第三話 巡る季節 春が過ぎ、梅雨が過ぎれば季節は夏。 あっという間に曇り空は姿を消して、代わりに光度を上げたのでは、と思わせるほど太陽がさんさんと照りつける。 木陰だが、若干はみ出した部分が地味に暑い。 何より生温くなり始めた風が、ちょっと気持ち悪かったりする。 この時期、食材が腐りやすくなるのもかなり困るし。 「暑い」 「もう七月だからねぇ……」 「七月だから何。夏はカラッとした、過ごしやすい季節じゃないの!?」 「でも日本は湿気が多いから……」 「そもそもこの暑い時になんで煮物なの!! もっと涼しくなるような物作りなさいなのは!!」 「ふぇぇっ!? そ、そんなこと言われたって……」 暑さに耐えかねたのか、私にお箸を突き付けながらそんなことを言うアリサちゃん。 理不尽を通りこして、理解が追いつかない。 涼しくなるような食べ物って何だろう? かき氷とか……いや、あれはデザートの分類だし、そうじゃなければ冷やし中華とか……でもお弁当には向いていないと思う。 「腹が立つことに相変わらず美味しいし」 「あ、ありが、とう……?」 暑くても出来栄えはきちんと称賛してくれる。 アリサちゃんはこういうところまで公平だ。 でも出来るなら、美味しいのに腹を立てないでほしいと思うのだけど、 言ったら「暑いんだから仕方ないじゃない!」とか返されそうだから言わずにいる。 暑い中、進んで藪を突くことはない。 「あー……冷房がほしいわね……」 「屋外だよ、ここ……」 「だってほしいじゃない」 「もう、無茶苦茶だよアリサちゃん」 「……木の幹にくくりつけて配線を引けば……」 「まぁ確かに出来なくは……って、フェイトちゃん!?」 「いや……なんでも……」 相変わらず黙々とお弁当を突きながら、フェイトちゃんがぼそりと呟いた。 とにかく文句言い続けないと気が済まないのであろうアリサちゃんはともかく、 フェイトちゃんまでそんなことを言い出すとは思わなかった。 口ごもるフェイトちゃんに視線を向けて、一緒にその服装を観察するけど、そこまで暑そうな格好はしていない。 好んで着ているシャツが黒なのはいつもと同じだけど、時期に合わせて半袖になっている。 スラリと伸びる二の腕がちょっと眩しい……じゃなくて、材質も風通しの良いもののはずだから、 普通ならこの時期からそこまで暑がることはないはずだ。 「ひょっとしてフェイトちゃん……暑いの苦手なの?」 「……別に……好きじゃない、だけだよ……」 「そ、そうなんだ……」 それは苦手とは言わないのだろうか? 同じ疑問がアリサとちゃんとすずかちゃんの表情からも窺えたけど、結局誰も言葉にはしなかった。 誰しも苦手なものの一つや二つあるものだから。 アリサちゃんは、暑いの嫌いな同志が増えたことを喜んでるみたいだけど。 「じゃあ……いっそ食堂に行ってみる?」 「却下」 「行きたくない」 「……あはは、二人とも素直だね……」 きっぱりと、拒絶の意思を表すフェイトちゃんとアリサちゃん。 冷暖房完備の食堂より、ここの木陰の方がいいという二人の気持ちは分かる。 別に食堂が嫌いというわけじゃない。 ただ、その……結構大きな大学なせいもあるのか、かなり人が多い。 落ち着いて食事をする、ということには全く向かない。 加えて…… 「アリサちゃんとかすずかちゃん、色んな人に声かけられるもんね……フェイトちゃんもでしょ?」 「うん……知らない人ばかりなのに……鬱陶しくて」 「やっぱり……皆モテるから大変だよね」 「……どうしてこうも都合よく自分を除外するのかしらこいつは……」 「えと、なのはちゃんだから……」 「あぁ……やっぱりなのはも声かけられるんだ」 「本人はこの調子だけどね……」 「……ふぇ?」 うんうん、となぜか納得しているフェイトちゃん達。 どうして私の名前が出てくるのか分からないけど、人気のある三人はやっぱり大変そう。 私は少し声をかけられるくらいだけど、 アリサちゃんやすずかちゃんはよく色んな人に声をかけられているし、フェイトちゃんはもっと凄そう。 でもそうじゃなかったら、私達がここで食事をとることもなかったし、 あの日フェイトちゃんと出会うこともなかったわけで……ちょっと複雑。 災い転じて福となす、だからいいのかな? 「にしても、今月末はもうテストかぁ……」 「そうだね、もうすぐ前期も終りだから」 「二人はいいよ〜。私は履修の関係で八月頭までテストあるんだよ〜?」 「そういや民法と憲法が八月の一週目だっけ?」 「あ、じゃあフェイトちゃんも取ってるんじゃない?」 「え、あ、うん……法学部だから、もちろん……」 「はっ、そうだった!! 勉強教えてフェイトちゃん!!」 早ければ月末には終了する期末試験。 でも一般教養として取った民法と憲法が、見事に八月の一週目になってしまって、 しかもアリサちゃんとすずかちゃんは来期に履修予定だったから、私とフェイトちゃんしか履修していなかった。 でもフェイトちゃんは法学部だし、授業で見てても私と違って特に苦にしている様子はなかった。 単位大丈夫かなー、って思ってたけど、フェイトちゃんに教えてもらえばなんとかなるかもしれない。 「えと……いいけど……」 「ありがとうフェイトちゃん!!」 「うわぁっ!? ちょ、なのは!?」 「私達の最後の科目は……あ、しまった、経済学だわ」 「アリサちゃんが休んだ時のノートはとってあるから、後で渡すね」 「えぇ、ありがとうすずか」 「えーっと……突っ込まないのアリサ?」 「バカップルにつける薬はないわ」 「大人になったねアリサちゃん……」 嬉しくてフェイトちゃんに抱きついたら、勢い余って二人して芝生に倒れこんでしまった。 しまった、またアリサちゃんに怒られる。 そう身構えていた私とフェイトちゃんは、何事もなかったようにすずかちゃんと話を進めるアリサちゃんに、ちょっと拍子抜けしてしまう。 すずかちゃんも、感心したようにアリサちゃんを見てないでほしい。 「まぁなんにしても、試験が憂鬱なのは皆一緒よ」 「でも終わったら夏休みだから……少し遠出もしてみたいねアリサちゃん?」 「……絶対アリサとすずかだって……」 「なんか言ったフェイト」 「いや、うん……早く夏休みにしたいねなのは」 「うん、頑張ろうねフェイトちゃん♪」 ここを乗り切れば楽しい夏休み。 大学生特有の長い休暇が待っている。 アリサちゃんとすずかちゃんは、すでにいくつか予定を入れているみたい。 「……あれ?」 そういえば、と首をひねる。 私もだけど……フェイトちゃんは夏休み、どうやって過ごすつもりでいるのかな? ◇ 「んー……」 「どうしたなのは、手が止まってるぞ」 「あ、ごめんお父さん」 「いや……何か悩みごとか?」 「そんな大したことじゃないよ。ただ夏休みどうしようかな〜って思って」 正しくは「夏休みどうしようかな?」ではなく「フェイトちゃんはどうするのかな?」なんだけど、 正直にお父さんに言うわけにもいかないので、微妙に言葉を入れ替えた。 まぁ私自身何も予定を組んでないから、あながちはずれてもいないわけだし問題はない。 「もぉ、なのはってば……まずはテストが終わってからでしょ?」 「えへへ、そうなんだけどね……」 「まぁ、大学生になって初めての夏休みだからな、浮かれるのも無理はないさ……とっ、なのは、これ六番テーブルに運んでくれるか?」 「はぁーい」 苦笑するお母さんと朗らかに笑うお父さん。 私はお父さんに言われた六番テーブルのお客さんに、アイスコーヒーとアイスティーを運ぶ。 談笑はしてるけど、今は喫茶翠屋でバイト中……ようするに、家業のお手伝い中なのだ。 私の実家で喫茶店の翠屋は、お母さんのスイーツとお父さんのコーヒーが人気で、いつも結構繁盛している。 人手があるにこしたことはない、ということで、私も週に三日、 学校が早目に終わる二日と学校の無い土曜日に、こうして手伝いに入っている。 お姉ちゃんもいる時はいるから、私が継ぐことになるかは分からないけど、 いい勉強にはなるし、色んなお客さんがくるから結構楽しかったりもする。 「いらっしゃいませ〜」 「あ、いらっしゃいま……せっ!?」 「……なのは?」 そう、ほんとうに色んなお客さんが来るのだ。 なんで、どうして……そんな予想外なお客さんも。 「ふぇ、ふぇ、フェイトちゃん!?」 「どうしてなのはがここに……?」 「ど、どうしてって、ここ私の家のお店だし……」 「あぁ……そういえばお家、喫茶店だって言ってたね」 「うん……フェイトちゃんこそ、どうして?」 「いや、コーヒーが飲みたいと思って……ここ、家からも近いし」 「え、フェイトちゃんこの近くに住んでるの?」 「言ってなかったかな? 私の家そこのマンションだよ」 そう言って店の外を指さしたフェイトちゃん。 その指の先に見えるのは、どこぞの高級マンションだったりするわけで…… アリサちゃんといいすずかちゃんといい、私の周りって裕福な人が多いのだろうか? まぁ私立大学に通わせてもらってる私も、お金に困ってるわけじゃないけど……なんか桁が違う気がする。 「あとは軽く何か食べようかなって……」 「……フェイトちゃんって、一人暮らし?」 「んー、一応母さんと兄さん夫妻もいることはあるけど、二人とも会社の関係で海外にいることがほとんどだから、 エイミィ……義姉さんも兄さんと一緒に行っちゃうし……実質一人暮らし、かな?」 「……自炊は?」 「……」 フェイトちゃんの話から四人家族だということは分かる。 でも実際に、あの高級マンションに住んでいるのはフェイトちゃん一人らしい。 きちんと自炊をしてるのか、問いかけたら不自然なくらいに視線を逸らされた。 両手でフェイトちゃんの頬を挟んで、無理やり顔をこちらへ向けると、私はもう一度問いかけた。 「フェイトちゃん?」 「……するよ?」 「毎日?」 「……一週間に一回くらいは……」 気まずそうに呟くフェイトちゃん。 そういえば初めて会った時もパン一個と缶コーヒーのみだった。 大学でのお昼御飯だけじゃなく、全般的に食生活が悪いらしい。 どうりでお弁当への食いつきがよかったわけだ。 それなのに、どうやったらこのボディラインを維持できるのか? なんか色々と腹立たしい。 「もぉー、どうしてちゃんと食べないの?」 「いや、一人だと面倒で……でも明日からはここに食べにくるから」 「自炊しなさいって言ってるんだけど?」 「でもここでならなのはのご飯が食べれるんでしょ?」 「私、毎日はいないもん」 「じゃあいる時に来るよ」 「……フェイトちゃん」 「だって、なのはのご飯の方が美味しいし」 真剣な顔で言う内容じゃないよフェイトちゃん。 一人で作ったり食べるのは確かに面倒だし、少し寂しい。 でもだからってそんな理由でうちに来られても困る。 ……嬉しいけど。 とりあえず、どうあっても自炊の回数を増やす気はないらしい。 「なんだ、なのはの友達なのか?」 「ふふ、そんなとこで話してないで、とりあえず座ってもらったらなのは?」 「あ、うん……じゃあ、カウンター?」 「うん」 言われて気がつけば、フェイトちゃんが入ってきた時のまま、入口のそばで立ったままだった。 いけない、フェイトちゃんもお客さんだもんね。 コーヒーとご飯ってことだけど、話しやすいようにカウンターに座ってもらって、私も中に入った。 「コーヒーだっけ?」 「うん、なのはが淹れてくれるんだよね?」 「え、でも」 「……なのはのがいいな」 「えと……」 初見のお客さんに常連になってもらえるかどうか、それは最初で決まる。 それなのに私が作った物を出すのはどうかとも思うのだけど…… フェイトちゃんにコーヒーを淹れたことはなかったので、出してあげたいな、とも思う。 チラッと、隣を窺うとお父さんが笑いながら言った。 「はは、ずいぶん気に入られてるな、なのは」 「お、お父さん!」 「まぁいいんじゃないか、いつも腕は磨いてるんだしな」 「……うん、じゃあ」 お父さんからのお許しが出たので、私はフェイトちゃんの分のコーヒーを準備する。 外が暑いからアイスコーヒーかな、って思ったけど、フェイトちゃんの注文はホットコーヒー。 その方が香りと味が楽しめるから、だって。 確かに、アイスコーヒーだと氷が入る分薄まるし、冷たいからホットよりは味が分かりづらい。 お店の中は冷房も効いてるしね。 「……」 「……あの、フェイトちゃん?」 「なに?」 「そ、そんなに期待を込めた目で見ないでよ……」 「いやだ」 「うぅ……いじわる……」 にっこりと、これ以上ないくらい爽やかに笑うフェイトちゃん。 おかしいな、とっても素敵な笑顔のはずなのに、溜息が止まらなくなりそうだよフェイトちゃん。 これも最近知ったことだけど、打ち解けてきたフェイトちゃんは、 時々こういう意地悪なことをする、そんな子供っぽさも持ち合わせた人だった。 どうりでアリサちゃんと気が合うわけだ。 最初は美人でカッコいい人だと思ってたのになぁ…… 「なのは限定だよ?」 「それ、素直に喜べないよぉ……」 なのは限定、その言葉が嬉しくもあり、こうして困る部分でもある。 一匹狼だなんて誰が言ったんだろう。 狼というよりもこれは……どちらかというと猫だと思う。 それも恐ろしく毛並みが良くて、気位の高い、猫。 前より笑うことも少し増えてくれたけど、一緒にこういう意地悪な笑みも増えてしまった。 大問題だ。 主に私にとって。 「まったく……はい、ホットコーヒー」 「ありがとうなのは……いい香りだね……ん」 「……どう、かな?」 「……うん、すごく美味しいよなのは」 「はぁ〜……よかった……」 「なのはってば、そんなに心配すること?」 「だって、フェイトちゃんが無駄にタメを作るから……」 だってその方が楽しいから、と笑顔でコーヒーを飲むフェイトちゃん。 無事にコーヒーは気に入ってもらえたようだけど、心臓に悪いからやめてほしい。 「よかったじゃないか、なのは。……うん、確かにこの味ならもうコーヒーは一人前だな」 「えへへ……ありがとうお父さん」 でも思いがけずお父さんにもそう褒められた。 喫茶店の売りの一つであるコーヒー、それが認めてもらえるのはやっぱり嬉しい。 後はお母さんのスイーツだけど……こっちは、まだまだ時間かかりそうだなぁ…… 「よかったねなのは」 「うん、ありがとうフェイトちゃん♪」 「じゃあ次、スパゲッティ注文していいかな?」 「……ほんとにここで食べていく気?」 「もちろん」 「自炊は?」 「なのは、民法と憲法の試験対策、してほしいんだよね?」 「ぐっ……そ、それ持ち出すの卑怯だよフェイトちゃん!?」 「なんとでも。なのはのご飯が食べられるなら、手段なんて選ばないよ、私」 いや、それ絶対間違ってるよフェイトちゃん!? だけど私の抗議なんてどこ吹く風。 頑として譲らないフェイトちゃんに、私はしぶしぶフェイトちゃんの夕飯を作り始めたのだった。 ……餌付けしたの、失敗だったかも……はぁ…… ◇ そしてその週の日曜日。 「へぇ……ここがなのはの家なんだ」 「うん、フェイトちゃんとこみたいに高級マンションとかじゃないけど……」 「いや、十分立派だと思うけど」 「そうかな?」 言われて改めて実家を眺める。 確かに広めの敷地に一戸建ての家と道場まで併設されているのだから、平均水準からすれば立派と言えるかもしれない。 普段アリサちゃんの家やすずかちゃんの家を見ているので、人よりその辺の感性に少し問題があるのかもしれないという自覚もあった。 間取り4LDKの最上階に住んでるフェイトちゃんも、一般水準の参考にはならないわけだけど。 「……とりあえず、中入ろうか?」 「うん、おじゃまします」 ぼーっと家を見上げていても仕方がない。 私が促すとフェイトちゃんも玄関へと足を進める。 玄関で靴を脱いで階段を上がり、二階にある私の部屋に入ってもらう。 「えと、ちょっと子供っぽい部屋かもだけど……」 「そんなことないよ、なのはらしくて可愛いと思う」 「えへへ、ありがとうフェイトちゃん」 柔らかい色を基調とした部屋に点在するぬいぐるみ。 一応ちゃんと掃除もしたけど、ぬいぐるみ達は隠しようがない。 フェイトちゃんは女の子っぽくていい、って言ってくれたんだけどね。 「じゃあフェイトちゃん、ここなんだけど……」 「うん、ここは……」 飲み物だけ用意すると、早速フェイトちゃんと試験のための勉強を始める。 憲法や民法とか、ようするに基本は暗記なんだけど、六法全書とか法律書は普通と書き方が違う。 古い書体というか……早い話が分かりづらいのだ。 一応文は読める。 ただ内容の完全な理解に至らないだけで。 最近は現代文で表記されてる参考書もあるらしいけど、残念ながら講義で使うのは理解不能な方だった。 「後はここをまとめておけば大丈夫だと思う」 「ほぁ……す、すごいねフェイトちゃん、どうやったらあれをこんなに分かりやすく説明できるの!?」 「まぁ、一度慣れちゃえば憲法も法律全般も面白いし……」 「そ、そう、なんだ……」 さすが法学部と言うべきか。 はたまたフェイトちゃんが凄いのか。 いずれにしろ、フェイトちゃんの説明は分かりやすくて見事だった。 これなら及第点くらいは取れると思う。 ……法学に興味を持てるかどうかは別として。 「でもよかった……再履修とかお金も時間もかかるし」 「まだ試験が終わったわけじゃないよ、なのは?」 「それはそうだけど、なんとかなるかも、と、これはダメ無理っぽい、はかなり差があるよフェイトちゃん」 ばっちり、じゃないのが少し不安だけど、単位が出るかどうかの瀬戸際よりはずっといい。 「フェイトちゃんは? 苦手なものとかないの?」 「ん? そうだね……生物がちょっと……」 「生物? 法学部なのに生物取ったの?」 「面白そうかな……って思って」 「チャレンジャーだねフェイトちゃん……」 確かに理系科目も取ることはできるけど、私みたいに学部が理系ならともかく、文系では得意な人くらいしか履修しないと思う。 一般教養に分類されてるから、ちゃんと単位にはなるけど……以外に冒険家だ。 「んと、生物ならこことここは絶対に出るから、重点的にやっておいた方がいいよ?」 「ここ?」 「うん、配点高いと思う」 やはり授業時間が違うものの、同じ先生である以上、テストの内容もまた同じ。 生物は得意分野だし、あの先生の問題の出し方は概ね把握している。 とりあえず出てくるであろう二つの分野を、私が示すとおり赤ペンで囲むフェイトちゃん。 「なのは、こっちは?」 「そっちはたぶん……っ!?」 「っ!?」 呼びかけられて、答えようと顔向けると、ちょうどこちらを向いていたフェイトちゃんと目が合った。 その距離、およそ一センチ。 驚きで動きが止まったのも一瞬、私達は弾かれたように距離をとる。 「ご、ごめん」 「いや、私の方こそ……」 早鐘のような鼓動が響く。 横目でそっと見れば少し頬を染めたフェイトちゃんが目に入ったが、きっと私も似たような状況だろう。 私もフェイトちゃんも女の子同士なのに……な、なんで私、こんなにドキドキしてるんだろ? フェ、フェイトちゃんの方も私のこと、意識してる、のかな……あぅ…… 「……」 「……」 き、気まずい…… ここは、ひとつあれだ、えーっと……ショック療法? 「……えいっ」 「!?」 「……にゃは」 「ふっ……」 えいやっ、とフェイトちゃんの手を握る。 振り返って驚きの表情を浮かべるフェイトちゃんに、笑顔で応える。 絶対照れが入ってそうだけどあえてスルー。 それが功を奏したのか、はたまた私の意図を汲み取ってくれたのか、フェイトちゃんからも笑みがこぼれた。 「……続きしようか?」 「……うん」 再びカリカリとシャーペンの音が聞こえだす。 でもさっきよりちょっとだけ身を寄せて。 「あ……そういえばフェイトちゃん」 「ん、何?」 「夏休みってどうするの?」 「夏休み? ……特に予定はないから、免許でも取ろうかと思ってるけど」 「へぇ、免許かぁ……じゃあ取れたらどこか連れてってね」 「え、まぁいいけど……初心者の助手席は怖いって、知ってるなのは?」 「う……が、頑張るもん」 そのままつないでいた手をぎゅっと握って言うと、なのはの方がチャレンジャーだよ、と笑われた。 いいもん、チャレンジャーだもん、私。 「フェイトちゃんは自炊にもチャレンジしてね?」 「……考えとくよ」 チャレンジしようよ、そこは…… 「でも……助手席乗りたいんだよね、なのは?」 「ま、またそういうオチっ!?」 ……結局、夏休み中フェイトちゃんが、うちに入り浸ることになるのは言うまでもない。
...To be Continued
2010/6/6著
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