
「そこの馬鹿の言葉じゃないけど……フェイトは別に、あんたが嫌いになったわけじゃないと思うわよ?」
「馬鹿てアリサちゃん……」
「うぅ……でも、嫌いって、言われたぁ……ひっく……」
「それは、そうだけど……」
「なのはちゃん、フェイトちゃんはなのはちゃんが嫌いって言ったんじゃなくて、そういうとこが嫌い、って言ったんでしょ? それならまだ全然、お話する余地はあると、私は思うよ?」
「っ……ぅ……ほん、と……?」
「うん、ほんとに」
 
 
 
 
見上げたすずかちゃんの微笑みに、淡い期待が首をもたげるけれど、鋭いフェイトちゃんの視線を思い出すとその気持ちもしぼんでしまう。
すずかちゃんの言う通り、言い回しだけを捉えれば話をする余地はあると思えるけど、当然、希望通りでない可能性もある。
 
 
 
 
「でも……」
「それに……なのはちゃんは、フェイトちゃんとこのままでもいいの?」
「ぅ……やだよぉ……」
 
 
 
 
友達になれて、嬉しかった。
名前を呼んでくれる声が好きだった。
繋いだ手が暖かった。
だけど、そのどれもがこのまま消えてしまうかもしれなくて……それがどうしようもなく悲しい。
こんな終わり方、私はしたくないよフェイトちゃん……
 
 
 
 
「じゃあ、ちゃんとお話、しなくちゃ……ね?」
「……ん……うん……」
 
 
 
 
あやすように私の頭を撫でてくれるすずかちゃんに頷いて、零れる涙を両手で拭う。
泣きすぎたせいか、瞼は重たいし、頬っぺたは濡れてるし、声もちょっとかすれちゃってるけど、ようやく涙は落ち着いてきてくれた。
 
 
 
 
「酷い顔してるわね」
「あぅ……」
「でもいい女には涙だって必要よ」
「アリサちゃん……」
「うん、あとはなのはちゃんのいつもの笑顔があれば完璧だよ」
「そやね、なのはちゃんの笑顔は世界一や」
「……うん……ありがとう……」
 
 
 
 
ぐしぐしと、少し私の頭を乱暴に撫でるアリサちゃんと、私を後ろからぎゅっと抱き締めてくれるはやてちゃん。
皆の暖かい声に、引っ込んだ涙が違う形でまた溢れてきそうになる。
涙、また止まらなくなっちゃうよ、もぉ……
 
 
 
 
「さて……そうしたらこれからどうするか、やけど……」
「うん……」
「一番手っ取り早いのは、フェイトのところに押しかけることだけど、ねぇ……」
「でもそれは少し、難しいんじゃないかな?」
「そやねー、籠城されたらそれまでやし」
「マンション内にすら入れないよ……」
 
 
 
 
私が落ち着くのを見計らって始められた作戦会議。
さっきの今でフェイトちゃんのところに行くのは、得策じゃないし、後日行くにしたってフェイトちゃんの家は高級マンションの最上階。
当然、今時の高級マンションよろしく、しっかりガードマンがいるし、出入り口は完全オートロックになっている。
別に不審な動きをしなければガードマンは問題ないけど、オートロックの方はそうはいかない。
 
 
 
 
「インターホン越し、っちゅうんもあれやしなー」
「途中で切られたら意味ないわけだし」
「うん……でもそれ以前に、フェイトちゃん出てくれないと思う……」
「え、でも誰か来たら、フェイトちゃんも応答はするんじゃないかな?」
「……この間遊びに行った時に見たんだけど、あそこ、カメラ付いてるから、誰が来たか出ないでも分かるの……」
「あぁー……」
 
 
 
 
呼び出しに応じなくても、備え付けられたカメラから誰が来たかすぐに分かる昨今。
そんな機能までついているあのマンションの最上階とか、ほんとうにいくらくらいするんだろうか。
はやてちゃんがボソッとブルジョアめ、と呟くけど、アリサちゃんとすずかちゃんは揃って目を逸らした。
二人の家も、確かカメラ付きインターホンだもんね……
 
 
 
 
「し、仕方ないじゃない、セキュリティの一環なんだから」
「声だけじゃ分からない人もしるしね……」
「さびしーなー、私らは庶民同士仲良くしよな、なのはちゃん」
「でも……そういうはやてちゃんも、この間防犯カメラつけたって言ってたよね……?」
「……」
「はやて?」
「はやてちゃん?」
「いや、ほら、うちは大所帯やから管理はしっかりせんとな……?」
 
 
 
 
インターホンではないけど、玄関先に防犯カメラを取り付けたはやてちゃんも、そんなに違いはないと思う。
私の指摘に視線を逸らしたはやてちゃんは、早速アリサちゃんとすずかちゃんに詰め寄られてるし。
 
 
 
 
「ま、まぁようするに、フェイトちゃんとこに突撃案は却下っちゅーことで……」
「じゃあどうするのよ?」
「翠屋で待つの?」
「もしくは大学で初日に捕まえるか、や」
 
 
 
 
直接押しかけても、話が出来ない可能性も高い以上、やはり向こうから足を運んでもらうか、大学で捕まえるしかないだろう。
大学が始まるまで後数日、来てくれればよし、もし来なくても大学でなら、逃げられる前に捕まえることが出来るはずだ。
……逃げられるのが前提な話になっちゃうのが、やるせないところではあるけれど。
 
 
 
 
「……大学が始まるまでは、待ってみるよ私。特に予定もないから、毎日だって翠屋に入れるし……」
「なのはちゃん……」
「来てくれる可能性は……きっと低いと思うんだけど。だから、大学が始まってからのこともちゃんと考えておくし」
「……そうね、ちゃんと話が出来るまでの数日間は、ちょっときついと思うけど……」
「いつでも、私らを頼ってくれたらええよ」
「一人じゃないから」
「……ありがとう皆……」
 
 
 
 
私が自分の考えを示すと、アリサちゃん達もそれに賛同してくれる。
一人じゃない、それにどれだけ私は救われているんだろうか。
私の髪を梳く優しい温もりに目を閉じた。
大切な、私の友達。
私を想ってくれる人達が、いる。
……だから、余計に気がついてしまったのかもしれない。
フェイトちゃんだけが、他の皆とどこか違うことに。
ねぇ……フェイトちゃん……私、私ね……フェイトちゃんだけが、私の特別な人なんだって……気がついたの。
ちゃんと……伝えさせてほしいよ、フェイトちゃん……
 
 
 
 ◇
 
 
 
フェイトちゃんと喧嘩……いや、『嫌い』と言われた翌日から、私はお父さんに頼んで、大学が始まるまでの間、翠屋にフルで入れてもらうことになった。
あんなことがあった後だ、フェイトちゃんの側からアクションがある可能性は低いと思う。
それでも、早く話ができるならそれにこしたことはない。
それに……ひょっとしたらフェイトちゃんも、私と話をしたいと思ってくれているかもしれない……そんな一縷の望みを捨てることは出来そうになかった。
 
 
 
 
「なのは、コーヒー二つ頼む」
「うん」
 
 
 
 
フェイトちゃんに出したあの日から、時折こうして任せてもらえるようになったコーヒーを淹れる。
美味しいと言ってくれたフェイトちゃんは、今は傍にいないけど、フェイトちゃんが戻ってきた時に、腕が落ちていたら意味が無い。
 
 
 
 
「ん……よしっと……」
「お、よしよし、いい香りだ……一番テーブルのお客さんに頼むよ」
「はーい。……お待たせしました、ホットコーヒーです♪」
 
 
 
 
出来ることなら、フェイトちゃんに飲んでほしい。
また美味しいって言ってほしい。
そうしたら、ちゃんと自炊してね、って言いながらいつもみたいに、フェイトちゃんにご飯を作ってあげるんだ。
それでなのはのご飯がいいよ、って笑うフェイトちゃんに文句を言って……あぁ、まずいな……ちょっと泣きそう。
 
 
 
 
「なのは?」
「ん……何でもないよ。次何かあるお父さん?」
 
 
 
 
無理やり思考をお仕事へと切り替える。
そうしないと、泣き出してしまいそうで怖いから。
お父さんもお母さんも、少しだけ何か言いたそうにして、だけど私のしたいようにさせてくれていた。
フェイトちゃんがここにいないなんて、当たり前のことなのに、それが苦しくて寂しくて、恋しくて……そんな日が四日目に入っても、フェイトちゃんはやっぱり姿を現してくれないままで。
 
 
 
 
「……はぁ……」
「こら、お客さん前にして溜息ついとったらあかんよー、なのはちゃん?」
「あ……ご、ごめんねはやてちゃん?」
「……なんてな、冗談や。溜息つきたなる気持ちくらい、私かてちゃんと分かっとるよ」
「ん……ごめん……」
 
 
 
 
よしよしと私の頭を撫でてくれるはやてちゃんに、えへへと笑い返す。
はやてちゃんもアリサちゃん達も、交代でこの四日間、顔を出してくれていた。
心配をかけていることは申し訳ないと思うけど、皆の優しさが嬉しかった。
 
 
 
 
「しっかし……このコーヒーを独り占めとか、フェイトちゃんもほんまに贅沢もんやー」
「べ、別に、フェイトちゃんだけに淹れてたわけじゃないよ?」
「せやけど……家にいる時はフェイトちゃん専用やろ? それにご飯まで作ってたんやから」
「それはだって……勉強教えてもらったりしてたし……」
「夏休み中は?」
「……だってフェイトちゃん、なんだかんだ言い訳して、一緒にいる時は、自分じゃ絶対やらなくなっちゃったんだもん……」
「餌付けはあかんよー?」
「うぅ……もう遅いから……」
 
 
 
 
そうはやてちゃんに苦笑されるけど、もう絶対に手遅れだと思う。
元々自分のことはほとんど何もしないフェイトちゃん。
自分のご飯にさえあまり関心がないから凄く困る。
アリサちゃんにも言われたけど、仲良くなったきっかけがお弁当だった時点で、もうどうにもならない気がしてきた。
でも……
 
 
 
 
「フェイトちゃん……ちゃんとご飯、食べてるかなぁ……」
 
 
 
 
何度も言うけど、あれから今日でもう四日目。
四日だよ、四日。
どこか他で食べててくれたらと思うけど、物凄く期待できない気がする。
自分で作ってなくてもいいから……いや、よくはないけど……ちゃんと食べてほしいな……
 
 
 
 
「……もう十分毒されとるやん、なのはちゃん」
「ふぐ……だ、だって……心配、だし……また、フェイトちゃんに作ってあげたいんだもん……」
 
 
 
 
いつの間にか日課のようになってしまっていた、フェイトちゃんとの食事。
美味しいって言ってくれて、ありがとうって笑うフェイトちゃんの優しい笑顔が、もう一度見たい。
叶わないかもしれなくて、それでも諦めるなんて出来ないから、大学が始まる明日は私にとって勝負の一日になる。
そのためにというか……実はこっそりお弁当の準備も進めていたりする。
気持ちを込めて、一つ一つ作る、フェイトちゃんだけのお弁当を。
 
 
 
 
「ま……私はなのはちゃんが笑っとってくれたら、どっちでもええんやけどな……」
「そういえばはやてちゃん、さっきどこ行ってたの?」
「んあ? あぁ、ちょおそこの野良猫と、少し派手に喧嘩してきただけや」
「野良猫と……?」
 
 
 
 
二カッと笑うはやてちゃんに私は首を傾げる。
はやてちゃんの意味深な発言の真意は、この後も結局分からないままだった。
 
 
 
 ◇
 
 
 
「……で、結局逃げられたわけ?」
「アリサちゃん……」
「はうぅぅ〜……に、逃げられたわけじゃないもん!」
 
 
 
 
お昼休み、間髪いれずにアリサちゃんがそう言った。
残りの夏休みの間、やはり一日も会えなかった私とフェイトちゃん。
それでも大学初日の今日、必修の英語のクラスでフェイトちゃんとついに顔を合わせることが出来た。
授業が終わるのを今か今かと待ち続け、一時間半という長い時間が過ぎた後、私は当然のようにフェイトちゃんに駆けよった。
避けられたら、と不安もよぎったけどそんなことはなく、フェイトちゃんもちゃんと向き合ってくれていた。
 
 
 
 
「なのは……」
「フェイトちゃん……」
「お、ちょっといいか高町」
「私フェイトちゃんに話が……って、先生?」
「次の学園祭の委員の件なんだがな」
 
 
 
 
え、ちょ、それ長くなるんですか先生、私今ひょっとしたら、人生で一番の大事な局面を迎えるてるかもなんですがあばばばば……
なんてやってるうちに、気まずそうに、じゃあ……とだけ言ってフェイトちゃんは行ってしまった。
引き止められるような状況でもなく、先生の話が終わってすぐに教室を出たけど、当然人の往来が多い場所でフェイトちゃんが待っていてくれるはずもなく、まともに話せないまま昼休みを迎えてしまったのだった。
 
 
 
 
「タイミングがいいんだか悪いんだか……」
「うぅ……絶対良くないよ……」
「あはは……それで、なのはちゃんはあそこに行くんだよね……?」
「……うん」
 
 
 
 
私達がいつもお昼ご飯をとっている木陰。
初めて、フェイトちゃんと出会った場所。
フェイトちゃん……来てくれるかな……
 
 
 
 
「とりあえず、今日は私達は行かないから」
「きっと来てくれるよ、フェイトちゃん」
 
 
 
 
頑張って、というすずかちゃんと、おかげで煩い食堂行きだわ、とぼやくアリサちゃん。
 
 
 
 
「ありがとうアリサちゃん、すずかちゃん……私、頑張ってくるよ」
 
 
 
 
アリサちゃん達にそう言って、私は裏庭へと足を向ける。
テラスを突っ切り、茂みの間を抜けて奥へと進むと、見慣れた場所へとやってきた。
 
 
 
 
「は……ついた、けど……」
 
 
 
 
いつものその場所で、いつもあった大事な人の姿を探す。
だけど、簡単に見渡せるその場所に、フェイトちゃんの姿はなかった。
 
 
 
 
「フェイトちゃん……」
 
 
 
 
……来てくれないのかなフェイトちゃん、それとも待ってたら来てくれる?
 
 
 
 
「ぅ……フェイト、ちゃん……」
 
 
 
 
来ないかもしれない、そう思ったらまた涙が溢れそうになって、しゃがみ込んで膝を抱えた。
……会いたいよ……傍にいたいよフェイトちゃん。
 
 
 
 
「やっぱり……もうダメなの、フェイトちゃん……?」
 
 
 
 
待ち切れず、ぽろりと涙が一筋落ちる。
ねぇ……このまま終わりだなんて……そんなの嫌だよフェイトちゃん……
 
 
 
ガサッ!
 
 
 
「っ!?」
 
 
 
 
一度零れた涙が次から次へと、ぽろぽろ零れ始めたその時、背後の茂みが大きな音を立てた。
恐る恐る振り向いたその先にいたのは……
 
 
 
 
「フェイト、ちゃん……」
「……」
 
 
 
 
待ちわびていたフェイトちゃんその人だった。
 
 
 
 
「……なのは」
「ふぇ、いと、ちゃん……フェイトちゃんっ!」
「っ……ごめん、なのは……ごめんね……」
「ぁっ……フェイト、ちゃん……」
「たくさん泣かせて、ごめん……」
 
 
 
 
私は立ち上がると、真っ先にフェイトちゃんの腕の中に飛び込んだ。
すぐに受け止めてくれたフェイトちゃんに、苦しいほど強く抱き締められる。
だけど、今はその強さが嬉しい。
やっとこの腕の中に帰ってこられたのだと、回された腕の強さが教えてくれる。
 
 
 
 
「会いたかったの……」
「うん……」
「ちゃんと、はな、し、たかったの……」
「なのは……」
「ふぇ、フェイトちゃんが、いないなんて……嫌なの……」
 
 
 
 
もっとちゃんと話をしたいって思っていたのに、現実の私は涙でボロボロで、きっと酷い顔をしていると思う。
でもそれでもよかった。
フェイトちゃんが今こうしていてくれる、それだけでもう他のことはどうでもよかった。
 
 
 
 
「酷いこと言って、ごめん……」
「ん、ううん、もう、いいの……」
「会いたかった……」
「うん……」
「ずっと、こうしたかった……」
「うんっ……!!」
 
 
 
 
フェイトちゃんも同じ気持ちでいてくれた。
それが分かってホッとして、嬉しくて……また涙が溢れた。
 
 
 
 
「なのは……私、なのはに伝えたいことがあるんだ」
「フェイト、ちゃん……」
「聞いてくれる?」
「……うん」
 
 
 
 
真剣なフェイトちゃん声。
きつく抱き締められていた腕が緩んで、少しだけ私達の間に隙間ができると、真っ直ぐな瞳とぶつかった。
きっと初めて会った時から惹かれていた、紅。
無口で不器用で、でも本当は寂しがり屋で、とても優しい……私の……大切な人。
 
 
 
 
「……なのは、私は、私にとってなのはは――」



...To be Continued


2010/6/22著


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