高町さんちの育児日記2

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ただいまぁ……」
 
 
 
 
家の鍵を開け、私は小さな声で中へと入る。
そぉっと扉を閉めると、どうやらまだ誰も帰ってきていなかったらしい家の状況に、ふぅ、と詰めていた息を吐いた。
 
 
 
 
「……いや違う、安心してどうする私」
 
 
 
 
忍びこむように中に入って、誰もいないことに安堵するなんてどっからどう見ても泥棒さんだ。
ご近所さんにちゃんと顔は覚えてもらってるはずだから、通報はされないだろうけど……
あぁでも、車降りてから家に入るまで約10分、うろうろきょろきょろ、なんか怪しさ全開だった気も……
 
 
 
 
「……か、考えないようにしようかな……うん、ほら、早くこの子の世話しないとだし……」
 
 
 
 
そうだ、そうしよう、それがいい、と無理矢理思考を切り替える。
背中に微妙な冷や汗が流れてる気がするけど、気にしない。
気にしないったら気にしない。
だってほら、常日頃から気にしたってどうにもならないことは世界に溢れて……
 
 
 
 
「……リビングでぶつぶつ言いながら何してるのフェイトママ?」
「きゃあぁぁぁーーーーっ!?」
「わぁぁーーっ!?」
 
 
 
 
そう大丈夫、ほら大丈夫、なんて自分に言い聞かせてたらいつの間にかヴィヴィオが帰宅していたらしい。
後ろから声をかけられた私は正しく悲鳴を上げた。
うん、ほんと何してるんだろうね私。
でもいきなり後ろから声をかけられたら普通驚くでしょ?
え、悪い事してなきゃ大丈夫?
失礼な、やましいことなんて私には一つも無い。
……ただもの凄ぉー……く、色々と言いづらいとかそれだけで。
 
 
 
 
「び、びっくりした……」
「びっくりしたのはこっちだよフェイトママ!」
「ご、ごごごめん、でも急に声かけられたから……」
『ふぇ……ふぇーん……』
「あ……」
「え……?」
 
 
 
 
そうこうしているうちに私の後ろ、リビングのソファから泣き声が上がる。
当然だろう、眠っているところをいきなり大声で起こされたのだから。
これで平然としていたら普通に怖い。
 
 
 
 
「あぅぅ……驚かせちゃったね、ごめんね?」
「……」
「……」
「……」
「……えーっと……あの、ヴィヴィオ、これはその……」
 
 
 
 
よしよしと赤ん坊をあやしていると、泣き止み始めた赤ん坊と対照的に、
ヴィヴィオの『何、何なの?どういうことか説明してよ』と言わんばかりの視線がビシバシと背中や頭に突き刺さる。
いつの間にか背も伸びて私と目線が近くなった、そんな娘の無言の圧力は中々のものだ。
追い抜かされたら上からこの視線が降ってくるようになるんだなぁ……嬉しいような悲しいような。
 
 
 
 
「実はその、うー、あー……」
「……フェイトママ」
「大したことじゃないんだけどね……ん?」
「もしかしてその子……」
「う……」
「どっかから攫ってきちゃった、の……?」
「……って、えぇぇぇぇっ!?」
 
 
 
 
さら……って、とかどうしてそういう結論になるのヴィヴィオっ!?
ていうか何!?
私ってそういうことしそうな人間に思われてるのっ!?
……あれ、でも……ある意味攫ってきたような感じにはなっちゃうんだろうか、この場合……?
 
 
 
 
「……うーん……」
「いやいやいや、考えてないで否定してよフェイトママ」
「あ、うん、ごめん……別に違法なことをしたわけじゃないんだよ? ただ、ちょーっとだけ色々と事情がね……?」
「だから、そのちょっとだか色々だかの事情を聞かせてほしい、って言ってるんだけど」
「あ、はい、そうです、ね……あぅ」
 
 
 
 
実に的確な指摘にぐぅのねも出ない。
なんか既に地に落ちてるっぽい親の威厳が、めりめりと地面に潜っていく気さえする。
せめて地面の上くらいには留まっていてほしい。
 
 
 
 
「まぁその、なんと言いましょうか……」
「攫ってきたんじゃないなら、保護対象、でしょ?」
「う、そうなんだけど、ね……?」
「一体何が問題……ははーん、さてはフェイトママ……なのはママや私に内緒で保護責任者手続き、しちゃったんでしょ?」
「はぅっ……」
 
 
 
 
ズバリと真実を言い当てられる。
大変察しがよろしい娘でフェイトママは幸せです。
 
 
 
 
「それで私やなのはママに怒られるかも、ってびくびくおどおどしてたんだ?」
「うぅぅぅ……その通りです、はい……」
「まったくもう、フェイトママは後先考えずに走るくせに、後でぐじぐじ悩むんだから」
 
 
 
 
そう言って笑うヴィヴィオ。
怒られなかったのはもちろんほっとしたけど、そんなに挙動不審だったかな私……
それにぐじぐじ悩んでなんか……いるか、思いっきり。
今から性格は……もう変わらないよなぁ……はぁ。
 
 
 
 
「男の子、女の子?」
「あ、えと、女の子……」
「ふぅーん、じゃあうちで引き取るなら私の妹かぁー……えへへー♪」
「……引き取ってもいいの?」
「なんで? だってフェイトママが保護責任者になったんでしょ?」
「そうだけど、でも……」
「私やなのはママに迷惑がかかるー、とか言わないでよね、今更。家族だもん、それくらい当たり前……でしょ?」
 
 
 
 
赤ん坊を抱き上げながら言われた言葉に、目頭が熱くなってじわっと涙が滲んだ。
よたよたとなのはと私の後をついてきた幼子はいつの間にか随分と大きく育っていた。
自分達の手から離れて行くのは寂しい。
だけど、それ以上に娘の成長が素直に嬉しい。
きっと後数年もしないうちにヴィヴィオは美しい大人の女性へと変わるのだろう。
 
 
 
 
「あ……あり、ありがどぅ〜っ!!」
「うわっ、ちょっ!? 泣くか笑うか抱きつくかどれか一つにしてよっ!? あぁもぉー!」
 
 
 
 
滝のようにダバーっと溢れ出る涙をそのままに愛しい娘に抱きつく私。
なんか微妙に嫌がられてる気もするけど、照れてるだけっぽい気もするので遠慮なく抱き締めた。
もう、ほんといい子なんですけどうちの子ーっ!!
 
 
 
 
「ほんともぉー、いい大人なんだからねフェイトママ?」
「う、うん、ぐす……でも、ありがとう……」
「赤ちゃん二人抱っこしてる気分だよ、もう」
 
 
 
 
しょうがないなー、なんてぽんぽんと私の背中を叩くヴィヴィオ。
これじゃどっちが親か分からないなぁなんて思いつつ、私はどんどん仕草がなのはに似てくるヴィヴィオを抱き締め続ける。
……でもお話はこれですんなりとは終わらなかった。
 
 
 
 
「ただいまぁ〜」
「はぅわっ!?」
「あー、帰ってきたねなのはママ。……ふふん、第二ラウンド、頑張ってねフェイトママ?」
 
 
 
 
開かれる玄関の音となのはの声。
そしてニヤリと意地の悪い笑顔を浮かべる愛娘。
絶対この笑い方は私の親友(悪友?)の悪影響に違いない、今度シメにいってやる。
なのはがリビングに来るまでの数秒間、私は全力でそんな逃避を続けたのであった。



...To be Continued


2011/2/19著


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