第二話『貴女の名前』

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「ここ、どこだろう・・・・」
 
 
 
 
闇の中に立っている、いや、浮いていると言った方が正しいだろうか?
地面の感触があるわけでもないのに、静止している様は、
あたかもそこに浮いているかのように、見えることだろう。
 
 
 
 
「えと・・・・・どうしよう・・・かな?」
 
 
 
 
いつの間にここにいたのかも分からず、これからどうすればいいのかも分からない。
困惑したままで呟いた時【それ】は現れた。
 
 
 
 
『・・・・何故人間がここにいる』
「え・・・・?」
『・・・・まぁそれもよいか。ならば、お前を我が目的の為の最初の一葉としよう』
「目的・・・・?」
 
 
 
 
周りの闇よりもなお暗く、禍々しい光を放つ【それ】は私の言葉など聞こえないかのようにその言葉を紡ぐ。
 
 
 
 
『その為の贄として、その魂を我に捧げよ』
「なっ・・・!」
 
 
 
 
一瞬何を言われたのか分からなかった。
だが【それ】の明確すぎる敵意を受け、嫌でも理解する。
逃げなければ、そう思うものの足がその場に張り付いたかのように動かなかった。
 
 
 
 
『我が糧となれ』
 
 
 
 
身体に【それ】が触れようとした、その時。
 
 
 
 
『なのは!』
 
 
 
 
目もくらみむ程の閃光が、【それ】を焼いた。
 
 
 
 
『ぐおぉぉぉぉっ!?』
「あ・・・」
 
 
 
 
強くて、けれどとても優しい光。
これは・・・この光は・・・・
 
 
 
 
「え・・・あっ!」
 
 
 
 
直後、急激な浮遊感とともに、光とは別の方向に身体を引き上げられる。
 
 
 
 
「待って、私はまだ・・・・」
『・・・待っててなのは、私が必ず助けるから!!』
「・・・・トちゃっ・・・!」
 
 
 
 
伸ばした手の先で、彼女の微笑が見えた気がした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「待って!・・・あれ?」
 
 
 
 
目が覚めると、知らない天井と、
突然のことに、戸惑ったような表情を浮かべている少女の顔だった。
 
 
 
 
「えーっと、何を待ったらいいのかな?」
「ふぇ?あ、いや、貴女に言った訳じゃなくて、その・・・・」
「何か、夢でも見てたのかな?」
「う、うん、なんだかよく分からない夢だったけど・・・・・」
 
 
 
 
あれはなんだったのだろう?
覚醒した意識の前に、すでに霞みかけている夢の出来事を思う。
闇と光。
正に対称的な夢だった。
 
 
 
 
「あれ、でも私、どうしてここに・・・・・?」
「ああ、貴女は外で倒れていたんだよ。次元の裂け目を越えてきたみたいだからね、どこか痛いところとかはない?」
「う、うん、平気だけど・・・・」
 
 
 
 
倒れてた?
それに次元の裂け目って、何?
 
 
 
 
「あれ、覚えてないかな?どうもうちの子との戦闘中に、飛ばされたみたいなんだけど」
「戦闘って・・・・・」
 
 
 
 
戦う?
なんで?
 
 
 
 
「・・・・ひょっとして、ここにくるまでこと何も覚えてないの?」
「・・・・うん」
 
 
 
 
気がついたらさっきの夢の中で、それ以前のことは何も記憶にない。
 
 
 
 
「・・・って、あれ」
「どうかしたの?」
「私・・・・誰だろう?」
「・・・・は?」
 
 
 
 
そして、自分のことすら分からなくて。
ついさっき夢の中で、私は確かに、金色の彼女の名前を呼んでいたはずなのに・・・・・
 
 
 
 
「名前とかも覚えてないの?」
「名前・・・・」

『なのは!』

「っ!?・・・なのは・・・・だと思う」
 
 
 
 
なのは、夢の中の彼女は私をそう呼んでいた。
確証は無いけれど、彼女がそう呼ぶなら、きっとそうなのだろうと、漠然と思う。
 
 
 
 
「そっか、なのはって言うんだ・・・・」
「うん・・・貴女は?」
「私はミレニア。ミレニア・ヴィ・ホープ」
「ミレニア・・・さん」
「そんなに堅苦しく呼ばなくていいってば、ミリィでいいよ。私もなのはって呼ぶからさ」
「あ、うん・・・・」
 
 
 
 
さん付けで呼ぶ私に、彼女はミリィでいいと言って笑った。
私もそれに釣られるように笑って、こんな状況でも笑える余裕のある自分に、少し驚いた。
自分の身に、差し迫った危険を感じていないせいもあるけれど、
それにしても図太いなぁ、と思う。
 
 
 
 
「なのは、他には何か覚えてることはない?」
「う?うぅ〜ん・・・・ごめん、ちょっと分からないかも・・・・」
「そっか・・・・」
 
 
 
 
なんとか思い出そうとしてみるが、まったくと言っていいほど何も出てこない。
呆れるくらい、綺麗さっぱりと記憶が抜け落ちている。
 
 
 
 
「うぅ〜ん、まぁ名前さえあれば、呼ぶのには苦労しないけど・・・・」
「他のことは、全然・・・・」
「私はいいけど、なのはは困るよね」
「うん・・・・」
 
 
 
 
名前以外は、分からないことだらけ。
いや、その名前さえ、たぶんそう、という感じだけど。
記憶を失う前の私はきっと、自分の素性が分からなくなるなんて、
夢にも思わなかったことだろうけど、現実にはこの有様だった。
 
 
 
 
「・・・・とりあえず、もう一回同じ衝撃を与えれば記憶が戻る、なんていうベタな方法も考えられるけど・・・・」
「それは、嫌かも・・・・・」
 
 
 
 
同じ衝撃、といってもそれがどれ程のものかは覚えて無いけど、
わざわざ痛い思いをして、それで記憶が戻らなかったらしゃれにならない。
 
 
 
 
「だよね」
「うん」
「さて、じゃあどうしようか?」
「うーん・・・・」
 
 
 
 
苦笑して頷きあい、他の方法を思案する。
とはいえ、記憶喪失の簡単な治し方などあるわけもなく、本当にどうしようって感じだ。
 
 
 
 
「・・・やっぱりさ、とりあえず殴ってみない」
「ちょっ、それやだってば!?」
 
 
 
 
どうしても衝撃を与えるところから、離れられないらしい。
でも私が受けた衝撃って、次元だかなんだかを越えてきた時のもので、
殴るのとは違う気がするんだけど・・・・・・
 
 
 
 
『あの・・・・』
「「っ!?」」
 
 
 
 
殴る、殴らないで押し問答になっているところに、突然第三者の声が響く。
びっくりして振り向くと、そこには赤い宝石が一つだけ。
 
 
 
 
『マスターのことについては、私からご説明できると思うのですが・・・・』
 
 
 
 
う、浮いてる・・・・ついでに言えば、喋ってる。
私の目の前にある赤い宝石、声はそこから聞こえていた。
 
 
 
 
『あの・・・・マスター?』
「ふぇ!?わ、私?」
『はい、貴女が私のマスターです』
 
 
 
 
私がこの赤い宝石のマスター・・・・・
浮いて喋る宝石のマスター・・・・・
うぅ、記憶がなくなる前の私って何してたんだろう・・・・・
 
 
 
 
「・・・・まぁとりあえず聞いてみようよ、なのは」
「・・・うん・・・・えーっと・・・・・」
『レイジングハートです、マスター』
「あ、うん。じゃあレイジングハート、お願い」
 
 
 
 
私に促されて、語りだす赤い宝石。
そしてこの宝石、レイジングハートが語り出した内容は、私の想像を遥かに超えた、大スペクタルな代物であった・・・・・

 
 
 
 
 
 
...To be Continued

 
 
2007/11/24著


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