第一話 出会い

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あー……やっと講義終わったね〜」
「長いのよあの教授の講義」
「うん……さすがに少し眠くなっちゃうね」
「学生の大半が寝てるっていうのに、あれでいいのかしら」
「教科書棒読みだもんね……」
「あれはお経だよ〜……」
 
 
 
 
果てしなく長い先程の教授の講義。
実際に授業時間が変わる訳じゃないけど、内容が内容なだけに、体感速度は通常授業の約2倍。
私もアリサちゃんもすずかちゃんも、頑張って起きてはいるけど正直辛い。
というか、うとうとするたびに隣のアリサちゃんに叩き起こされたため、後頭部が微妙にズキズキと痛む。
酷いよアリサちゃん……
 
 
 
 
「でももうちょっとくらい、優しく起こしてくれてもいいと思う……」
「何言ってるのよ、起こしてあげてるんだから感謝しなさい」
「うぅぅ……」
 
 
 
 
サラッと言ってのけるアリサちゃん。
腰に手をあて胸をそらせて答える姿はなんとも堂々としたものである。
後頭部が微妙にまだ痛む私は、えーって感想しかでてこないんだけど。
 
 
 
 
「もう、そんなこと言うとお弁当あげないよー?」
「う、それは困るわね……」
「なのはちゃんのお弁当、美味しいもんね」
「えへへー」
「意外な才能よね。下手な市販品より美味しいからたちが悪いし」
「ちょ、たち悪いって何それ? これでも喫茶店の娘なんですからね」
 
 
 
 
喫茶店とは言っても時間帯によっては当然ランチも出すし、ディナーコースは出してないけど、夜には食べて帰る人だっている。
お茶の入れ方は当然として、ちゃんとご飯も作れなくちゃいけない。
お父さんやお母さんみたいにまだ上手くは出来ないけど、毎日こうして自分と頼まれれば皆のお弁当作りも頑張ってる。
 
 
 
 
「そういえば、なのはちゃんは将来翠屋を継ぐの?」
「うーん、分かんない。お兄ちゃんもお姉ちゃんも、なんか色々やってるし」
「多忙ってゆーか多才ってゆーか……」
「にゃはは、もしお姉ちゃんとかが継ぐなら私は暖簾分けでもしてもらおうかな」
 
 
 
 
バタバタといつも忙しそうにしている、私のお兄ちゃんとお姉ちゃん。
お兄ちゃんは、すずかちゃんのお姉さんの忍さんと結婚してる。
だからまぁ、今から翠屋を継ぐ、ってことは多分ないと思うんだよね。
可能性があるとしたらお姉ちゃんだけど、こっちはこっちで正直よく分からない。
お店を手伝うことも多いけど、ふらっとどこかに行っちゃったりもするし。
……山籠りする時は山籠りするって言って出てほしいんだよね、さすがに一ヶ月帰らないとか心配になるから。
 
 
 
 
「あ、でもごめんなのは、アタシこの後パパに呼び出しくらっちゃってさ」
「会議?」
「って言う訳じゃないみたいなんだけど、なんか面白いプレゼンがあるから来い、ってね」
「そっか、すずかちゃんも今日は確かこれで授業終わりだよね?」
「ごめんねなのはちゃん」
「ううん、気にすることないよ、お弁当は誰かに食べてもらうからさ」
 
 
 
 
申し訳なさそうな顔をするアリサちゃんとすずかちゃん。
アリサちゃんはこうしてお父さんに呼ばれることがしばしばある。
今でさえこの状況なのだから、卒業したらバリバリのキャリアウーマンとして働くのだろう。
同じくすずかちゃんも学部が違うせいか中々予定が合わなかった。
教養系の科目では大体一緒にいるんだけど、必修科目がお互いの空き時間に入り、帰る時間も全員バラバラになっている。
一緒にご飯が食べれるのは大体週に一、二回程度だ。
 
 
 
 
「じゃあお疲れ様」
「また明日ねなのはちゃん」
「うんバイバイ、アリサちゃん、すずかちゃん」
 
 
 
 
残念がっていても仕方がない。手をふって二人と別れると、とりあえず私は自分のお弁当を消費するべく中庭へと歩き出す。
 
 
 
 
「さてこのお弁当は……うーん、今日は皆合わない日なんだよね〜……」
 
 
 
 
歩きながら何人か友達の顔を浮かべるが、今日はことごとく皆と予定が合わない。
 
 
 
 
「こんな時はやてちゃんがいてくれたらなぁ〜……」
 
 
 
 
思い浮かぶのは、なははー、と笑うもう一人の幼馴染みの姿。
私達三人は同じ大学に進学したけど、はやてちゃんだけは、発掘がしたいんよ! ……とか言って別の大学に進学してしまった。
史学とかならうちにもあるけど、はやてちゃんがやりたい考古学、しかもフィールドワークまで大々的にやってくれるような学部は、この大学にはない。
県外の大学ではないからお休みや学校のあとには会えるけど……
 
 
 
 
「はやてちゃんがいてくれれば、文系科目は楽勝だったのに……」
 
 
 
 
え、そういう理由!? と、頭の片隅でバタつくはやてちゃんは見なかったことにした。
アリサちゃんもすずかちゃんも勉強は得意だけど、私とすずかちゃんは理系だし、アリサちゃんも文系とは少々言い難い。
どうせなら完全文系の人がもう一人はほしかった。
……大学の試験は人海戦術も重要なのだ。
 
 
 
 
「……って、大学に限らないか」
 
 
 
 
実際、中学でも高校でも私達の試験勉強は皆で集まってやっていたから、今更って感じかもしれない。
……国語さえなければなぁ……
 
 
 
 
「まぁ大学の場合はある程度講義選べるし……よいしょ」
 
 
 
 
大学の授業は当然選択制。
必修はあるけれど、それ以外は自由になる部分も多い。
とりあえず、せっかく理系に進んだのだから極力得意な科目を中心に頑張ろう、と頷きながら芝生の上に腰を下ろした。
 
 
 
 
「うーん……相変わらず穴場だよね……」
 
 
 
 
お弁当片手に辺りを見回すけど、私以外に人影は見えない。
学生達で賑わう中庭からみて、裏庭にあたるこの場所は元々人気が少ない。
加えて、茂みに囲まれたここは昼休みの今でも全く人が来ないため、よくこうして食事時に利用させてもらっていた。
 
 
 
 
「食堂もいいけど……ゆっくりできないんだよね……」
 
 
 
 
常に人が出入りする食堂の状況を思い浮かべ、少しだけ溜息をつく。
食事をとる場所にしてはいささか騒がしい大学の食堂。
どこもそうなのかもしれないけれど、お昼ご飯くらいはゆっくり食べたい。
食堂を敬遠する理由はそんなことも含め……まぁ色々だ。
 
 
 
 
「アリサちゃんがいない時は近づかないに限るのです……っと、うん、今日もいい出来栄え♪」
 
 
 
 
私は取り出したお弁当の蓋を開けると、中身を確認して自分の腕を自賛する。
プロであるお母さんたちとはまだまだ比べることも出来ないけど、それでも納得のいく出来に仕上がっている。
特にこの卵焼き、砂糖が少し多くなっちゃったから甘めになったけど、見た目はふっくらとして美味しそうに出来た。
 
 
 
 
「頑張ってもっといいもの作らなくちゃ……あれ?」
 
 
 
 
これでも食物科、管理栄養士を目指す学生の一人として、また喫茶店翠屋の娘としてもっともっと頑張ろう。
……そんなことを考えていた矢先、私の横の茂みが音をたてた。
風で揺れたのかと思ったけど、次第にその音は大きくなっていく。
 
 
 
 
「……ぷはっ!!」
「ふぁっ!?」
 
 
 
 
そしてついに間近まで音が迫ると、一拍の間をおいてから一人の女性が飛び出した。
 
 
 
 
「え……えっ!?」
「……」
 
 
 
 
突然の出来事に目を白黒させる私を、茂みから飛び出してきた女性……金糸のような髪と鋭い紅い瞳の彼女は探るような視線で私を眺めている。
人が来ないと思っていたところで鉢合わせこともだけど、遭遇した相手がまた特徴的で私を驚かせた。
この人は確か……
 
 
 
 
「えと……フェイト、さん……?」
「……君は?」
「高町なのはです。必修の英語で同じクラスの……」
「……あぁ……」
 
 
 
 
名前を名乗ると訝しげな表情が少しだけ和らいだ。
茂みから飛び出してきたのは、英語で同じクラスのフェイト・T・Hさんだった。
美人、とよんでも差し支えない容姿に明晰な頭脳。
いつも授業が終わるとさっさといなくなってしまうので、話したこととかはなかったけれど、その出で立ちはそうそう忘れられるようなものではない。
 
 
 
 
「あの……どうして、茂みから飛び出してきたの?」
「……人気の、ない場所に行きたいと思って道をはずれたんだけど……そうしたらここに……」
「そっか……じゃあやっぱりお昼を食べに?」
「うん……食堂や中庭は……煩わしいから、やだ……」
「それは、まぁ……」
 
 
 
 
分かるけど……やだって……
むすっとしながらそう言うフェイトさんは、年齢よりも少し幼く見えた。
こういうところもあるんだ……と場違いな感想を抱きながら、私はその様子を眺めていた。
やっぱり、私なんか比べものにならないくらい人が寄ってくるんだろうなぁ……
 
 
 
 
「……フェイ……」
 
 
 
 
ぐぅぅ〜……
 
 
 
 
「……」
 
 
 
 
とりあえず何か声をかけようと、口を開きかけたところで、お昼時にもっともな音がその場に響いた。
無言でしばらく見つめ合うと、彼女は発生源を抑えながらぽつりと言った。
 
 
 
 
「……おなか減った……」
「……あはは」
 
 
 
 
これ以上ない明確な答えに、私は苦笑するしかない。
普段の凛とした立ち振る舞いやイメージからはだいぶかけ離れていたけれど、これはこれでちょっと可愛いな、と思ってしまう。
美人は得だ。
 
 
 
 
「……あ、じゃあ、よかったらこれ食べる?」
「……? いいの?」
「うん、友達に作ってきたんだけど、食べないで帰っちゃったから……むしろ食べてくれた方が無駄にならないで嬉しいかな」
「……じゃあ、遠慮なく……」
 
 
 
 
おなかがすいた、という割に、彼女がお昼ご飯になりそうな物を持っている様子はなかった。
いや、ないことはない。
パン一個と缶コーヒーなら持っているようだった。
……食生活はあまりよろしくないらしい。
そこでふと、私は鞄の中で眠るもう一つのお弁当の存在を思い出した。
どうせなら誰かに食べてもらいたい。
私がお弁当を差し出すと、戸惑ったような表情をしていたが、結局最後は受け取ってくれた。
 
 
 
 
「えと……いただきます……」
「うん、どうぞ。……口に合うといいんだけど……」
 
 
 
 
お弁当の中身は概ね私のと同じ。
ただ味付けを変えられるものは、アリサちゃんの好みに合わせて作ったものだ。
気に入ってもらえるだろうか?
 
 
 
 
「……」
「……」
 
 
 
 
それ以上、特に話すこともなく、私達は黙々と食事を続ける。
自分のお弁当をつつきながら横眼で彼女の方を窺うと、次から次へ、早いペースでお弁当を消化していく姿が目に入った。
よかった、どうやら気に入ってくれたらしい。
 
 
 
 
「……」
「……え、どうかした……?」
 
 
 
 
安堵したのもつかの間。
早くもお弁当を半分以上平らげた彼女は、ぴたりと箸の動きを止めた。
何か気に入らないものでもあったのだろうかと思ったけど、よくよく見れば、彼女の視線は私のお弁当の方にポイントされていた。
 
 
 
 
「……それ」
「それ? ……あぁ、卵焼きのこと?」
「……こっちには、入ってないの?」
 
 
 
 
いつもよりちょっぴり甘く出来てしまった卵焼き。
アリサちゃんの好みからははずれるかと思って、今彼女が食べているお弁当の方に入れていなかった。
……好きなのかな卵焼き?
 
 
 
 
「……食べる?」
「……ん」
 
 
 
 
表情は相変わらず無表情に近いのに、瞳の奥だけは期待に比例するようにちょっと輝いて見える。
せっかくなのでその期待に応えようと、私が自分のお弁当から卵焼きをつまみあげると、彼女の容器に置く間もなく、乗り出してきた彼女がパクリと口を開けて食べてしまった。
ひな鳥……?
 
 
 
 
「……美味しい?」
「むぐ、む……美味しい」
「にゃはは、よかったぁ〜♪」
 
 
 
 
どこどなく満足げに頷く彼女に、私のお弁当は受け入れられたらしい。
卵焼きが好物らしい彼女の視線は、再び卵焼きにポイントされる。
残す卵焼きはあと二つ。
 
 
 
 
「……もう一個食べる?」
「うん」
 
 
 
 
こうして、卵焼きを始めお弁当の中身が空になるまで、私達のこの昼食は続いた。
奇妙な邂逅から始まった私と彼女の関係は、ちょっとだけ甘めになった卵焼きみたいに、密やかに甘く溶けていくものだと、この時はまだ知るよしもなかった。
時が、穏やかに流れ始めていた……






...To be Continued


2010/5/21著


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